〜 Prologue 〜 2月14日、ヴァレンタイン・ディ。 サンジは、速達で郵便物を受け取った。 一枚の封筒。後ろは、金の蝋で、閉じられていて。 店の掃除の手を休めて、開いてみた。 静かな午後だった。 今、サンジの目の前に、一枚のチケットがある。 分厚く、少しザラついた手触りの封筒に入って配達されたソレは、半透明のツルリとしたカードで。 文字は煌く虹色のレタリングで打ち込まれていた。 曰く。 『レッツ・パーティ・パーティ! ロロノア・ゾロ様。 サンジ様。 島ごと遊園地のパーティ・アイランドへようこそ! お客様方は、シャンクス様より、当島でのステイの権利を譲渡されました!!』 そして、同封の真っ白い上質な紙に、普通の黒の文字が躍る。 『お客様へ このチケットは、当パーティ・アイランドで二泊三日をご自由に過ごしていただくための、入場券となっております。 入場料、宿泊費、および施設利用料金はすでに、支払われてございますので、お気軽にお越しくださいませ。 期限は設けてございませんので、いつでもご利用可能となります。 ただし、入場の際に、パスワードを必要とされておりますので、お忘れにならないよう、お気をつけください。(尚、パスワードはこのチケットを手配なさったお客様によって設定されております。当島ではパスワードに関しての問い合わせ、および変更については一切お応えすることができませんので、ご了承ください) それでは、従業員および島民一同、お客様の御到来を心よりお待ち申し上げております。 パーティ・アイランド支配人』 もう一枚の紙には、島の利用案内等がツラツラと書かれていた。 この島が、どんな司法やマフィアの手からも自由であること。 暴力をふるうものは、即座に島から放り出されるということ。 この島は、「お祭り」をするための島であること、等など。 それらにテキトウに目を通して。 新年明けに、シャンクスがゾロとサンジにプレゼントしたもの。 それは、この丸ごと遊園地アイランドで、ただ遊びまくるための権利。 ヴァレンタインに届けさせるなんて、シャンクスがやりそうなことだ、なんてサンジはヘロンと笑って。 ふと、考えが頭を過ぎって。 「なぁ、ゾロ!」 声を張り上げて、ピアノの調律をしていたゾロを見る。 「あァ?」 ゾロが声だけで応じて。 「来月アタマさぁ、パーティ・アイランド、行かねェ?」 「…うぁ」 アップライトのピアノの下から這い出て、ゾロがのそりと立ち上がった。 「…パーティ・アイランドって、例のアソコか?年がらイヴェントやってる、島ごと遊園地ってヤツ」 「そうそう。なぁなぁ、休みのことはシャンクスに頼んでおくからさ、行かねェ?」 「……」 ゾロは一瞬考えて。 「…そうだな」 それでも、まだ渋そうなゾロに近寄って。 伸び上がって、うちゅう、とキスをした。 「なぁなぁ、行こう???」 「…テメェ、それ反則じゃねェの?」 ゾロがクス、と笑って。 グ、と腰を引き寄せられた。 翠の瞳が和らいだ光を弾いて。 「…いいぜ?」 額に、口付けが落とされた。 「けど。一個約束しろよ」 「んん?なに?」 首にしがみ付いて。 「オレはあのパスワード、言わねェからな。オマエが言えよ?」 「うぁ!そーきたかッ!!」 ぐあ、なんて声をかけながら、反り返ると。 ぐい、と引き戻されて。 「オレは、言わない」 「ええ〜…絶対?」 強い光を宿した瞳に、プ、と膨れて見せたけれど。 「絶対」 に、と笑われて。 「…わかった。オレが言う」 シブシブ条件を呑むと。 くしゃり、とアタマを掻き混ぜられた。 「悪あがき、すンなよ?」 くっくと笑われて。 なんだか見抜かれていたのを知った。 ちぇッ、コイツにゃ勝てねェ。 ☆ 1☆ そんなワケで、3月1日。 やってきました、パーティ・アイランド。 なぜかベンさんが運転するベントレーで、すごい荷物込みで港まで送られて。 専用の迎えの船に乗せられること、丸半日。 でっかい島が見えてきたのは、ようやく朝の9時なった頃だ。 