PIXIE II




「ナミさぁ〜ん!島影がみえるーー!」

見張り台からサンジの声が響いてきた。

「そおー?」

「予定より早くないですかー?」

「違うわよー。私は海に愛されてるからー。夕方までにはきっと上陸できるわねー」

さすがナミさん!に始まる美辞麗句が空から降ってくるのを、ナミは上の空で聞いていた。

今日はまさに4月1日。私の計画通りだわ!と拳を握るのに女王サマはお忙しかったのだ。

「サンジくーん。ところでお願いがあるんだけどー?」



序章:Be Witched?

船違い赤ん坊事件が無事解決してから。親代わりをしていた二人を除いたナミ、ルフィ、ウソップの
3人には共通する密かな野望が芽生えていた。題して、「いつかきっと探すぞ胎果の樹」。ある意味、
勝手に両親に指定されてしまった二人には迷惑この上ない野望ではあるのだけれど。

ところが。強い信念を持ちさえすれば風は良い具合に吹くもので。

事件後数ヶ月して寄港した街で、ナミはちょっと怪しげな古物商に立ち寄った。宝箱にあった正体の
わからない香油の入った細工だけは緻密な壜を鑑定させて、自分に利用価値がなければそのまま
売りつけてしまおうと思っていたから。



けれど、古物商にしては日に焼けた店主が鑑定を始める前から、店のショウケースの片隅に置かれた相当に古めかしい銀の小箱と、その傍らに置かれた光を玉虫色に跳ね返す布がナミは気になって仕様がなかった。なにかが、自分を呼んでいるような。だから、鑑定をしていた店主にさりげなく尋ねてみると。

「ああ、あれかい?」
代わりに、カウンターの奥から年齢もわからないほど年老いた女が顔を上げた。
「およしおよし。呪いの道具だよお嬢さん」
「・・・呪い?でも、じゃあなんで」
「置いてあるのかって?そうだねぇ、呪いの道具でもあるしそうではないともいえるからねぇ」
「何なの?」

「お嬢さんは、言い伝えは信じるかい?」
「・・・ええ、まあね」
「じゃあ、教えてあげよう。あれにはね、“胎果の種”が入っているのさ。信じるかい?」
まさかこんなところで聞けるとは思っていなかった名前に平静を保とうとナミの全神経が集中する。
「そうなの?」
「おや。興味がおありのようだね」
老婆はあっさりと見抜き、唇だけで笑みをつくる。
「でもね、あれは種だから呪いにも使われるのさ」
「どういうこと?」

「そばに綺麗な布があるね?あれを、種を食べさせようと思う人間の首なりに巻くだろう?そうして、種を食べさせる。するとね、その布は胎樹に願いを叶えられない限り外れることはないのさ」
「ジャマになるだけじゃない、そんなの」
おやおや、と。老婆は笑い。続ける。
「その布が、嘘をつく度にきつく絞まりそのうちに本当の事を言っても、だんだんとあんたを
縊り殺すようになってもかい?」
こく、とナミは喉を小さくならし。


「でも、胎樹が願いを聞き届けたらどうなるの?」
「胎樹は、本当は3種類あってね。“胎果樹”をみつけただけでは駄目なんだよ。何も、実ってはいないからねぇ。まず願いをかけないといけないのさ。“胎願の樹”は胎果をこの海のどこかにある“胎果樹”に実らせ、“胎失の樹”は胎果を空に返す、といわれているんだよ」
「じゃあ、」
「そう。いったろう。呪いにも使える、とね。本当ならこれは決して呪いの道具などではないんだよ」
「でもその胎樹のある島が伝説じゃあ、呪いっていわれても―――」
「胎願の樹と胎失の樹なら、すぐ見つかる。もう誰もがとっくに忘れてる言い伝えだけど、この航路の先にあるよ。胎果樹だけが、伝説でね」
後ろの海図を指差し、店主がぽつりと口を開いた。

思いがけず高価だった香油と引き換えに、ナミがその二つを持って店を出たのはいうまでもないことで。
店主は、あんたも変わったお嬢さんだ、と笑いながら海図も店を出ようとしたナミに手渡した。
これは、いまの状況をさかのぼること約1ヶ月前の話で。ナミは、今日のこの日を着々と計算し、航路をはじき出していたのだ。


