Rapunzel


「オイ、そこの!オイてめえだってば、そこの暇そうにつっ立ってるテメエ!!」
塔の窓から声が響いてくる。
「アァ?」
「だからテメエのことだヨッ!!」
深い森の奥、ようやく樹海を抜けて開かれた場所に出てきたら、いきなり声が振ってきた。 見回すと、空から。馬上から降り立ち、ぽんぽん、と漆黒の馬の首元を軽く叩き、見上げる。
「俺のことはやく助けやがれ!」
「誰だてめえ?」
聞いてみる。
「はあああっ??」
石造りの高い塔の方へ歩を進めるものの。鋭い目はその窓辺にいる姿から外されず。
「魔女か?」
「ンなわけあるかよクソボケがッ!こんなに!ゴージャスにウツクシイ魔女がいるかってんだドアホ!!」
「・・・答えろよ」

「―――おまえ。もしかして。ナンモしらねーでここ来たの?」
「ア?」
「つーか。なんで?」
塔の窓からの声が、若干、落ち着いたトーンへと変わる。
「ハァ?なにいってやがんだテメエ?」
「途中に、トンでもねえモンいっぱいいなかったか?それとももう全部死んじまってたのか?」
ああ、と思い出す。 「でっけえサイとかやたら増えるヤツとかブッ細工な大男とか・・・あと、なんだ。やたらいたな、そういや」
「おまえ・・・、」

「オイ。助けられたくねェってんなら、俺は帰るぞ」
「え?」
「さっき。いきなり助けやがれとかなんとかわめいてたじゃねーか」
「、でも」
「なんだよ?」
いらいらっとした風に短い草色の髪に片手を突っ込み。それは多分に、急に自信なげになってしまった相手の声に対してであると本人も気づいていない。

「で、どうすりゃいいんだ?」
「こっから連れ出してくれんのか?」
「だから。テメエはアホか!俺が助けてやるっつってんだろーが」
上ばかり向いてわめいていると、さすがに首が痛くなってくるのか、ぐるりと塔の周りを歩き。
「入り口がねぇのか、」
と口に出したとたん。
「あったりえめぇだぁッ!じゃなきゃあ一人で出てってるわボケッ!!」
「じゃあ木でも切ってハシゴでも?」
「外界からのものじゃ登ってこれねえんだよ」
「ハ?」
「足りねえヤツだなオイ!呪いなんだからよ!」
「あー、はいはい」
地上では額に手を当てる姿。

「登って来い」
窓から。黄金の絹布が降ろされたのかと思った。 日を浴びて、さらさらと岩壁をかすめ。 近づき、それが黄金色のすべらかな髪であるとわかり。
「おい、おまえ大丈夫なのか?」
「知るかよっ!この森抜けてこられるようなヤツがいたら、俺のことここから出してくれるって魔女が言ってやがった。てめえが来ンの遅せぇから!伸びちまったんだよボケッ!」
なんか、むちゃくちゃな言われようだ。それにあのぎゃあぎゃあいってんの、一体何歳なんだ?
うんと昔、どっかでそんな伝説を聞いたような聞かなかったような。
「てめえ、もしかして百年以上閉じ込められっぱなしか?」
「うっせー!俺ァ19だッ」
「あーはいはい」
そういいつつも、そっと絹の感触を掌にのせ、口づける。 遥か高みの窓を見上げ、よし。と小さく呟き。

「いてててててイテエ!!イテエっつの、このクソデブ!筋肉バカッ!イテエーーー!!」
「うるせえ!これでも鎧脱いでやってんだ、ぎゃあぎゃあぬかすな!!」
「クッソーーーてめえブッ殺す!!」
「そもそも自分がンなとこ閉じ込められる間抜けだからイケネェんだろ!」
「ンだとこのヒトの弱みに・・・・イテエッ!髪掴むなクソデブ!!」
「テメエのうすら金髪がつるつる滑ってアブねえんだよ!騒ぐなっ!!」
ガッ、と王子が。窓の堅い石枠に手をかけたころには、お互い、ぜえぜえと息を切らす有り様。 むやみやたらと大口論なんぞ、命懸けの岩登りしてるときにするかねと思うのは常識人。