あの二月の日の夜。 ふらり見回りにやってきたシャンクスに、ここに来るために休みを取りたいと言ったならば。 赤い髪のオーナーは、ケケケと笑って。 「なンだよ、そういうコトはもっと早くいいなさい、コネコちゃん。そしたら、オレも一緒に行ってやったのに」 パチクリと目を見開くと。 ゾロが手慰みにビートルズのナンバーをアレンジして弾いているのをBGMに、シャンクスが手を伸ばしてきて。 腰をぐいと引き寄せられた。 「???」 「なンてな?ウソだよ、バーテンくん。オレさまは知ってたさ」 座っていたシャンクスのヒザの上に、座るように引き寄せられて。 思わずジタジタ暴れたら。 「ナイショ話、聴きたくねぇ?」 イタズラ猫の、笑みが刻まれ。 「…聴きたい、シャンクス」 「よし、よくできました」 耳に口が寄せられて。 普段はシャープな感のある声が、そっと言葉を滑り込ませた。 「キミの愛しのジャズマンは。28から4日まで!既に休暇申請済み」 「!!それって!」 シャンクスは、シャハハハと笑い声を上げ。 「愛されてるな、コネコちゃん」 ウチュウ、と頬にキスされた。 「ま、早いけど、誕生日プレゼントってコトだ。ああ、あの島、面白いから、着飾って行けよ?洋服はみんな、揃えといてやる。だから、目一杯楽しんできやがれ?」 そんなわけで。 初日の朝に着なさい、と渡されていた衣装に身を包んで、上陸する。 ゾロは麻のスーツに、ライムグリーンのシャツを着て。足には白い皮のスリップオン、頭にはパナマハット。胸のポケットからはさり気なく渋いオレンジのハンカチが覗く。左耳には金の3連ピアスが煌いて。その様相は、アル・カポーネか電柱殿下か。 いかにもヴァカンスを楽しむジャズマン、な服装。サンジには到底真似はできない。 つっか。こいつって一体何者なのさ? サンジの疑問はごもっとも。 けれども。 そんなサンジは、薄桃色のヒップハガージーンズに、白のTシャツ、薄いオレンジの生地に太いピンクと細い黄緑のストライプの入ったジャケット。足元には、ビーズが数個縫い付けられた、白い布地のサンダルで。メガネはオレンジのグラスをライトゴールドでフレームした細いものをかけて。いでたちは、どこのモデルか芸能人か、なんてハデさ。 もしくはお金持ちに飼われている、愛人兼ペット、この場合はヴァカンス中のシャズマンのヒモ? いや、オレはちゃんとゾロのコイビトだけどもさ。 ちゃんと自分で稼いでもいるけどさ。 まぁ、ちょっと前までは、そんなモンだったしさ? サンジは胸中でブチブチと呟き。 そして、こんなものを贈って寄越した、赤い髪のオーナーにこっそり溜め息。 シャンクスのシュミって…イマイチわからない。 鏡に映った自分に、サンジはぼやく。どうにも似合ってるのが、悔しいけれど。 その背後で、ゾロは気にした風もなく、荷物を纏めて、ポーターを呼んでたりして。 なんだか、ゾロは肝が太い? ☆2☆ 仕度を終えて。 とっても「ヴァカンスに来ております」な格好のゾロとサンジが船のタラップを降りると。 そこにはすでに人だかりの山が出来ていた。 そしてすかさずにチェックシートを持った、どうにもアパレル業界に携わっているような人たちが、カメラ片手に近寄ってきて。次々とフラッシュが焚かれる。 ゾロは目深に帽子を被っていて、あまり顔がはっきりと映る写真は撮れないだろうに。 …っていうか、この人だかり、なに? けれど、ゾロは気にせず、スタスタと先を進んでいく。 ポーターも波に呑まれない様に、ゾロの後に続いて。 「…ほら。置いていくぞ、早くしやがれ」 よく通る声が、ざわめきを縫って届いて。 「…ちっと待てよ!」 慌てて追いかけた。 さて。 やたらニコニコ顔のカメラマンやら、どうみても観光客や、なんで島民までが、な人たちが。 それこそ芸能人に声をかけるみたいに、「こっち向いて」だの「笑って」だの「ポーズとって」だの好き勝手に騒ぎ立てる中。 がしっとした体躯のジャズマンは。物騒な気配ではなく、ただ威圧的な笑みでもって道を開けさせる。 