「なァー、バカエースーー」
「バカ、は余計でしょーに、サンちゃん」
「あンな?」
ひょい、と返答を無視して蒼が見上げてくるのを濃い茶が見下ろす。
「ハン?」
休み時間の屋上、何とはなしの定位置らしい。
賑やかに白黒のボールを15分の休憩だというのに追いかけている中等部の連中がいて、そのコドモらしくまだ高い声はギリギリで上がってくる。
「なんでおまえ、おれのことだけ“ちゃん”付けてンの」
「―――りゃ、」
そういやそうだな、とエースがにかりとした。
満腹のネコじみた、どこか剣呑でも人懐っこい笑みだが、この“ネコ”はけれど大猫で多分にワイルドだから油断ならない。
「そういやなんでかねー?」
うーん、と空を見上げている。
ピアス共が金属の光をちかちかと弾いて、サンジは少し目を細めた。
うううーーん、と軽く唸ってみせながらまた手すりに凭れかかり。
次いで、ひら、と上腕だけで身体を半分以上柵に乗り上げている。踵を潰してはいた黒のスリップオンがぱた、と片足分コンクリートに落ちていった。長い足がぶらーん、とのんびりと垂れた。
いつだって女の子が「きゃーきゃー」言う「あーん、ナイスバディッ」(実際にそう言っている)とやらが遠慮なくしなやかに隣で好きなように日差しのしたに存在してはいる、が。
サンジにはこのオトコはあくまでただの……「コイビトの親友」で自分のダチである。
「うーん、」
空を見上げていた横顔が、突然こっちを向いたのでサンジが眉を片方引き上げてみせた。
「そりゃ、やっぱサンちゃんだからっしょ」
「理由になってねェ」
ぶー、と親指をサンジが下向ける。
「マジで知りてェ?」
に、とエースが唇を引き伸ばした。
サンちゃん、と。
舌先にも嵌ったピアスの所為か、元からなのか。エースの語尾は少しだけ甘くなる。
ちかちか、とサンジのアタマのなかで警告灯が点滅する、が。
「おう」
答えた。いつだって答えは知りたい、それがサンジの性分だから仕方がない。
「そりゃ、おまえ」
にぃー、と。
エースがまたわらう。
「サンちゃんが、おれの大事大事のヒメだからに決まってるじゃん」
―――ハ?!がまずは表情からのサンジのリアクションで。
次いで。
「おら、だれがヒメだッ!!」
であった、これはコンマ5秒後。
「きゃーーー、ジョウダンよーーー!怒ったらコワイーーー」
ひゃはは、とわらうエースは大口を開けてはいるが、明らかに目は面白がっている。
「なァんだよ、ヒメじゃ気にくわねェー?」
あたりまえだ、ボケ、とサンジが切って捨てれば。
キィ、と背後で開けっ放しだった扉が誰かがやってきた所為でまた閉じられていた。
軽い足音。
「あ、よー、ゾロ!」
ひらひら、とエースが手を振り。
「なんかロクでもねェ話してやがったな?オマエのツラでばれてっぞ、バカエース」
する、とあたりまえのようにゾロがサンジの背中側から手すりに片腕を掛けて、空いた右手で幼馴染の額を小突いていた。
「あらま。二人揃ってヒトをバカバカと」
痛いなあ、とまた笑みで目元を崩してエースがにやりとする。
「それにオマエの弟も足しとけ」
フン、と長い付き合いのゾロは右から左に流し。
「お?カワイイ小猿がなんだって?」
「“おー!ゾローー!上いくのかあ!バカアニキによろしくなあ!!”だとよ」
「へえ?まいいや。別にロクデモなくもねェぜ?サンちゃんがさ、」
「ん?」
ひょい、とゾロの翠眼があわされ、サンジが当たりまえのように、ちら、と笑みで返す。
「なんでおれだけ“ちゃん”づけなのか。って訊いてたンだよ」
ふい、とゾロが真面目な顔を作り。反対に、エースが口端を引き上げて見せた。
「……サンジ、」
「んん??」
声まで若干シリアスだ。
「このアホが、おまえのこと“ちゃん”なしで呼んだら即行おれ呼べよ」
「は?」
視界の隅にいるエースがぺろ、と唇を舐めてみせ。
赤い舌と埋められたメタリックな光沢が酷く鮮烈なコントラストを引き出していた。
「このクソエースは、」
ゾロが、また幼馴染を振り返るようにしていた。
「喰っちまう候補か喰い終ったヤツか家族しか呼び捨てにしねェんだよ」
「おー、せぇいかーい。さすがゾロ!」
わははー、と背後でエースがわらってサンジにひらひらと手を振って寄越す。
「ゾロはー、家族扱いなァー」
大層、いっそ白々しいほど爽やかにエースが宣言し。
けれど目が、ちがうんだよー、とこれまたジョウダンとも本気ともつかない色味で煌いていた。
「でー、サンちゃんは、やっぱヒメじゃん?」
「はァん?だぁからどうせなら王子にしとけよ!!」
言い切ったサンジに、エースが一瞬目をまるくし、けれどげらげらと笑い始め。
「なンだそりゃ?」
ゾロはどこか憮然とした表情でいたのだ。
始業のベルが聞こえ。
次は例のドレッド教師のコマだから少し遅れてくか、などと三人はちっとも急ごうとはしていなかった。
風が、酷く気持ち良い具合に吹きだしてもいたので。
しばらくは、ここに残っていそうな気配である。
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