Sweet Penalty Day1: After Lunch 「うわ、あっちィ」 昼食後の片づけを終えて扉を開け、陽射しにサンジが僅かに眼を細める。 天蓋は蒼一色に塗り潰され、眩しすぎるほどの陽射しが甲板に出た途端 色素の薄い瞳に直接飛び込んできた。思わず手をかざし陰を作ると、 視界の先に見慣れた姿がある。 鍛錬真っ最中の姿。咥えタバコのまま、本人はにやりとしたつもりでも、 ハタから見れば十分ふにゃけた「にっこり」ともとれる口角の角度を作り、 サンジは長い歩幅で近づき。 声なぞかけてみる。 「うるせえ、てめ―――」 勢い良く振り返り、ゾロは自分の視界が溶けたガラスのようにぐにゃりと 曲がるのに一瞬、意識をわすれる。 鈍い音をたてて重りが甲板に落ちたと思ったら 「―――?」 「え?っておい、うわ。アホおまえ、ってうあ?」 そのちょうど同じ見計らったようなタイミングで船が大波に乗り 船上の全てモノが瞬間、重力から浮き上がる。 ゾロの身体の下にいた。おまけに後頭部までかるく打ったらしい。 「いって、てめ、おも……」 肩のあたりのカオに言うものの。きつく眉根を寄せ、その瞳まで 閉じられてしまった様子は、天変地異に近い。 ひた、と。この熱のなかでも温度の変わらず低い手が、自分の額に あてられるのにゾロは小さく吐息をつく。 真近で、貯められた水より青い蒼が笑みを含んで揺れる。 「―――あ?」 「ンなクソ暑ィなか炎天下でバカみてえに汗かいてたンなら、 てめえはぜってえ熱中症だ、オラ」 ぴたぴたとその端整な頬のラインを掌で叩きサンジが言う。 「退け。で、水飲んでしばらく日陰にでもいやがれ」 よいせ、と軽く肩に腕をつき相手の身体を浮かせ身体の下から 出ようするのだけれど。 自分の顔の真横にゾロが顔を寄せるのに、ぎくりとする。 頬が触れあわされ。 抱き込まれたまま気持ちよさそうに言われる始末。 跳ね上がるのは自分の鼓動。 肩を押し返そうとはするけれど、その口調はひどく柔らかい。 カラン、と手許のグラスの中で氷が音をたて、デッキチェアからの 視界の隅で展開される光景にナミが言葉を乗せる。 「このクソ暑いのに何ジャレてるのかしら、あのバカ共は」 まさに、ナミの言葉通りの状況に見えなくも無い。 「仲良いんだな?」 まだ今ひとつこのスタンスの理解に苦しむ船医が、冷たい果汁の 入ったグラスを両の手で抱えてナミに問い掛け。 「雨が降ろうが、日照りだろうか、吹雪だろうが嵐だろうがいっつもあんなよ」 「へえ!」 「チョッパー、好きな人が出来ても真似しちゃ駄目よ?」 「う…うん」 何か飲むモノ作ってやっから」 もう一度、両手で肩を押し返し。ふと。 左手首辺りに感じた違和感をとりあえずサンジは無視した。 「もうねえっ!」 「サンジくん、今日のデザートはなあに?」 その声に満面の笑みで振り返る。 「フランボワーズのソルべです、どうぞ召し上が……れ?」 左手に持った銀のトレイに乗せられていたガラス器が表面を滑走し、 ぱああん、と床に散る。その後をトレイが追い、派手な音をたて。 「サンジくんっ??」 ナミの声に、全員の視線が彼の人にあつまる。 「えー、と。チカラ、入んねえんだけど」 「――――え?」 「捻ったか?すぐ治るけど。明日は1日動かさない方がいいぞ」 「ハァ?ざけんな、おれァ、」 「うん。料理人だよね。自覚があるならなんでケガしてるのさ。駄目だよ?」 くるん、と丸い目がサンジにあてられる。 「ぜったい、動かすなよ―――?」 きゅ、と包帯をきつめに結ぶ。 「・……わかった」 明らかに肩ががっくり落ちてしまっているサンジの様子に、医療カバンを 閉じた船医はちょっと言い過ぎたかな、と心配顔になる。 クソジジイに知れたら蹴りじゃすまねェぞこんなテイタラクは! あーチクショウ一体なにが―――― 思い当たるのは、昨日。ブッ倒れかけたクソ剣士を引っ張った拍子に 倒れたとき、手を妙な具合に甲板についたこと。 「クッソー……」 投げ出した腕、それをゾロの手が捕らえ、左手首を握りこんできたことを 思い出す。 「―――アンニャロ、」 まだ薄明るい甲板に飛び出していく。 「―――なんで、あいつカオ赤いんだ?」 ぽつりと。疑問を口に出す船医の小さな背中に、後のソファで食後の読書中の ナミの明るい笑い声が届いた。 「オラクソゾロ!てめえが加減知らずだからナァこういうことに なンだよこのイロボケがァ!!」 「はぁ?てめいきなりナニいってやが―――」 「問答無用ッ!」 「ケンカかぁ〜っ??」 「「ルフィ!てめえは黙ってろッ!」」 ナミがにこやかに言って寄越した。 しゅん、と可哀想なくらい項垂れるサンジの頬には大きめのバンドエイド。 手には更なるぐるぐる巻き。テーブルを挟んだ向かいにはナミと、少し離れて チョッパーがゾロの肩に湿布をあてている。 「まあね、でも仕様がないわよ。若いんだもの」 ナミがにこやかに返す。 「―――は?」 に、とするのはナミ。 無人島があるの。せっかくだから停泊して、みんなで明日はバーベキュー でもしない?