6.
掌に唇で触れ、そのまま手首へと滑らせた。そして自分の頬へと添わせる。
ひたりと、冷たさが肌を通してひろがっていく。ふと、そのまま瞳を閉じそうになりサンジが短く嘆息も洩らした。
ゾロ、と声に出さずに呼びかける。返答の代わりに、ゆっくりと頬を撫でられる、指で。ゆるやかにひろがっていく
はっきりとした快意。波立ちそうになる意識と。

おれは、あの女の子になにを言えばいいんだろう、そんなことを同時に思った。
差す光に消え入りそうに美しかった面影。
あの、森の入り口でみた幻のような姿は、たしかに自分に向かって微笑みかけてくれてはいたけれども。
地下の棺に横たえられているだろうその人に。自分は何を告げることがあるというのだろう。
約束、と言った。最後に交わしたのだと。自分が、その約束の要なのであろうことはわかるけれども。

孤独ではないのかもしれない、無償で命を差し出す者と在るのであれば。
けれど、ひどく重い咎を負った子供たちに。自分がかける言葉などもっているはずもなくて―――。
ラボの情景が突然浮かんだ。インキュベイター。暖かかった、羊水の記憶。
く、とサンジは息をひとつ呑んだ。

「おまえの、妹は」
「ああ、」
「ヒメになったのか―――?」
「だから、この下でおれを待っている」
「モリヒトは、」
「長い話だ、といっただろう?」
微かに笑みを声が含んだのがわかる。そしてそれがまた低くなっていくのも。

「妹は、13の年で搭へ連れて行かれた。まだ、ヒメになど変成してはいなかったが」
「なぜ、」
「おれが愚かだったからだ。その愚行を知りながら、妹がそれを許したからだ」
く、とサンジの喉元がちいさく上下したのを。穏やかに頬に唇で触れ、宥めるようにする。
「妹は14の年で変成した。それから間もなく、守人がやってきた。その2年後におれは変成して、この地を
離れた。そしてそのすぐあとに、この地は廃墟になったんだ」

「ひどく長い話でもあるが。語りようによってはほんの数秒でもこと足りる」
サンジ、おまえはどちらを知りたい―――?と。問いかけられた。

「全部だよ、決まってる」
言葉を受け止め、すい、と。薄い唇が吊り上げられた。
「―――なるほど、オマエはそういえば欲深かったな」
忘れていた、とからかい混じりに続ける相手にサンジが言い募った。
そうだよ、おれは貪欲なんだ。ぜんぶ話せ、さもないとおれはオマエの妹だろうがモリヒトだろうが他の
不死者だろうが。オマエに関わるすべてに嫉妬するぞ、と。
口付けた。

腕がまわされ、そのまま。抱きすくめられるようにして座していた。
不思議と暗がりも、閉じ込められたような空気も遠ざかった気がした。腕の中で。
そしてやがて届く低い声に。すう、と意識のすべてがあわせられた。



「雪を見たことはあるか、」
「―――ない」
「このあたりは冬になっても雪は滅多に降らなかった」
「……うん、」
「ただ、おれが。妹をこの地から連れ出す、そう決めていた日。目覚めてみれば、一面に降り積もっていた。
妹の13になる前日のことだ」
そう、と肩口に手を沿わせ、掌に力をこめた。先を促すように。
うすくわらった気配がつたわり、声がそれに追いついた。
どこへいくあてもなかった、と。森の果てを抜けられる確証もなかった。ただ、むざむざとあの者を誰の手にも渡したくなかった、と。

「境界の森へ―――?」
馬に乗せて連れ出した。止め立てした厩番を斬り捨てて、向かった。けれどすぐに追いつかれて、森の奥へと進んだんだよ、と。昔語りに言葉をゾロが乗せる。あえてすべての感情を凪ぐに任せて、事実だけを暗がりに引き出すように。
「そして境界でおれは"守護"に会った」
「守護、」
「ああ。森に生きるものだ。"守護"は森に生きるものであって、決しておれたちを守っていたわけではない。
だた、生業を"みて"いる。何ら、干渉はしてこないものだった」
「それは―――、」
「おまえも、もしかしたら会えるかも知れないな。それに」
え?とサンジが問い返す。
「おれが見たときはオオカミの姿をしていた、眼が黄金色の。妹は、光りの珠のようだったと言っていた」
さらり、と。髪に指が差し入れられるのをサンジは感じ。息を詰めた。
「おまえの眼に、守護はどう映るのだろうな」
そして、続けられる声に瞳を閉じた
守護は、おれに語りかけてきたんだ、と。



森の入り口で見た少女は。
いまも、下で自分達をずっと待っているのだろう。

だけど、もうすこしだけ。時間をくれないだろうか。
アナタに会う前にきっと自分は知っておかなければいけないことがあるから。








to be cintinued

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