ナミは、“バカでもわかるよう”に計画の概要だけを話してきかせる。
けれど。一抹の不安も実は
あったのだ。「仲間にウソはつけねえ!いやだっ」と男の心意気船長が断固反対したらこの完全犯罪は泡と消える。折りしも今日は3月31日。そして目的の島は近づいている。そんなこと、絶対せさられない、との決意。だから先手必勝、というわけで。

「あのね、ルフィ。明日は何の日かしってる?」
「いーや」
「俺の誕生日だろーが!」とウソップ。がっとナミに甲板に叩きつけられるも、まだ言っている。
そうなのかっっ!!とケエキとパーティに船長の頭が侵食されかかったとき。
「あーそれもあるけど。あのね、明日は、ウソをついても良い日なのよ?」
「は?なんだ?」

「うん。だから。明日はね、誰にウソをついても、それがウソにならない日なの」
「おもしろそうだな〜」
「でしょう?だから、手伝って?あんたもまたちびちゃんと遊びたいでしょ?」
「おおっ」
「で。ウソップ。あんたはこの布で、細めのタイと、適当に正方形の布縫ってくれない?」
「なんで俺が・・・・・・」
といいつつ既にウソップ、右手に鋏、左手には針と糸、頭に物差し。

ナミさん、完全犯罪への足固めがっちり終了。



始章: Fooled By A Smile

「あのね、さっき言ったお願いってこれなの」
ナミがにこやかあな笑みと一緒にキッチンに入ってくる。
その手には籠。中身は、大量の。

「クルミ・・・ですか?」
「そう。今日、ウソップの誕生日でサンジくんお料理忙しいのわかるんだけど。アイツ、これが好物なの面倒な事に。だから、ケエキに入れてもらえないかな、と思って」
「ナミさんにそこまで思ってもらえるとはあの長ッパナ!!」
ちくしょう羨ましすぎっとか騒いではいるものの。

「けっこうな量ありますね、」
食材の前では冷静。
「あ、もちろん私も手伝うわよ?」
ナミ、にこり。
「ああそんなナミさんに力仕事なんてトンデモナイ!!アレにやらせますから大丈夫です!!」
サンジの指差す先は、後部デッキの方角。
「そう?」
「はい、お気になさらず?」
「ありがと」
またまたにこり。


じゃあお礼に、とナミが背後から細身のタイを取り出し。
「は?」
ノータイでいたサンジの襟元にするするっと若干緩めにそれを結ぶ。
「あ。やっぱりよく似合うわ」
「ナミさん?えーとこれ?」
なんでしょう。と素直に綺麗なお顔で問われるとナミはちょっと良心が痛む。
「プレゼント」
にこり、と微笑まれてしまえば、ナミの挙動不審にはいっくらでも目を瞑るのは、この料理人の本分。


じゃあ、さっそく、と籠を受け取り扉を開けると。
「サーーンジーーィ!」
ばひゅー、とルフィが飛んでくる。
「うおっとアブねえこのクソゴムが!」
「あのさー」
ぐるぐるとオマエは子犬かっ!てくらいにサンジの周りを走リ回る。
「ナミがなー」
「おお」


目で追うと具合が悪くなりそうなんで、とりあえずサンジは前方を見て返事する。
「街では帽子かぶるなっていうんだよ」
「ああ、そりゃあテメエあたりまえだ。んなクソ目立つ印あるかよ」
「だからなァー」
「回るなッ!!」
「だからさ。」
ぴたり。とサンジの目の前でとまる。

「これ!することにしたっ」
ばばん!と黒のベルベットのような布地を突き出す。
「は?」
ししし。とわらい。ゾロみてーだろ。と言う。
「ああ、まあ、」
「でな!この大きさでいいか本物で試してくれよ!」
「ハァ?ナニ言ってやがる。そーゆーことはテメエでやれ」
「やだよ。俺いそがしー」
「俺の方がクソ忙しいってンだよっ!!」
「じゃあなぁーー」
「待ちぁがれっ!!」
消失。
籠には、きちんと布が残されていた。
ああーもう。とサンジは空を仰いで大げさなため息。


