--- Here Comes the Another Day ---
「おはようございます、」
看護士が笑顔を向けながら、定時のチェックアップ項目を手際よく手持ちのデヴァイスに入力していく。俯いた横顔を、顎で切りそろえた黒髪が流れるように落ちる。
今日はドクターは、と何でもない風に尋ねる。自分がその不在の元凶であることは百も承知で。
「今日はお休みになられてます。でもご心配なく、中尉に何かあればすぐに駆けつけてこられますから」
少しばかり、看護士の紺色の瞳が悪戯気に光る。
「―――お呼びします?」
す、と視線が呼び出し用のボタンを示すのに、ゾロが薄く笑って首を横に振る。
ピ、と。データの転送終了を告げる電子音が看護士の手元からし、そのまま視線が軽くゾロにあわせられた。
「投薬も最適化されてはいましたけれど。中尉の自然治癒力は一度データをきちんと取って調べてみる価値はありそう」
「丁重にお断りする」
「あら、残念」
に、と微笑むビジンは常ならば興味の対象にあるはずが―――マイッタな、とまたゾロが内心で呟く。

「中尉、」
柔らかな低音に呼びかけられ、僅かに視線を投げる。
「退院なさっても、たまにはこちらにも顔を出してあげてね」
「なぜ?」
「ドクタが、最終チェックの日取りをずーっと伸ばしているからよ」
「へえ、ラッキーだな」
「あら、中尉。あなたが?」
またビジンが微笑み。
「や、“ドクタ”が。随分スタッフから愛されてるらしい」
「カワイイもの、なんだか滅茶苦茶で」
「―――同感だな、」

扉の前で看護士が振り向いた。
「あぁ、そうそう。中尉、最終チェックは明日よ」
ひら、と手を振ってブルネットのビジンが出て行った。



                                   --- Confess your sin ---
「いや、実を言うとおれトモダチいねェのよ」
へら、と口端を引き上げてサンジが言う。
「じゃあ、あの周りにいるごちゃごちゃしたのは何だ」
「あれは患者とスタッフと、おれの天使チャンたち」
「フン?じゃあおれは何だよ」
普段は饒舌過ぎるヤツの舌がぱたっと止まったみたいに、サンジが少しばかり口を閉ざし困ったカオをした。あぁ、チクショウ、とゾロは思う。
ああいうカオされると何故かそれ以上追い込めない気分になる。スコープから逃がしてやることになる。

「患者とスタッフと天使チャン以外。すきだよって言ったじゃねェの」
漸く、サンジがへらりと笑い。ゾロも息を吐く。
「こら、待て」
「ハイヨ」
医者らしい迅速さで、もう別の作業に作業へ移って行っている。
瞼のあたりが意思とは関係なく痙攣してでもいる気がする。サンジの指先が何かひやりとしたものを塗っていった。ちっとも気にした風もなく、サンジが手元の器具をどうやら動かしているらしい。
眼球がいま動いたなら「エライこと」になるのは素人の自分にもわかる。鋭利なモノが瞼の内側に差し入れられている。
「それはこの状況で言うセリフか?」
術後の最終チェック。名称は簡単だが、いまここでこの医者がしているのは視神経だか何だか知らねェが、要はオリジナルの目玉が無事に眼窩に収まったか、機能しているかの最終チェックだ。稀に、アーティフィシャル・ティシューと生体とが上手く適合せずに結合部が壊死することもあるらしい。自分の場合はソレは脳に直接響く箇所だからかなりマズイ事態を引き起こすだろう。

「んー、」
のんびりとした口調のくせに、おそらくあの蒼眼は集中しているのだろうと知れる。気配でわかる。
「むしろこの状況だからこそ、とも言えるねェ、」
そう医者は言葉を出す。
「イヤだ、って言ったら目ン玉に針刺すぞ」
「サド医者」
「おーう、ココロは愛の天使だよぅ、白衣は着てンの見えんだろ」
ゾロにしてみれば、ため息どころの話ではない。
「かわいそうにおまえの部下たち。おまえのこと、たすけてくださいって涙してたパイロット共。おまえね、眼球のドナー40人くらい持ってンよ?すげぇね。せっかくだから、登録させといたけどな。あとでちょっと使ってみる?」
「いらねェよ」
す、と影が動き、短い電子音がする。
「おまえの眼、ダメになったらさー、」
滑らかに続くサンジの口調は相変わらず軽さを保っている。
「おまえ、どうする気だったの」
「―――ハ?」
「や?訊きたかっただけだ」
すう、と瞼の強張りが解けた。

