ONE



「ああああーーーっっどけ、ゾロどけぇっどいてくれぇぇ!!」
声を限りの必死のウソップの叫びも、定位置で一旦寝ついてしまったゾロにとっては天使の囁き以下のものでしかなかった。
「おあぁぁぁーーー」
上部デッキ、ウソップ最後の叫び。その目は自分の手を離れ急降下する試験管を追い縋り。

怪しげな煙を吐きながらそれの落ちて行く先は、アーメン。
剣士さまの御顔であらせられる。


その瞬間。
在りえない物を聞いた全員の動きが船内のそこかしこで停止した。
ゾロの、悲鳴・・・・・・?


キッチンから船首から畑からばらばらと声の方へ集まって、そこで見たのは。

手で左半顔を覆い、抜き身の剣をウソップにつきつけ立つゾロと、文字通り「壊れた」動きを繰り返すウソップ。

「もう、なにやってんのよウソップ」
腰に手を当てまっさきに反応したのはナミで。そのおかげで空気が戻る。
「な、ナミ。あのな」男ウソップ涙声。

お怒りの剣士は「一斬必殺」のオーラをまだ立ち上らせ。ちょっと怖い。ので、サンジ担当。

「なにやってんだ、てめぇは」
手負いの虎じみた雰囲気のゾロの前に平気でひょい、と回り込み声をかけるのは、ノータイ、ノージャケット姿の サンジ。
あ、ひでぇ。
す、とサンジの目は細められ。

「ちょっと、改・必殺火炎タバスコ熱鉛星2号を調合してたらよ、手が滑ったんだよ。こいつが、」
ルフィを差す。
「俺ぇ?」
「おまえのあしが、こう、ばばーんって伸びてきて、俺のこと蹴ったんだろーがよっ」
「あーわりぃわりぃー」
にかにかっと笑顔。
「ちっとも思ってねぇーだろぉが!俺ァそのせいで死にかけたんだぞ、オイ!!」
そんな騒ぎをよそにサンジはちょっとゾロの手を浮かせてその下の皮膚を見る。
オーケー、酷い火傷はしてねぇみてーだな。
柄にもなくほっとしてる自分がいることを、何となくくすぐったく感じながら。
「ほら、こい」
ぐい、と刀を下げた方の手を引いてキッチンへと連れていく。

すたすたと自分たちの前を通り過ぎる年長二人組。
「……あれ?」
なんかいま、大人しく連れてかれてたのゾロさんですよね?風にウソップとルフィが顔を見あわせる。
「ゾロ。良い嫁貰ったわね、」
ナミの謎の言葉にさらに顔がくっつく二人であった。


「ほら、ここ座れ」
サンジは言ってダイニングの椅子を引き、ぬるま湯にクロスを浸し、絞る。後ろで、言った通りに椅子に身体をあずける気配を感じながら。
寝起きの上に相当、痛くてぼーっとしているらしい相手の素直さに、正直喜んでる自分。俺って実はかまい倒しタイプかよ、ががん洒落になんねぇ。とかいろいろ。
自己発見。

とりあえず火傷にはこれだよな、と棚から塗薬やガーゼや何かと取りだし。
手を顔からどけさせ、もういちど良く検分する。悪役良い男系眉から、すっきりとした頬にかけては、ほぼ変化 なし。けれどそれほど酷くないとはいえ皮膚の薄い瞼や目の周りは、やはり多少は赤くなり妙につるりとした質感で、みているだけで痛そうだ。

自分はテーブルに寄り掛かり、クロスをそっとあて、液体の残滓を丁寧に拭っていく。完全に液体の名残を取り去ると今度は氷を何重にもクロスで覆い患部を冷やし始める。
「痛てェ?」
はあ、と溜め息をつくゾロに思いのほか優しげに聞いている。
ウィンクなんて器用なマネはこの男にはできないらしく、大丈夫な方の目も閉じてしまっているゾロはそれでも、非っ常にオトコマエでたいそうよろしいなどと考察しながら。

下手をするとハミングなどしそうなサンジの雰囲気を感じとったのか、ゾロがいぶかしげに片眉を引き上げた。
「てめぇ、なに喜んでんだよ」
「んー?」
それでも手はそっと瞼をクロスで押さえ。それを外す。
そして、瞼に柔らかく唇で触れる。ぺろ、と舌を這わせ。