後部デッキに、探していた姿はなかった。
「手間かけさせやがって」ぶつぶついいながら今度はミカン畑へと向かい、探し物をみつけた。
幹にもたれて、すやすやと。オヤスミ中。

とさ。と籠を地面に置き。
「おーい。ゾロ」
声をかけてみる。
「・・・・・・ア?」
「筋トレしねえ?」
ああとかうんとか寝ぼけたコメントを返しつつ、あっという間にしっかりサンジを押し倒し。
「ボケッ!なんでそうなるんだよっ!!」
ぎゃあぎゃあいってる相手に構わず、指で髪を梳き、耳元や首筋に唇をおとしかるく歯をたてて。
「・・・ちょっ、待・・・ぁッ―――」
あああ流される流されるやばいってばオイ!とばたばたするサンジの手が籠にあたり、あ、と。
ベルベットの感触。手元に引き寄せ、ゾロの頭に戦闘態勢風に巻きつける。

「ん?」
ゾロの動きが止まり。
その隙に身体の下から抜け出すとおまけに一発蹴りをかまし。
「なにしやがるテメエッ!」

「ジョウダンだよ」
答えながらも、いっつーとゾロは鳩尾のあたりを押さえる。
「冗談になってねえっつーの!!」
ぎゃあっとサンジはキバをむき。
「それよりテメエ何だよこれ?」
ゾロが人差し指を差し入れ布を頭から外そうとする。
「ああーそれな、ルフィが今度からテメエの真似するんだと」
籠を引き寄せサンジもゾロの正面に座り込む。
「ア?」
「いーから。それより、手伝え。ホラ」


目の前に置かれた籠に山盛りの胡桃にゾロが眉を寄せる。
「これの殻割るの手伝えっつってんの」
一つ摘み掲げて、ふーん、とでもいう風に木の実を眺めているゾロにサンジは説明し。
さあてと、と楽しそうに自分も胡桃割り器を持ち出し、ボウルも手元に引き寄せる。
ところが。自分が一つ割って実を取り出している間に相手がタマゴでも割る感覚で次々と「割るだけ」なのに間もなく気づき。「クソ馬鹿力」と呆れた風にいいながらも隣に移り、殻から実を取り出す役に専念する。ほぼ、籠が空になりかけたころ。

「ん?どした?」
ゾロの動きの止まったのにサンジが横に向き直り。
「いや、これだけどよ」
ゾロの手には、明らかに他とは色の違う、それでも胡桃にしか見えない実があった。
「お。変な色してんナ」
サンジも手元をのぞきこみ同意する。たしかにその胡桃だけ、ほんのりと金色がかった砂色をしていた。
「おまけに堅えし、」
いいながらも、ぎり、と手に本気で力が込められ。
「な?」
「マジ?」
ほれ、とサンジの手にその妖しげな無傷の胡桃を落し。

ちくしょうこうなったら、とちゃき、とゾロは傍らの白鞘に手を伸ばす。
たかが胡桃相手になにマジになってんだよ、とサンジはけらけら笑い。
こういう時の胡桃割り器、と実を挟み込みこんだとたん実の方から勝手に割れてしまった。

「「ハ?」」
キレイにまっぷたつに割れた実は、その中身も充分に怪しげだった。
その実は淡い、桜色。
「ふ〜ん、」
サンジの目はその始めて見る食材に釘づけ。

あ、こいつ、とゾロが気づいた時には、ぱくん。と、小難しいカオして味見中。
「テメ馬鹿、なにやってんだよ」
ふ?ってカオしてる「馬鹿」の頭を雑に引き寄せ唇に舌を滑り込ませる。
抗議の手が自分の背を叩いているのを無視し。
逃げようとする舌を追い、残されていた実のカケラごと絡めとる。
当初の目的はとっくに果たしても、今度は自分が満足するまで離そうとはせず更に深く重ねるようにし。
腕のなかの身体からすっかり力の抜けるのを感じると、やっと唇を薄く浮かせた。

