3.

「コーザ、おまえさァ。前時代的。話し合いと行こうぜ?おまえに構ってるヒマねェんだよおれは」

まってろ、と護衛に言い残し車から降りてきたエースが至極暢気な口調で言った。

それほど幅の広くない通りの入り口で立ち止まる。

ダウンタウンから少し入っただけで、取り壊しを待つばかりの戦前からのアパートメントとウエアハウス

の立ち並ぶ再開発予定区域は区画整備された廃墟、とでもいった気配を漂わせ。浮浪者や売人さえ

日中でも近づこうとしないエリアではあった。微かに、ダウンタウンを走るサイレンの音が流れてくる。



「怖気づいたか…?」

奥から、静かな声が返ってくる。じゃり、とその靴底で石畳の欠片が音を立て。

「アホ。だったら一人でくるかよ、ハタシアイの現場とやらにヨ?」

にや、とわらって寄越すエースに。薄いサングラス越しのコーザの目があわせられる。



「―――9人死んだ。充分すぎる代償だと思わないか?」

「あーあ、やぁっぱり?」

場違いなほど邪気の無い笑みに、コーザが僅かに眉根を寄せるが。

「ああ。抜け」

何かを断ち切るようにホルスターから銃を抜き取る。

「ま、別に良いけどよ、時期の読めねえバカヤロウだなおまえは、」

エースもベルトに手を伸ばしかける。



「てめえのプライドとやらが傷ついたか?仕様がねェ付き合ってやる」

言いながらもエースの目から、からかうような色が不意に消え。

コーザは背後の護衛3人を手の一振りで後ろへ下がらせる。



「時期が悪いことくらいわかってるさ。ケリつけてえだけだよ」

初めて、コーザが薄く笑みを口許に刷く。

「へえ。死ぬ気はねェんだな」

「お互い様だろ」



「じゃあ、いいこと教えてやろうか、餞に。おまえが死んで悦ぶのはおれじゃねェぞ」

に、と。クセのある笑い方。

「下の不始末はおれがカタつけるさ。けどな、てめえのとこの一本キズ―――」

コーザにぴたりと視線をあわえたまま、エースも右手に銃を抜くが銃口はまだ下げられていた。

「気ィつけ―――」




澄んだ音が

銃鉄の引き起こされる音が、背後から不意にした。と思った刹那

自分の右横を銃弾が確かに走る音をコーザの耳は捕らえ。

直後、虚空へ発砲しながら胸を撃ち抜かれ倒れる自分の護衛を視界に認める。

同じくしてエースは背後に突然停められた車窓から突き出された大型の拳銃の銃口を眼に映し、

ドアが開かれ、銃を持たずに中から降りてくる姿を認める。




「―――ゾロ、」

なんだよイイトコじゃましやがって、と急ぎもせず近づいてくるのに真剣にエースは文句を言う。

「上等な介添え連れてンな、コーザ?手出し無用じゃねえのかよ?」

軽くエースを睨みつけるようにした後、コーザにまっすぐな眼差を向けその背に声をかける。



自分の護衛の頭に止めの銃弾を撃ち込んだコーザはゆっくりと振り向く。

その顔は、怒りのためか蒼白になり。噛みしめられた唇からはいまにも朱が零れそうなまでに。

コーザが何よりも様式であるとか儀礼であるとかに拘る男だということは、ネフェルタリの人間でなく

とも知っていた。仇敵の前で恥辱を晒して平気でいられる筈のないことも。



「コーザ。コトを起こすな。いまはおまえも身内にロクでもねえもの飼ってるんだぜ?」

ゾロが言葉を投げつける。



「イヌに手ェ噛まれたか、コーザ?それともイヌが主人に似たか?」

酷くからかうような調子エースの言葉に。護衛の銃を抜こうとする腕をコーザが押さえつける。

殺されてェか?と。その護衛に向けられた低い声が二人の耳にまで届く。



「あ〜あ。ヤル気失せた。んじゃ、おれ迎えも来たし帰るわ。背中向けたヤツを後ろから撃つなんて

こと、てめえにはできねェもんな」

