5.

コーザは、半顔が血に汚れその咽るような匂いの中でも

それでも、自分のこめかみに、鋼の冷たさが押し当てられるのを感じた。

そして。



カチリ、と銃鉄のあがる

引き金が―――半ばまで引かれた



その音に。



なぜだか、ひどく安堵している自分に気づいた

唇に笑みがはかれる。



死の幻と、その腕は

なるほどこれほどまでにあまいのかと

薄く眼を閉じる。






音が。

耳の直ぐ横で破裂音がし。コーザは意識が瞬間、浮く。

自分の鼓動が体中で鳴り響き、尖りすぎた意識の隅がその手から拳銃が撃ち落されたのだと

理解する。



走り込んでくる足音と。混乱と。その中でサンジの腕が押さえ込まれ、肩ごと取り押さえられるように

して拘束される。コーザは、自分が伯父の配下の手によって地面から引き起こされるのを感じていた。

サンジの視線はなにも映さず、ただ宙に茫と投げられ。

誰も彼に触れるなと。コーザからの思いがけない命令に戸惑いがその場を支配した。自分が、伯父の

ところへ連れて行くから、と。続けられるのに。





運転手との間のポリマーの分厚いシールドの所為で、後部座席の声は誰にも聞かれることは無かった

けれども、サンジは。シートに躯を預け、ずっと。瞳を閉じていた。

強いヒカリを湛えるその眼が閉じられてしまえば、いま、横に在るのはただの不機嫌な美しい死体の

ようだと。そんなことをコーザは思い。その手に、指先に広く薄く残る火薬の汚れを目にする。

そして、いま自分が息をしている事より、死から免れたことより、何より







深い疲労感と、突然の飢餓感にコーザは襲われた。







あの、不自然なほど不意に途切れさせられた声は。

自分に言ってきていた。気をつけろ、と。





―――もう、いないのか ヤツは




我知らず、呪詛の言葉をコーザは呟く。

おれは、こんな結末なんぞ望んじゃいねえ、と。

全てが自分の頭ごなしに悪意を持って流れていくかのような感触に拳を握り締める。



確かに、深く根底に介在する悪意。

“一本キズのヤツ”、と言っていたか―――








その扉の両脇には二人の男が立っていた。連れてこられた扉の前で、コーザの隣りの姿は変わらず

全ての感情を手放したかのように空虚な静かさを湛え。両側から開かれた扉に足を踏み入れた途端、

中にいた連中にサンジは半ば引きずられるようにしてコブラの前に立たされた。





その力強い手はまっすぐに振りかぶられ、無言で頬を張る。

一往復。



ふわ、と黄金の髪が半顔を覆い。俯いたままの唇をつたい、ぱたり、と。

血の滴が床に落ちる。







「連れて行け。」






6.