割れる人垣に、「モーゼか、てめェ」なんてからかってやりたかったけど。この男には、そういう類の揶揄はしたくなくて。 船着場から、歩いて3分のところに、誰でも素通りできそうなゲートがあって。 しかし、ゾロはそこに立ち止まってサンジを待った。 木のカウンターで待つのは、白い髪をポニーテールに結った、赤いアロハに白い半ズボンの係員。首からさがるレイ。胸元には、入島管理人、のプレートが。 ゾロが胸元のポケットにしまってあったチケットを取り出し、その男性に渡す。 その男も、ゾロから受け取るのはアタリマエ、っていう風に受け取って。 「ロロノア・ゾロ様、およびサンジ様、ですね」 係員と目が合って、コクンと頷いた。 係員は、ちっとも営業用ではない微笑みを顔に浮かべて。 「それでは、パスワードに参ります」 そして、どこから出してきたのか、拡声器を持って、こう叫んだ。 「抱かれたい男、ナンバー・ワンは!?」 次の瞬間、背後に迫っていた人垣がワーッと歓声を上げて。 サンジはびっくり、迫る人だかりを振り返った。 「抱かれた〜い男、ナンバー・ワンは〜ッ!?」 「ええ、ええと、ロロノア・ゾロ、19歳、です…」 なぜか、大声で応えるのは恥ずかしくて。 小さな声で答えたのに、それでも後ろはヤンヤヤンヤのお祭り騒ぎ、大騒ぎで。 拍手、口笛、歓声、叫び声。 それに呼応して、白髪の管理人は、次の質問を大声で叫ぶ。 「第7回イケメン・グランプリ優勝はー!?」 「だ、抱かれたい男ナンバーワンに」 くそう、なンでオレが照れなきゃいけねェんだよ、と思いつつ、本人を見遣ると。 ゾロはシラッとした顔で、こちらを見ていた。 どうにも余裕綽綽で、面白くない。 つか、なンでオレが照れて、ゾロが照れねンだよ、ちくしょーッ! あー、最初シャンクスとこのパスワを考え付いた時は、大笑いしたけれど。 いざ自分が言う番になったら、やたら恥ずかしいじゃねェか。 シャンクスや、ベンさんにこの場を見られなくて、まだ良かった、と思うものの。 こんなに沢山、なぜか待機していたプロ・アマ・野次馬カメラマンたちに、証拠写真が取られているなんて…。 きっと、嬉々としてこの写真を、誰からか、あらゆる手を使って、どっかで入手しやがるのだろう、シャンクスは。 サンジは心で大きく、あーあ、と溜め息である。 そこへ、涼しい顔のゾロと眼が合って。 「なンで、オマエ照れねェの?」 不満アリアリのぶすくれ顔で訊いたら。 「アホか。そんなの、オレがオレだからに決まってるじゃねェか」 に、とガラの悪い顔で笑われて。 「…どういう自信だよ、それぁ」 思わずがっくり、である。 ☆ 3☆ 無事にチェックを過ぎた二人が案内された場所は、ホテルではなく、キッチンも温泉も付いた一軒家。 宿屋もホテルもあったのだが、シャンクスは島の端っこにあるコテージを用意してくれていたらしい。目の前には、プライベートビーチの白い砂浜が広がっていて。 ああ、こんな場所で誕生日を迎えられるなんて。 なんて幸せなんだろう。 キッチンの様子を見て。 でも、自分の誕生日に料理をするのもなンだかな? 持ち込まれたトランクを開けて、シャンクスからのプレゼントに頭を突っ込む。 「うわ…!」 なんだか、すごい高そうな洋服が、ゾロとサンジの二人分、詰まっていて。 スーツとかシャツとかズボンとか。畳んで入ってるのではなく、ちゃんと専用ハンガーにかけて入っているあたりが、なんだからしい気配り、というか。 ほへぇ、とサンジがトランクの中を覗き込んでいたら。 後ろからゾロが寄ってきて、ポスンと頭に手を置いた。 「で、何したいンだ、オマエは?」 ふ、とゾロに向き直ろうとして目に入ったもの。 2枚のスイム・ウェア。 「なぁ…オマエ泳ぐのスキ?」 「あン?まぁ、嫌いじゃねぇな。なんだよ、泳ぎたいのか?」 「うん。海で泳ぐのって、久し振りだから。しかも、なんか向こうのビーチの方に、沈んだ船が珊瑚礁になってるって、こないだのガイドに書いてあったから、素潜りしようぜ、ゾロ?」 