バイバイ、そう言うとあっさりと自分の命を望む人間の前に背を晒し、ゾロの前にのんびりとした様子で

戻ってくる。

「うし。じゃあ、てめえに免じて今日はコレまでにしといてやるナ?」

ゾロに向かってにやりと笑う。



ゾロからは、ぎり、と唇を噛みしめるコーザと、自分達を見据えるような、その傍らに常に従っている  

男の姿が見え。もう一人の護衛は通りへと向かっていた。

「・・・・言いすぎだ、」

「ん?」

「もう一人のヤツ。眼が気になる」

その言葉に軽く肩をすくめるようにすると、エースはゾロの肩に腕を掛けたまま首だけを後ろに

軽く肩をねじるようにし言葉に乗せる。

「コーザ、言い過ぎた。わり・・・・・」






すべてが、一瞬のことだった。







ゆっくりとエースの片眉が引き上げられ、唇端もワンテンポ遅れてその軌跡を追う。

「・・・・・・オイ、ゾロ」

その眼が陽射しを映し込み、笑みに崩れ。

「ちょい、やべえ」

出来の悪い冗談のように唇からこぼれるのは―――




「―――エースッ?」




無意識に背中に回したゾロの腕に柄まで埋まり込んだナイフがあたる。

「うう。ヤラレタ、」

大げさに心臓を押さえ下手クソな舞台役者の真似事をしてみせるのは。



「ってめえ?」

コーザの声とほぼ同時に。

瞬きの間にエースのベルトから銃が引き抜かれ、背に向けてナイフを投げつけた男の眉間に

小さな孔が開きそのまま後ろに崩れ落ちる。

「動くなッ」すぐさま動こうとする遠いもう一つの影をコーザが制し。



「バ、カヤロ、おまえクリーン・レコードにキズつくじゃね、」

「うるせえよっ」

片腕に抱きとめるようにする。

「テメエ、下の奴らはッ!なんで一人でなんか来るんだっ」

「そんなん、おれがとっくに片付けちまったヨ」



「―――バカなっ」

コーザの声が響き。

「うっせ、バァカ、」

「カタ付けたっておれが、言ってんだろーが」

笑おうとして声にできないエースの背を伝い、ゾロの腕を伝い、石畳に暗い流れが出来始める。

その間にも、コーザにあわせられたゾロの視線は揺らぐ事もなく。



「なァー、」

「しゃべるな!」

「なんでおれ、てめえのかってームネん中で死ななきゃねんねェのかね?」

「しゃべるなって言ってるだろ、」

限りなく抑えられた叫び声に聞こえる。

「ヤバイだろォ、これは」

てめえ、ナミに殺されるぜ。

けたけた、とわらい。ゾロの短い髪に雑に手を差し入れるようにする。

「ま、それもおもしれェか・・・・?」

答えの代わりに、ゾロの腕に一層の力が込められ









苛烈な双眸が一瞬、その光を失くし

すべてを拒絶しようとするかのようにキツク瞼が閉ざされる。





腕が

だらりと





ゾロの肩に落ちかかる。












「・・・・・・コーザ、」

全ての感情が呑み込まれたかのような声が。ゾロから発せられた。







ひどくゆっくりと、右手が差し伸ばされる。

銃口は、ただ一点を指し。





「抜け。」








ゆらり、と。コーザが通りの中央にまで歩を進め。

銀に、銃の握りが光を反射する。










乾いた銃声と、叫ぶような呼び声が同時に

石の壁に響き渡った。







「ゾロッ!」






その声に。僅かに銃口が振れ。

銃弾はコーザの左眼を掠め、引き伸ばされた時間の中でグラスが割れ、地面へと落ちていく。

その半顔が血塗れるのと、地面に膝を付くのを みていた

そして、自分の半身に振りかぶる衝撃。




ドン




肉を貫く弾はそれ自体が潰れる音を立てる、そんなことを考えるのを意識の隅で捕らえ

自分の眼は、その先。通りの、光差す方に。在り得ない者を見出した。なぜ、ここに―――?



