Petit Fruit, Petit L’amant



「ほんっとに、可愛気がないんだから。アイツにも子供の頃なんてあったのかしらね」
このナミの嘆息が、すべての始まりだった。



1.ボウ・ギャルソン
「ごぁぁぁぁあーーーーーーーッ」
ウソップの絶叫が響き渡った。
「ゾロが、ゾロが、ゾロがあああーーーーッッ」

その雄たけびを耳にした瞬間。
「「やたっっ!!」」
ナミとサンジはラウンジで思わず固く抱擁をかわす。
ふわーっと溶けかけのサンジを一人残しナミは一足先に甲板に走り出る。

「なンだよコレァッッーー!!」
恐慌状態のウソップ。
その前には憮然、とした様子の推定年齢15才程度の、ショウネン。
口を開きかけるも。
ふ、と眉根を寄せ。
自分の足元や腕に眼をおとす。

「―――うわっ??」
洩れる声は、メゾ・アルト。
縦も横もきれーに、細く、小さくなってしまった―――

「ゾロ!」
ナミの悪魔の笑み。

「あんたがさっき食べたのは、Petit Fruitっていってね。食べると、子供に戻っちゃうのよ!」
にやり。と
「いやだ、あんたビショウネンだったんじゃなぁーい!あんた3週間くらい、そのまんまよっ」
きゃあー、たのしいっ、と満面の笑顔。

遅ればせながら甲板にたどり着いたサンジも。
ぐわぁーと死にかける。笑い過ぎで。
手足なんか自分より細くって、なんといっても顔のラインなんかもまだガキで。

「てめぇら・・・・・ッ」
怒りに拳を震わされても。

「かっ、かわいいっつーの!!」
げらげらと笑い転げ。

騒ぎにやってきたキャプテンも。うひょおーと自分より気持小さい「ゾロ」のまわりを1周し、
「おまえー、もっと食わなきゃダメだぞー?」
「そーじゃねえだろっ!」となんとか復帰するウソップ。

サンジはこの世の終わりくらい笑ってやがるし。
「テメェら、ブッコロス!!」
叫んでも。
「かーわーいいーーー」
の合唱で。
ブッ死にたいのは(元)剣士サマ。

まーまーいいじゃねえ、な?と手近な遊び仲間が突然出来てごきげんな船長の笑顔で。
ショウネンは抜いた刀をしぶしぶ引っ込める。

ざん、と船が波を切る音が響き。
ゴーイングメリー方は快晴の中、出港していた。


2.マルシェ
着いた港での買出しは、この船のイノチを預かるサンジの役目。ナミが珍しく、私も一緒に行くわ、
と言ってきたので、サンジはそうじゃなくても市場に行くのはご当地モノ探しが楽しいのだから更に
上機嫌。
「あのね、この島であまり果物は買わないほうがいいと思うのよ、土がね・・・」
色とりどり、形も香りもさまざまの、超!エキゾティックなフルーツが山盛りの果物屋の前で昇天しそうになっていたサンジのシャツの袖をナミが引く。
「え?ナミさん、なんで?すっげ、おいしそうじゃないですかー」
「・・・だって、」

「お嬢サン、シンパイいらないよ!」
ころころと気前良く肉のついた女主人が店の奥から笑ってでてくる。
「ウチの店で扱ってるのは天然物じゃなくて、エッセンスだけを集めた人工栽培だからね」
「そうなの??」
とたんに、ナミの眼に星が輝き。
あー、きれいだぁ、と惚けるサンジを放っておいてナミは主人ににじり寄る。
「悪魔の実じゃないの?」
「無粋な名前だよねぇ、ほんとに。あれはうちの島の名産だってのに」

「ねえ、おねえさん、」
「はいよ」
主人はご機嫌。
「“すべすべの実”ってあるじゃない?」
「あんたそれ以上可愛くならなくって良いじゃないか。まあ、同じ土壌を使って作っているけどねェ、
効能をほんとうに抑えてあるから効果はよく持ってだいたい3週間ってところかね」
「そうですよ、ナミサン!それ以上あなたがうつくしく・・・・」
サンジを軽く無視し。
「私、きいたことがあるんだけど。うんと可愛いかった子供の頃に戻る実っていうのも、あるの?」
「“Petit Fruit”のことだね?もちろん、あるよ」

