*24*
どうしようもない馬鹿だから、コイツはいまここに居るのだろう、とパトリックは思っていた。
人語の通じない、自分とばかり向き合っている仔猫チャン。
まあ猫なら人の言葉は理解しないもんだしナ、とかり、と頭を掻いて諦めた。ロイには突っかかるクセに、自分には最初から殻を被ってそれを被り通すのならば、なにもパトリックがコレをヒト扱いしてやることはないのだろう。
しょーがねえなぁ、とパトリックは思う。
たった1ヶ月オトコに抱かれるだけで自分の人生が買い直せることが、こんなにもこの馬鹿には辛かったらしい。まるで出口のない深海にでも閉じ込められたかのような顔をしている。
いっそのこと一生逃れられない泥沼にでも嵌めてやろうか、と戯れに思い。『コレはあんたのだ』と丸投げしてきた馬鹿に、くうっと笑いかけてやった。
「いいだろう」
する、と頬を撫で上げる。
「オマエはオレのモノだっていうんだな?いいぜ、抱いてやる」
さら、と背中に手を滑らせた。
「その代わり、オレの何も拒むな」
とん、と表情を変えないルーシャンの眉間に口付ける。
「何も、だ。解るな?解ったら、イエスと言え」
反射神経じみた速度でこくんと頷いたルーシャンの反応に、パトリックは笑った。
「オマエ、オレが“Woof”って言えと言えば言いそうな勢いだナ」
ぐしゃぐしゃ、と金色の髪を混ぜて告げて、そのまま返事が返される前にするりとルーシャンの腰を引き寄せた。
喉奥で潰れた声を上げたルーシャンの腰を膝立ちで立たせたまま、ジェルの入ったボトルを手に取り、指先に落とした。
「いいか、最初に周りにたっぷりと塗りこむんだ」
腰を抱く形で腕を回して、片手で尻肉を開かせ、濡れた指先でひくついている入り口に濡れた指先を添わせた。
「いきなり差し込むことはするな、擽るように撫でて呼吸を整えろ」
びくりと身体を跳ねさせたルーシャンの首筋に唇を押し当てながら、く、と軽く緩んだ入り口に指先を押し入れた。
「息を吐いた時が一番筋肉が緩む瞬間なんだ。だから、ほら…スムーズに入るだろ」
く、と第一間接までを差し入れ、きゅ、と締め付けてくる内側を味わう。
く、と首を横に振り、指で差し込んだ方の手首をきゅっとルーシャンが押さえて来た。
「ン?どうした?」
とろ、と体温の上がったルーシャンの手が腰にぎゅうっとしがみ付いてきたのに、パトリックは口端を引き上げた。
「第一間接までは大体楽に入るんだ。その奥がな、ちょっと辛いんだよ。ここに筋肉があるから」
くう、と指を締め付けてくる内側が緩んだ瞬間に、ず、と奥まで押し入れる。
ぐ、と唇を噛んで、ぎゅう、と手首を押さえ込んできたルーシャンに、とん、とキスをした。
「唇、噛むな」
浅い内側の位置を探して、ポイントを探し出す。
ゆら、と泣き濡れた青が合わされ。こりっとした位置を、指の中腹でぐる、と押し撫でた。
「ココがオマエのイイトコロ、だ」
首をますます横に振り、なんとか手首を押さえ込もうと足掻くルーシャンに喉奥で笑った。
「ンン?平気だよ。オスならみんなココを持ってるのさ」
わざと表情を読み違えて、パトリックはやさしく告げた。
「ココを弄られると出したくなる。オスはみんなそうさ」
「―――――――――なの、しって、る……ッ」
切れ切れに告げてくる声に、パトリックは薄く笑って、ぐい、と内側のその一箇所を押し上げた。
「そういうのは学習できたんだナ?仔猫チャン、じゃあココだけでイってみるか?」
喉奥で声を押し殺したルーシャンの耳元に唇を寄せる。
「声は全部出せ、ルーシャン。猫は鳴くものだろう?」
ぐ、と喉奥で呻いたルーシャンの首筋に、かし、と歯を立てる。そして、そのまま、ぐい、と奥を指で撫で上げた。
