Pastures
「俺のこと、庇うなよっ」
「イテェんだから、騒ぐな」
「てめっ、”痛てぇんだから騒ぐな”って、ンな遺言ありかよッ?!クソバカヤロウ!!」
「いや、まだ死んでねえ」
「あったりまえだボケッ!!んなこと勝手にしやがったらブッ殺す」
ぎゃあぎゃあといつもの如く姿より先に声が聞こえていたから
寄港中のゴーイングメリー号一同は船上で、「あー、帰ってきたよ」くらいに思っていた。
その姿を見るまでは。
左腕がだらりと下がり、半身が血塗れたゾロと
肩をかしている当人の方が倒れそうに唇の色を失くしているサンジ。
「ちょっとどうしたのよっ?」
ナミが駆け寄り。
ウソップは救急セットを取りに船室に走り。
「ルフィ、お湯沸かしてっ」
「おしっ」
キャプテンは即答。
そうしている間にも、途切れ途切れの説明をナミはどうにかサンジの口から引き出す。
買出しの途中で揉め事に巻き込まれ、潰したはずの相手の一人がナイフを投げ。
それがゾロの左肩に突き刺さった、と。
「それがどうしてこんなに血がでてるのよ、血管でも切ってたら、」
「それが、」
「刃に、くだらねえ細工してやがった」
他人事のようにゾロが口を開き。
ぽん、とデッキに投げ出されたのは、ノコギリ状に切れ込みが入れられた両刃の小刀。
ぎらりと陽を照り返すのに、ナミは眼を逸らせた。
後になって、後悔した。
あのとき、良く見ていれば自分なら気づいたかもしれないのに、と。
刃に塗られていた、毒に。
血だらけの本人が「ねてりゃァ治る」と例の如くの態度だったから。
確かに、普通なら死んでる大怪我でも平気な顔して生き延びている男だっただけに。
出血の割には比較的小さな傷だったせいもあって。
全員が、簡単な治療だけで「良し」としてしまっていた。
変調は、ささいなコトから始まった。
たとえば、手が、冷たかったこと。
キャプテンの遊びにつきあう回数が減ったこと。
そしてなにより消費するアルコールの量が減り、一同が不審に思いかけたころ。
ゾロが、倒れた。
夜半過ぎ、水を飲みに外へ出てきたウソップは舳先の方に人影をみつけた。
「よお、」
近づく前に、声をかけた。
「ガキは早く寝やがれ」
返ってくるいつものヘラズ口に少しほっとする。
船にあたる波音だけが響く中、サンジの指の間の煙草の灰だけが長くなり。
ぽつりと、聞こえてきた。
「おれ、弱ェのかな」
は?!だれがなんだって?!
ががん、とウソップが顔を上げる。
な、なにいってんだ??
「グランドラインを、甘くみてたのかもしれねぇ」
唇を噛みしめている横顔。
「サンジ、」
「ああ、ワリイ。俺も疲れてんのかもナ」
ほとんどが灰になっている煙草を暗い波間に投げ捨て。
じゃな、と手を小さく揺らし向う先は、やはり
ゾロの寝ている部屋。
その方向をしばらくウソップはみつめていたけれど。
まだ灯りのついているナミの部屋へと歩いていく。
「なあ、ナミ」
「うん。サンジくんのことでしょ」
ペンを置き、振り返る。
「熱出してるゾロより、アイツの方がよっぽど倒れそうだぜ?何とかならねえのかな」
「出来る限りのことはしたもの。解毒剤だって見つけてきたし、あの港から医者も
この間ルフィがさらって来たでしょう。普通ならとっくに死んでるらしいのに熱くらいで
すんでるんだから、そのうち絶対ケロッとして起きてくるわよ。大丈夫」
「ああ、だよな?」
「うん。だからあんたも、もう寝なさいよ。これ以上病人増やしてサンジくんに迷惑
かけたら承知しないわよ?」
それでも、二人とも何となく感じ取っていた。
サンジのあの落ち込み振りは、どうやらゾロの熱のせいだけではないだろうこと。
半分泣きそうになりながら、医者に何度も何度も命に別状はないことを確かめて
いたのは本人なんだから。
まるで悪夢。
気が付けば、思い返している。
目を閉じるたび、繰り返される。
「テメエの助太刀なんぞ、頼んでねえっつーの」
「あァ?こんなの荷物持ちのついでだ」
きら、と視界の隅に反射したモノ。
自分を、背後に庇った背。
いつもなら、剣の一振りであんなナイフなど。充分だろう?
なのに。なんで、俺の前に。飛び出して来るんだよ。
自分の足元に突然口を開いた、とてつもない恐怖。
氷の触れ合う音に、眼が覚めた。
「どうだ―――?」
「、ああ」
問いかけに、答えられるようになったのはここ数日。
倒れてからそれまでの記憶は、自分の中では途切れがちで曖昧としている。
ただ、冷たい手の感触と、低く自分の名を何度も呼ばれたのを覚えている。
「なんとかな、」
声のほうへ向き直り、まっすぐな眼差しとぶつかった。
「おれのことなんか、かばうな」
ゾロはゆっくりと手を伸ばし、相手の輪郭に沿って指先を滑らせる。
そして。
「好きにするさ」
とだけ答え。
目を閉じてしまい。
「だから。するな、って言ってる。二度としないって、誓え」
「できねえ」
「誓え」
「サンジ、」
「いま、言え」
「無茶いうな、」
眼をあけ、視界に捕らえたのは。
「おれなんかのために、怪我、しないでくれ」
涙で霞むホライズン・ブルー。
「血、流すな。たのむから。てめえの野望の為なら、いいさ。覚悟してる。でも」
ソウジャナイノハ、タエラレネエカラ。
涙が、落ちた。
ぱた、と。微かな音が聞こえた気がした。
それはまるで
世界の果ての草原に、最初に落ちる雨音。
いま自分の思う通りにならない身体が疎ましい。
「サンジ。」
身体を起こす。それだけで、視界が歪みかける。
片腕で、引き寄せる。
「悪ィ。そればっかりは、出来ねえ」
「ハナセ」
「悪いが、それも出来ねえ」
「てめえ、サイアクだ」
「かもな」
抱きしめる。
「ゾロ、」
「云うな。」
俺は、自分のしたいようにしか、できねえ。
考えるより先に、身体が動くんだよ。
熱で混濁しかける意識が、そんな自分の声をどこかで聞いていた。
もう、寝ろ。
と小さく云う声と。
冷やされた布が、首筋にあてられた感触。
きみがいないなら、どうしてここに在られる?
After Story
「なぁ、治ったな。あっさり」
「そうね。拍子抜けするくらいあっさりね」
二人の目線の先には、素振りを繰り返す元病人の姿。
「薬より医者より、お姫サマの涙のほうが効いたわけよね。バカみたい」
あーあほんとにこの船バカばっか。
そう言いながらも、ナミの口元には笑みが浮かび。
わけがわからないなりにもウソップも、まったくだぜ!と同意し。
とりあえず、医者探すぞぉ!と背後からいきなり飛び出た船長の意見に二人は
堅くうなずいた。
# # #
あれー。せっかくお許しがでてたのに、あんまり甘くないですか?
ハルカさま、あまいの不足で申し訳ないっ!
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