47.
「それで?」
とナミがきらりと目を光らせた。
何がでしょう?と、とぼけたわけでもしらばっくれたわけでもなく、かウンターの内側からサンジが小さく首を傾けていた。
「ねえ、サンジくん」
「ハイ?」
あ、お代わりですね、とナミの前から空になったグラスを引き取れば。
普通そうはこないでしょう、まったく、と内心の現われそうな呆れ顔を押しやって、ナミはもう一度忍耐強く質問しなおしていた。
いつものナミの気性を知っている人間が眼にしたならば驚きに4秒は口が利けなくなるに違いない。コーザが目撃したならばその場でチームメンヴァ全員に緊急呼び出しを掛けただろう。
「そのあと、どうなったの?アナタがドクタに会いに行って、ウチのバカ1がフロアに倒れてて」
「どうって……別にそれだけですよ、」
にこりとサンジがわらう。まったく他意はないらしい。
カフェテリアでその後ビビと合流して兄が呼び出されるまで4人でランチを取っただけだった、と言い足しながら。
バーメイドのカーラがカウンターに戻ってき、新しい注文を入れたのでまた数分会話は中断され、ナミはカウンターに片肘を軽く預け直すようにしていた。そして、眺めるともなくカウンターの内側で手際よい様で飲み物をステアリングしていく「俄バーテンダー」を見詰め。
そして、でもまあ、それが話のままなら、あのバカもちゃんとチャリティーボールに来る気だわね、と多少は機嫌が良くなっていた。

視線を感じたのか、すぅとサンジの視線が合わせられたのにナミがまた微笑んだ。
「そういえば、アナタの本業の方はどうなの、サンジくん。この間オーディション受けてたじゃない?」
恋愛事情は上手くいっているのが黙っていたってわかっちゃうけど、と後半は目だけでナミが語ってみせる。
ソーダの入ったグラスを口元に運んでいたサンジが一際笑みを深くしていった。
「ウン、いまけっこういい線までいってるよ」
「ほんと?」
ナミも、ぱあ、と笑みを深める。
「サンジくん、舞台だけなのよね」
「そうだよ」
ほんとうにお代わりいらない?と目で訊けば、ナミがやんわりと断りながらサンジに手招きし。なに、とカウンター越しに近づいてきた俄バーテンダーの頬にキスを落としていた。

「結果はいつでるの?」
「実はもう出てるんだ」
とん、とナミの頬へもお返しに軽く触れながらサンジが言う。
「あら」
「でもさ?」
蒼がドアのほうへと一瞬あわせられる。
「一番先に、やっぱりヤツに報告したいだろ?」
あっさりと控えめな笑みと一緒に告げられた言葉に、バンザイ、とナミがお手上げのポーズをしてみせる。そして、
「シアワセなのねえ、あのバカ!!」
と周りに聞こえない程度に、ギリギリに抑えこんだ声で呟いていた。
「ウン?でもおれの方がシアワセなのかもしれないよ?」
そんなことをにこやかに笑みを乗せて言うのはサンジしかおらず。この留めの一言に、ナミが。
「お代わり頂戴」
といっていたが、これは誰も責められないかもしれなかった。

そして、その最終オーディションの当日に遅れかけ、会場までゾロのバイクで文字通り「デリバリー」されたことだとか、ビビの勤めるギャラリーに遊びにいったならまた何故か例によってSPをまいた市長が「プライヴェートで絵を買いに」来ていたことであるとか、といった些細な話しを聞きながらひとしきりナミがわらい、上機嫌に店を出て行った。
そして、次にルフィのアイスホッケーの試合のあるときは一緒に行く、との約束もきちんと取り付けていたのだ。もし、シフトが許すなら「あのバカ付きで」と。


日一日と、クリスマスが近づき。
1年前にはまさかNYに戻った自分が、「こんな風に」ホリディ・シーズンを過ごすことになるなんて想像もしてなかったよな、とサンジがグラスを磨き終えて、閉店間際のパブのカウンターから歩き出ていた。最後まで残っていた客も、とうに家路について。バーメイドのカーラも、ついさっき、サンジの両頬へ盛大なキスを置き土産に帰っていき。
『きょうも待っててやるの?連中を』
『そうだね、もう癖だよ。閉めるに閉められない』
『そんな顔して言っても説得力はないわねェ、ハニィ』
どんな顔?と問えば。カーラは豪快に笑いながら音のするキスを頬へ残していったのだ。

顛末を思い出し、小さく笑うとサンジは軽くスツールに身体を預けながら、煙草を取り出していた。静かになった空間に、ライターの点火音だけが響き。幾つか、報告のパターンを頭のなかで作り上げて見る。『受かったよ』、という至極明快でシンプルなもの。『いまから、ちょっと忙しくなるかもね』、という穏やかなもの。
「あとはー……、すげえ誕生日プレゼントもらったぜ、とか……?」
すい、と煙を吹き遣りサンジが瞳を上向ける。舞台の公開は偶然、自分の誕生月の3月からであったから。
けれども、ドアを開けたなら瞬時にゾロが言葉より先に結果を見つけ出してしまうことには思い至っていなかった。誰もいなくなってしまえば、それほど。サンジの表情は生き生きとあからさまに嬉しそうであったし、そんな表情を見逃すようなゾロでもなかったのだから。

「んー、やっぱ早く言いてえー」
にこにこと笑みを惜しげもなく浮かべながら、サンジはとても機嫌が良かった。




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