「クソボケ!俺がハゲたらテメエの所為だ!」
んなことぜってぇねえけどよ!と姫が叫び終わる前に、野生動物の優雅さで王子が窓枠から体のすぐ前に着地する。すたん、と。
「てめえ、」
王子が、微かに首を傾ける。
「なんだ、すげぇ、美人じゃねえか」
「ハァ?」
一歩、近づかれ、一歩、後ずさる。 端整な貌が微かな笑みの影を浮かべ。キツイ光を浮かべる翡翠の双眸が僅かに細められる。 ハッと自分が見惚れていたことに気づき、
「こッのモノシラズが!だーから俺はァ!あんまりプリティだから呪いかけられちまったんだっての!!エッライとこに長ェあいだ閉じ込められてよ!伝説だぞ既に伝説!!ざまァみさらせ!!」
姫様、後半意味不明。
「最初は、ただ助けてやろうかと思ってたんだけどな」
静かに呟いて。

「・・・は?」
「得したな」
王子は小さく笑い。
「美人なうえにおもしれえ、おまえ」
「こっ・・・・」
また一歩近づかれ。狭い塔の中だから。壁にすぐ背中があたる。

「伝説ってことは。助けたんだから、もらってっていいんだよな?」
「・・・・・う」
「いいんだよな?」
真近で瞳をのぞき込まれ。
「フザ・・・」
に。とわらい。ついばむように口づけるのは王子。
「もらってくぞ?」
「・・・・クソ。勝手にしろ」
「じゃあ、いただいてくとするか」
言うが早いか。そのまま姫を抱き上げると窓枠からひらっと飛び降り。
「ぎゃあああああ!」
「・・・・色気がねぇなあ、」
ダン!と無事にお姫サマ抱っこのまま、着地する。 それでも、きつく自分の首に手を回してまだ目を閉じたままのお姫サマはたしかに。 前言撤回。充分色っぽい。

「ほら」
差し出された手を取ると。 馬上にいとも簡単に引き上げられ。すとんと王子の前に収まる。
「しょーがねえ。てめえの国まで一緒にいってやる」
首に腕を回したまま、お姫サマ精一杯の強がり。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・オイ。何で無言なんだ?ッとに失礼なやつだなテメエはよっ!!」
「いや、わかんねえし」
「ハァ?テメエ王子だろっ?!」
「そうだけどよ」
「じゃあモンダイねえだろ」
「―――いや、ここへ来たのも途中で道に迷って偶然で」
「ハァ?!・・・クソ迷子かよてめえ?!」
「迷子って言うなッ!!」
ぎゃあぎゃあーと。賑やか。 馬は至って迷惑そうに、森の一角を救いを求めるようにみつめており。その優しげな視線の先には。

「王、」
「うむ」
「かように、伝説の美姫とはいえ、随分と、そのご活発で・・・・」
「愛らしい」
「・・・・は?王?」
「彼奴にはあれくらいで調度よい。この森に遣わせて正解であった」
下手すりゃ死んでんじゃん、とは忠実なる家臣としては口が裂けてもいえないけど。
「うむ。死んでおっても不思議ではないが」
ががががん。と家臣固まる。

「あれでも我が息子。剣術修行で多少は世界を見てきたか。弱き者が、強くなったものだ」
ばさり、と黒の長衣を翻し、背を向ける。
「ミホーク様?」
「おれは城にて貴様らの帰りを待つ。婚儀の仕度をせねばなるまい。迎えに行ってやれ。 あやつは道を知らぬ。お前が行ってやらねばまた彷徨うであろう」
その声に振り向けば、既に王子は城とは正反対の方角へ馬首を向けており。
「ああああ王子ぃぃーー」
家臣が慌てて馬にあぶみをあて、木陰から飛び出す。

「うむ。良いヒマつぶしになった」
王様は、終始ご機嫌で化け物だらけの森を抜け自国の城へと悠々と馬を進める。




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はい、実は本編、このおまけを書きたいがゆえの、前説だったんです・・・・!!(おいおいおい。) なんか、無性にこれやっちゃいたかった!!!ごめんなさい!!ワタクシだけ、楽しかったかな???これぞ本末転倒!な、ながいし・・・・(汗)。