Piacevole

「もしよかったら、なんだけどな?」
 ドキドキ、と。心臓が不意に鼓動を大きくした気がして、トッドは首を傾げた。
「このツアーの後も。来年のツアーも。その後のも一緒に回ってほしいんだけど」
 不意に「願い」が口から出て行き。こくん、とトッドが息を呑んだ。こんなことを訊くのは、あのコにNOと言われて以来だ、と不意に思い出し。けれど、くう、と首を傾げたウォレンとは、やっぱり一緒に居たいと思って、言葉を継ぐ。
「あ。もちろん、ツアーじゃないときも!」
 ぐう、と思わず握りこぶしをトッドが作って、はれ?と自分の行動に首を傾げる。
 ウォレンが目の下で、ゆっくりと瞬いていた。上目遣いで見詰めてくるのが、どういうわけだかカワイイと思う。なんだか、猫みたいだし、と。
 ウォレンが酷くゆっくとした口調で、
「なに言ってンだ、あんた」
 そう言葉を告いでいた。まるでヒトコトヒトコト言い聞かせるみたいに。
 ひょい、と小首をウォレンが傾げて、こくん、とトッドは息を呑む。心臓がドキドキするのは何故なんだろう、と。お腹の辺りがぐるっとして、ちょっとだけ何故だかキモチワルイ――――あーやっぱり、言い出したりしなけりゃよかったかなぁ、とちょっとだけ後悔する。
「もし、ってなんだよ。もし、って」
 手をひらひらとさせながら、ウォレンがきらっきらに光る猫のような目でじっと見上げてくるのに、トッドはぱち、と目を瞬いた。暫くの間、じ、と視線を合わせたままでいる。
 少しだけ拗ねたみたいなカオをしているのに、うぁあああ、と頭の中でトッドは喚きたくなる。
 けれど。
「―――――――――うん」
 そう言って、こくん、とウォレンが頷いたから。
 ヤバい、なんでだろ、なんで泣きそうなんだオレ?そう思いながら、トッドがふにゃりと泣き笑いを浮かべてウォレンをぎゅうっと抱き締めた。コトバになんかできない、と。今の一瞬を思う。
 ぱあ、とウォレンがハレーションに包まれたみたいに明るく光り輝いて、天上から柔らかな音楽が聞こえるかと思う。

 トッド、と呼びかけてくる声が甘くて、トッドは潤んだ目のままウォレンを見上げた。
「ぜーんぜん、問題ねぇよ」
 ふにゃ、と。甘えた猫みたいに柔らかな表情でウォレンが笑うから、トッドはますます何を言ったらいいのか解らなくなる。
「ゥオーレン、」
 ぎゅうう、と抱き締める。それ以上に言えるコトバが総てどっかに飛んでいってしまったから、もう本当に自分がどうしたらいいのかトッドには解らない。
 ウン、と柔らかな声で応えてくる、昨日までは見知らぬオトコに、トッドはぐりぐりと鼻先をその首筋に押し付けた。きゅ、と抱き締め返されることが、こんなにも「嬉しい」。
「ゥオレン、なんで今オレ泣きそうなんだろ?」
 揺れる声で一先ず訊いてみる。
 ちゅ、と優しく頬に口付けを貰って、ふにゃりとトッドが笑って顔を上げた。
「しあわせも過ぎると痛みと一緒だってむかしハハオヤが言ってた、」
 く、と目を細めてウォレンが笑った。
 けど、とコトバが続けられる。
「おれたちにはどうも当て嵌まらねぇよね?」
 ちゅ、と目の下辺りに、また柔らかな口付けが落ちてきて、こく、とトッドが頷く。
 する、と顔を傾けていたウォレンの髪が、さらさらと額に当たった。

