冬の街、そんな印象を与える古い都市だった。 石造りの重厚な建物と、人を威圧するような建造物。
重い空からは、ひらひらと、絶えず雪が舞う。 革命でこの国の王政が倒れたのは、まだそれほど昔の話ではない。
ナミやウソップ、船上でくらしていたサンジさえ、遠い記憶にある事件だった。
新王が即位してまもなくのことだったはず。

「きれいだけど、なんだか気がめいってくるところね」 雪の町並みを眺めながらナミが言った。
「そーおかぁー?」
店内の温かなざわめきに包まれ、湯気の立つココアのカップを抱えたキャプテンはご機嫌。
古い街には必ずおいしいカフェがあるんです!とサンジがナミを誘ったのに、結局、変なところにハナの効くクルー達は同じ場所にばらばらに集ってしまったわけだ。
「昔は相当キツかったんだってな、ここ。身分制度とか、いろいろ。陰謀や暗殺とか山ほどあったって話じゃねえか。長いことそれじゃあ重苦しくもなるだろ、そりゃあ」
ウソップが答える。
「そんな、ナミさんがブルーになるならこんな街さっさと出・・・」
「あ、でも。あんたには興味アルかもね、ゾロ?」
「ああ?」
水代りにホットワインを飲んでいたゾロは急に自分に話を振られて苛つきを隠さなかった。
ここは、この街は、似ているのだ。 あの夢の雰囲気と、妙に。 歩いたことがある、みたことがある、この空気を。知っている。 こんな既視感はいままで感じたことすらなく、苛立っていたのだ。

「だってここ、ファインズ卿の生まれた街よ」
その男の名は、遠くゾロの生まれた地方にも聞こえていた。 とても若くして世を去ったが、剣の腕は今も生きていれば必ずや 大剣豪の名をなしえたであろうはず、と。
謎の多い死だったらしく、逆に彼の生地ではその名前はタブーとなっている、とも。
話して聞かせる大人たちに、
死んじまった奴は関係ねぇ、俺が世界一になるんだからな! そう言いきっていた、自分。
「そう、だったのか」
「ええ、そう。あやかりたい?多分お墓くらいはあるんじゃない?貴族だし」
「縁起でもねぇ」
「おい、ナミ、」
ウソップが急にしん、としてしまった店内に気づかうようにナミをつつく。
「よせって」

「あ。」
どこまでも明るいルフィの声だった。
「サンジ。なんだ?このおばちゃん」
自分の正面に座っていたサンジの背後に、急に表れた厳格そうな夫人にひるんだ様子もなく。
「は?」
振り向き、平手が飛んできた。
あまりの展開に、キレるよりびっくりしてサンジは突っ立っている。
「おまえは・・・!よくも、この街に姿を現せる・・・っ!マルトッ」
また、思いきり響く平手の音。
「なにすんだぁ?」
これはルフィ。
「あなたいったい、」
ナミ。
「おくさまっ、」
駆け付ける初老の男。

「マルト、キミハ、イキロッ」

ぐら、と視界が歪む。欠落部を補われた夢の中の男の声が頭に響く。 ゾロは全員の声を遠くで聞いていた。

「では、あの人はファインズ卿の・・・?」
「はい、母君でいらっしゃいます」
夫人を落ち着かせ、一行にひたすら謝辞し、この男は全員を注視の集まるカフェから押出すようにしてこのタウンハウスに連れてきていた。
暖炉に薪をくべ、ティーセットを持ってきたメイドを下がらせる。 この家を取り仕切る様子から、どうやら執事らしいとナミは理解し。 豪奢ではなく、かえって落ち着きを感じさせる重厚な調度品を前にナミはこの夫人の財力を計算し、さっすが本物、と改めて心の中で感嘆する。 でも、本来ならこうした部屋にあるべき肖像画が一枚もない。

めずらしく外を歩きたいとおっしゃられたもので、お供をしておりましたら急にあの店に入っていかれて、先のような次第となりました。あなたさまには、誠に申し訳のつかないことを、と執事はサンジにまた深く頭を下げる。
ルフィは離れて座る夫人の足下になぜだかちょこん、と愛玩犬じみて座って、 じ、っとその顔をみあげている。夫人の眼差しは、ルフィの黒い髪にあてられ。 細い指がためらいがちに時折それに触れていた。
「あの、失礼ですけど、なんでサンジくんが・・・?」
ちら、と自分の名前が出たのでサンジが顔をあげる。 腫れた頬には冷やされた布があてられていた。
「その方は、似ていらっしゃるのです。マルト様に。まるで、」
「さっきも言ってた名だな。誰なんだ?」
「ゾロ?」
我関せず、を決め込んでいたかと思った低い声に、ナミが驚いた風に声をかける。
「大事な仲間だ。理由もなく殴られて良いはずがねぇ」
続けられる言葉に今度はサンジの目が見開かれる。
「奥様は、ファインズ卿が亡くなられて以来、精神を病まれました。悲しみにお心が押し潰されてしまわれたのです。マルト様とは、その元凶となられた方。もう20年以上昔のことです。お聞きになりますか、」
薪のはぜる音と、男の声だけが部屋に静かに響いていた。




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