The
Scent of Magnolia
「ロロノア・ゾロだな―――?」
複数の影が現れる。
「退け。」
それが合図のように。遠まきにしていた影が鋼を陽に照り返し近づきかけ。
馬鹿が、吐き捨てるように呟かれた声を聞けた者はいなかった。
船を下りたとたんに、こうだった。
自分がまともに相手にしようと思うほどの「強ェ奴」はそういるものでもなく、どこからともなく
格が違いすぎるほどの連中が次から次へと性懲りもなく現れる。元「海賊狩り」の現賞金首
相手の功名目当てか一発勝負か。どうもこの街はよからぬ輩の人口比率が高いようで、
ゾロはげんなりする。
自分から死ににくるようなヤツにかける情けは持ってねーんだよ。
自分の中途半端な手加減が、かえって相手を一生の不具にすることは承知の上で微妙に
真剣さとは離れた所にいる自分を意識する。
誰が殺すか。馬鹿馬鹿しい。
「これ買ってきてくれ。早くナ?」
ほい、と紙切れを渡して当然のことのように言いきってた。
俺はただ単に酒屋に行って帰ってくる、要はただの「使い」に出されただけなんだよ、
まったく。
「・・・・・・にしても。どこだよ、ここは?」
ゾロはうんざり。人気の無い所、無い所へと「立ち回り」しつつ斬り捨ててきていたので、
さっぱり。元来不安定な方向感覚が、お陰さまでパア。になっている。そもそも、こういった 手合いのたむろしている辺りは、サンジのメモ書きにあるような、きっちり直線の通りの交差 する街の中心などであるはずも無く。あらためて見回してみても、街ハズレ、の感がある。
「まいったな、」
「早く」なんて戻れそうもなかった。血であるとか、倒れているロクデナシドモとか。
そうありがたくもない目印を頼りにゾロはとにかく人気のある通りへと出ることを決め、
歩き出した。
ところまでは良いが。
どうやら同じところをただ回っていたらしい、とゾロが気づいたのは比較的負傷度の軽い男が足を抱えて唸っているのを2回、通り過ぎてからだった。
「マジかよ。」
溜め息混じりに、自分の近づいたのに怯えて声も出なくなった男の襟元を掴んで無理矢理
立たせ。用済み、とばかりに路肩にそいつを放り出す。このあたり、若干昔の通り名を彷彿とさせる感あり。その間ゾロの放った一言は、「オイ、帰り道教えろ」だった。
どうにか、街の中心付近へ戻れたらしいのは、その浮き立つような空気からも感じられ。
とりあえず、上出来。とは思うものの。大通りから一本裏に入った石畳の道を歩きながら、
不快なほど血を吸った黒のスウェットを手で摘み肌から浮かせる。これじゃあいくらなんでも
ちょっと店には行けねえだろ、と思案していたところ、ちょうど目の前に宿。
おびえる女将に「ケガ人運ぶの手伝ったんだ、」とか何とか適当な事を言い安心させ。
このあたりの行動は多少なりともあの料理人の影響を少なからず受けていることを、ちらり
と意識させられた。以前までの自分なら、相手が怯えていようがどうしようが、関係なかった
ハズだから。部屋代を払い「汚れ」を落し、適当に買ってこさせた服に着替え。多少さっぱり
した気分になったところで、自分の用事を思い出す。
「、やべ・・・。」
足早に目的の場所に向う。
(メシの仕度に間に合わなかったら何言われるかわかったもんじゃねえぞ。)
どうせ料理に要るんだろうと、そんなことをつらつら思いながら歩くゾロには、自分が今日
まさに「海賊狩り」と称されていた頃の日常を追体験していただけだ、との意識はさっぱりと
なかった。ゾロの後に残された連中が全員まがりなりにも息をしていた、という点が唯一、
違っていたけれども。
「兄さん、コレ飲むのかい?通だね!」
酒屋のオヤジはそう言いながら、ゾロに丁寧にくるんだ壜を手渡す。
「料理に使うんじゃね―のか?」
真剣に聞き返してくるゾロの背中を、オヤジは一瞬真顔になるものの大笑いしながら肉厚の
手でばんばん叩き。
「あっしの女房もあんたのツレくらい良くできてりゃな。イイ男は得だな、こりゃあ」
「ア?」
この海域でもウチの店しか置いてない、秘蔵の酒なんでさ、これはね。そういって片目を
つむってみせた。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
「遅い。」
時計を睨みつけるようにしてサンジは言った。しん、と珍しく波音が聞こえてきそうなほど
静かなラウンジ内に、時計の針の音だけが正確に響き。明日の夕方頃までには戻る、との
極めてベーシックな取り決めで他のクルーは既に思い思いに上陸していた。吸殻が相当積み
上がった灰皿にまだ吸いかけの煙草を押し付け。
「あの、バカ。」
乱暴にドアを開けると甲板へと出て行った。ゾロを送り出してから、3時間程が経過していた。
フツウに往復したって40分もかからない程度の距離に、これ以上は無いってくらい解かり
やすく描いた地図までつけてやって、なんでこんなに時間かかってんだよ。
迷子か?もしかしたら迷子になってやがんのか?!あぁのクソ迷子男が!!