「今度はナニやらかしたのよ?」

火のついていない咥えタバコで受話器を上げた「看護婦」の、受話器を持つ手が白くなる。

「ドクター!」

投げつけるように、まだ声の漏れるソレをデスクに打ち捨てベルメールは診察室に走りこむ。

「大した慌てぶりだね死人でも出たかい?」

バイカー・スタイルの女が振り返る。



「急患です、オペの支度を」

「ハ!で、どこのバカだい?」

「ゾロと、」

女医がイスから立ち上がり白衣を掴み取ると足早にドアを抜けていく。

「アレが?じゃあ相方はどうしたんだい?同時にはいくらあたしでも出来ないじゃないかまったく・・・!」

普段なら間髪入れずに戻ってくる返答が無いのに女医が首だけを隣を着いてくるベルメールに

向ける。



「ちょいと、お前。まさか・・・」

堅く引き結ばれた口許に

「―――なんてこった、」

ちいさく唇に上らせた。





ほぼそれと同時に。

「ドクターッ!」

扉がその開けられた勢いにまだ振動している。

「若僧!ドアは静かに開けるもんだよ?早くストレッチャ―に乗せな!」

ベルメールを手伝いベックマンがその側から離れないルフィを連れて手術室へと向かう。



「一人で準備はできるだろうね?」

女医はその遠ざかる背中に向かい声をかけ。

「当たり前でしょう!」

振り返りもせずにベルメールが答える。



「・…若僧。そっちのはどうやらもう私でも手の施しようが無いのかい、」

シャンクスが無言で頷く。

「そうかい…、」

女医の骨ばった手が、そうっとその黒髪を一度だけ撫でるようにし。

「じゃあ、いつまでも抱えてないで下ろしておやり」

「―――まだ、温かいんだよ、」



「お前もアイカワラズのヘッポコヤクザだねぇ。すぐ冷たくなっちまうよ。―――あっちだ、いいから

もう休ませておやり」

その指は、まっすぐに手術室の隣りの小部屋を示す。その入り口の取っ手には、ロザリオが

掛けられていた。

「あたしは忙しいんだ。患者が待ってるからね。お前も、さっさとその血を流してきな。

居てやりたけりゃ、そうしな。エースだって嫌がるさ、血だらけの男に側にいられちゃあね」



女医が手術室に近づきながら怒鳴る。

「あんたたちもだよっ!あたしが一仕事終えて出てくるまでにシャワー浴びてキレイになって

なかったら、たたっ斬るからね!」



シャンクスが、目を閉じる。

そうして、ぽんぽん、とそのまだ腕の中の頭に手を置き。

「悪ィな。もう少ししたら、ナミ。呼んで来てやるからな」

言うと、小部屋に向かい一歩を踏み出した。








「雁首揃えて通夜でもしようってのかい、お前さん達は?」

女医は診察室前に置かれたソファに近づくと腰に手をあて、言い切った。

ルフィがまだ赤くなったままの眼を上げ、立ちあがりかけ、その手をシャンクスが抑えるともう一度

横に座らせる。女医は一人掛けの肘掛に軽く身体を休めると、白衣のポケットからボトルを取り出す。



「この、撃ち合いになった相手だけどね。今時の若僧にしちゃあ感心なヤツだよ。」

「どこが―――ッ」

ルフィ、とベックマンの静かな声が制し。

女医は気にした風もなく続けた。

「使ってた弾さ、坊や。ホロウポイントじゃあなかったよ、最近のガキにしちゃ上出来じゃないか。だから

ちょいとばかり射出孔が抉れちゃあいるけどね、骨にも当たらないでキレイに貫通してる。安心おし」

明らかに、安堵のためかその場の空気が緩み。

「意識は、」

シャンクスが問う。

「失血が酷かったしね、なにしろあのバカだ。動けないようにまだ麻酔も切れちゃあいないし、

ギリギリまで鎮静剤も打ってる。朝まで当分おネンネさね」

シャンクスが目線をベックマンに逢わせ。す、と長身の影は扉を抜けていき。



「ルフィ。おまえは戻れ。ベックマンに送らせるからな」

「―――嫌だ」

「おまえがここに居ても。出来る事は何もねえだろう。ゾロのことはそこの医者に任せろ。いまおまえが

出来る事は、家に戻って大人しくしてることだ。鷹の眼からいずれすぐ連絡が入る筈だ。おまえまで

いなかったら、あの親バカは気がとっちらかって負けるぞ?それでいいのかよ、おまえは」

「負ける・・・・?」



「そうだよ。いま、司法局と渡り合ってんだ」

「おれ・・・・」

「それにな、ルフィ。」

大きな手が黒髪をばらばらに引っ掻き回す。

「おまえがここにいたら。ナミは、泣けねえだろうが」



「シャンクス、あんたは?どうするんだ」

「いったろ、出来る事をするってな。オトナはなァ、大変なんだよ」

わずかにその瞳に笑みが戻り。

とん、とルフィの肩を押した。



それまでずっと黙っていベルメールが、口を開いた。

「じゃあ、私がナミを迎えに行くわ」

「―――ああ、わるい。俺が行ければ良いんだけどな」