「「それちょうだい・くれ」」
仲良く二重音声。

船へと肩を並べて歩く、通行人も思わず足を止めて微笑みかけたくなるような一見、極めて
幸せそうな可愛らしいカップル。
まともな果物と、野菜と肉とをサンジは両手に抱え。そして、ナミの手には「プチ・フルーツ」。
二人の口許には天使もとろけそうな微笑が浮かんでおりますが。
「ねえ、サンジくん?」
「なんでしょう?」
に。と顔を見合わせる。
「明日のおやつは?」
「フルーツ・タルト」
ふふふ、と足取りも軽く楽しげな二人組。
多分、長く伸びる影にはトンガッタ尻尾がくっついていたことである。


3. ベル?ボウ?
ガキに戻っちまったゾロを見て、みんなでしばらくの間笑って済まそう、というなんてことのない
悪戯のはずたったのに―――。
キッチンで。まな板の上のニンジンを前に。

「カミサマ、もう二度としません。ごめんなさい」

サンジが涙ながらに「ニンジンの神さま」に向かって祈る事態になろうとは、
さすがのナミも、予想外であった。

主人からフルーツと一緒に渡された紙ににあった、
「“Petit Fruit”の効能は、個体によって差があります、きゃ♪」
その、1ミリ程度の文字によるフザケタ注意書きを、二人は読んでいなかったのだ。
読んでいたとしても、まあこの悪戯を止めたとは思えないけれど。

15才のビショウネン。なら、シャレで済んだ。
ガキ扱いして、余裕でかわせた。
それが。それが、それがァーーーーーー。どーーーーしてーーーーーッッ
「オンナノコ」になっちまうんだァーッ??!!


悪夢のようなあの日、といってもほんの4日前。
サンジは、昏倒しかけた。

すべすべの実で、デブがスレンダーな美女になるなら。わけわかんねー実で、
オトコマエが美女、もそうとう気味がワルイが。
オトコマエ→ビショウネン→美少女、の方が!えっらーダメージでかッ・・・!!
サンジは一人でわめき。そもそも自分たちの所為だという事実はすっかり水平線の彼方へ。

へえええーーー???
と残りのクルーはまるで地球外生命を発見したかのような叫びをあげ。
すっげー!と自分もそのフルーツを買いに戻ると眼が好奇心できらっきらになってしまった
キャプテンを落ち着かせるのに小一時間と、サンジ作ケーキ4個を要し。

そんな大恐慌のなか、当の本人は、「もう、どうでもいい。」
と自暴自棄ともとれる己への無関心さでこの常人なら錯乱してもしかるべき事態をあっさり受け入れ。ただ文句を足れていたのは、こんなへなちょこの身体じゃ鍛錬できない、との一点のみだった。

「お。でも、」
「なんだ?」
「いま、鷹の眼いたら、勝てんな」
「は??」
「寝首掻けるだろ、」
「!!!!」
キャプテン以外が全員硬直し。
「・・・・・冗談だよ、」
ぶす、と。ぶかぶかの服の美少女が可憐なお声で言ったのだ。


たしかに。中身はあのクソ剣士のまま。態度もデカイし、口も目つきも悪い。
けれども、である。
ナミさんより若干チカラはある、程度の体力の無さとオンナノコの細っこい腕に。
うなじなんかすんなりながくて。ちょっと陽に焼けてて目許のキツイ。ショートカットもユニセックスな。
ああなんてことだ。街で見かけたら2年先のデートの約束を速攻で取り付けたくなる程度には、上等。
だけど中身はあのクソアホ。

ああ、神さま。
くわえタバコも朦朧と。サンジはまた祈りかけ。

足音もなく近寄ってきては、
「なぁー、メシ」
とか
「よー、酒、」
とか言って来る。自分の肩の辺りに。
それでも無視していると、背中に柔らかな重みがかかってきて。まるっきりムサ苦しい純情少年並みに
動悸が速くなるんだよっ?!サンジ、錯乱一歩手前。

