--- Sword and Blood ---
私はね、一度だけ恋したの。ずうっと昔
もっと、南の方の国で。空が高くて、陽射しが小石を白く染めるくらいの明るさのあった所。
でもね、その人は。私より、夢をとったの。
だから
もう私は 人が嫌いなの
ナミが言った。
4祭りの間中、ナミの傍らから小さな姿が離れる事は無かった。少し人の輪から離れた所に並び、
楽しげに額を寄せ合うようにして何事か話したり、笑い声をたてている姿はいつしか人々や
領主の館に滞在している 「客人」の目にも馴染んでいた。夜も更けてくる頃にはどこからか
ふらりと兄が現れて、半ばまどろんでいるのを腕に抱き上げるようにして連れて行く姿も。
そうして、戻ってくる。
「ご苦労サマ」軽く肩をすくめてみせる。
「ね、いつもあなたどこにいるのよ?」
そう問い掛けてくるナミに、べつに、と答えると当たり前のように隣に落ち着く場所を決める。
そんな時には必ず、食べ物を口にしない自分のために何かしら風変わりな飲み物をどこかから
みつけてきて手に携えているのを、好ましく思う自分がいることにナミは少しばかり面映い心地に
なる。他意も無く、それでもどこかぶっきらぼうに向けられる心遣いに。昔を、思い起こさせる。
少し離れた所から笑いさざめく声が届いてきていた。音楽と、踊る人の輪。揺れるかがり火。
「ナミ、」小さく呼びかけられた。
「なあに」
「屋敷に、使われていない部屋がある。“頭首”はまだ到着していないのか?」
「まだよ。―――どうして?」
淡い翡翠色の瞳はナミをまっすぐに映し、けれども答えは発せられなかった。
「訊いてみたいことでもあるの?」
書庫に史書があったんだ、と。静かな声が続けられた。「この家の始祖は、6世紀に生きた剣聖だそうだ。“頭首”と同じ名前の」
炎の粉を揺らすかがり火の方からゾロを呼ぶ声が風に乗ってくる。その声を、そして自分たちの声を二人はどこか遠くに聞いていた。
おれの記憶にある姿と、旅人たちはちっとも変わっていない。おまえだけじゃない。
領主は、あなたに何と?
いまはまだ全てを知るには早すぎる、と言われた。時期が来ればいずれ話すと。
「不死者だよ。」
ぱきり、と小枝の折れる音と一緒に、突然声が落ちてきた。いつのまにか、背後に立っていた姿。
ブラム!
ナミの押さえた声が響き。呼ばれたまだ年若い男は、唇端を吊り上げた。
5.四駆を降りて森の中を進み、火を熾すまではさんざん、笑っていた。
枯れ枝を手にすることすら面白い、そんな様子だった。それが、だんだんと静かになっていき。
「ここ、どこなんだ?」森に生きる物が暗がりで息づいている濃密な気配と微かな物音に、僅かな不安がサンジの
声を掠める。
その暗がりとの境目、ちょうど円形の広場のようにぽかんと開けた空間は、熾された火を
中心にぼんやりと明るくなってはいても、かえってその光の届かない場所を想像させ。
人工の光とそれの作り上げる暗さしか知らないサンジにとって、「森」は本能的な畏怖の念を起こさせているようだった。現に今も、炎の傍から離れようとしない。ちらりと笑みを過ぎらせ、
ゾロは呼びかける。
「こいよ、」自分の横を指し示す。見つめてくる白い貌に、夜にも淡く浮かび上がるような黄金に、
炎が複雑な模様を映しこむ。
「大丈夫だ、一度熾したら簡単には消えない」
肩のあたりから、ゆっくりと緊張が抜けていき、やがて静かに近づいてくるのをゾロは見守り。
傍らへと引き寄せる。自分の肩口に頭を預けてくるようにするその柔らかな黄金の髪に頬で触れ、腕に抱きこむ。
穏やかな、交感。触れるだけの口づけを落とし。唇に、瞼に。
自分は渇いていたのかと、そうされてはじめてサンジは気づく。触れているだけの手が、自分の内に波紋を拡げていくのを。なかであふれそうな波は
触れあった箇所からまた、自分の中をながく甘い余韻を残して通り抜けてゆく。
「訊いたことには答えろよ」吐息と一緒に言葉がのせられ。
長い指は髪に差し入れられたまま、柔らかく、ゆっくりと滑っていく。
かるく上向かせるようにし、サンジと視線を逢わせると
「朝になればわかる」
それだけを言うと暗闇に金の虹彩が僅かに拡がるようだった瞳は閉じられてしまい。
直接、自分のなかに響いてくるように届いた。
話してやるから、と。
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