「・・・・な、にす」
目が潤んでしまって艶っぽい事この上ない。だからゾロはかるく目線をそう問い掛けてくるサンジから
浮かせ。ぶっきらぼうに言う。

「怪しげなモノ喰うんじゃねえ」

サンジが口を開く前に。
「かかったわねっ!!」
女王サマのお声が階段の方から響き渡った。お供のウソップつきで。



中章: It Ain’t Easy

ホホホホホ!とわざと女王サマ笑いを肩幅に足をひらいて立ったナミがやらかし。
「ナ、ナミさん―――?」
サンジが若干怯え。
ゾロは。ナミとルフィ以外なら世界中の人間を射殺せそうな視線でナミを睨みつけている。
現にウソップ腰砕け。

「かかったわね!二人とも!!」
びしいっと指差す。
「えええっふたりってなんですかっ?」
サンジは半分悲鳴に近いかも。
「また、くだらねえことしやがったな?」
剣士のそのお声は既に海賊狩り。
「あーら。今日はエイプリル・フールだもの?ヒトの言う事、信じちゃダメよぉ」
ころころと笑い転げる。一見可憐な少女に見えてしまうのがこの女王サマの真の恐ろしさではある。

「あのねえ、サンジくん。あなたがいま、味見したの、」
にこにことナミ。
「・・・・・・ハイ?」
「それね。胎果の種」
「ああ、たい・・・・」

「「―――はぁぁぁぁぁあああっっ??!!」」
おもわずゾロまで絶叫。
「なんてことしやがるテメエはっっ!!」
「あら。ゾロ、あんたも食べちゃったの?」
う。と返事に窮しておりますのは。剣士サマ。

「そして。その布はね」
うふふと実に“ナミさん”楽しそう。サンジの襟元とゾロの頭を目線が往復し。
「嘘ついたりすると、絞まっちゃうのよ」
「「はぁぁアっ?!」」
「“胎願の樹”に願いをかなえてもらえないと、ずーっとそのまんまよっ、切れやしないし!よかったわね!」
「ナニいってやがるテメエッ」
「ナミさんあんまりだっ」
ががががん!と二人して驚愕に固まってしまったのは致し方ない。

「ナミさんとならいざしらずっ!ナンデ俺がこんなクソ――――うぁっ?」
ぐ、とサンジが喉元を押さえ込み、膝を付く。ケホ、と小さく咳き込み。
その空の色を落とし込んだような瞳は驚きに見開かる。
「何だよコレ・・・?」
「クソ馬鹿、テメエもテメエだ、なんでこんな魔女の―――っつ!!!」
ゾロも額を押さえどうにか立ってはいるものの。ゆらり、とその背後から殺気が立ち昇る。
相当、痛いらしい。

「うふふ。素直じゃないんだから、ふたりとも」
気絶しかけるウソップをよそにナミは相変わらず春風駘蕩。
「ココロにもないこと言っちゃって。ほらほらはやく島まで行って願かけてきなさいよ。あれだから」
近づいてきた島影を手で示す。

「誰が行くか」
ゾロが返し。
「とにかく。しゃべらなきゃあいいんだよな?」となんとかショックから立ち直ったサンジが言い。
チッチッチッ、とナミが指をかるく振る。
「私は天下の策士なのよ?それだけのはずないじゃない。放っといたらその布、呪いかかってるんだから。あんたたちのこと絞め殺すわよ?」

あんまりだあああっとサンジは崩れ落ち。
ゾロは。てめえ、いつかコロス。と言っちゃったばっかりにまた痛い目にあった。


「ちっくしょおおー大体テメエが」
「なにいってやが」
ぐううう、ともう何回目かわからないくらい同時に喉と頭を押さえ込む。
既に、船は無人島の入り江に停泊していた。

「ほらぁ、早く上陸しちゃいなさいって」
「だまりやがれっ!」
「テメ、ナミさんに向ってなに―――くッ」
「アホかてめえは」
サンジの襟元に僅かな隙間を確保させゾロが言い。
「、ワリィ」
小さくむせる。
まいったな、とゾロが夕方近くの空を仰いだ時。視界をかすめた、アレは。