「ルーシャン?声だ」
ぐう、と背中を強張らせ、びくびくと腰奥から身体を震わせていったルーシャンの内側を、ゆるゆると指で擦るように撫でていく。
「オレのモノなんだろ?ほら、声を出せ」
「ゆび、なんか…っ、し、くねェッ…」
途切れる声が掠れていることに、くくっとパトリックが笑った。
「んん?オレのディックがいいって?じゃあそれが欲しいって言ってみな」
す、と息を吸い込んだルーシャンが、僅かに早口で揺れる小声でトーンを押し殺すようにして告げてきた。
「ください、」
Give me,と声が告げる。
「指なんか、いやだ。あんたのください、」
くす、とパトリックは薄く笑った。
「学習能力が無くはないのにナ、オマエ」
そう告げながら指を引き抜き、ぐい、とルーシャンの腰を抱き寄せ、その背中を掌で支えながら、真っ赤な唇を噛んでいるルーシャンをリネンに落とし込んだ。
「噛むな」
低く唸るように告げて、両足を割り開かせた。
ぐい、と膝小僧がリネンに着くまで抱え上げて、片手でローションを自分の屹立に垂れ落とす。
「んン、ッ」
そう呻いたルーシャンの唇が綻びたのに笑って、片手で屹立を濡らし。それから収縮していた入り口に導いて、ぐ、と先端だけを押し入れた。
「息を止めるなよ」
苦しそうに息を漏らし、手がリネンの上を彷徨い掛けているのに、片眉を跳ね上げる。
「両腕、首に回して来い。早く」
ゆらっと泣き出しそうなブルゥが見上げてくるのに、薄く笑った。
「オラ、猫はしがみ付くもンだろが。早くしろ、ルーシャン」
間近で顔を覗き込みながら、低く唸るように命令する。
そろ、と両腕が恐る恐る差し伸ばされ、ゆっくりと掌が背中に回されていく。
「いいコだ。ちゃんとしがみ付いてろよ」
にやりと笑って、あむ、と唇を啄ばみ。ぎゅ、と縋ってきたルーシャンの内側に先端が収まっていた屹立を、ぐう、とゆっくりとルーシャンが息を吐くタイミングで押し込んだ。
切れ切れに喘ぐルーシャンの耳元に口付ける。
「爪立てて来い、構わねぇよ。ほら、ゆっくり息しナ、開くから―――――そうだ、ルーシャン。いいコだナ」
背中を押さえていた掌を、ルーシャンの濡れた屹立に伸ばす。
「…ッ、ふ、ぅ」
辛そうに喘ぐルーシャンの、力を失った中心部の先端を親指で押し撫でていきながら、開きっぱなしの唇に深い口付けを仕掛ける。
「ん、ぅ、」
そう息苦しさに顔を背けようとしたルーシャンに笑って、ちゅく、と下唇を吸い上げ。ぐう、と背中に手指が立てられることに薄く笑って、軽く腰から自分を半ばまで引く。
そして、ひく、と背中を浮かせえたルーシャンのグラインド・スポットを抉るように再度屹立を押し込んでいく。
「相変らず、きつぅ」
唸るようにパトリックが呟いて、ぺろ、とルーシャンの唇を啄ばんだ。切れ切れに呻くルーシャンの声が泣き声めいているのに笑って、優しくバードキスを落としながらゆっくりと腰を揺らし始める。
「あ、っあ、ぁ…っ」
見開かれたルーシャンの双眸からぽろぽろと涙が零れ落ちていくのを唇で吸い上げながら、ぐ、ぐ、と腰を揺らす速度を上げていく。
「欲しいものを得られた感想は?」
喉奥で笑うようにトーンを甘く落として、パトリックがルーシャンの耳元で訊く。
ぎゅ、と締め付けられ、香の力に手の中のルーシャンの屹立がゆっくりと力を取り戻していっているのを撫で上げていく。
うァ、と甘えたような声が短く漏らされるのに、パトリックは薄く笑う。
「キモチイイか、ルーシャン?」
とろりと快楽とキツさに潤んだ双眸が合わされる。
「答えナ」
