4.

「エースならいないよ、」

扉の前に立つゾロに、女医が後から声をかけた。



「あたしが死亡診断書を斡旋する事になるとはね。あの娘が連れて帰ったよ」

「―――そうか、」

ゾロが瞳を閉じるようにする。



「いいかい、余計な事を考えるんじゃないよ?“ジェラキュール”の名に任せておけばいい事も

あるんだからね」

とん、と女医の手がゾロの左肩にあてられる。

「お前にしか出来ないことを。いまは、しな」



にやりと。口角を引き上げ。

「“運命を抱き寄せてみせる”んだろう?お前は」

「―――覚えてたのか、」

扉の取っ手にかけられたロザリオにかるく指先で触れ、ゾロは女医に目を戻す。



「16のヒヨッコが、大層なセリフを吐いたもんだよ」

胸の前で腕を組み、かるくゾロを見上げるようにする。

まったく、図体ばっかりデカくなって可愛くないねェ、と付け足し。




そっと自分の頬を掠めたものに。

女医の片眉が引き上げられた。

つぶやかれた礼の言葉と、頬に触れた微かな熱に。








「あたしを口説こうなんざ、百年早いよ!」

遠ざかる背に声を投げ、その肩が可笑しそうに揺れるのを見送っていた。





やがてその姿が見えなくなっても。











降り注ぐような陽射しのなか診療所の外へ出ると、既に正面へとまわされていた車の傍らに

立つ姿があった。



「バルサザー?」

自分の護衛の名をゾロは口にし、男はすい、と影のように車の側を離れる。



「ルフィ、から預かってきました」

「様」を付けられたり、「坊ちゃま」と呼ばれるたびに大騒ぎでそれを止めさせるルフィの「特訓」が

効を成したのか、ひどく居心地は悪そうでもどうにか敬称抜きでその名を男は口にし。

その様子にゾロも微笑を浮かべる。

「あいつ、大丈夫か―――?」

最後に目にしたときの、涙で顔中がぐしゃぐしゃになっていたその表情をゾロは思い出す。

かるく頷き、男はゾロに腕を差し出すようにし。



「あなたに、これをと」

差し出す掌には薄い小箱。

「どうか、」



受け取り、ゾロは護衛に目を戻す。

随分と昔に亡くなった生母のエンゲージリングが、掌の上、蓋を開けたままの小箱の中で

白金の冴えた光を陽射しに返していた。



「これは―――、」

「お渡しするように、とだけ」

「そうか、」

薄く笑みがゾロの口許に刷かれ。



「ただ、私には“プロポーズすんのにカッコわりィじゃん、手ブラ”と仰っておりましたが」

「―――クソガキ、って言っておいてくれよ」

小箱の蓋を閉じ、そう言葉に乗せる。

ええ、確かに。と答え、かるく笑みを浮かべるとバルサザーは背を向けかけ。




「ああ、やっぱり、イイ」

声が、その背に追いついた。




「――――おれが言う」




「そうですね、」

目礼し、淡いグレイのスーツ姿は遠ざかっていく。











車窓を流れる景色の占める割合が赤茶けた土肌を増すに連れ、二人の男から張り詰めた

気が薄らいでいった。

「なんでサラトガなんだ、って思っているだろう」

前を見つめたまま、ハンドルを握ったベンヴォーリオがそう話かけてきた。

「ああ」

バックシートでそう答えるのは、変わらない窓外の景色に眼を遣ったままのゾロ。



「あそこだと、入り江が近いだろう?」

「近いどころか。家のたしかすぐ裏手だったんじゃないか?」

ゾロは一度だけ訪れた事のある場所を思い出していた。いま向かっている隠れ家の一つは

人間嫌いのサーファーでも住んでいた方がいっそ似合うほどの場所にあったことを。



「船で一旦国境を越えるからな、近いに越したことはない」

「船?大掛かりだな、ずいぶん」

ベンヴォーリオが笑い声をたてる。

「ゾロ、あんた少しは自覚した方が良いぞ。ネフェルタリと、ジェラキュールと。皇太子を

二人攫っていくようなモンなんだぜ?」

「冗談じゃねえ」



開けられたスライディング・ルーフから差し込む陽射しに耳許の金が光を乗せ、反射する。



その心底嫌そうに言うのに、ナビシートで黙って会話を聞いていたエイブラも小さく笑う。

「ま、あきらめろよ。その名のもとに生まれちまったんだから。それも運命だ」

ひらひら、と掌を上向かせ、頭上に開かれた空に向かって軽く振る。



その何気ない言葉に、ゾロの表情が微かに曇るのをベンヴォーリオはバックミラー越しに目にした。

「生き方を変えれば、運命も変えられると思うか―――」

そして、独り言のように小さく口にするのを。




「たとえそうだとしても。おれにはあんたが生き方を変えるようには見えねェけどな」




そう、戻される言葉に。

唇端を引き上げるその癖のある笑みでゾロは返す。




「明日だ。動き出すからな、イヤでも流れは変わる。明後日には時差の彼方ってやつだ」

言葉とあわせるように、車が加速した。



「どう動くかは聞いたってどうせ答えないんだろうな、」

ゾロの問い掛けにエイブラがバックシートを振り返り、頷いてみせる。

「信じろ、としかね」

ああ、と答えゾロはルーフに四角く切り取られた夏空に眼を戻す。

どこまでも高く、乾いた色は










見た事もないほどの 藍天

















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