「でもよおーナミぃー教えてやらねーとさァー」
びょーん、と見張り台から船長が落下してくる。
「「テッメエもグルかぁぁっっ!!!」」
しししし!と。叫ぶ年長組にキャプテンは満点笑顔で返し。
「まちがって“胎失の樹”に願掛けしちまわねぇ?」

「タイシツノキ・・・・?」
サンジが呟き。
ゾロは、ぎょっとするほどの速さで籠に残っていた布をひっつかむとナミの右腕を捻り上げぐるぐるとそれを巻きつけていた

「なにするのよっ!」
事態に気づいたナミが叫ぶものの。
「遅せェんだよ」
ゾロは、ぱ、と両腕をナミから離した。
「なあ、ナミ?さっきルフィの言ってた“タイシツノキ”ってのは、何だ・・・?」
思わずウットリするほどの、酷薄な笑みが薄い唇に浮かんでいた。



終章:Absolute Beginners

「だからそんな樹しらないって!ほんとに、いたっいたたたたた!!」
ナミの腕に布がきつく食い込んできたらしい。
「いったぁぁーーい!!」
「本当の事、言わねぇからだ」
ゾロはいたって平静。
「ナミさんっ!」とかジタバタしている「アホ」は自分の背後に押さえ込んでいる。
そもそも誰が原因でこんなことになってんのか忘れてやがるし、とはゾロの心中。

「わかったわよ!右!!右側の樹が胎失の樹よっ」
どうにかナミが声を絞り出すようにし。ルフィの肩に顔を埋めるようにする。
「右、だな」
「そうよ!!」
そう答えるナミの口許に、にやり笑いが浮かんでいた事は腰を抜かしていたウソップ以外の全員が見逃した。

あああ苦しむナミさんのお姿なんて見るに耐えられねー!とサンジはミカン畑からいなくなるものの。ゾロを止めようとしなかった辺り、彼なりに相当お怒りではあるらしい。

「樹が二本、生えてるんだな?」
「三本よバァカ、あっっいったぁあーーい」
ナミは結局、洗いざらい総てゾロに情報を渡す事になった。


「テメエら覚えとけよ?」との不吉な捨て台詞を残しゾロが甲板へ向い、「ナミサン以外はメシ抜きだ」とサンジがわざわざ戻ってきて宣言してからいなくなり。ゴーイングメリー号は静かになった。
船横を波がかるく叩く音だけがしばらく響いていたけれど。


「ナミぃーー。さっきの俺に言わしたやつー。いーのかよー、」
ぶうー、とキャプテンは本物の「膨れっ面」を盛大につくる。
「あいつら、ぜってェ“なし”にしちゃうぞー」
「あら。」
不敵な笑み。
「私がいつ、“向って右”が胎失の樹だって言った?“右”としか言ってないわよ?」
それにね、これはただのベルベット。と言い、するん、と腕から布をほどく。

「「!!」」
ウソップとルフィが固まる。

「・・・ってことは?」となぜか恐る恐る尋ねるのは、ウソップ。
「樹に背を向けて右側が“胎失の樹”。向って右は、“胎願の樹”」
「「おおおお〜〜〜〜」」

「いつかちびが来るんだなッ?!」
「そうよっ!!」
「かぁーわいいかなぁッ??」
「きっとこの間の子なんかメじゃないわよっ!!」
手を取り合う3人。
既に胎果樹は見つけたも同然と思っているのは間違いない。


「「「ぃやったぁぁぁあーーー!!!」」」


呪いをも欺くナミさん、まさに魔女。


ナミは、ゾロには伝えなかった店主の言葉を思い出していた。
「でも。あいつらなら、だいじょうぶ。」




「ここか」
ゾロが少し離れて見上げる。
島の中ほど、そう高くもない丘に、二本の大木が影を落している。
「すげぇ樹だな、」
サンジもおもわずタバコを唇から落しかける。馬鹿馬鹿しくなるほどの、スケール。
「で、どうすればいいんだ?」