んん?と顔を覗き込んで、ぺろりとルーシャンの唇を舐め上げる。
こく、と喉が上下するのが見え、組み敷かれたルーシャンが表情を少しばかり歪めていた。
「どうした仔猫チャン?」
息を吸い込んだルーシャンの喉が、ひゅ、と少しばかり音を零していた。
こくこく、と頷いたルーシャンに、ハハ、とパトリックは笑って。ぎゅう、と手の中の屹立を絞り上げながら、グラインド・スポットを遠慮なく擦り上げる勢いで小刻みに腰を揺らしていく。
「ひぁ、ッア、ぁ…っ、」
強張った脚を押しなでて、ぐち、とリズムを乱すことなく刻んでいく。
「あぁあ、」
ぐう、と仰け反ってリネンに後頭部を押し付けながら、ルーシャンが呻いた。
「ほら、零してもいいぞ。イキたいんだろ?キモチイイんだろ?」
下肢を押し付けるように腰を跳ね上げたルーシャンが、そのことを悔やむかのように唇を噛んだのに、口開け、と無理やり舌を差し込んだ。
「ほら、イっちまいな」
ぐい、とスポットをきつく抉るように突き上げ、ぎゅう、と蜜を零していく屹立を絞り上げる。
震えたルーシャンが堪え切れずに、びくりと身体を跳ねさせていった。
「ァ、あ…っ、アっ」
切れ切れに高く短い嬌声にパトリックは低く笑った。
腹に散らされる熱い飛沫がもう零されなくなってから、ぐう、と背中を浮かせていたルーシャンの目許に口付けた。
は、は、と喘いでいるルーシャンが、唇が触れていくたびにびくりと身体を震わせていくのを見下ろしながら、ぎゅう、と締め付けてくる内側に、ゆる、と屹立を揺らした。
「まだまだ全然足りないだろ?仔猫チャン、たっぷり可愛がってやるよ」
べろりと舌で乾いたルーシャンの唇を舐め上げ、にやりと笑った。
焦点が飛び切っていないブルゥアイズが見上げてくるのに、とん、と頬に口付ける。
きゅう、と悲しいのだか、切ないのだか、顔を歪めたルーシャンの内側を、ゆる、と突き上げて、パトリックは低い声で告げた。
「カワイコちゃん、オマエはオレのなんだろう?だから、きっちり最後までオレに付き合ってもらうぜ」
途中でイヤだって言っても聞いてはやんねぇからナ、と笑って、トン、と唇に口付けながら、きつく腰を突き入れた。
甘く絶望的に呻いたルーシャンの目尻に浮かんだ涙をぺろりと舌で舐め取って、パトリックは薄く笑い。ぎゅう、とルーシャンの指先が肩に埋められてくるのを享受する。
そして、かわっちまう、と酷く小さな掠れ声で呟いたルーシャンの耳元に唇を移しながら、くくっとパトリックが笑った。
「いい傾向だ、オレはオマエが変わることを望む。だから容赦はしねえぜ?」
ぬく、と耳に舌先を突き入れながら、小刻みに腰を突き入れることを開始する。
「変わって、オレを見ただけでもココが濡れちまうぐらいになっちまえよ」
濡れた声を競りあがらせたルーシャンの爪先が肌を裂いていくのを感じ取りながら、パトリックは喉奥で笑った。
「オレなしで生きられなくなっちまったら、責任はとってやるよ、仔猫チャン。だから安心して最高の淫乱になっちまいな」
*25*
浴槽に身体を伸ばし、節々が軋み声をあげるかけることにルーシャンが口許を歪めていた。
過ぎたセックスと意識を飛ぶギリギリまで高められ続けられていた。身体がそれを覚え込んでいた。指先にまで刻み込まれていた、視界が真白になるほど、頭のなかが空っぽになってなにも考えられなくなるほど、強烈に。時間の感覚が狂う、確かまだ窓外は暗いままであったはずだけれども。
音のしない浴室で、ぽたん、とルーシャンの頬から伝い落ちた涙が音を立てた。
自分は、男に抱かれるのがスキだったのか―――――――?それに自身でも気付かなかったことに怯えていたのだろうか……?
