No More Steps: Heaven's Gate
テントを抜け、夜露に濡れた草を足下に感じた。

サーカス、というよりは筋書きのない演劇のようだった。強く視覚に残る無心に駆ける馬とヒト。
完璧な円を描いて走り抜けた騎手の長く揺れたドレスの裾。
チョッパーがどうしてもこのノマドの主と話がしたいといい、おれも話が聞きたいと存外にロマンティスト
なウソップも、テントの裏にある厩舎へ向かって走っていっていた。ルフィはといえば、曲馬芸の間中、
これ以上は無理だというほどの笑顔で「完全にちかいものたち(クリ―チャ―ズ)」をボックス席から
文字通り身体を乗り出してずっとみつめていた。
「あの馬のおっさん、すげえな」
スペクタクルの最後に明かりの落とされた中、円の真中に愛馬に跨った男が現れたときそう口に
出していた。

もう一歩踏み出し、キャプテンの絶対命令を思い出し思わず笑みが零れた。
「なあ、ゾロ。おれも馬のおっさんのところにいるからさ、ナミにここに来いって伝えてくれよ」と。
隣の席のおばちゃん(どうみても、富裕な男に連れられた愛人らしかった)がな、きょうも花火が
上がるって教えてくれたんだ。ホテルの搭のてっぺんからみたらきっとすげえキレイだと思うから、と。
「めんどくせえ。おまえが自分で言えよ」
「やだ。おれは馬のおっさんに用事があるんだ」
にかりとわらうと、任せたぞー!と、既に姿の見えない連れの向かった先へまっしぐら。
しょうがねえなと苦笑で見送ることになった。

三々五々、ショウ帰りの客が連れ立ってのんびりと市街へのプロムナードを抜けて行く中、一向に
減らない視線に辟易しつつも進んでいき。

声がした。
石のベンチにもたれかかっていた朱色の影が、ぼう、と動き。
「―――ナミ?」
こんなところまでおまえ、何しにきた、と。
「もうねえ、目も当てられないわ」ナミが言う。
「みんな、なんだってあんなにサンジくんをあまやかしたがるのかしら?ハーレムの王様、
なんて可愛いモンじゃないわね、あれは。むしろ迷い込んじゃったコネコちゃんよ?」

あんまりバカバカしいから抜けてきちゃった、とナミが続け。
ゾロが小さくわらう。じゃあ、すげえうれしそうだろ、と。
「ええもう、まさにエデンの王様ね。でも。サンジくん、あんなにあまやかされ慣れてるなんて
意外だったわ」
に、とナミの唇が薄闇でも吊り上げるのが見える。
「いつもはアンタの方があまやかされてるのにね?ゾロ」
「そんなわけあるか」
いつも以上に一本調子。
「で、おまえは何しに来たんだ?もうショウなら終わったぞ」
「ヒマだし。しょうがないからお子チャマたちのお迎えよ」
みんなとは今度オンナノコだけでクラブに行くの、と付け足した。

ああそいつは調度良かった、とゾロが言い。ナミが首を傾げる。
「ルフィが。おまえと搭のてっぺんで花火見るから来させろ、って言ってたぜ」
「―――え?」
「あいつらなら、テント裏の厩舎にいる」
「花火?もう、コドモみたい」
ナミがわらい。
けれどもその表情がとても幸福そうなことについては黙っていることにし、答えの代わりに軽く肩をすくめた。
「じゃあな。オヤスミ」

ねえ、ゾロ?と歩き始めた背中に声が追いついた。
「あの香水、」
「ああ、アレか」
「へえ。ラスティカが何か知ってるの?あなた」
「まあな、使わせねえよ」
「あら、なんで?」
「記憶が抜けちまったらオモシロクナイだろ」
振り向き。に、とわらい。

