5


あらかじめとってあった宿の、それぞれの部屋に一行がさまざまな思いを抱えたまま戻ることになるのは、それからずいぶんと時間がたってからだった。
部屋に引き上げるその前にまずルフィがめしーと叫ぶわ、サンジの手当てはあるし、ナミとウソップはいまになって呆けてるわで。
宿の居心地の良いラウンジで、サンジはかえって気味悪いほどに、平静だった。 ナミを気づかい、沈みがちなウソップをからかい、ルフィの代りに食事をオーダーし。
「俺って巻き込まれ体質なんですかね?」と、またナミに笑いかけ。 でもまたデートしましょうね、付け足すことも忘れない。 そして首元を睨みつけるようなゾロと目があうと、苦しそうに目を逸らせた。

「はぁー食った!」
まずルフィがそう宣言し、勢い良く立ち上がる。
「なんか、こんなん着てるとうまく動けねーよなぁ」
手にはもう乾いた雪濡れていたコート。
「やっぱさ、はやくあったかいとこ、行こうな!」
にぱ、とサンジに笑う。
「よっしゃ行くぞウソップ!!」
「お、おお!」
何故か景気よい掛け声につられて、まだワイングラスを手にしていた相部屋のウソップも席を立つ。

「とんでもないアホだけど、あれはあれでいい船長よね」
ナミが小さく言った。
「ナミさん・・・?」
「なんか、疲れちゃった。サンジくん、温かくて甘いもの、何かオーダーしてきてくれないかなぁ」
「はい、よろこんで」
優雅な、とさえいえる足取りでテーブルを離れるサンジを確認すると、 ナミはさっきから黙り込んでいるゾロに目を戻した。
「ねぇ、偶然かなぁ」
「・・・何がだよ」
「あたし、バラティエでサンジくん初めて見たとき、ウソって思ったのよね。あんなに閉鎖的な国の人間が、なんでイーストブルーの、おまけに海上レストランなんかにいるのよって。それでサンジくんに、どこからきたのって聞いたんだけど」
「なにが言いたいんだ?」
「色素が薄くて、金髪に青い目。この国の、特定の人種に多い特徴なの。血が古いほどね、その遺伝は強く出る、つまり、貴族階級よ。サンジくん、この街のひとも振り返るくらい、凄いよね」
ゾロのきつい眼差しはかわらずナミに注がれており。
「卿の、話。あんたは偶然だと思う?ゾロ」
「どっちにしろ、俺達には関係ねぇ」
ナミの沈黙に、舌打ちするように小さく付け足す。 やつは、やつだろーが、と。

「あんたの目、」
「あァ?」
急な話の展開にゾロが片眉をつり上げる。
「あんたのことだからどうせ知らないんでしょうけど。イーストブルーの人間が、そんなミドリの目に生まれる確率って、あってはいけないの。奇跡に近いのよ」
ナミは眼を逸らさない。
「ねぇ、ゾロ。あたしは気になる。サンジくん、様子がへん。壊れそうで、いや」
「てめぇが慰めてやればいい。喜ぶだろうよ?」
「あんた、それ本気でいってるの------?」
ゾロが口を開きかけ。
「ナミさん、お待たせ」
当の本人が、戻ってきていた。 シナモンの香りの立ち上る厚手のカップをナミに手渡す。
「ありがと」
「いいえ、お姫さま。おい、そこの。てめぇなにナミさんと話し込んでたんだよ。さっきまで鬼みてーに黙ってたくせに」
がた、と椅子を引き、ゾロはそのままラウンジの出口へと向かう。 さらにその背に向かってなにか言いかけたサンジの唇にナミがそ、と指を当てる。
「っナミさ・・・?!」
「卿のお墓、行くって。場所聞かれてたの」
「え?だって、コート置いて、」
「サンジくん、」
ナミの指が、優しく、サンジの首に巻かれた包帯に添わされる。
「大変、だったね」
「ナミさん?どうしたの?」
サンジの碧の瞳が心配気に揺れる。 する、とナミの腕がサンジの頭を自分の方へ抱き寄せた。
「あたし、もう寝るから。サンジくんも、もう休んだ方が良いわ」
おやすみ、また明日ね、と額に軽く唇で触れた。
素直に驚いた顔をするから、ナミは思わずその金の髪に手を滑らせる。 はっとサンジが気づいた頃にはナミも出口に向かっており。 自分が一人、途方にくれたような顔をしているとは知らなかった。

ほらみなさい、ゾロ。 ナミはこの雪の中出ていった剣士に向かって一人ごちる。
サンジくんはね、女の子に優しくするのが好きなだけ。 あんたとは別次元で、ある意味最低なのよ。 優しくされたくはないし、甘えてもこない。
あんたにだけ、あんな甘えてるのになんでわかんないかしら。 凍死するまで考えてみたら良いんだわ。

「運命って、多分あるのよ」
自室のドアにこつん、と額をあずけ、ナミはつぶやいた。





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