2.
「なんで、おまえはいつも。ディールの現場におれを連れて行く?」
走り始めた車のバックシートに背中を預けながらサンジが言った。

おれはいつも。
ただのガキのころ。なにかが足りない、なにかが足りないなにかが足りないと。
いつも喚いていたそうだ。
そう、サンジに話し掛けた。果たして訊かれたことへの答えになるのかどうかはわからなかった
けれども。

「オマエが?」

サンジが、うすく唇を引き伸ばすのを。横にいる男のその様子を、眼もあてずに
ゾロは感じ取っていた。

「ああ、手に負えなかったんだとよ。ペルに以前、言われた」

「アイツも気の毒に。てめえみたいなガキのお守か」

くすくす、とサンジが僅かに肩を揺らせた。

「大幹部への道を歩むかと思いきや、若サマの子守りかよ。ああ、おれはあのヒトに同情する。
てめえみたいなガキ、おれは死んでも面倒なんざみたくねェな。」

のんびりと、窓の外を流れる白日の日差しを。蒼がみつめている。
ダウンタウンを越えて、シティのアウターリムに向かう代わり映えのしない景色。

「アイツは相当な幹部だぞ?」
「―――あァ、でもさ。いまだにてめえに苦労させられてるじゃないか」
すう、と。自分の背中側で。自分をあっけなく翻弄する男が静かにその掌を上向けるようにしたのを
サンジはガラスの反射で知り、じっと。ガラスを見つめていた。

「なにが足りなかったのかおれはいまじゃあ覚えてもいないし、ガキが喚く理由なんて普通はだれも気に
とめないだろう?」
「だろうな、」
「ところが。アレは訊いたらしい。おれに、なにが足りないとおっしゃるんですか、と」
「ああ、あのヒトらしい。生真面目だ」
くく、とまたちいさな押し殺したような笑い声。


「しにたくないとおもえるりゆうがない、」

「―――え?」

「死にたく無いと思える理由が無い、と。言ったんだとさ、ガキが」
思わずサンジがカラダを向きなおさせ、翠をまっすぐに受け止めることになった。
「大人の話を漏れ聞いたのか、何故なのかはわからなかったらしいが。アレは、ならばあなたは
それをはやくみつけなさい、と。おれに言い聞かせたんだとさ」

あわせられたままの双眸に向かい、男が歌うように告げる。


「後悔はしたくないんだよ、」


最後に、オマエの顔がみたかったなんて思い返したくないからだ、と。
そう告げる男の肩越し、窓の向こうに流れるのは渇いた岩色の荒れた土地。
そして確かめるようにゾロが笑みを浮かべる。
「最後になっておまえのツラ見たかったなんて思い残したくないし、それにな―――」
続けられた。

「ペルが言うには、おれにはどうやら生きることへの執着がないらしい。おまえがいれば少しは、
おまえが生き残れる確信が持てるまでは、おれもくたばらないらしいとアレは思っているようだ」
小さく笑った。


「おれのしていることは、命懸けのゲームだ。カードの相手がいつも正気とは限らないだろう、」
サンジの唇に挟まれたままのタバコが半ば以上灰になっているのに、手を伸ばし抜き取った。
「目の前のおれを片付けちまえどうともでもなると思っているバカ野郎や、てめえの力量を
推し量れねえマヌケとか、追い詰められたキ印じゃないとは、言い切れないだろう?」
「おれは自分の身くらい自分で守れる」
自分の眼差しを捕らえて、そうまっすぐに言い切る相手を。言い表す、まして自分の内に
起こる波を表すに足る言葉を、おれは知らない。そうゾロは思う。
「わかっている。だから、おれはおまえに固執するんだ」

涸れた色だ。流れていく。
僅かに見開かれたおまえの蒼とは比べようもないほどの単調な色が。
その後ろで。



忽然と視界に現れる。廃業寸前の小型飛行場にもみえる施設。けれど、そこはそんな
穏やかにひなびた風情など欠片も纏ってはおらず。
「オトナシクしてろよ、」
するり、と。額からいつも冷たい指先が髪に差し入れられるのを感じた。
とんとん、と何回かかるく頭蓋をノックされる。
ドアが開き、閉ざされ。
次にまたそれが開けられるまで、自分は眼を閉じるのだ。
遮断されたドライヴァーズシートの男はエンジンを静かに切る。


聞かなければ良かった、あんなことを。
サンジは思う。




これ以上、オマエに。おれの中を喰い荒らされたら、おれは
叫びだすかもしれない。









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