それだったらサンジくんもお料理しないですむし、私達も 美味しいもの食べられるし。野菜はその場でみんなに切ってもらいましょ」 「ナミさんっ!」 あああなたはなんて優しいんだ、美しい上にその天使のハート!とか なんとかかんとか。とどまる事を知らない美辞麗句のタイフーン。 チョッパーの眼は真円になり、サンジの感情の起伏を数値化しようと 試みてでもいるようで。 サンジの耳に届かない程度の小声でナミが話し掛ける。 「あ?なんでおれが、」 「あら。理由言って欲しいの?私に?ここで?いいわよぉ?みんなも呼んでくる?」 ぐ、と黙り込むのに、天使の如き微笑を浮かべる。 「ペナルティよ。あんたが料理当番ね」 「心配しないで、サンジくん。この寝太郎つかえばいいじゃない。 肉さばくのは上手そうよ?私、スペアリブがいいな」 「はいっ」 「ナンだよ…?」 大量のバックリブを保冷庫から取り出しどうにか調理台に積み上げ、指示通りに その中の一塊を「バラす」作業に取り掛かる。 「なんつか、」 くくくっ、と横で機嫌良さそうにサンジが小さくわらう。 「ウルセ。斬りはしても解体なんざしたことねェよ」 左手に肋骨の塊を抑え込み右手には肉切り包丁に、不機嫌なため凶悪目付き。 こんなのを見て笑っていられるのはこの料理人くらいだろう。 「ちゃんと水で血ィ洗い流してからきれよ?」 だから、こわいってば。と誰かがいたなら言っただろう。 3時間分くらいの疲労度をゾロは感じ、げんなりする。 「ふん。上出来じゃねえ?伊達にバカ力じゃないなおまえ!」 リブを指先でつまみチェックすると、ばんばんとその肩を叩き激励するのはサンジ。 「ああ、ありがとよ。で、次は」 既に反論する気力も剣士は減退しているらしい。 レッドペパー、にんにく、蜂蜜、パセリ、タイム、ローリエとローズマリーを合わせた中に リブを馴染ませて、よおおっく漬けとくんだよ。どおおだ、簡単だろうが。仕様がねェから ベイジングソースは勘弁してやるよ。てめえにもできるモノ考えてやっただけありがたいと 思いやがれ。大サアビスのテリヤキソースは、ソイソースに蜂蜜とバーボンだ。作れ」 「・・……、」 「おら、お返事は?」 ひらひらと、右人差し指を鼻先で揺らすのはサンジ。 「―――ハ?」 「バーボン以外、何言ってんのかわからねェ」 「ああ」 憮然、と答えるのはゾロ。 「よし。じゃあそれからいこうな……?」 心なしか、サンジの口調が憐れむようなそれに変わった。 「うわっシナモン入れてどうすんだボケ!そっちは水飴だっての色盲かよ!」 「それはカイエンペッパーだっての!コショウはその上ッ!」 「―――もうやだ、」 ぐったりと椅子に身体を預けるのはサンジ。 「……それはおれのセリフだ」 ゾロは勝手にバーボンに口をつけ。 「お。美味い」 暢気に感想など述べる。 ぎろ、と睨みつけられても全く動じず。もう一口含むといきなりサンジの顎を持ち上げ 強いウィスキーを直接、喉に流し込む。 「気付け。で、あとはどうするんだ、センセイ?」 に。と唇端を引き上げる。 「おれは別に構わねェけど。後悔するのはてめえだぜ?」 ぐしゃぐしゃとその黄金の頭を大きな手が引っ掻き回し。 「―――ヌカセ、」 「ほら。なにをどうすりゃいいんだよ。とっとと済ませちまおうぜ」 そんなにイロっぽいカオで言われても真実味ねぇし、とはゾロの胸中。 「だから。塩くらいはわかるって」 「どうだかね」 「てめえ、泣かすぞ」 「オオワライダゼ、エロ剣士」 言葉のじゃれ合い。 ふいとサンジの目線があわせられる。 「美味く出来たら褒美を遣わす。ありがたあく受け取りやがれ」 「へーへー。せいぜい期待しとくよ」 「―――おい、」 「あん?」 「それは、何語だ?」 「さーあねぇー?」 にやりと。サンジの唇にはたしかに、邪な笑みの影。 マリネードソースに指先を浸し、舌先で味を確かめる。 「てめえにしちゃ、上出来」 思いがけず、皮肉の欠片もない微笑。 「お疲れサン」 「―――まったくだぜ」 サンジもその隙間にすとんと身体をあずけ。 「―――まだ何かあるのか」 ゾロの腕が目許に上げられる。口許は完璧に「への字」。 「さあ。でもてめえの得意分野じゃねえ?」 「ンなもんはねェ」 男らしく断言する。 さわさわと。細い指が翠の髪に差し入れられる。 「おれ。料理していいぜ?」 上体を傾け、ゾロの腕にかるく舌を這わせる。 その腕は細い頚をつかまえ。ゆっくりと、翠の瞳がヒカリをのせる。 「―――しらねェぞ?」 「ん?」 その手に右の手を重ね、淡く笑みをのせるのを。そのまま頚ごと胸の上に 引き寄せ。 「“フルコース”」 「食後酒つきな?」 真近で翡翠のミドリを覗き込む。 「当然だろ、」 指が、まだ何か模ろうとする唇をなぞり。それをかるく噛みサンジがちいさくわらう。 「バーボンの味がついてやがる」 「すぐにてめえの味になっちまうよ」 のは、また別のお話。
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