ゾロが頭をくしゃくしゃと掻き混ぜて。 「んじゃ、着る物出してくれ」 長袖の袖を捲くった白い綿のシャツに、カーキ色のシルクタフタのドローストリング。上のボタンを4つほど開けっ放しにして覗かせた胸元には、細身の金のスネーク・チェイン。足元には、皮のサンダル。 こんな、夏のジゴロのような格好をしたゾロを連れて歩くと、やたら気恥ずかしいのはナゼだろう。 自分が、ポケットだらけの白デニムのダブダブな半ズボンに、ひまわりがでっかくプリントされた、ストレッチ素材のピッタリとしたTシャツ、白い布のサンダルなんかっていう、極めて普通の格好をしているからだろうか。足首に皮ヒモとビーズのアンクレットなんて、可愛らしいものだと思うけどなぁ。 ああ、オレって誰に言い訳してるんだろう、なんてサンジは思うけれども。 そもそもゾロの格好って、下に水着を着るような服装じゃないぜ? 道行く老若男女の視線をゲットしまくりのゾロに、フンと鼻を鳴らすと。 注目を浴びているのをちっとも気にしていないゾロが立ち止まって。 「なァにブスくれてやがる、コラ」 ブルーグレイのサングラスの下にあるグリーンアイズは、きっと面白がるような光りを宿しているに違いない、からかうような口調。 「べェつに。つか、オマエなんでオレより目立ってンの?」 「…さァ?」 クス、と笑うゾロはなんだか楽しそうで。 あー、それだけで、オレもなんだか嬉しいって、終わってるよな、オレも。 頭をカシカシと掻いて、照れ隠しをするサンジの腕を引っ張り。 「海行く前に、ローション買っていこうぜ?」 ゾロが笑いかけた。 途端。 キャーッと黄色い声が上がって。 「…なんだァ?」 ゾロが眉根を寄せる。 「なンだぁって…オマエ…自分の行動、気付かねェ?」 「オレが何したってンだよ?」 わ、わかっててやってるンじゃねェの、コイツ??? 「なぁ、ゾロ」 「あン?」 「オマエさ、自分が人目惹く人間だって、知らねェの?」 ゾロは一瞬考えて。 「…オマエを見てンじゃねぇのか?」 …………天然か、コイツは。 がっくりとゾロの肩に懐くと。 さらに嬌声が上がって。 「ほら、オマエだろ?」 なんて、ゾロの笑いを含んだ声がして。 あーもーいいや、なんでも。とりあえず、海だな、海。 そうやって自分の気持ちを切り替える。 ☆ 4☆ 遊園地のアトラクションの間を抜ける、石畳の道に沿って、ビーチ近くまで行く。 ここは夜になったら冷えるとは言え、やはり南国パラダイスには変わりなく。 まだ3月だというのに、水着を着てローラーブレードに乗った美女なんかがチラホラいて楽しい。 砂浜に降りる前に、ローションを買いにショップに入る。 「サンジ、オマエ、日に焼けたい、焼けるのは避けたい?」 目標のものをス、と見つけたゾロが、サンジに声をかける。 「あー…焼けると赤くなって、火傷になっちまうから、避けたいかな?」 「わかった」 そうして、ゾロは3本のローションを買い。 ついでにタオルやパラソル、ゴザなども借りていく。 洋服を入れるためのバスケットなども借り受けて。 「オマエ、水中で視界利く方か?」 「え、ナニそれ?」 「水中で目が見えるか、って訊いてる。せっかく珊瑚礁見にきたのに、見えなかったらしょーがねェだろ?」 「ああ、そういうことか。オレ、もともとあんま目ェ良くねェから、いらねー」 「解った。シュノーケルとフィンは?」 「んん…それもいらねェ」 「…まぁ、必要なら、また後で買いにくりゃイイか」 そうして手際よく用事を済ませてから、砂浜へと向かった。 白くて熱くなり始めている砂に足を踏み入れ。 寂しくない程度には賑わっているが、それでも充分に広いビーチで、パラソルを広げ、ゴザを敷き。 ゾロがさっさと服を脱ぎ始める。 現れる引き締まった体。 水着は、黒地に赤い炎のプリントが入った、ショーツ型のスイム・ウェアだ。 軟弱ではない程度に色が乗った素肌に、金のネックレスがイヤミでなく似合うのが、同じ男として悔しい気もする。 