「オーケイ、結果良好だね」
視界が戻ってくる。すぐに蒼眼が戻ってきた視界を塞いだけれども。
瞳の周りが紺色だ、と何度目かゾロが思う。薄青の中に。中心に向かうに連れて色味が移ろう。
「おまえさ、運び込まれてきたときに」
「あぁ」
「“おれの眼、知らねェか?”って言ってやがってな?アレにはおれもかんどーしたなァ」
ほんとになんも見えてねぇんだなあ、ってすげえ伝わったよ、と。
言葉を続けるこの医者の感性はどこかずれているらしい、とこれもまた何度目かにして思う。

「なくせねぇんだよ」
「ふン?」
「“こっち”はヒトのだから」
す、とゾロが負傷した方のサイドを指で示す。
「従兄のだよ。おまえも反乱軍サイドにいたなら名前くらいは知ってるだろ、ポートガス・“D”」
「―――え。マジ」
いま目の前にいるゾロが生きた伝説だとしたなら、“D”は死んで神格化されている男だ。トリに乗る連中の間では尚のこと。
「あァ、同じミッションで飛んでて、おれとヤツだけが基地に帰れたはイイがヤツは助からずにおれが助かった。おれたちのトリはスピードと引き換えにフロント・ピラーが弱かったンだよ。それにおれは大抵ゴーグルなんざ無しで飛んでたしな。そこを、前を潰された」
それを聞いて、サンジが僅かに眼を見開いた。
ゴーグルには当然、ディスプレイが投影される筈であり。
ということは、ナヴィゲーション・システムのサポート無しであの撃墜率だったのか?コイツ―――。そう思い当たり、ぱし、とまたサンジが瞬きした。
「で、目をヤラレタおれに、エースが最後に寄越して来たんだ」
だから、失くせねぇんだよ、以上。そう短く括る。
けれど、一瞬。ヒトが意識不明になってる間に勝手にコトを運びやがって、と後から泣き笑いしたことをゾロは思い返した。
そして意識を切り替え、ジブンを真っ直ぐに見詰めてくるサンジに向かい、何だ?と眼で問う。

「おまえが従兄思いなことも、おまえらの血筋がちょーっと異様なこともようっくわかった」
うん、と勝手にサンジが頷き言葉を続けていた。
「で?トモダチの件はーどうナンデスよ、ロロノア」
「いまさら、かよ」
やるだけやっといて“ソレ”か?とゾロは首を捻ろうとし、すぃ、とアタマをサンジの手に固定されたのに気付いた。
「おまえの世界、ってのは―――」
すとん、とサンジが強化プラスティックの半透明をしたスツールに座る。
「部下か、トモダチか。どうでもいいやつ、の3つで構成されてやがる」
何しろ惚れてる相手のことだからな、研究したんだ、と。言いながら細長い指がゾロの目の前に突き出され。ソレをぺろりと舐めてみる誘惑と戦うのは大層キツいことにゾロは勘付く。

「なぁ、医者」
「ウン」
「おまえ、反乱軍のスナイパーだったって言ったな、ガキの頃に」
「ああ、そうだよ。人殺しがイヤになって生き方変えたんだ。殺めた以上に救ってやろうってな。泣けるダロ」
「泣けるな、」
幾つか漏れ聞いた「トリ撃ち」の話は、どれもあまりこの目の前の男には結びつかなかったが。「死の天使」だの、「死神」だの「邪眼を持つ」だの……。
自分が相手にしてるのは―――口が悪い、軽薄、底意地が悪く意地っ張り、そのくせ気持ちが真っ正直で、バカのくせに腕は良い、寝顔が妙にガキな。
「泣くなら胸を貸してやろう」
身体の相性までイイときた、とんでもねぇヤロウだが。
「涙も何だったら舐めてやってもいいぜー?大サーヴィス」
にぃ、とサンジがまた笑みを浮かべる。
「いらねェよ」
「遠慮すんな、テレ屋さん」
言葉は澱みなく、それでも手元の端末に片手で何事かを入力している。
伏せた目許、長い睫の描く線が甘くなりすぎずに、むしろ鋭角的なアクセントを付け足している。