いらいらいら。と甲板を早足に端から端まで往復し。
チクショウ。やっぱ、一人でいかせるんじゃなかったか?いや、まて俺。そもそも大のオトナが道に迷うなんて可能性をシンパイしてやる方がオカシイんじゃねえか?あああったく!喧嘩っ早いわ人相悪いわのクセに、迷子。なんてほんとに碌でもねえヤツだぜっ。でも。
足が止まる。
「鷹の眼」ほどじゃないにしても。相当使えるヤツに勝負申し込まれたら黙って受けるな、
アレは。殺られるってことは無いにしても、あいつなにしろ万年大怪我男だし。出血多量で
ブッ倒れたりとかしてたら、戻ってこれねえよな。
ちらっと目をやる夕刻の空には月が白く浮かんでいる。
自分の不穏な考えに、ポケットを探り新しい煙草に火を点ける。
細く長く煙を昇らせ。手すりにもたれ掛かる。
「マサカナ。アホくせえ」
でもまあ、コレ吸い終わっても戻ってこなかったら探しにでもいってやっか。と考え。
ああ俺もあまくなったもんだ、と手すりに半身を折るようにして溜め息なんぞついてみる。
ふい、と海面から目を上げた先、長い歩幅で埠頭を歩いてくる端整な姿。
「あ。」
唇から、煙草が波間に落ちていった。
「おまえ、一体なにしてんの?」
船に戻ってきたゾロをみて、二度目の溜め息。なんか、行きと服の色、違ってねえか?
いや明らかに上が違うだろ。マジで何やってたんだよこのアホは!
近づき、すう、と真顔になる。
「テメエ。怪我なんぞしてやがるんじゃねえだろうな」
わかってしまった。
服が違うのは、着替えた所為。熱い湯で流しても、消えないのは血の匂い。
不機嫌そうなカオはそのままに、ゾロがぐい、と腕を突き出し。
「あ、サンキュ」
サンジは、飲ませるつもりで買いにいかせていたものを確かに受け取る。
「ところで何人斬り捨ててきたんだよ?」
「わかんねえよ。雑魚ばっかだ」
サンジが空気の匂いを嗅ぎ取っているのを知り、別に隠しもしない。
「あのなぁ、おまえが今日着てた、あの黒の」
ああ、とゾロが返す。あれは、着心地が良くて気に入ってた。
「デッド・ストックものだったんだぞ。アホが。捨ててきやがったな」
「しょうがねえだろ。あれだけ血ィ吸ったらもう使いもんにならねえよ」
「そんなにかよ!」
「俺にいうな」
「なんでだ?」
「は?なにがだ」
「なんで、そんなに危なっかしいんだよてめえは」
声が、一瞬揺らぎ。俯いてしまう。
「サンジ―――?」
「フツウに、歩けねえのかよ、」
クソ迷子が。生意気に斬ったハッタばっかしやがって、とつぶやくように。
「いいか。一人でかってにどっか逝くんじゃねえぞ?」
言葉がでてこない。肝心なときに、いつも。
ゾロは手を伸ばし、ただその掌に金の髪を滑らせ。小さくサンジが吐息をついた。
そして。
だからなぁ、感謝しやがれ!といきなり大声。
「俺サマの天使のようなオーラがてめえの極悪ブリをいっつも中和してんだからな!」
「あのなあ、」
「現に、俺といるときにはンなことにならねえだろーが」
う、とゾロは言葉につまる。
たしかに、サンジの買出しにつきあわされて喧嘩に巻き込まれることはあっても。次から次へと碌でもないくらい刺客ともいえない低級の賞金稼ぎだの海賊崩れ共に付けねらわれることはなかった。皆無。
真相は、あたらずとも遠からず、といったところ。
サンジといると、ゾロの覇気というか寄らば斬る、的な刃物じみた物騒な気配が薄くなるから。まあ確かに、「キレイな兄ちゃん」と言い合いしながらも楽しそうに歩いている「イイ男」が、
あの。「海賊狩り」とは誰も思いもしないだろう。人間、見たいと思わない限りある程度の現実も無視できるのかその「イイ男」が三刀流ということも見落とす。
「、にしても。てめえ、血の匂い落ちてねえぞ」
「そうか?」
くん、と腕のあたりに自分のカオを近づけてみるゾロにサンジは軽く笑い。
きゅ、とその首に片腕をまわし抱きついてくる。
そして。
「お帰り。」
言葉と一緒に腕に力が込められる。
ゾロも腕をその背中にまわし。
「、ああ」
展開に当惑しつつも、答える。
これでも、こいつ、シンパイなんぞしてたのか?ゾロは自問自答。
腕の中のトワレの香りと。微かな煙草の残り香。いつのまにか、自分に馴染んでいた。
迎えてもらうのも悪かねぇな、などとゾロは思い。
柔らかな金の髪をかきわけるようにして耳元に唇で触れ。
くすぐったいのか、くくっと小さな笑い声があがる。
「おし。これでもうてめえのいつもの匂いだ」
そう言って、すこしばかり目を細めるようにして。
自信たっぷりに笑ってみせたサンジの表情は、ゾロの記憶の深いところにしまわれる。
# # #
ロロノア・ゾロ、はじめてのおつかい。
でも、迷子。あとはお二人水いらず。(苦)笑。ハルカさま、よろしければお収めくださいませ。
back
|