6.

「不死者、だと―――?」



ナミの思いがけず強い手に引き立てられるように腕を捕まれ、ゾロは半ば無理矢理に

立ち上がらせられた。



「ああ。聞いた事は無いのか?」

燐光と同じ色に、ブラムと呼ばれた男の瞳が月明かりを反射する。



「ゾロ、」

ナミの押し殺した声が低く響き。

「いらっしゃい、はやく。あの男の言う事を聞いてはだめ」

強く腕を引き、かがり火の方へ歩を進めようとする。



密やかな笑いの気配が自分たちの背後から届く。

「おれ達はヴァンピール、吸血鬼、そういった風にも呼ばれているんだよ」



無理に首を反らせゾロは声の方を目で追い、腕を掴んでくるナミの指に力が込められるのを感じる。



「その女に聞いても、領主に聞いても、例え頭首に尋ねたとしても。誰もおまえに―――」

聞いた事のない言葉がナミから発せられ、男の声がぴたりと止んだ。



「いきましょう」

穏やかな声は―――確かにナミのものだったけれども。

聴覚を通さずに、自分の中に取り込まれたかのように感じた。そして意志とは無関係に

身体がナミに従いかける。



それでも眼差しを背後に投げ、目にしたのは。

月明かりの中、自分に向けて笑みの形に引き上げられた唇から微かに覗いた犬歯。

そして、音を乗せない声が届いた。

知りたいか―――、と。







屋敷の大広間には自分達のほか、誰もいなかった。全員が、外での踊りの輪に加わりに

行ってしまった後のようだった。二人は、暖炉の前に据えられた長イスに並んで座り、

ナミの髪色が火色をそのまま写し込み燃え立つようなそれに変わる。



「ブラムの言ったことは本当よ」

ナミの声はいつも、芯の強さを感じさせる柔らかな張りのあるもので、自分はそれをとても

好ましく思っていたのだと、ゾロはいまさらながらに意識する。

もし聞きたければ、頭首に尋ねてみると良いわ、と続けられる。



「ねえ、ゾロ。あなたは私が恐くないの?」

琥珀色の瞳が、まっすぐに逢わせられた。

自分の返事に、ナミが静かに肩を震わせるのを、ゾロは僅かに眉根を寄せてみつめる。

「なんだよ、ヒトが真面目に答えたのにおまえ―――」



ちがうの、とナミが揺れる肩をそのままに、俯いていた顔を上げる。

―――泣いている?

「あなたが、知り合いと同じような事を言うから。それでよ」

小指の先で目尻を拭うようにする。



“どうして、恐がらなきゃいけないんだ?おまえは友達だし、おまけに美人だ”

天蓋が抜けて、太陽がそのまま落ちてきたのかと思った。

ひどく眩しくて。そして、幸せだった。あの日。



「不死者はね、孤独なの。だから、自分を生んだこの“ムラ”に帰ってくるのよ」

私たちはね、あなたたちから生まれるの、と。

「―――血族、なのか」

そう問い返す自分の声は、何故こんなにも乾いているのだろう。

ゾロは卓からワインの入れられた陶製の器を手許に下ろした。



「そうね、私たちにとっては、ここにいるヒトがみんなそう。だから帰ってくるのよ、逢いたいから」






暖炉の火が落ち、夜が明けるころ。ナミの唇に、自分の唇で触れた。

恋の話をして、ずっと昔に海から還らなかった男の昔話をしたその唇に。



「謝っとく、そいつの代わりに」

「バカおっしゃい。やさしくすると、つけこむわよ?」

その瞳が細められ、光を乗せて、弾けるようだった。

「さみしいっていうのが、旅を終わらせる理由になるのよ。不死者なのにね」



おやすみ、と腕に抱いた身体のひどく頼りなげに柔らかな線は、長くいつまでも

ゾロの腕に残っていた。



二度とヒトに恋なんてしないって私、決めたんだから。誘惑しないでちょうだい。

別れ際そう言ってわらった表情は。見慣れた、それに戻っていた。






7.

「だからどこなんだよ、ここは」

しばらくは大人しくしていたものの、やはり梢を揺らす風音や、瞳を閉じてしまえば一層際立つ

ような周囲の暗さにサンジは何度目かの吐息をついた。




腕の中の身体が何度もみじろぎ、苛々とした風な、それでもその中から出て行こうとは

しないのにゾロが微かに笑みを刷いていることには気が付かず。

眼、あけろっての。そう小さく言葉に乗せる。



くっと喉元で殺した笑い声が起きるのに、サンジが顔を上向ける。

「っおまえ…・・」

いつから起きていたんだ、といってくる目許には若干、朱が刷かれている。

「見かけと違って気が短いな、」

額をあわせるようにして言葉にする。

おまえが何も言わないからだ、と。答えてサンジが腕を首に回す。



「ここは、境界だ」

何度目かの風で頭上の枝が揺れた頃に、言われた。

「森が?」

夜の暗さにも、その蒼は透けるような色を失わずに。



「そう、何百年も隔ててきていた。ヒトと、“血族”とを。どうしても、いま聞きたいか?」





この森を抜けると、平原に出る。

その先に――――――



妹が待っている。





金色の頭が左右に振られた、と思ったら。皙い、指の長い手に髪を梳かれ、膝で半ば

立つようにしていたサンジの鎖骨のあたりに額を預けさせられた。

「おい、」

「だまってろ、」



耳元から静かな声がする。

おまえのかお。なんでだろう、いまみたらおれの方が涙でてきそうだ。




そう、サンジがちいさく告げる声。

火に、切り抜かれた円の中で。















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