「ウォレ、」
 ぎゅう、と抱き締めて、柔らかな身体に体重を預ける。
 なぁん、と同じだけに甘い声が返されて、ふにゃ、とトッドが笑った。
「なんかもう、離れることが想像付かない」
 ナンデダロウネ、と。目を瞬きながらウォレンに呟いた。
「じゃ、しなきゃいいんじゃね?」
 ふにゃりと笑ってウォレンに返されて――――――あ、その手があったか!とトッドが不意に気付いて、ウォレンを見上げた。
「ウォレン、オマエさ、オレの一番じゃねえよ?」
 そんなの、とっくに通り越してる気がする、とトッドが頷く。あらま、と目を瞬いたウォレンに、トッドが真面目な顔で告げる。
「オマエってば、なんていうの?オレの半分?―――――なんか、オレとオマエで1個な気がする。同じモノ?よくわかんないけど」
 一番とかじゃなくて、オレの全部と同じくらいのモノのような気がする、と言い足せば。とろん、とウォレンが目許で笑った。
「――――あぁ、それであんただと……肌から溶けそうになンのかな、」
 なんかわかった、と。きゅう、と唇を吊り上げたウォレンに、トッドがふにゃりと笑って、トン、とキスをした。
「なんか、ゴハンすっ飛ばして、このまんまでいたいなぁ」
 ぽつん、とトッドが呟けば。
「歌うんだろ、ロックスタァ、」
 くるくるとトッドの肩口に額を押し当てながら、ウォレンが言った。
「うん。歌う。――――――あ、なんかさ、今日は違う気分で歌えそうだ」
「もっと歌ってもっと稼いでおれのこと養って」
 からかうように告げられて、ふにゃりとトッドが笑った。
「カーラにいっとく」
 くくく、とウォレンが笑って、トッドの肩に額をくっ付けた。
「そうなんだ?」
 す、と視線が上げられるのに、くう、とトッドが首を傾げる。
「オレ、歌うことしかできないからさ。でも、カーラに頼めば大丈夫だよ。絶対なんとかしてくれる」
 くぅ、とますますウォレンのブルゥアイズが笑った。
「しか、とか言うなよ」
 優しい声が言ってくるのに、ぱち、と目を瞬いてから、トッドが笑った。
 それだけでも、すげえんだから。そう言い足されて、ますますふにゃふにゃと笑う。

「オレさ、多分。ウォレンが“大事”なんだと思う」
 ぐるぐる、と懐きながら、トッドがウォレンの首筋にキスをした。
「だから、うん。……いっぱいガンバれると思う」
 そー?と。さらさらとトッドの背中を撫でながらウォレンもどこか機嫌が良さそうなのに、トッドがくすりと笑った。
「よし!じゃあ一緒にゴハン食べてさ、移動しよっか?」
「ん、」
「あとでカーラと……あー、バンドのメンバーに一応紹介しとくし。多分知らなくても平気だろうけど、うん。なんかそうしたほうがいい気がするし」
「おれね、」
 そう言って、ウォレンが笑った。
「そういうの得意だからさ」
「でも連中がダメとか嫌とか言っても、意味ないけど?」
 きょとん、としながらトッドが言った。
「だって一緒に居るんだし」
「まぁな?けどソレはソレだって」
「そ?オレ、そゆのわかんねえけど。ウォレンがそう言うなら、じゃあそうなんだろね」
 もぞもぞ、と身体を起こしてから、ぐい、とウォレンの手を引いてその身体を引き起こした。
「トォーッド、」
「んー?」
 ふてん、と抱きついてきたウォレンを、ぎゅう、と抱き締め返しながら、トッドが小さく笑った。
「ますますさ。早くおまえの歌聞いて、でもって境がわかんなくなるくらい、シタイよ」
 とろん、と言ったウォレンに、がぶりと耳たぶを齧られて、くすくすとトッドが笑った。
「車の中でスる?」
「人目が気になるのは集中できない」
「んん。じゃあせめてくっついて移動しようぜ。ほらほら、ウォレン、メシ食いにいこう?」
「ん、」

 く、と腹を押さえ。
「うわ、すげえ腹減ってる」
 そういって笑ったウォレンに、あ、でもさ、とウォレンのカオを覗き込んで、トッドがにかりと笑った。
「んん?」
「キスぐらい、しとこ。キモチイイと思うし」
「問題ねェ」
 とん、と柔らかく口付けてきたウォレンの腰をゆったりと抱き寄せて、にかりとトッドが笑った。
 そしてなんだか晴れ晴れとした気分になって、真っ直ぐに笑って見上げてくるヘヴンリィブルゥを覗き込んで告げた。
「ゥオーレン、大好きだよ?」
 そのたったヒトコトに、本当に沢山のキモチが詰まっているのを自覚して。ふにゃりと和らいだ笑みを浮かべたウォレンにまた唇を合わせていった。
 いつも内側で軋んだ音を立てていたトッドの“オンガク”が、緩やかにどこまでも伸びてウォレンに向かっていくことに気付いて、口付けを深めながら思った――――――Yes, now this is perfect.ああ、そうだよ、コレだよコレ、漸くパーフェクトじゃん、と。





FIN


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