コーザの顔が、自分にまっすぐに向けられる

血塗れてもなお、

審判を待つかのように瞳を閉じ



トリガーを引く



弾倉が乾いた音を立て。



「ク・・・ソ、が」



コーザの瞼がゆっくりと上げられ。

向けられたままの銃口と、苛烈すぎるほどのヒカリをどうにか受け止める。






徐々に近づいてくる複数の足音に、エンジン音に

全ての音から遮断されたかのように2つの姿は動こうとしない。

通りの壁伝いに不意に陽を背負って現れる人影をサンジだけが見ていた。



目にする奥の光景に一瞬ひるむものの、その男の手に携えた拳銃は見粉う筈の無い

姿を追い、構え。



目前の光景に静かに立ちすくむようだった数秒の時間が。無限に引き伸ばされたかの

ように流れ始める。身体を折り足元の拳銃を拾い上げ、その影に向かい放つ。続けざまに2発。

銃弾が、その影の頭部を散らし。

ゆっくりと、倒れる人影。

無音。

弾けるような色彩だけが。網膜に焼きつく。

不意に耳に蘇えるのは。声。





(おまえ、銃なんて似合わないぜ?)

(自衛できるくらいには、扱えるさ。誰だと思ってるんだ?)

あれは、エレベーターの中。床に落ちた銃を拾おうとしたのを、手を抑えられて止めさせられた。





同じ声が、自分を呼んでいる―――ああ、言わないと、はやく






「ゾロッ、早く―――いけ、たのむから・…ッ」



「―――撃ったのか・・・・・・?」



「っ、おれのことはいいから―――!」









その光景を目にした瞬間。

「エースーーッ!」

止めに押さえる手を振り解き、ルフィはドアから走り出ると兄の腕からその身体を抱きとめるようにし、

意思のない重みに声を上げそうになった。それでも。



半ば降ろされた右腕の先から、銃を伝い指先を伝い止まる事を知らないかのように流れ落ていく

血液も、 自分の半身を染めているのが親友の流した血であることも。

片腕の自由を取り戻した事も、いまここに自分の存在のあることも、まるで全てが夢の中のことで

あるかのように  あそこで

ただ、立ち尽くしているのは兄なのか?



ちがう、右肩を打ち抜かれた状態で立っていること自体が 夢じゃないのか?

コレは―――嘘だろう・・・・・・?

自分の時間まで歪む感覚をルフィは覚えた。永遠にも思える数瞬。






ただ一点を凝視するその見開かれた翠の瞳から、ひとすじの涙がこぼれ落ちた。







その、先に立つ姿は。小さく首を横に振る。

まるで奇跡のようにふわりとその黄金の束が流れ。半顔を覆う。




一歩を、それを引き寄せるかのようにゾロが踏み出すのを




ルフィは自分がひどく離れた場所で見守ってでもいるかのような感覚に投げ込まれ

この場に走り込んでから、まだ100秒にも満たない筈だった






呪縛は

逆走して切り込むように現れた車によって破られた。





エースの身体ごと後部シートに引き込まれる自分をルフィは理解した。

兄の名を呼んでいるのは多分自分の声だ。



動かない姿。



それを引き倒し車内に、意識の無いその身体を自分達の横に引きずり込んだのはベックマンだ。

そして、腕を差し伸べるているのは、あの姿に向かって。あれは、シャンクス―――?






向けられる銃口が、返答。






窓に縋りつくようにしていたルフィはその姿と視線が交わる。






ごめんな」と唇が模った。その、微かな笑み。

目にした瞬間に、自分の中の怒りも混乱も、兄に対する正体のわからない 憤りも、すべてが。

 理解できた、と思った。



なぜ、兄が。

すべてを捨ててまであの男を手に入れようとしているのかも。

急速に遠ざかる車窓から、垣間見えた。銃を手にしたまま立ち尽くす姿。




あれは。

あそこに立っていたのは、










「運命」だ。

地獄のように甘美な 美しさ。
















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