One day of the wild child * ベベ・サンジの一日(4)
『Wild cat’s watchman』
「なぁ、ビジンのニーサン。ちょっと時間いいかな?」
マンハッタンの街角で男性に声を掛けられた。
ひょい、と見上げる。
「時間ないのでごめんなさい」
「あ、だめ?」
「だめ」
まだ何か言いたそうにしている男性を無視して、信号を渡る。
足音、追いかけてきたのが解る。
む、と眉根を寄せた――――しつこい人は嫌い。
ひょい、と腕を掴まれたから、セトに教えてもらった方法で腕を抜いた。
そのままするりと離れる。
あれ?という顔をしている人を見遣ってサングラス越し、目を細めて威嚇する。
「あ、ごめん。怒らないで」
「普通怒ります」
「や、でもキミ、すったすた行っちゃうんだもん」
「時間ありません、ってちゃんと断った」
「オレのハナシ、聞いてくれない?」
「興味ありません」
ああ、ヤバイ。なんか、じろじろと周りで見られてる。
実力行使で逃げられなくなってきた。
「オレ、怪しい者じゃないよ?いまABCでやってる“クィニー”っていうドラマのプロデューサで」
「知りません、興味アリマセン」
「いまは無いかもしれないけど、もしかしたらこれから先、ね?オレ、オーティス・バーカーって名前。これ、ネームカード」
ひょい、と差し出されたけれど手は出さない。
「イリマセン」
「そんなツレナイこと言わないで。貰ってくれれば、あとで捨ててくれてもいいから」
「貰っても確実に捨てます。だからいりません」
そのまま歩き出しても追ってくる。
鬱陶しいなあ。
「ああ、そんなキミ、ね、頼むよ?キミビジンだから、テレビとか映画とかに出たら売れるの間違いナシ。お金…は持ってそうだね。えっと、オンナノコにもてたく…ってモテるか。じゃなくて、そう、有名に」
喋りながら横を歩きつつ、ネームカードを差し出してくる男を横目で睨んで言葉を遮る。
「なりたくありません」
「―――――わーお。怒ると迫力満点」
こく、と男が息を呑んだ。
うー、叩きたい、鬱陶しい。唸ったら消えるかな。
そろそろ限界かも、オレ。
こつん、と。聞き慣れた靴音が耳に届いた。
影が差して、男が差し出してきていた手から、するりとネームカードを取っていった。
「ロイ」
ほっとして見上げる、オレのボディガードを。
にっこりと笑ったロイが、もう大丈夫だよ、って笑みをオレにくれた。
それから、す、とネームカードを見る。
「“オーティス・バーカー”、ふぅん、プロデューサなんだ」
「え、なんだよアンタ」
体躯ががっしりとしてハンサムなロイの突然の出現に、男がうろたえた。
「次にこのコに声をかけたら、首を確実に飛ばしますよ?」
「へ?」
「アナタ、あまつさえこのコの腕を掴もうとしたでしょう?本来なら許されない無礼を働いたんです。今後のためにネームカードは私が頂いておきましょう」
あー、そうだった。掴まれたのがジャケットの上からで良かった。素手を掴まれてたらきっと返し手で確実に顔面叩いていたもん、オレ。爪でがーって、線を引いて。
「え、このコって」
「素性を探索することの一切を禁じます。では失礼」
行くよ、ってロイが軽く触れない程度に背中に手を当ててくれた。
そのまま一緒に歩き出す。
男はもう追ってくる気配はなかった。
多分、ロイのジャケットの下の膨らみに気付いたのかもしれない。
「ありがとう、ロイ」
「いいえー、どういたしまして。触られたのは服の上からだけですよね?」
「ウン。素手だったら危なかった。バリバリってやっちゃうところだった」
「偶にはやられてもいいんです、ああいうのは。でも未然に防げてよかったです。余計な事態に発展する時間はありませんもんね?そのジャケット、車に乗る前に脱いで渡していただければ、そのまま真っ直ぐクリーニングにお出ししますよ」
「お願いできる?」
「もちろん!」
サングラス越しでも解る、にこお、と笑ってくれたロイの笑顔に、張っていたテンションが漸く下がった。
芽生えた疑問をロイにぶつけてみる。
「ローイ、サングラスしてるのに、なんでビジンって決めつけて声かけてくるんだろうね?」
「実際はどうだっていいんです。声をかけて釣れた後で品定めすればいいわけですからね?」
「あ、そっか」
それなら納得。
「でもサンジさんは本当にビジンですけどね」
「あははははは!ロイってば」
「最初にお会いした時、流石ボス、お目が高いって思いましたもん」
「あははははははは!」
笑って、暫く一緒に街中を抜ける。
どういうわけだか、ロイが一緒だと声をかけてくる人間はいない。
ロイだってすっごいハンサムで明るくて楽しいオニーサンなのにね?
