クソ・・・なんで、 サンジは瞼を手で押さえる。 必死の努力で声を出す。

「おっせえーな。墓参りで遭難でもしてんのかと思ったぜ、迷子男」
「ああ、死にかけた」
「大したまぬけだな」
サンジの声が。微かに震えているのを感じ取った。 自分に背を向けたままのその後ろ姿に、近づく決意を固める。

えらいことだぜ、ロロノア・ゾロ。いいのかよ?

たしかに、1日でいろんなことが起こりすぎてわけわけんねぇけど、 こいつに一人で泣かれるよりは、いい。

近づく。捕まえるために。こいつを。

「おまえは。愛されてたんだよ、」
「は?てめぇなに言って―――」
「大丈夫だ、愛されてんだよ」

突っ立ったままのサンジを引き寄せる。 とん、と細い身体が胸にあたり
「おま・・・冷テェ!バカマジで何やってたんだよはやく風呂、」
「いいから―――!」
両腕で頭を抱き込むようにする。
「もう、いいから。一人で、抱え込むな」
額をあわせ、真近でのぞき込む。
「な、」
「大丈夫だから」
顔を両手で挟み込むようにして、眼をあわせる。 碧の瞳が濡れて、涙が溢れてきた。映り込んでいた自分の姿が歪み。 瞬きすらせずにそれは流れはじめ。 碧は縋るように俺の目線を追うばかりで。

その眼に、俺はみえているか? おまえの罪ではなく、そのままの

「いいさ、気が済むまで好きに使え」
明かりを跳ね返す金の髪に手を滑らせ、肩口に押し当てた。

ヘッドボードにもたれた半身を肩ごと抱きしめる。 ときおり、何かに耐えるように詰まる呼吸が落ち着くまで、 腕に抱きこんだ髪に額をつけて、ずっと待っていた。
腕のなかの、生命のかたまり。息をして、熱を放つ。 だきしめて、このままずっとだきしめて、小さな熱のかたまりにしてしまえたら。 守れるだろうか?今度こそ?
やわらかな髪に額をもっと押しあてる。祈りのような、あいしたいという気持が、 心臓のうしろ側から指先まで、じんわりとひろがっていく。
この生きている、いまある存在、全身でぶつかり、迷う気持に。 腕のなかに、抱いているもの。なあ、おまえは。
望まれない子供でも、愛されたんだ 命懸けで それは、おまえが覚えているだろう? たとえ夢のように朧な記憶でも。 確かに、覚えていたんだろう?ずっと
だから、泣くな。 俺は、おまえがいて、うれしいよ。
生まれてきてよかったと、情けないくらい素直に思えた。 いま、混ざりあってる髪の先から、温かな呼吸を感じている肩のあたりから、 自分のからだにひろがっているこの思いが通じたらいい、それだけを願った。

だんだんと、規則正しくなりかける呼吸が伝わる。
さいごに、息をゆっくりと吸って肩に額を何度か押し当てていた。
生命の基本の最終調整。

ちょっと斜め気味に首を無理やり傾けて
「暖ためてやったぜ、死に損ない」
言って、サンジが唇の両はしをひきあげた。
せいぜい貸しにしといてやるさ、答える。 腕の中の奴に、逆に思いきり抱きしめられた。

「なあ、ちょっと顔上げろ」
「んだよ、」
肩の辺りから声がする。
「俺様の美貌を拝もうなんざ百万年早ぇ」
まだ抱きついてきたままの背中に手を当てて軽く叩く。
「べつに見たかねぇよ。いいから上向け」
そのまま柔らかく抱きしめると、小さく、肩の跳ねるのを感じ取る。
頬に、瞼に唇に、頬に滑る髪に。軽く触れるだけのキスをおとす。何度も。 何度も。
「ほぉ。てめにしちゃ上出来だな」
ほんとにこいつはどこまで気が強いんだか。 いま、自分がどんな目してんのか、てめぇわかってんのか?
「で、それだけか」
「んなわけねぇだろーが」
「どぉだかな」
「しらねーぞ?」
「そっちこそだ」
捕まえてろよ? 耳元で、声がした。


「っ、ゾ、ロ・・・、ぁ」
初めて、名前を呼んじまった。 だめだ、も、我慢、できね 波、さらわれる

も、肩。縋ってるだけじゃ、 1回でも呼んだら、とまんねぇ、って わかってるけど、でも、だめだ
ゾロ、おまえの名前が俺の在る理由のすべて。 
だから、呼んでも、いい、よな? もっと、
・・・・・・あ?
目ェ開けたら、また涙で視界が霞んだ。 さっきまで、さんざんヒトのこと翻弄しまくってた奴が俺の顔、
手で挟み込んで真上から見てきてた。
「な、に・・・?」
なに、おまえ、なんで、泣きそうな顔してんの? サンジ、って、聞こえた。 それだけで、跳びそう、 ぽたん、て落ちてきた、これは、
涙?
「、ゾロ?」
顔中にキスされて、抱きしめられた 息、できね・・・って 熱が、また ぅあ。 こんどこそ、背中に、肩にきつく腕を回す なん、だよ こんどは、てめぇ何嬉しそうにしてやがんだ、


「ただの、偶然だよな、」
「おまえがそう思いたけりゃあ、そうなんだろう」
汗の引いた身体の間、微かにあいた空間の穏やかさ。 とうに解けてしまった包帯の下、露になった微かな傷に唇で触れる。
「っつ」
「どうあったとしても、てめぇはサンジだろ?なんの問題があるよ?」

全部にシンクロする夢の話は、しなかった。 これは自分だけが抱えればいい問題だから。 雪原で永遠に別たれたものたち。 生まれ変わりなんて、運命なんて信じない。
だけど。
この、気持ちは。信じようと思う、誓約する。 おまえと生きる、と。

「なあ、ゾロ。おまえ、だれだ?」

俺は雪の中のおまえ、かな、夢見たんだよ。 血まみれで倒れてるのに、すげぇ幸せそうな顔、してんだ。 あれは、きっと
口には出さずに思いだす。 鮮やかすぎた、夢の切れ端。自分の涙で目が覚めたこと。

「大剣豪になる男に決まってんだろ」
抱き込まれる、細い肢体。
「ぷ」
「くくくくくっ」

胸に額をくっつけて、双子みたいにくるまれあってる。 麻のシーツはベージュの砂漠、キスがオアシス、腕がキャラバン。 大丈夫、出掛けよう、とにかくきっと、大丈夫だから。

海に、出られたんだから。




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わかっちゃいるんですけど。ほんの数ページの話のはずだったんです。 やるかって方はぜひ覗いてやってくださいませ。よろこびます。

                   おまけ     いやじゃ!