ま、これで外見ジゴロから自分と同じ年頃のヤローになったから、イイけどさ。 ふと、遠くから一心にゾロを見ては笑い合ってるステキなお嬢様方に気付いてしまった。 内心、サンジは複雑である。 けれども、ゾロはワザとムシしているのか、気付いていないのか。 「ローション塗ってやるから、さっさと脱げ、サンジ」 他意の無い声で言う。 「え、けど、これから潜るンだろ?」 「あンな」 呆れ声のゾロは溜め息を吐き。 「スキューバじゃねェんだから、潜ってるよりゃ水面に浮いてる方が長いだろ?水面は光りを反射するし、遮るモンは何もねェから、余計に焼けるに決まってるだろ?」 「うあ、そーでした。そうか、海って、日に焼けるンだよなぁ…」 「何寝惚けてンだよ、オマエ」 ゴチ、と頭にコブシが軽く当てられ。 「ほら、脱げ。それとも脱がされてェのか?」 その言葉に、サンジはブンブンと首を振る。 いや、タダでさえ、こんなに目立ってンのに…更に目立つようなコトされて堪るかよ…。 慌ててシャツと短パンを脱ぐ。 こういう場所は、水着を下に着っぱなしでもヘイキだから楽だ、なんて思う。 サンジの水着は、やはりショーツタイプのもので。 色は淡いオレンジ。サイドのシームが白いところがポイントらしい。 白く、日に焼けていない肌。 それなりに、筋肉はちゃんと付いているのに。 ゾロの体と、一体どうしてこんなに違うのだろう。 マジマジと自分を見詰めるサンジに、ゾロは目を和らげて。 「背中塗ってやるから、こっち向けろ」 「おう」 キュポン、とローションのビンが開けられて。 「自分で塗れるとこは塗っておけよ?」 不意に耳元で声がして。 一瞬ゾクッとする。 「わかってるって」 それを誤魔化すように、わざとぶっきらぼうに言って。 背中に感じる、心地よく冷たい日焼け止めローション。 甘いココナッツの匂い。 そして、背中全体を隈なく辿る、ゾロの大きくて熱い手。 時々、涙が出そうに幸せになるのは、こんな瞬間。 やさしく触れられる度に、そこに愛があるって思える。 ただ、それだけじゃ満足できなくなるオレってば、欲張りなのかなァ? 自分でも、腕や胸にローションを塗りたくりながら、改めて自分で触るのと、触られる感触の違いを味わう。 「…ちゃんと顔にも塗っとけよ?」 首の後ろ側を、マッサージするようにローションを塗られると、それだけでゴロゴロと喉を鳴らしたくなってしまう。 「…ウン」 さすがに塗ってくれ、とは甘えられなくて。 そんなコト言ったら、きっと我を失って、ゾロが欲しくなるから。 あああ、オレってば…すっかりゾロにメロメロ? サンジがうにゃうにゃと考えている間にも。 ゾロはさっさと自分に日焼けローションを塗りたくって。 思いの他やわらかい身体のゾロは、器用に自分の背中にも満遍なく塗りたくって。 「んじゃあ、行くか?」 口の端を持ち上げて、サンジを見下ろした。 「おう」 グダグダと考えるのはやめて。 サンダルを脱ぎ捨てて、水際へダッシュ。 焼けた砂から、一気に暖かい砂に足を踏み入れる。 そして、柔らかく力強い波が、足元を濡らし。 「ひゃひゃひゃひゃひゃ、気持ちイー」 苦笑を浮かべて近寄ってきたゾロに、笑いかけると。 「オマエな、準備運動もせずに入ると、足ツるぞ?」 腕を引かれて、砂の上に戻された。 「軽くでいいから、解しておけ。な?」 ☆ 5☆ 午前中いっぱい、水のなかで過ごした。 ダイビングスポットとして設けられた、沈没船の魚の家や、珊瑚礁を、素潜りで鑑賞し。 色鮮やかな熱帯魚たちと戯れて遊んで。 自分が2回息継ぎする間を、ゾロは1回で済ませてしまうところに、サンジは改めてこのオトコのすごさを感じたりしながら。 二人は誰にもジャマされることなく、素潜りを楽しんだ。 水から上がるたびに、買ってきた水を飲んでいたので、あまりお腹が空いた感は無かったけれど。 ゾロの提案でランチに行く頃には、すっかりお腹が空いていて。 ビーチの傍の屋外シャワールームで、塩気をカンタンに洗い流して。