Stella by Starlight
Will you....
「なー、あした。なに喰いたい?」
「おれに聞くのが間違ってねぇか?」
「なんで?こういうのが良いとかあの味が良いとかそれくらいあんだろ」
夜の見張台の上。
ゾロとのシフトの交替前に夜食の差し入れなんぞ持って早めにサンジが登ってくるのが
当たり前になってきている近ごろは。会話することが増えてきていた。
「・・・甘くなきゃイイ」
「夜食にンなもんつくるわけねーじゃん」
「だから聞くなっつったろ」
ちぇ、とか言いながら。
それでも何となく目の前のヤツが嬉しそうにしているのは、
多分自分が差し入れの 皿を奇麗に平らげたからだろうとゾロは思うから
きちんと言う。
「ゴチソウサマデシタ。」
「おう」
やっぱり、満足気な笑みが返ってきた。
そろそろかな、ふと思う。
何もない暗い海面を眺める自分の耳に、いつも聞こえてくる。
最初は、少し驚いた。
少し掠れたそれでも十分、「甘い」といえる低い歌声。
本人がほぼ無意識らしいのは、そののんびりした態度からも明白で。
しばらく続くことも有れば、ほんの数小節で終わってしまうこともあるのを
自分が知っていることに、ゾロはナンだかいつも、居心地が良いのか悪いのか
わからないような気持になる。
その微かな歌声がなくなるまで、見張台を降りることのない自分にも。
最後のフレーズが波音に消えてから、自分が動くのを。
「じゃーな」
「ああ、お疲れ」
皿を片手に甲板へと降りるゾロにサンジも返事をする。
最初に差し入れしたときから、片付けまではしないまでも、
きちんと皿はキッチンまで持って帰っていた。
その意外なまじめさにナンだか新しい発見でもした気になったことを
思いだす。
何となく手持ちぶさたで、煙草に火を点けた。
Sing
毎晩聴いていれば自然と歌など覚えてしまうもので。
子供の頃から剣以外は興味などなかったから、初めて覚えた歌かもしれない。
夜空の高見の真ん中で、ふいと口をついてでる
1フレーズ。
続きは、すんなりと出てきた。
酔狂だなとは思うものの、他に誰がいるわけでもねえし、いいか、と
ごくごく微かな声で続ける。
記憶を辿りながらの、真夜中の時間潰し。
それでもやはり、あの声で歌われるほうがふさわしい気がしていた。
降り注ぐような星空の下
いとしいひと
きみを想うよ
that Song
もう少しで見張台の下に着く、その時に。
聞こえてきた。
聞きなれた、それでも初めて聴くこの声は。
歌ってる・・・?
微かな、声はたしかに。
これは、自分も良く知っている歌。それでも
耳に意外なほど心地よい声で小さく歌われると
別のもののようで。
じっと、耳を澄ませていた。
ヤツが恋のうた、歌うなんてな
for Me?
声が途切れてからたっぷり20秒数えて、サンジは
見張台の縁に手をかけ。
「よお」
「お。おお、」
普段は座っているくせに
珍しく手すりにもたれかかって立っていたゾロに。
いきなり声をかけられた。
覗き込むようなその目線のちょうど真下に自分の顔がある。
焦りを隠して、すとん。と降り立ち。
ほらよ、といつものように夜食の乗ったトレイを差しだす。
「サンキュ、」
自然と向けられる言葉。
こいつ、黙ってるけど美味そうに食うよなァ、
けっこう良い声もしてんだな、アホ剣士のくせに
サンジはぼんやりとそんなことを考えていた。
だから
ぼーっとしている自分を夜食を片付けたゾロがいぶかしげに
見ているのも気付かなかった。
「どうした?」
「あ、いや。さっきのうた」
「うた?」
ゾロの片眉が引き上げられる。
しまった。盗み聴きしてたのバレた?