ゾロは、ナミから聞き出したことをそのまま伝える。

「クソめんどくせえ!!」
サンジが大声をあげるものの。
ゾロは珍しく大きな吐息。
「しょーがねえだろ。いってみりゃあ呪いなんだからよ」
「ちっくしょーなんで俺がよりによってテメエなんぞとンなめんどくせーこ・・・・・ぐっ」
すかさずゾロがサンジの襟元に手を差し入れそれ以上締め付けさせないようにする。

「あのなぁ、ちったあ学習しろ、阿呆」
「・・・ゾロぉ、」
サンジ、涙目。
「てめえがあの魔女にころっと騙されっからだ、」
そのまま自分の方にかるく引き寄せ。
「ま、俺もてめえにまんまと騙されたけどな」
伝わってくる体温に当初の目的をうっかりサンジは忘れかけ。
「右ってえと、」とのゾロの声に顔をあげた。

当然のごとく、「胎願の樹」の前に二人は立っており。
真実を知れば、さすがナミさん!とはいくらサンジでも言わないだろう、多分。

「なぁ、マジで樹に話し掛けんのかよ?」
「まあ間抜けな絵ズラだけどな。誰もいねえからまだマシだろ」
この男、妙に開き直りが早いのは根が大物なのか、ただのバカなのか。
ただのバカだな、とサンジは納得し。

「えっと。・・・・・・オイ、なに言やいーんだ?」
「知るか。とにかく、このクソ忌々しい樹を胎果なんぞ実らせねェように納得させれば良いんだよ」
「で、その理由がウソだったらコレが絞まるって?はー、ご丁寧なこって」
サンジの細い指がタイを引っ張る。
「呪いなんざ、暇なヤツしか掛けねェ」
もっともだ、とサンジは小さく笑っていたけれど。
聞こえてきた声に、笑いをとめる。


「良いか。まず、コイツのツラに騙されんじゃねえぞ。キレイだから優しいとでも思ったら大間違いだ」
アァ?!ンだとこら!!と言いかけるが。でも首、絞まってねえし!と悔しがる。
「口は悪いし、足癖は最悪だわ、ヘビースモーカーだわ、ロクな事がねえ」
ぎろっと睨みつけてもゾロは受け止めて平然。としており。その指の長い手を古木の滑らかな幹にあてる。
「それに。おまえが勝手にどっかから降ってきても。多分、俺はおまえに還せるだけの時間が、無いと思う」

「・・・・・・ゾロ?」

「海賊稼業なんて物騒な上に、俺は世界一を目指さなきゃなんねえ。コイツにいたっちゃあ、無いと思われてるモノを本気で探す気だ。お互いロクデモネェだろ」
「もし、おまえが生まれてきたとしても。俺は生き方を変えるつもりはねぇし、世界一にもなってみせるさ。で、最悪の場合はコイツをおまえから取り上げて、つれてっちまうぞ?おまえは一人で生きていけ。ザマァミロ、だな」
「けど、まあ生きてる間は、精一杯構い倒してやるさ。その後までは、知らねェ。海賊王と性悪魔女がなんとかしてくれるだろうからな」
「だから。俺にとっちゃあ、おまえは永遠に二番手か、下手すりゃ三番手だ。それは嫌だろうからいなくなれ。もっと、自分を一番に思ってくれるところへ、行け。奇跡なんだろ?おまえはよ。もったいねェだろーがわかったな?以上」


す、と幹から手を離す。
はあ、と生涯最長記録確実の独白を無事終えたゾロは吐息をつき。妙に静まり返ってる隣に目を遣り、言葉をなくす。幹に額を預けるようにして、サンジが目を閉じていた。
静かなその姿は、まるで息をして
いないかのようで。呼びかけようとするより先に、その金の髪に掌を滑らせていた。こたえるように静かに目があけられ。

「おれ、おまえがすきだよ、」
そうささやく。うつむいたまま、空の蒼から涙があふれ。蒼と碧を映しこんだそれは、つぎつぎと足元の若草に零れ落ちていき。
「ずっと。一緒にいてえよ」
ゾロは腕を伸ばし。とん、と。痩躯を自分の方へ引き寄せる。