タオルで水気を拭き取って。日焼け後のスキンケア・ローションを塗ってから、水着の上に服を着込む。 気温はかなり暖かいので、それはすぐに乾いてしまうし。 コテージに着替えに戻る時間が惜しいほどに、腹が空いていたので。 時刻は気付いたら、午後の1時を回ったところで。 そろそろランチのピークも過ぎる頃だから、丁度いい按配なのか、などとサンジがツラツラ考えている間に、ゾロはさっさと返すものは返して。 「何が食いたい?」 ビーチ沿いの道を、並んで歩きながら。 さっさとかけたサングラスの下から、相変わらず柔らかい眼差しでサンジに訊いた。ゾロの髪は、いつもと違って、オールバックに毛が寝ていて。さらにジゴロ度アップだ。 額を出して、オトコマエ度がアップするなんて、反則だ。 サンジはチッ、と心内で呟いて。 自分が今のように、前髪をサイドにかき上げていると、幼く見えてしまうのが気に入らないらしい。 けれど。 金色のフィルター無しでゾロを見るのは、楽しいから。 ま、いいか、今くらい、なんて思い直す。 「うーん…なんか、ロブスター食いてェ。熱帯魚って淡白で、あんまり美味くねェんだよなぁ?」 「さぁ?あんまり美味いってハナシは、聴いたことねェな、そういや」 そして、サンジがふと見上げた先に、ロブスターの看板。 どうやらまだ営業中のようで。 いきなり空腹感が、耐えがたくなって。 「ソコにしねぇ?」 指で指し示す。 「ああ、そうだな」 あっさりと頷かれて。 そうか、やっぱコイツも腹減ってンだよなァ…。 なんて、サンジは思わず感慨に耽る。 扉を開けた途端、聴こえてきたのは軽快なディクシーランド・ジャズ。 総板張りで、木の柱や桟がすぐに目に付く。 あちこちに観葉植物やウシの角や、ロープ、鞍などが置かれていて。なんだかワイルド・ウェストなレストランの、薄暗い店内に入って。 Tシャツにジーパン、あっさりとした黒いエプロンが制服の、店員に案内される。 パラパラとメニューを見て。 「黒ビール、大ジョッキで二つ。ンで、ロブスターを、湯がいたのと、オーブンで焼いたのを1尾ずつ。バターソースとレモンソース、持ってきてくれ。あとはフィッシュ&チップス。それもビネガーとケッチャップと塩を一緒に頼む。他には、スキャンピーのフライな?…サラダに、大根の和風ドレッシングのヤツ」 ゾロがさっさと決めて、店員にオーダーする。 「他になンかいるか?」 「ん〜…とりあえず、そんだけ食って。ああ、えっと、ガーリックトーストを」 「かしこまりました」 さきにビールが運ばれて。 ゾロと大きなジョッキで乾杯をする。 黒ビールは、甘くてふんわりとリッチで。 ゴクゴクと喉を鳴らしながら、爽やかな苦味のあるそれを呑む。 「すきっ腹だから、考えて飲めよ?」 ガーリックトーストを渡されて。 「わかってるって」 ガジ、とクリスピーな外側を齧る。甘さとショッパさと、大蒜の芳香が口中に広がって。 一瞬で幸せになる。 「はー…こーゆーシンプルなのって、腹減ってると、めちゃくちゃ美味いよなぁ」 思い切り、顔が綻ぶのが、自分でもわかるくらいに幸せな気分。 「まぁ、泳いだ後だしな」 さっさとジョッキを空にしたゾロは、店員がサラダを運んできたついでに、次のジョッキを頼んでいる。 「オマエって、ホント酒強いよなぁ」 サラダを取り分けながら言うと、ゾロはうっそりと笑って。 「まぁ、小さい頃から呑んでたしな」 パクン、とガーリックトーストを齧る。 「それに、ホント気持ちよく食べるよなぁ?」 大きな口に、魔法のように食べ物が消えていくサマに、シミジミと魅入る。 「ソレはオマエだろ?」 ゾロがヒョイと眉を跳ね上げて笑う。 「…そうかなァ?」 「おお、オマエ結構、幸せそうにパクパク食べるぜ?」 「うぁ、そんな顔出まくり?」 「ああ」 に、とゾロが笑って。 「うわ…ちょっち恥ずかしいなァ…ガキ丸出し?」 「んあ?別に、いいんじゃねェの?不味そうに食うヤツよりゃ、100倍いいだろ?見てるこっちまで、幸せになるし。