16.
なんだか妙に派手な朝食だったな、とサンジは思い出していた。
午後遅く、ゆっくりとアルバイト先に向かって歩いていきながら。
まあ、あの異母兄といれば何処で何をしていようと所詮、「派手」にはなってしまうのだが。おまけに今朝は「市長」まで
いた。もっとも、そんな肩書きが付いてしまうかなり以前から、異母兄たちは人目惹き放題な幼馴染み同士であったし、
付記すれば異母兄がメディカルスクールで「気の合うの」をもう一人見つけてからは更に事態は悪化していた。
異母兄の幼馴染みということは、サンジにとっても物心ついた頃から「半分生きた詐欺」、これはシャンクスの言い方
だった、あのニンゲンが側にいた事になる。自分が生まれたときには、シャンクスと一緒になって授業を問答無用で
抜け出し病院まで駆けつけたくらいなのだ。母親からも、何度となく聞かされた話。

現に、今朝も。
久しぶりに、赤ん坊だった自分とそれを抱えて笑っている赤い髪のコドモとその横で負けないくらい笑みを盛大に浮かべ
たコドモ、の写真を見せられた。なぜいつもその写真を携帯しているのかは、もう敢えて尋ねはしなかったけれども。
どうせ精々返ってくる答は、『まぁ、一種の家族写真だな』であるのだし。
最初にその問いをサンジが投げかけたのは、たしかもう15年くらい以前まで遡る。
『はァ?フザケロ、こっからは違うダロ』
寄越された答えに、シャンクスが写真に指先ですっぱりと幼馴染みと自分の間に線を引けば。
『酷ェなぁ、』
そう言って、楽しそうに笑っていた。

サンジがハイスクールを終えて留学してからは偶にしか会えなくはなったけれども、噂だけは海を越えて届いてきて
いた。メディア王が政治家へ転身、と。そのときの本人の非公式な台詞というのが、『二代目なだけじゃツマラネェだろ』
だった。『大人しく後継いで威張ってりゃいい物をカワイクねェ』と史上最年少で当選が確定したときに幼馴染みに背中を
蹴られたことも、半ば伝説めいた語り草になってはいた。


テイクアウトしたエスプレッソを一口含み、青に変わった横断歩道を渡る。
まだいまは、少し肌寒いかな程度の外気温だけどこれからは歩いていくのもキビシイねェ、と少しだけサンジは思い、
また、そのまま思考が流れるのに任せる。地の底を這うようだった今朝方のシャンクスの声を思い出し、サンジが少し
エスプレッソを飲む口元に笑みを掠めさせた。

穏やかな光に充ちていたテーブルと飾られていた花と、クロスの上にクリスタルの落とした明るい影。
『おまえさ、』
横では「市長」が眉を片方だけ引き上げてサンジに微笑んでいた。その目は「ハジマッタナ」と告げており。
SP達は会話の内容までは聞き取れない位置まで下がっていた。
たのしかったか、とだけ訊かれ、この間の休みのことだとサンジもすぐに合点がいき。
何も取り繕う必要もないし、思ったままに『楽しかったよ、』と返した。
『へえ?そういえば、おまえマンハッタンでデ…』
おっと失礼、と口元を吊り上げ、「市長」が言葉を続けていた。
『…過ごしたのって久しぶりだろう?』
くぅう、と眉根を引き寄せてしまった幼馴染みの代わりに、これまた「かーわいいオトウト分」に柔らかな声が問い掛ける。
『そうなんだよ、で、面白いところに行った、』と。
チャイナタウンの裏通りにあった茶楼であるとか、花茶のことであるとか。その後にクロイスターでのんびりと過ごして
いた事などを、申し分なく美味しい朝食をゆっくりと取りながら話し。

ラズベリーを銀の匙で掬い上げながら、異母兄が。
『―――おまえが楽しかったなら、いいか』と。
最後には、ぼそ、と呟くほどには蒼は光を弾いていたのかもしれない。
『オニイサン。サンジにだって、トモダチは必要だろ』
シャンクスの悔しそうな台詞に、コーヒーカップを幼馴染みは傾けて告げる。
『なァ』
翠目がひたりと照準を「トモダチ」に合わせていた。
『なんだ?』
『FDNY(NY市消防局)の予算30%削減しろ』
『無茶言うなァ』
『じゃあ25%』
オファーに、すい、と思案深げに「市長」が首を傾ける。
『んー、……5%減なら?』
『15%』
『8%』
『13%』
『んんー、厳しいねェ』
おい!とサンジが突っ込みを入れるまで限りなく本意に近く思える攻防は続いていた。

『トモダチ思いの良い子だね、相変わらず』
政治家がにっこりと微笑み。テーブルを離れ。
『良い子に育てすぎたぜ、』
そう外科医が手をひらりとさせ。チクショウ、おれは眠い、と。車寄せに向かって歩きながらサンジを引き寄せていた。
『あ、夜勤明けなんだ?』
すい、とサンジがそのまま僅かに預けられた体重を受け止め。
お疲れさま、と言葉にすれば、目だけでシャンクスが笑い。
『いまので吹っ飛んだヨ、』
そう言いながら腕に少しだけ力を入れる。
『コラコラ。朝っぱらから公共でラブシーンは控えろって』
余所行きの笑顔で政治家が囁き、寧ろ混ぜて、と付け加えて笑う。
『『エロ政治屋。』』
『あー、ヘンな所キョウダイだね、キミ達』

おまえの家貸せ、と。自宅へ戻るのが明らかに面倒になった異母兄が、リムジンで送られる間に半分眠りながら言い。
はいはい、とあやすようだった「市長」に笑いかけてサンジは自宅の前で降りたのだけれども。
勝手知ったる他人の家、をあの傍若無人な「王様」が果たして何軒所有しているのかは知らないけれど、現時点では、
自分は1軒だけだよなぁと。あのどこか隠れ家めいた『家』を思い出していた。
高い天井、奇妙に居心地が良かった場所。
あそこに「ケータリング」しに行くのは実際、苦じゃなかった、寧ろ楽しんでいたよな、とここまで思い、サンジはふい、と
足を緩めた。

確かに、ケータリングをしていた間も、あの休みの一日もあまりに自然すぎるほどに自分の日常に入り込んでいて、
そのくせ終始たのしかった。
夜中に店に現れるときは、まだ微かに張り詰めた気が漂うほどには残っているのだけれども、あのときは。
ゾロにしてもどこにも力の入っていない風に、まるっきり自然でいた。笑みにしても、口調にしても。少なくとも自分には
そう見えた、とサンジは思い。

そしてそのことに対して、ひどく気分が良かった。

一緒に食事しても、楽しいだけだったし、と。
そう朝食の席で言ったとき、異母兄の翠目は天を一瞬仰ぎ、政治家は嬉しそうに微笑んでいたこともサンジは思い出し、
ふ、と首を傾けた。

「―――あれ……?」
いまになって、自分の台詞に気付いた。
そして二人の反応も、見覚えのあるものと同じだったことにも。一番最初にガールフレンドのことを話したときと。
「んんん?」
カップの縁を軽く咥えたままで、サンジはポケットから店の鍵を出し。首を捻ったままで扉の中へ滑り込んでいった





NEXT

BACK