良くある、といえばよくある話で。
剣聖、とまで民衆に謳われる貴族の青年と、その美しい婚約者。領民の愛を受け、冬国の夏とも慕われた領主は王からの信任も厚く。誰もが羨む組み合わせ。そこに王子の横恋慕。青年を投獄し、婚約者を略奪する。
冬宮に軟禁され、あわれ彼女は花を散らし。やがて王の手の者に脱獄を助けられた彼は、恋人を捨てて逃げよと言われ。生きてさえいれば、必ず邂逅かなう、と。 しかし、彼は冬宮に乗り込み、恋人を奪い返し。彼女を逃しそして、
「王子の配下の者に、殺された。息子とて、神ではない。所詮、多勢に無勢。 なぶり殺しのようなもの」
突然、夫人が声を振り絞る。
「あの女は、仇ともいえる男の子供を妊っていたというのに・・・!そのようなもののために、みすみす、死をっ」
震え始めたその手を、ルフィは思い掛けない優しさでもって、そっと押さえた。
「私は、必死に行方を探したのです。そうして、やっとつきとめた。奥様から卿を奪い、あまつさえそのお心まで壊した、マルト様」
誰も、謳うような執事の声を止めようとはしなかった。 そしてその目は、サンジにだけ、ひたり、とあてられ。

「国の外れの、港。そこに良く似た若い母親がいると。そうして、私が確かめ殺させた。マルト様は涙して、子供の命だけは、と。あの方と約束いたしました、とね。
雪の降る日でした。腕の中の赤ん坊は笑っておりましたよ、雪の中で。 顔に着いた雪を払い、マルト様は赤ん坊に口付けて、あなたは、いきるのよ、とおっしゃられ。男は、マルト様を斬った。それでも、あの方は微笑んでおられました」

サンジの顔が蒼白になるのを、ゾロだけがみていた。

「なあ、子供は?子供はどうしたんだ?」
「おまえ、マルトを・・・?」
静かな、ルフィの問い掛け。ルフィの手を握り締め、いまは夫人の顔も 執事に向けられている。
「殺したのか?」
すう、と感情の引いた、声。 怒っている、ナミは感じ取る。
「赤ん坊は、出港まぎわの船に、捨て置いてきましたよ。ですが、」
「そうか。生きてるんだな」
ルフィは言って夫人を見上げようとする、が、
破裂音

「ルフィッ?!」
叫び声。
執事が眉間に穴を空けて崩れる。 その手にはナイフが握られており。
時間が止まったような中、すうっ、とサンジの皙い首筋に赤い線が浮かび上がりそれが玉となりゆっくりと流れ。

それを目にしてゾロは自分の中の何かが破裂しかけるのを感じ。 瞬間、縋るような碧の視線と交わった。

「だめだ!!」
サンジが叫び。
ゾロが飛び込むより早く、ルフィが銃を突き飛ばすより早く
また、音。
夫人が倒れる 銃を胸に押し当てて
「おい!」
崩れる身体をゾロが抱き起こし。 ごぼ、と血が抱き起こされた胸元からこぼれ落ちる。 既に閉じかけていた濃紺の瞳の焦点は次第にゾロにあわせられ、見開かれる。
そして、涙が頬を伝い始めた。あとから、あとから。
「あ・・なた、ファインズ・・・?」
ゆっくりと、赤に濡れたそれでもたおやかな手がゾロの顔にあてられ。
「ファインズ、あなたマルトと、戻って、、、?よかっ、た」
唇が、笑みを形作り。赤の筋をゾロの顔に引いて、手が落ちる。

「おい、このひといまおまえのこと、」
ルフィの黒い瞳はゾロに向けられ。

遠く叫び声で声が途切れる。
「おくさまっ?!」
「おい!やばいって、とにかくここにいたらだめだ!」
必死のウソップの声。
「でも--------っ!」
冷静なはずのナミまで叫びかける。腕には、放心したようなサンジを抱いている。
「だって俺達海賊なんだぜっ?!」
「うん、こんなんで捕まるわけにはいかないよなぁ」
ぽきん、ぽきんと首の骨を鳴らしながらの。 ほわん、としたルフィの声に自分たちの精神のバランスが戻ってくるのをナミは実感する。
「だってわけわかねーもんなぁ」
「かせ、」
真摯な翡翠の目は、ナミの腕の中のサンジに向けられていた。

雪の道を走りながら、ナミはぼんやりと思い出していた。 ファインズ卿の瞳も、見事な翡翠色をしていた、という伝説。





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