あろうことか。さっきは。
「あ、てめえ、酒ならねェぞ。メシまで飲むな」
扉の開いた気配に先に声をかけるものの。

「・・・・なぁ、やらねぇ?」
と、言ってきた。

ぐわぐわん、と。固まったサンジを見上げ、くちびるのハシを引き上げる。

「トチュウまでなら、やってやるぜ?」
オンナノコの顔で、そういうことを言ってくるのだ。

「てっめナニ言ってやがる、このクソヘンタイ!おれァロリコンじゃねぇーぞ!!」

肩を掴んで引き剥がそうとするけれど。
初めて触れるそれは、自分の手のひらが持て余すほど薄くて、息を呑む。骨が細くて。
親指にあたる鎖骨なんか、力を少しでも入れれば簡単に手折れてしまいそうで。

スマナイという気持と。いとおしさと。困惑と。もつれあがってできあがったキモチに素直に従えば。
抱き込んでいた。

「―――ゾロ。ゴメンな、」
 
胸のあたりから、もご、とか音がし。
自分より小さな身体をここのところ抱いていないから、どうも勝手がうまくいかない。
ところがそこは元天下の女ったらし。腕をまわしたまま、軽く身体を離し、見おろせば。
「どうせすぐモトに戻ンだろ、気にするな。仕返しは後でたっぷりするから、イイ」
その顔は不敵で勝気な笑みを浮かべていて。

ああこんなンでもやっぱコイツは。

サンジはもっと抱きしめたいような落ち着かないような気持に流れ。
その感情の描く延長線の行き着く先は。

触れるだけのキスを落とし。

とたんに後悔した。

どこまでも、やわらかい。
したくちびるなんか、つい、自分の舌と唇でいたずらしたくなるキケン度。
いつもは6:4でリードを取られるけれど今は体格差もあって7:3で自分、ってのもいいじゃん。
背を屈めるようにしてキスするのも久しぶりだな、とか。
コドモ相手におれァナニしてんだ!とわめくのは片隅の理性。

カンタンな料理なら2皿は出来る程度の時間が経って、する、と小さな影が離れ。

「・・・・オンナってツマンネエな、オイ」
そんな事を愛らしい声で告げ
「おまえみて・・・・たって仕様がねぇよ」
ささやく。

サンジはその夜。水風呂に修行僧のごとく長居するハメになった。
そして、ずっと続いているのだ。その修行は。


4.ラマン
「サンジ。おまえの服、貸せ」
「あ?ルフィの方がまだサイズ近いだろ。なんでだよ?」
甲板に出てリンゴの皮を剥いていたらそう言って近づいてきた。
オンナノコが。
と、ついついわかってはいてもサンジの眼はそう認識して勝手に脳に信号を送ってくる。

すとん。と酒樽に座っていたサンジの前に軽く座り込み、見上げるようにする。
身体に骨なんて一切ないみたいな、滑らかな動き。

「てめえ抱いて寝れねェから。匂いのするモン着る」

この間の「ツマンネエ」ので懲りたのか、もうあからさまに挑発とかはしてこないけれど。
それでも。
かわいいカオでふてくされたように言われたら。中身はゾロだとわかっちゃいても。
19歳の健全な青少年なのであるから、もうがばっと押し倒したくなるのが本能というもので。
おまけにそもそもはオンナ好きだったのだから。この間の記憶も相まってサンジのアタマは
あっさりと恐慌状態に陥る。修行なんて所詮ただの気休め。
それをなんとか持ち前のクールビューティ顔でやり過ごし。

「仕様がねーな、」と。
新しく剥いてやったリンゴを相手に渡し、ついでに言う。
「シャツでいいのか?」
「ああ」
「たーだし。直には着るなよ?いいか、ぜってーだぞ??」
「ハァ?めんどく・・・」
「さくねぇっての!!」
ぎっ、と睨みつけてくる自分の剣幕に、むっとしつつも「わかったよ、」となんとかゾロは約束し。
サンジは夕日に向って途方も無く涙に暮れてしまいたくなった。なぜか。
その、薄いクセに妙に想像をかき立てるムネが犯罪だからとは、口が裂けたって言えないのであった。
そして。一部始終をナミが必死に笑いを殺しながら見ていたことは、多分知らない方が彼の幸せ。