「いつ、現場に戻れるンだ、おれは」
「あー、」
サンジが軽く顎を引き上げていた。
何度も自分の手が掻き乱していったことのある髪、それが動きに沿って流れる。
「少なくとも今日じゃねぇな」
「ふゥん、」
ゲームだ、バカバカしい。
ゾロは考える。
仕掛ける方も、乗る方も互いにバカだ。

「なぁ、ロロノア・ゾロ」
「―――あァ」
「おれのトモダチになっちまいなよ」
「コトワル」
「なんで」
「トモダチとはおれはしねェんだよ。アタリマエだろうが」
「―――ありゃ」
サンジが眉を引き上げ、次いで蒼眼が少し見開かれる。そして、ひどくゆっくりと瞬きした。
ゾロはその様を見詰めている。
「じゃあさ、」
「あァ」
「トモダチじゃなくていいや。おまえ、おれのになっちまってよ。おまえさ?丸々ぜんぶ。まるごと」
「―――ハ?」
「いつかおまえおれにそう言ったじゃねぇの。なぁ、いいだろー、まるごと。今日、誕生日なんだし、ギフトだギフト」
コドモの理論よりタチが悪い。無茶苦茶なヤツだ、とゾロはまた感心する、いっそのこと。
あーあ、とゾロはため息混じりに小さく笑った。マイッタネ、と。

「アホ眉毛」
「体力バカ」
「エロ医者」
「スケベ馬」
言質を尋ねるより先に、間髪おかずに返答される。
「ひっでえ言い方だな、おい。身体目当てかよおまえ。大したモンだなそこまで素直だと」
「えー?自慢しろよ、イイ身体してンよおまえ。骨格、欲しいぜ標本、パーフェクツ。呉れ呉れ」
「死ぬには早ェ」
ゾロの言葉に、くくっとサンジがわらった。
「くれよ、なあ。貰われ得じゃねェ?おまえ。リボン着けるとはいわねえからさ、それもどこに巻く気とかはバラさねぇからさー、おれにもらわれてくれよー、なぁ、そこのギフト」
「ネジ飛びまくってンな、おまえ」
ゾロが眼を物騒に半眼に閉ざす。
「ぐだぐだ言わずに貰われろ。きょうを記念におれのになれ。せっかくの誕生日だ!祝えってばよ」
ひょいっとサンジがスツールから立ち上がる。

「おい、」
「ハイヨ」
サンジがまっすぐにまた足元から見上げてくるのに、ゾロが瞬きした。何時の間にかこの医者がフロアに膝を着いているのは何故だ。
「魂胆が見え見えだぞ、おまえ」
ちろり、とサンジの赤い舌先が唇から覗いた。
「後は実力行使あるのみ、おまけに効果は立証済みだぜ」
「―――アホか」
そう言って柔らかな金の髪に手指を突っ込んでから、片手もサンジの身体に添えて引き上げる。
「恋は盲目なんだよ、ロロノア」
「おれがなんでおまえのモノにならなきゃならねェんだ」
ゲームはしばらく続行らしい。
「きょうが誕生日だから」
「どこの王様だよ、おまえは」
「違ェよ」
サンジの蒼眼がキラキラとゾロを見詰めてくる。
「はン?」

「誕生日男はおまえだよ。だからおれのギフトになれって言ってる。ハッピィ・バースディ」
「―――わけわからねぇぞ」
「なんで、簡単だろ」
サンジが間近で、に、と笑みを浮かべる。
「おまえがおれに貰われる、おまえはおれの限りなーい愛情を代わりに手に入れる、すーげえプレゼントだろ」
オラ、誕生日男なんとか言いやがれ、とサンジが破綻した理論を自慢げに展開し。
ゾロが呆れて言葉を無くしたことを、サンジが逆手に取っていた。
「そうか、感動して声も出ねェか!」
ひゃはは、とジョウキゲンでサンジが笑い。
コイツは一体なんなんだ、とゾロが額を押さえたくなる衝動に駆られた。場の空気が入れ替わり立ち代り、深刻劇からコメディまでなんでもござれなのか、と。
―――けど、まぁ。年齢制限付にも変わるか、と思うあたり、この男も大概ではある。