こうなりゃ開き直るか?うん。
サンジの決断。
「登ってくるとき、聞こえたんだよ。おまえが歌しってるなんて意外だな」
「そりゃあ、てめぇが。毎晩歌ってっからだ。嫌でも覚える」
「はァ?おれ?」
「ああ」
「どこで」
ゾロが自分たちの座っている床を指さす。
「マジ?」
ウソついてどうするよ、とゾロが言い。
バラティエでも。
副料理長が歌をうたってるのは機嫌が良いとき、とコック達が
勝手に判断材料にしていたことをサンジは思い出す。
いつ俺がンなコトしたよ?と
睨んでも逆にバカにしたような顔で返してきたアイツら。
・・・・・・マジかよ?
はあっと大きくため息をつくサンジにゾロは
なんか余計なコト言ったか?と滅多に使わない心遣いなんぞしてみる。
が、しょせんは慣れないコトをしても無駄というもの。
コイツの気分がころころ変わるのはいつものことだよな、と
最後は結論づける。
「で。てめえは。明日は何食いたい?」
「あァ?」
ほらな、急にコレだよ。ゾロはひとりごちる。
「聞こえねーの?だぁから・・・・」
「てめえは、」
「「あ。」」
同時に声が出た。
視界をかすめたのは、あれは。
流れ星?
すうと一つが大きく明るい尾を引いて流れ
それが合図だったかのように満天の星が頭上を次々と
海へと流れはじめる。
自分たちに降りかかるような。
「すげえな、」
上を向いたままで言う。
「ああ、」
答える方も上を向いたまま。
流星群。
遮るもののなにも無い海面に。
満天の空から降る。幾百もの星の流れ。
それを見つめているのは
自分たちの他、誰もいない。
飽きずに眺めていた。
バカみたいに並んで、空を見上げていた。
気が付けば、交替時間はとうに過ぎており。
まばらになってきた流星群に、サンジもやっと
ポケットから煙草を取りだす。
隣のその小さな動きにつられたように
ゾロが言った。
「なあ。さっきの、」
それだけで。
「おう。なんでも作ってやる。言ってみ?」
ばっ、と身を乗り出すようにして。
眼がきらきらっと笑みを含み。
嬉しそうなその様子に、ゾロもちらりと微笑のカケラを浮かべ。
「ああいうのが、いい」
指さす先には。
ときおり思い出したように流れる名残の星。
「つくってくれるか?」
Stella
つぎの夜に。
「ほらよ、」
満足気な笑顔。
差しだすトレイの上には。シャーベット。
柑橘類をベースに微かにジンの風味をきかせてあり。
フルートグラスに入れられたそれに目の前でシャンパンを注ぐ。
立ち上る気泡が表面で小さく音を立て。
香りを立ち上らせながら泡がつぎつぎとはねる。
空のグラスと一緒に返された笑みに、どんな褒め言葉より嬉しいのは
どうしてだろう。
「たしかにな、」
「あ?」
心理の自己点検をしていたから、間の抜けた返事になる。
「うまかった。ごちそーさん」
「雰囲気だろ」
なんでっていわれたらわかんねーけど、と付け足す。
「ああ」
同意して、ゾロは見張台の手摺によりかかる。
波を切り、夜を進む船の音。
いつもと変わらぬ静かな夜。
「その曲、」
思いだしたようにゾロが口にする。
サンジもたいして気にした風もなくふ、と口をつぐむ。
「ん?」
「なんていうんだ?」
「Stella by Starlight。古い歌だよ」
「良い歌だな」
「うん。むかしな、覚えたんだ」
「そうか」
星空のした
眠るきみ
いとしいひと
「オヤスミ」
そう言って下に降りるとき
ゾロの手は自然と、サンジの頭に軽くあてられ。
サンジもすんなりとその手を受け入れてしまい。
はた。と
船の上と下とで固まるのはしばらく後。
気持が
近づくのは
それは古い恋歌のなせるわざ?
Will you sing that song for me?
# # #
乙女?あははは。たまには、ねぇ?(果たしてほんとうにそうなんだろうか。)
はい。お察しの通り、「Night Watch」本編前の二人の話です。こんな風に過ごしていたのか。
どうもこの一連の流れはローマンチックになってしまう傾向が見受けられますな。
I love you Chet
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