それ以来、キッチンの神さまは毎朝変わる。
トマト、アボガド、はたまたスクランブルエッグ。いえ、そんなものに祈っちゃおりませんが。
ナミはだんだん憔悴してくる「かわいいコックさん」の背中に、あるかなきかの自責の念なんぞ覚え。
一緒に内緒で祈りを唱える。

「神さま、ごめんなさい。はやくモトに戻してあげてください」
でも、もうしません、とは続けないのがナミのナミたる所以である。ブラーヴォ。

外見が可愛いから、ついゾロだってこと忘れて私まであのクソ剣士可愛がりかけるなんて!
ナミはいま思い出しても冷や汗が出る。
あのやりとりを「偶然目にした」自分が、その後ついうっかり「あのこ」を引きずるように自分の部屋に
連れて行き(ゾロなのに!)、男もののシャツの下に合いそうなパンツを選んで手に持たせる
なんて!!なんたることよ、私!

「もう潮時だわ。」
「もうダメだ。」
「「かみさま、ごめんなさい。」」
二人のそれなりの反省。

キャプテンも、少年ゾロのときはマスト登りだわ釣りだわとさんざん引っ張りまわしてぎゃあぎゃあ
遊んでいたのが。オンナノコを相手に遊ぶ気にはあまりなれないらしく。
「なー、まだ元もどんねー?もうとっくに3週間経ってんゾー」
「うっせえ、おれが一番もどりてぇにきまってんだろうが」
「おっまえさぁー、もっと細っこくなっちまってー。ちゃんとサンジにメシくわせてもらってんのか?」
「テメエも一緒に食ってんだろうがよっ!」
舳先に仲良くちんまり並んで、見当ハズレなシンパイを始める始末。

もうほとんど習慣になってしまったお昼のお祈りも無事終えたサンジが、一服もかねて甲板に出て。
遠くに見える島影と晴れ渡る空とは正反対の自分のココロを抱えてひとつ溜息をつくと、船尾に
向かって静かに歩き始める。

「今度の島では、停泊しましょう。みんな、なにかと疲れてるし」
朝食のテーブルでナミが語った言葉がサンジのアタマに木霊する。
疲れさせてる本人は、「へえ、そうか?」とでもいう平気な顔で。にやりとするも。
(だからそれが可愛いから参ってるんだっつーの。)
ナミとサンジが同時に手に額を埋める。

夕方にはその島に着くらしいから。すこしは気休めにでもなるかとさっきは一瞬思ったが。
よくよく考えてみれば、そんなことはちっともなかったのである。

普通の男よりは喧嘩なんかシャレにならねえくらい強いけど。所詮、オンナノコなわけで。
体力がついて行かない。外見が上等過ぎるから、ロクデモナイ連中が寄ってくるのは火を
見るより明らかで。
おれが、ついててやるしかねーよな、と。サンジ、大きな吐息。
ああチクショウ、おれは鉄の意志で持ってぜってー何もしねえぞ!
拳を握り締め。

ああ誰か俺に鋼鉄の意志をくれっ、と。
悲嘆にくれるサンジのうしろ。
ゆっくりと背の高い影が近づいているのを、まだご本人は気がついていない。
きっと振り向いたなら、天使も負けそうな笑みを浮かべるのだろうけれど。

けれどもそれもすぐに消えることでしょう。
「たっぷり仕返し」宣言を思い出したととたんにね。

さて島影はちかづいて。夕方の陽も傾いて。
長い腕が、コイビトを抱きとめるのももうすぐ。





# # #
いかがでしょう??よろしかったかな、こんなので。サンジ、ただの馬鹿です。けっこう、内容的にはこれが
私の
いっぱいいっぱい(笑)。なんか、ビジュアル想像すると手が止まりそうになるので(こらこら)一生懸命、
消してました。うわー、どうでしょう??これ。どっきどき。こんなので、よかったですか、さくまサマ??