ちがう、と思った。自分は、男に抱かれることなど望んでいなかった、と。
現にあの夜、全部のことが狂い始めた夜、たかが口付けを無理やりにされてぬるりとした感触が唇を覆って、そのまま舌が蹂躙してくることに気が狂いそうになった。耐えられなかった。だからナイフで―――――――
けれど、といまは思う。
ほぼ、他人、名前さえまだ知らない男に舌を絡み取られたとき、あの夜と同じほどは嫌悪感が引き起こされなかった。あの、殺意にまで昇華するほど自分を追い詰めた黒い感情は。
立場が違う、といえばそうかもしれなかった。自分は、イノチと引き換えに身体を差し出したのだから。けれど……
唇を噛み合わせ、咥内を息が詰まるほど犯される間も、同じだけの嫌悪感は引き起こされずに、寧ろ身体の奥深くから滾るようにぐるりと身を擡げた紛れも無い快楽に震えていた。たとえ、ナイフを持っていたとしても、刺せなかったろう。
なにが違う……?
オンナからもオトコからも、あたりまえのように気がつけば言い寄られてきていた。見栄えの良い連中だって当然いた、けれどオトコにはちっとも動かされはしなかった。ハナから対象外だった、恋情の。
自分が想いを寄せることなど無くても、想われる分には火の粉を払うのも面倒で勝手にそうさせておいた。寄越された想いが可笑しな方向に呑まれることなどなかった、あの夜までは。
だから……顔立ちや容姿の所為ではないのだろう、この男のソレは酷く整ってはいるけれども。
崩れた要素のどこにも無い男だ、冷ややかな視線がデフォルトの。
心から恋した人も、どちらかといえばキツイ眼差しの酷く似合う人ではあったけれども――――――問題は要素じゃない、そうじゃない、むしろ――――――
ふ、とルーシャンが息を零した。
そう、あの男は。まだ、身体を深く内からから拓かれていく感覚を自分に擦り付けていったままのあの男からは、威圧感とも違う、なにか圧倒的なものを感じていた。
何かを超越したような、ありえないほどの圧倒的な力。
ヒトのイノチをアタリマエのように掌の上に転がして、それがどうあっても風がそよぐほどにも動じないだろう、あの者は。
何かに近いようにも思える。――――――――自分の憧れ続けていた………
もうずっと長いこと、自分より「劣る」ものに組み敷かれることなど耐えられなかった、想像もできなかった。
誰かを想うことは、そしてその想いの向かう先を示す矢印は。図に起こしてみるまでもなく、ベクトルの向かう先にいないものは、想いをかけるものは、かけられるものより優劣とは異なるフェーズで、「劣る」のだと思っていた。想いをかける相手に対してどうしても弱くなる、想えばこそ。
自分だって、好きになった相手には弱かった、けれどそのことで自分が相手より劣っているとは思わなかった。
なぜなら、女性は。歌うように崇めて、大事に扱ってしかるべきもの、と教えられていたから。
そして、遅かれ早かれ、相手からの想いの方が、自分のソレよりも上回り重くなっていくことがゲームのように図れて愉しんでもいた。恋に押し潰されそうになっている間に、するりと優劣を入れ替えて。
けれど、男は。自分のことを想って「劣る」相手に組み敷かれるなぞ、吐き気がするほど嫌だった。
餓えたように求められる口付けにしろ、同じことだった。誰に対しても返したことなどなかった、……ほんの数日前までは。
友人の、自分に対する想いなどなにもかも知って、それでも想いを告げようとしない態度をせせらわらいながら、どこか焦れた。
例えば、振り切れて自分に口付けていたのがヤツでなければ、自分はどうしたのだろう………?例えばそれが―――
ここまでを考え、ルーシャンが湯のなかで拳をひっそりと握った。
あの男に口付けられて、脳の中心がぐずりと溶けおちそうになった。
自ら身体を開くために触れたときより、初めて触れてきたロイの指より、ただ一人、あの男に奥を濡らされただけでなにかが自分のなかで音を立てて崩れていくのを感じでいた。
あの乾いた掌に腰を撫で下ろされて、腿を掴んで脚を限界まで開かされて滾るような熱が垂れ落ちるまで内を突き上げられ精を零されて、狂ったように泣いた。ヨクテ。
抗おうと、足掻こうとしても。自分自身がどれだけ「そうされること」を望んでいたのか、身体が先に悲鳴をあげて震えながら堕ちていっていた。その力の前に。
あの男が小馬鹿にした口調で言ってきたように、身体はウソを吐ききれなかった。
おれは……抱かれるのがスキだったのか、――――――――あの男に。
気がつけば、形も解らずに漠然とそれでも欲し続けて、求め続けていた、圧倒的な力、それを示すもの。それが―――あの男と重なったとでも……?