「ロロノア、返事は」
「医者、」
「ハイヨ」
返答は律儀なサンジである。
「おまえ、おれの入院延期させてたろう」
「―――ありゃ。ナンデバレタノカシラ」
「おまえの“天使チャン”が教えてくたンだよ」
「ありゃ」
「いいからおれを退院させろ」
「おまえが返事くれたらな。だが、否やは拒否する」
「―――無茶言うな」
「言うさ」
「ほう?」
くしゃ、とゾロが手の中に金の髪を握り締めたとき。
基地の全域に響くほどの音量で、第2級緊急事態を告げるアラームが鳴り始めた。第2級ならば、ゾロが出て行くのは必定の事態でもある。

「ほら見ろ。神とやらはおれの味方だ」
ゾロが蒼眼を間近で覗き込み、唇を引き上げた。
「行くのか」
「行くさ」
自分を見下ろしながら問うサンジの顎に軽く頭をぶつけるようにしながら、ゾロも引き上げていた身体を診察台に下ろした。どこからといえば―――自分の膝の上から。
「ケチだなーァ、誕生日だろー」
言い募るサンジの声は無視して扉までゾロは進み。廊下を足早に近づいてくる気配に気付いた。十中八九、「部下」だ。見舞いに散々来ていたから、「中尉」の回復具合は承知なのだろう。眼の端に笑みを刻み、ゾロが振り向いた。

「ああ、そうだ。医者、」
「ナンデスか、」
完全に、声が拗ねまくっているのを知り、ますますゾロの笑みが深くなりかけ。長い歩幅で診察台まで戻り、それを素知らぬカオに戻すと言う。
「帰ってきたら抱くからな」
ぱち、と無表情になった蒼が瞬きで一瞬遮られる。
「デスクの上はヤダよ」
答え、現れた蒼はあまりに様々な色味を佩いていて、それを追いかける自分の目が疲れたほどだ。
だから、かぷ、と。答えの代わりに下唇を甘く噛む。
「床?」
冗談めかして囁く。
「背中が痛えよ、ヤダ」
「膝くらいで済むかもだぜ?」
「えー、バックかよー。折角だから普通が良くねェ?大人しくベッドとかよー」
「誕生日だから?」
ゾロの答えに、ひゃは、とサンジがわらった。
「おー?おまえ、おれのになるんだ、エライッ」
「おまえも覚悟しとけアホ医者」

「フフン。そうと決まったらぜーんぶ叩き墜として来い!」
「言われる前に撃墜してやる、“前哨戦”だしな」
「うーわ、」
サンジがわらい。
「じゃあ後からイイとこ落っこちようぜ、ゾロ」
「落ちるどころか、上がりっぱなしじゃねぇのか?おまえ」
言葉を受けて、とす、とサンジの軽く握った拳がゾロの背中を押すようにした。その手を、去り際一瞬だけゾロの掌が柔らかに掠めていき。
扉が外から開けられる前に、ゾロの背がそれを抜け。
『中尉……っ』
そう呼びかける部下の声が診察室のなかにまで聞こえて来た。閉ざされきる前に、一瞬ゾロが振り向き笑みを刻んで見せ、すぐに扉が遮断していった。




                                --- Encore: Happiness is in your soul ---
すう、と静かになった室内で、はあ、とサンジが笑みに口元を綻ばせて溜め息をついていた。
実はかなり緊張していたようだ。ゾロが聞いても俄には信じないだろうが。
「“愛し愛されて生き”ちゃうってー?戦後の夢だね、これはいっそのこと!」
ひゃあー、照れるぜー、とにこにこと非常に屈託が無い。
そして、ひとしきり照れて機嫌よくしていたかと思えば、軍本部に提出する「患者」に関する電子書類をさっさと打ち込み始めていた。

その2分後に、電子カルテのデータごと空軍のメインコンピュ―タに送りつけた記載の末尾には、『特筆すべきはその精神面において更なる向上が見受けられ、今後より一層の活躍が期待される』とあった。公的な惚気であることは―――確かなようだ。

びり、と強化ガラスが微かに振動する音にサンジが眼をやれば。
ガラス越しに広がった平原の上。蒼穹に、光を弾いて飛んでいくトリたちの姿が見えた。
そしてそれを、サンジがそうっと蒼に穏やかな笑みを乗せて見詰めていた。おそらく、幼いときにブキを手にした日から数えて、初めてのことだ。

「誕生日、おめでとうな。後でちゃんと言ってやるから」
戻ってこいよ、直ぐに、と。柔らかな呟きが部屋に溶けていっていた。








Happy Birthday

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