なんだか自分が食ってるものまで、美味く感じるしな」 「んん」 考え込んだサンジに、ゾロがククッと笑って。 「オマエが作った酒。客が美味そうに飲むと、オマエ、嬉しいだろ?」 「あ、そっか。そういうコトな」 客が、自分が出した酒を、それは美味そうに飲んでくれる時。 たしかにオレは、嬉しいし。仕事にやりがいを感じるし。幸せな気分になる。 どうでもよさ気に飲み干された時は、妙にやりきれなく、寂しい。 それは言葉に発せられなくても。 ちょっとした表情の変化とか、口の端に上る笑みだとか。 そういったコトからでも、読み取れるサインがあって。 …ゾロだって。滅多に褒めてはくれないが。それは美味しそうに自分が作ったソルティ・ドッグを飲み干してくれるし。そんな時は…とてつもなく、幸せな気分になったりする。 「けど、それって、自分が作ったからじゃねェの?」 「…ん。例えが悪かったか?オマエさ、オンナとメシ食ったことねェ?」 「いや、そりゃさすがにあるけどさ」 「どっかレストランとか行ってさ。美味そうに食べて飲んで笑ってくれると、別に惚れてもいねェオンナでも、結構幸せになンねぇ?」 「あー…そうだなぁ…うん。別に知り合いとかじゃなくても、店で美味そうに食ってる人がいると、結構この店、期待できるって、思うよな、うん」 ゾロは笑って、ジョッキを傾けている。 「…それが好きな人だったら?」 「もっと幸せ…」 げげん、オレって、今、ナニゲにタらされなかったか…? ゾロを見上げると、やっぱりやさしい顔で笑っていて。 …なんだ、このやさしさ全開笑顔は…?つか、どうしちゃったのさ、いつもの剣呑さはどこにやっちゃったのさ??? 妙に照れてしまって。サンジは思わず手元のビールをゴクゴク飲んでしまう。 ゾロが、それに対して、片眉を跳ね上げて。 「オマエ、酔っ払ったらオレに喰われると思え」 にやりと笑われた。 「〜ッ、酔っ払ってなくても、喰うんだろッ?」 真っ赤な顔で反論を試みたサンジに。 「ふーん?オマエ好きそうだから、この後サーカスでも行こうかと思ってたケド。そんな熱烈なお誘い受けたんじゃあ、乗らなきゃ損だよなぁ?」 「〜〜オマエ意地悪ッ!サイアク!!ぐあああ!!!」 頭を抱えたサンジに、ゾロはくくっと喉を鳴らして。 「だから、あんまり飲みすぎるなってコトだ」 腕の間から、赤い顔を覗かせて睨みつけるサンジに。 「ま、しっかり先に食えばダイジョウブだろ?」 そう言って、やっぱりやさしく笑いながら、ゾロは2杯目のジョッキを空にした。 サンジは思う。 あァ、やっぱコイツにゃ勝てねェ。 ☆6☆ サラダをモリモリと食べながら、プリプリのロブスターの身を、レモンとバターで交互に味わって。 その後、ゾロがオーダーしたフィッシュ&チップス(正しい食べ方は、塩を振って、モルトビネガーをわんさかかけて、ケチャップに付けて食べるのだとゾロは言う)を、分けてもらって、腹を満たした。 たっぷり運動した後だからなのか、それらがとてつもなく美味くて。 ゴキゲンなままに、タップリと黒ビールを飲んで、仄かに酔っ払い気分のまま、サーカスに足を向ける。 ショーの開演時間までには時間があったので、すれ違うオンナノコたちのファッションを楽しみ、出店を冷やかしつつ、大通りをプラプラ歩いて。 「あ、なぁなぁ。射的あるじゃん。オマエ、やンねぇ?」 サンジがいかにも、な店を見つけて。 「射的か?…オレじゃ、きっとつまんねーぞ?」 「なんで?オレ、あれ欲しい。あの、どでかいクマのぬいぐるみ。体長…1メートルだってよ。アハハハ」 サンジの目に止まったのは、砂色のフェイクファーで作られた、大きなテディベア。虹色に透き通った大きなリボンが、上品に首に飾られていた。 「…アレを持って歩くのか?」 さすがにそれはイヤだぞ、とゾロは顔を顰め。 しかしサンジはゾロの腕を引っ張って、アレが欲しいとおねだりしてみる。 「だってサ、ボクを連れてって、ってこっち見てるじゃねーか」 確かに、真っ黒いつぶらな瞳が、ビニールの中からこちらを窺っているように見えた。 