「いまさら。言われなくてもわかってるさ」
「クソ。布、絞まってこねぇな
ゾロの小さく笑うのが身体を通して伝わってくる。

さらさらと、かすめるようにゾロの手が髪をすべり肩をすべり自分の背に回されるのを感じる。
シャツの背を握り締めるようにしていた自分の手を。樹の色をそのままに映したような髪に差し入れようとしたとき、指先に布がかかり、あれほど固かった結び目が手の動きにあわせてするりとほどけおちる。
「あ。」
「解けたな」
翡翠のミドリが笑みの影をのぼらせ。ゾロの指もタイの結び目をあっけなく解く。
襟元をわずかに緩めさせ、皙い首筋にうっすらと残るアトを指先でゆっくりとたどる。
そうして唇でそっと触れ。
素直じゃねぇなあ、と。心底ほっとしたように口に出す。

「ゾーロ、」
名を呼びながら、サンジはその頭を抱き込むようにし。
「スキだぜ?」
ぷっと小さくゾロがわらい。
「だから。ダイスキだってばよ」
「テメエ、やめろそれ」
珍しく大口開けてルフィみたいな笑い顔をするゾロに、サンジもにこり、とし。
「デモホントノコトダゼ?」と返す。
「すげぇ、ウソっぽいぞ!」
二人して抱き合いながら大笑いする。



さわさわと梢が風に鳴り。止まない笑い声を、高い空へとかえしていく。




――― 胎樹に願いをかけただけでは、呪いは解けないのさ。真実の想いを
告げて初めて、願いは叶い、呪いも解けるんだよ ―――




最終章: Outro/Intro

「公主、」
呼ばれて、まだあどけなさの残る少女が振り向いた。
薄絹を幾重にも重ねた長衣がふわふわと
その動きを追いかけ
「胎果が、黄金に彩づいてございます」
「なんと!して、どの胎果が・・・・・・?」  
「それが、」
同じような薄絹を重ねた長衣を着た女官が瞬きをし。

「一番、高い枝についていた実でございます」
公主と呼ばれていた少女も、ぽん。と手をあわせ。
「それはまことか?あれは一番古い胎果ぞ?」
「はい。私どもも、驚いております」
翡翠の玉がころがるような笑い声を少女はあげ。
「我も見に行く。来よ」
いまにも駆け出しそうな足どりで女官達を引き連れ回廊を抜け邸の外へとでてゆく。

「久しく、願いさえもここへは届けられなかったの?」
「はい、さようでございます」
「よろこばしいこと。最後に胎果の実ったのはいつであったか・・・?」
「幾年もいくとせも、遥か昔のことでございますゆえ」
「うん、そうであったな。まこと、よろこばしきこと。いにしえの古木の、慈しんでいた実ゆえ」
「はい、公主」

「あれでございます、」
たおやかな指のさす先は。
さわさわと鳴る梢の遥かな頂き近く、淡く黄金にひかるような。
「まことよの、」
公主は胎果樹の幹に手を触れ。その額を預けるようにする。
「願いを叶えるとはの。いかような者達であろうか?」
女官たちも笑いさざめく。ええ、まことに、と口々に言い。
「はよう、逢うてみたい」
「まあ、公主。まだ幾年幾年も先のことにございます。あれは中でもいにしえの胎果ですゆえ、まだまだ先のこと」

「待ち遠しいの、」
「ええ、まことに」
風が再び梢を鳴らし、公主はその朱唇に笑みを浮かべる。
「見に来ようぞ、朝な夕なに」
「はい」
「我らも愛しんで、この実のなるのを待とうよ」
「仰せのとおりに」



さわさわと、胎果樹の梢が風に揺れ、葉が一葉、風に乗り空へと流れていった。



###

あら?あらららら?Kamomeさま、胎果、実っちゃいましたけど・・・・・?!(バカッ)ウソからでたマコト!ってこらこら。
奉げさせていただければ光栄です。ええと。とりあえずPIXIEの世界は、これにて無事おわりです、ハイ。こんなん、いらんわ!とか
言われちゃったりして。でも、楽しかったです。なんかみなさんの性格いつもの人達と微妙に違うし(汗)。それにしても長い!
ほんと、エイプリルフール話としてもウソ書きすぎ自分!この話自体、エイプリルフールにしちゃえっ。笑。夢オチとかっ。