「ねーロイ」
「ハイなんでしょう?」
「大学の時はこんな強引な勧誘はなかったんだよ?」
もしかしたら、昔のほうが声を掛け辛かったのかな、雰囲気的に……って。ああ、そっか。顔見知りの居るところにしか、買出しに行かなかったからかな…?
「あ、でも。ハイスクールの時とか、もっと小さい頃とか、セトと一緒の時とかはあったけど」
「らしいですねえ?」
「ロイは?そういう経験ない?」
アリマスヨー、とロイがあっさりと笑った。
「海軍に陸軍に沿岸警備隊、自警団に警察に消防署にレンジャー。高校卒業時にはメールボックスにラブレターがイッパイで困っちゃいました。マッチョなオッサンの写真入りで、キミが欲しい!!とか言われてもねえ?」
「あはははははは!ラブレターって!!!」
あ、でもそういえば。ダンテも前に言ってたなあ。各大学のアメフト部のスカウトに加えて、軍と警察と沿岸警備隊とレンジャーから誘いが来たって。高校卒業する2年くらい前から直前まで。
す、とロイの視線がサングラス越しに合わされた。優しい眼差しで見詰めてくれているけど、ぴし、と張った警戒網が気持ちよく外に向かって伸びているのが解る―――――だからオレ、少しだけ安心できるんだけどね。
「この後どちらに行かれる予定だったんですか?」
「出来上がったスーツを取りにいつものお店と、その前に本屋に寄ろうと思ってた」
「では荷物持ちにご一緒させていただきますよ」
にっこりと笑ったロイが、ひょい、とサングラスをずらして、ぱちん、とウィンクをくれた。
くすくすと笑う。
「お願いします」
「はいはーい、喜んで」
前にゾロがオレに着けてくれたボディガードの人は、全然オレのことを見ないヒトで。
外だけ向いていたから、側に居るだけでオレが気疲れしちゃうくらいだった。
だから、ちょっとした買い物とかの時は、一人で出歩いていたんだけど。
「ロイと居ると楽しい」
にっこりと笑えば、ロイが胸を押さえて、光栄です、と軽く頭を下げた。
その芝居がかった様子にまた笑う。
「オレに気付かせないで着いてこれるトコもすごいし」
前の人はあんまり上手じゃなくて、気配を感じてはオレは苛々してたけど、ロイになってからは全然そんなことがなくなった。
その上で、オレに警戒心を抱かせることなく近づいてこれるところがまたスゴイ。
「貴方が敏いですからねえ、そりゃあ練習しましたよ?」
笑って言ったロイを見上げて、にっこりと笑顔を返す。
「じゃあ今度はアッシュとレディ相手に練習する?」
「あっはっは!勝てませんって!」
朗らかに笑うロイが、ブックストアを指さした。
専門書を取り扱う小さな書店だ。
「あそこでよろしいのですか?」
「あ、ハイ」
うーん、すごい。
オレの行くところ、大体頭に入ってるんだね?うれしいなあ。
「じゃあ行きましょう」
ロイを横から見上げる。
「心強いなあ」
「うれしいお言葉、ありがとうございます」
人込みから背中を守るように距離を狭めたロイを見上げて、にっこりと笑った。
「こちらこそ、どうもありがとう」
(*ベベのボディガード、別名安全弁のロイくん。30代に入ったばかりのハンサムくん。ベベが知らない人にナンパされて、フーッ、と怒りで狼モードに突入するのを防ぐ役割を持った人>笑。実はペルペルの部下っていうから、将来は有望株なんじゃあ?ベベのお墨付きだし>笑。楽しいし明るいし有能だしハンサムだし、そりゃベベ、気に入るよねー。ロイくんのオフ日は、ヒトデナシがベベの側に居る時だけだな。ベベがお屋敷にいる時はお屋敷でオシゴトしてるんだろうけど、外に出るときはたとえセトちゃんと一緒でも、距離を置いてガードしてます。ハイ。ロイくんが選ばれた理由は、ベベにめろめろにならないところと、必要以上にベベに触れないところ、ナチュラル・ディスタントを保てるところと、社交性に富みつつオトシマエを上手につけられるところ、デス。二矢しゃん曰く、笑顔で人が殺せるタイプ>笑。きっとモテモテなんだろうな、オフ日には>笑。それにしてもベベってばキレ方がセトちゃんと同じ>笑。気が短いんだな、実は。そんでもってベベってば、一人でマンハッタンを歩けるくらいにはメガロポリスにも慣れた模様。短時間だけなんだろうけど>笑)
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