                                   □■□
「あら。お邪魔?」
「ナミさん!!なんてことをおっしゃるんですか!」
膝に乗っかったまんまで言われてもぜぇんぜん、説得力ないのよねサンジくん。と、ナミ、態度に出すもいたって 平静。ひょいっとサンジが立ち上がり。

「応急処置は一応済んだところですよ」と微笑んだ。
「どう?」
「しばらくは目、使わせないほうがいいんじゃないかと」
サンジは塗薬のフタを閉じ。がた、とゾロが立ち上がる。

「包帯巻くまで待ってろ」
「いい。」
「いいっておまえな、」
「目、隠しときゃいいんだろ」
手には例の黒い布。

「ダメよ」
「うるせぇ」
「てめナミさんにむかってその・・・」
「それだと、見た目戦闘モードであんた怖いのよね、正直言うと」
「?」サンジとゾロが同時にナミを振り向く。
「だ、か、ら。ほら!」

ナミの手には斜め掛けタイプの、眼帯。それも、色は全部黒だけど目の部分に一々ご丁寧に眼球や髑髏や バーコードに豹柄に十字架、その他その他のイラストやプリント付き。あの、もしもし?ってくらいのコレクション。
「あの。ナミさん、これって。なんで……?」
「ファッション」
「う。」
女の子は、たまにわかんねーとサンジは思い知らされる。
「あげるから。すきなの使いなさいよ?」
この女。またなにか企んでやがる、とゾロは一睨み。しら、とナミは受け流し。ナミさんの!せっかくのご好意をだなァ……とか隣でうるくサンジはやらかし。

適当に摘み取ったのは、十字架付き。
どーでもいい、とさっさと付けて出ようとしたら。
「待って」
まだなんかあるのか!と半ば絶望してゾロは振り向く。
「そのシャツも、着替えなさいよね。特別に!この中から貸してあげるわ!」
たしかに、シャツにも液体が散って、そっちには小さな焼け焦げができていたりした。
どん、とテーブルに男物のワードローブ。必要以上に大量。
「な、ナミさん……?」なんでそんなに持ってるの、と問うと、
「趣味」あっさり切り返された。
ああ、女の子って---------以下略。

「せっかくだから、その物騒な顔にあわせてこの私がトータルで選んであげるわよ?」
「いい。やめろ」
つーか、やめてくれ。とはゾロのココロのうち。
喜々としたナミの様子は十分に怪しげで。ゾロでなくとも警戒するのは当然か。
「ナミィー!!」とそこへやって来たのはキャプテン。
「おう、ナミ!でけぇ島が見えたぞ!」ウソップも飛び込んでくる。
お?とテーブルの上の服の山に二人の目が行く。

「良いタイミングだわ」
全員の目が集まるのをまってナミが口を開いた。
「いま見えてる島は、パーティ・アイランドっていうの」
「パーティ?食い物あるのか?」
ココヤシ村のことを思いだしたのか、ルフィはよだれでも出てきそうな勢いで。
「おまえが行きゃ即効でねーだろうがな」ウソーップ裏拳。

「それもあるけど、夜遊びとカジノと、あとはしょっちゅう何かのコンテストやってるらしいわ。ま、Partyよ。島中がいっつもそんななの」
「ふーん」
ちょっと興味半減風キャプテン。
「で、せっかくのパーティアイランドなんだから、みんな仮装していかない?それで、1日くらい停泊しましょうよ。どう?」
「それは面白そうだぞ!!」
ばばんっ、と船長がぜん気合が入ってしまった。

「まかせなさい!あたしが衣装¢Iんであげるからルフィ」
「おー。そうか!」
「サンジくんも、イメージチェンジね」
「ナミさんにスタイリングしていただけるなんて光栄です!」
「俺もなのか?」
「あんたもよ!」
「わかんねーけどおもしろそうだなっ。キャプテンたるもの……」
ゾロは溜め息。こうなったら否応なく自分も巻き込まれてしまうのだ。
「あらゾロ。安心して。あんたのはもう決めてあるの」
魔女め。ゾロは真剣に呟いた。

サンジは非っ常に不機嫌そうな面構えで船から降りてきたゾロを一目みて愕然。普段はそっけないくらいシンプルなスタイルの奴だけに、こういう風に「計算された」カッコ良さを追求されると。素材がもともと上物なだけに。

むっちゃくちゃ、イイ男じゃん。




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