あぁ、馬鹿みたいだ。おれはこんなところでなにをしてる………狂ったようにセックスに溺れて。それだけを求めるようになって……?
人為的に取らされた睡眠と、与えられた休息のせいで、身体は過ぎた交歓からも回復しようとし始めていた。
目を伏せるだけで、耳朶をきつく食まれ背中から抱きしめられて鼓動が重なった瞬間を身体が想起しかける。
それを押し遣り、ルーシャンが目元を濡れた手できつく擦っていた。手指の上を涙が零れ落ちていったことに、口許をさらに引き歪める。
『ワカリマセン?ボスは反抗する相手ほど、叩きのめしたがるんですよ?まあ信じるか信じないかは勝手ですけど。反抗すればするほどキツいのは本当なので、よぉく考えておいてくださいね』
時間の感覚が絡まりあった記憶が、「ロイ」が随分と最初の頃に淡々とあの男独特の口調で言って寄越していた言葉をいまになって底から引き出していく。
『従順な相手を甚振るほど、ウチのボスは落ちぶれてませんって』
不意に。
あの独特な響きをする低い声が、ルーシャン、と自分を呼ぶ声がリフレインされ。ルーシャンがきつく目を瞑っていた。
息する事さえ辛く、重いほどに満たされた筈の身体が、また際限なく、容赦なく溺れるほどに与えられたものを、享受しようと身じろいだように思えた。
「おれは―――、」
あの存在のものなのだ、あと数十日は。
そのことに、いまさらに絶望する、そしてそれがひっそりと甘いことにも同じだけ静かに憤る。
そのことが酷く哀しい、そして。
いったい自分がどうなってしまったのか、ルーシャンはわからなかった。
苛まれることがスキだったわけでは決して無い、ただ。屈服することとも違う、あからさまな「力」をみせつけられたことが初めてだった。
自分よりも上位にたつもの、立とうとするものとこうまで深く関わることなどなかった。立場でも年齢でもなく、人の輪の中心、そして誰よりも上位にアタリマエのように在ったのは誰あろう、自分だったから。
「おれは……、」
意識を失くすように、一瞬視界が閉ざされた、深く交わり過ぎて引き上げられ続けた感覚が追いつけなくなったときに。
酩酊しきれずに、けれども香の所為で全てのことに薄く幕が掛かっていたように思えていた、過敏なのは神経だけで。
そのとき、背中を抱き締められたように思った。
押し潰されるほど、抱き締められて、汗に濡れて、零された精にも塗れていた身体ごときつく。
言葉より雄弁に、自分はこの瞬間はこの存在の「もの」なのだと知った、そしてその意識を落とす刹那に気付かされたことは―――不快ではなかったのだ。
そのことに、ただ男に抱かれることがスキだったのだ、と単純に気付くほうが遥かに負荷は軽いように思えた。
「あの男」だからこそ、そうあることを自分が甘んじているのではないか、と思い知らされるよりは、よほど。
突っ込まれる方がスキでした、で終わってしまえた方が、まだマシだった。
長く湯に浸かりすぎた所為で、眼の奥がぐらりと揺れた気がした。
カタチをぐにゃりと変えて見せた天井に、あぁ、とルーシャンが嘆息した。
ダメだ、いまこんなところで気を失いでもしたなら。また浴室のドアの外にいるロイに、ガキにするみたいになにもかも支度されちまう、と。
けれど、歪んだ景色が、ぐぅ、と端から黒に覆われていき。
くそう、とルーシャンは言葉にし終えることができなかった。
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