「何言ってるの。シャンクス、あなたが行ったら逆効果だわ」

ベルメールが僅かに首を傾けるようにし、ルフィの頬に手を添える。



「大丈夫よ。ドクターと、この名医がついてるのよ?」

その手を振り払おうともせずに、ルフィはベルメールを見据える。

「ナミは、」

瞬間言葉に詰まるけれど、その声はもう気丈さを取り戻していた。

「ゾロを、許してくれるか―――?」



くしゃり、と髪を乱すようにすると、ベルメールもドアを抜けていく。

「ボウズ、」

女医の落ち着いた声が降りてきた、ルフィのすぐ隣りに。

「来な。エースにあわせてやるよ」



「ドクター、」

シャンクスが扉の方を向いたまま、小さく言った。

「恩に着る、」

「治療代は有り金全部だ。置いていきな」

笑ってでもいるかのように、シャンクスの肩が揺れた。








「いなくなった―――の?」





「あのひと、」

エースがいつも気紛れに部屋に残していっていたシャツやサングラス、そんなモノに囲まれた

真ん中にナミが座り込んでいた。



カギの掛けられていないアパートメントのドアを開けたベルメールの目にしたもの。



「・・・・・ねぇ、そうなの?」



ライトブラウンのヌバックのシャツを堅く握り、唇を噛んだまま。

それでも瞬きさえ許さないほどの涙が次々と溢れる。



「いなくなったのね―――?」

顔を埋める。

声にならない悲鳴が 部屋に木霊し

身体中が震え



ベルメールは、近づく術さえみつけられなかった。

ただ、頷く事しか。

そして、頬に何かの流れた感触を覚え。

そのときに初めて、気がついた。自分も涙を流している事に





明るすぎる窓からの陽射し

夏の陽を

呪ってやりたいと。







7.

鼓動のたびに、右半身が痛覚に麻痺しかける。




なんだ・・・・・・?




すべてが紗の膜をかけられたかのように歪み、自分が目を開いているかどうかも確信が持てない。

音と、色の渦と、鼓動。

黒が歪み、流れ出し やっと自分がまだ視界を取り戻していないことを悟る。



おれは―――



漠然とした焦燥感。

たかだか瞼を数センチ引き上げるのさえもどかしいほどに何かに拘束される

それでも、どうにか視覚が淡い光を捕らえ

粒子の粗い画像のように目にするモノが形を無くし流れ始める。



鼓動。



痛み



そして、



意識が覚醒する。






「―――クソ、」






左腕に通されているチューブと、薄汚れた壁。ここは―――

右手を動かそうとし、拘束されていることに初めて気づく。

無理矢理に身体を起こし、テープで固定されているのもかまわずに腕を振り針を引き抜く。





「―――エースッ、」






女医は在り得ない物音に診察室でその手を止めた。

点滴用スタンドやモニター類が悲鳴にも似た音をたてて床に引き倒される音。

「冗談じゃあないよ?」

ゆっくりと、女医は診察室を出て行った。






手術室には、探していた姿は無かった。

壁にもたれかかり、視界の揺れが収まるのを待つ。

後は―――




かつん、と取っ手のロザリオが扉にあたり、金属音を立てる。




高く取られた明り取りの小窓のほか何も無い小部屋に、焚かれたインセンスの香りが低く漂う。

視線の先に、横たわるのは。



「エース、てめえ、なに勝手なことしてんだよ・・・?」



片手にイスをどうにかその側まで引きずり。

放心したように身体を預ける。その眼は開かれる事はない目許にあわせられ。

その身体の横、僅かにあいた隙間に片肘を付く。

そしてひどくゆっくりとその左手を取り、触れたことの無いほどの冷たさに顔を歪める。

そのまま自分の額に押し当てるようにし。





「どうすんだよ、てめえ。おれはまだナミに殺されてやるワケにはいかないんだぜ―――?」





つぶやいた。








その扉を開いた時、目にした情景に。

ナミは青白い灯りがともされただけの部屋に走り込む。




眠っているだけかのような恋人と、その傍らに半身を折り伏せている―――




「ゾロ、」

ナミがその横に崩れ落ちるように縋る。

「・…ゾロ?」



「死んじゃあいないよ。あたしが鎮静剤ブチ込んだのさ。勝手にそこで倒れてるだけさね」

入り口から女医の声が届いた。





「―――もう、・・・バ、カなんだから、あんたたち」

ナミは、ただその横で、確かな体温を感じながら。

恋人の額にそうっと手を滑らせ、その輪郭を指先でたどり涙を押しとめる事も忘れ






あふれでるのに任せていた。























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