射的屋の主人が、にやり、と笑って。 「阿仁さん、とっておやんなさいよ。5回チャンス、合計たったの1500点で美人さんの物だよ?だ〜いじょ〜ぶ、ココで泊まりのお客だろう?宿泊所まで、サービスでお届けするから。試しに1回、やってみなさいよ」 ゾロは溜め息をついて、的を見る。 「ルールはなんだ?」 「よっ!待ってました!」 主人はサンジと視線を合わせ、にやりと笑って下手なウィンクをかました。 「最初に、10、20、30、50って書いてあるコマを、ガラス瓶を避けて落としていくだろう?そのチャンスが3回で。後の2回は、x2、x5、x10って書いてあるコマを落とすンだ。それで、最初の3回で取った合計点数を、後の倍率アップコマでかけるんだ。サイコウで、50を3コマ全部、x10を2コマ取って、合計15000点まで取れるって仕組みだ。まだ、誰も取ったことないけどな」 ヒヒッと主人は笑って。 「ほいじゃ阿仁さん、せいぜい頑張ってやっておくんなさい」 そう言って、古いおもちゃのライフルをゾロに手渡した。 「ためし撃ちは無いからな」 「ゾロ、ガンバレ!!」 サンジはにっこにこの笑顔を浮かべ。取り出したタバコを口に咥える。 ゾロは肩をしゃくって。 ひょい、と慣れた仕種で、ライフルを構えて。 サンジがタバコに火を点けている間に。 ポンッ。 コトン。 最初のコマを落とした。最初は10で。 「…おっさん。コイツ、ずれてる」 「…阿仁さん…いや、それはいいとして。きっちり照準どおり撃てたら、こっちが商売上がったりだろう?」 何かを言いかけて、主人は言葉を選んで。 ゾロは納得したように片眉を跳ね上げて、次を構える。 ポンッ。 カタン。 次はきっちり、50を落として。 「…兄さん、あの阿仁さんは…スゴイねぇ」 サンジと同じようにタバコをぼんやり蒸かしながら、感慨深げに主人が言った。 「まぁ…オレの連れだし?」 サンジは、にこおと笑って。 ポンッ。 コットン。 「はー…いやいや。スゴイな阿仁さん。今、合計110だね」 呟いた主人を気にすることなく。 ポンッ。 カタン。 ポンッ。 カッタン。 2回連続で音がして。 「…兄さん、ワシは、もうすこしムツカシイ的を用意するべきかね?」 ゾロからおもちゃのライフルを受け取りに立ち上がりながら、主人が首を左右に振った。 「いやー…コイツがすげェだけだから」 タバコの灰を、灰皿に落として。 「…オマエなぁ。欲しいっていうから、わざわざ取ってやったのに、なにオッサンと仲良くモクってんだコラ」 サンジの額を、ツンッと指で突付いて、ゾロが笑った。 「えー?」 「ほらほら。このテディの他に、何が欲しいんだい?合計11000だろう、まだ9500点、残ってるよ?」 呆れ顔の主人が、サンジに声をかけて。 「ええと…ゾロは何か欲しいモンねェの?」 サンジがく、とゾロを見上げ。 「特には…ああ、じゃあ、そのでっかい黒い犬のぬいぐるみくれ。伏せしてるヤツ」 「…阿仁さん用にかい?」 「なワケあるか」 ゾロが主人の言葉に、苦笑いを浮かべ。 「シャンクスに、土産。…ベンさんに、似てねぇ?」 「……」 ポン、とサンジが手を打って。 「似てる似てる!アハハハハ!!!」 ゲラゲラと腹を抱えて笑うサンジの頭をくしゃりとして。 「さ、残りさっさと決めちまえ。もうすぐ開演時間だろ?」 「ああ、阿仁さんたち、サーカス見に行くのかい?」 主人がにんまりと笑って。 「なら、急いだほうがいい。今来ているサーカスは、かなりの人気だからな。早く行かないと、席が無くなる」 「ああ、わかった。じゃあ、オヤジさん。テキトウになんか、送っといてくれ」 サンジがにこおと笑って。 「おお!きっと気に入ってもらえるようなものを詰めておくさ。さぁ、行った行った」 主人が手を振って。 サンジは手をあげて、主人に別れの挨拶をしてから。 ゾロの腕を捕まえて。 「じゃあ、行こうぜ、ゾロ」 先を促した。 next BACK |