「うあ。あんたってやっぱりロクデナシ」
「そうか?これでも素だぜ?」
小さくわらって今度こそ歩き始め。背中越しに手を軽く振った。



銀色のドレスのマルガレータは、ブルネットとまろやかな身体のラインが何ともいえず魅力的だし、
薄く透けるようなノースリーブのシャツと、フラワープリントのヒップハンガーパンツを穿いたフランソンの唇
はこのうえもなく柔らかい。シモ―ンとディアナとナジャは。男の身勝手な理想を集めて作り上げたくらい
に、3者3様の言うことねえダロ!振りなのに外見を裏切るほどに笑い上戸で辛辣なテイストの冗談好き。
ヴィーダとジーンは相変わらずの壮絶な美女振りで。ティティは慣れた風にテーブルで采配をふるい、
笑みをこぼしていた。一足お先にここはやはり地上の楽園で、お祝いの主賓は上機嫌。

「そろそろ場所変えする?」ほんのり眦に色がのせられご機嫌な模様のナジャが言い。
「賛成、」とフランソンが手をひらひらとさせ。
「一杯引っ掛けたし。クラブいきましょ。ね?」とティティ。
「マティーニ4杯が"一杯引っ掛けた"なんだ?」
あははとサンジが笑い。きゅう、とティティの頭を抱きしめるようにした。
「そんなに良いハコ?」と問い掛ければ。
「あら、ダーリン。だって私がオーナーよ?」ヴィーダがにこりとし。
空から降ってくるほどの賛辞をわらいながら受け止めていた。



音と光の渦を通り抜けて、相当いい具合に出来上がったサンジが華やかな極楽鳥の一団を
引き連れたクジャクの王様みたいにやってくる。高らかにわらって、極上の女の子よりキレイな
オンナノコ達に囲まれて気持ち良いくらいにこにこと。だから、誰も眉を顰めたりなどせずむしろ
そんな様子を微笑ましく見守り。

ゾロまでも、先に通されていた調度良い具合に奥まったスポット、カウンターにもたれかかり、
見つめていた。華やかにわらいながらもその蒼が時折適度に間隔を置いてアレンジされた
ロウソファの間をどうやら自分を探すように彷徨う、そんな様子までみてとれる。相手からは
大振りな花器の陰になったカウンター側は見えないらしい。それはそうだろう。自覚はないままに
視線疲れをおこしたこのオトコがあえて選んだほどの場所なのであるから。

蝶々のようにフロアに音に誘われて出たかと思えば、やはりすぐに美人もすっかりソファで
寛いでしまった王様のもとに入れ替わり立ち代り戻り。否応ナシに豪華な一角は視線を集める。
あそこへ。更に自分が合流すればどうなるかなど、ちょっと想像するのも憚りたい。きっと限りなく
悪夢に近いに相違なく。

じゃあここは。上機嫌に笑いさざめくようなバースデイ・ボーイをもうしばらく眺めておこうかとゾロも
気紛れを起こしかけ。それでもどうやら昨日のパーティに招かれていたらしい幾人かが、自分の隣の
姿を探すように視線を漂わせていることに苦笑する。だがしかし、その見識は一部間違っていたのだ。
彼女たちは、ゲストではなくて"読者"だった。うっかり明日の朝には目撃情報がオンナノコネットワーク
にのっているに違いないのだが、世の中には知らないほうが良いこともある。

突然、流れていた音楽がやみ柔らかなそれでも充分に響くドラムロールが"VYNYL"の空気を掻き回した。
喚声がダンスフロアの客から待ち構えていたように一斉に上がる。
タン!と照明が一瞬落ち、「ショウタイム!」と華やいだ声が。
次の瞬間、再びピンスポットが一際艶やかな一角の真中に落っこちる。
サンジのハナサキ。
喚声とそれに応えるお取り巻きの美人たち。

わあ、と空気が一層華やぐ空気に。ご機嫌な酔っ払いはラウンジソファで寝そべるようにして
ティティに預けていた身体を浮かせる。
「……おれ?」
「イエス、ベイビイ」
ティティがつらりと自分の肩から抜き取るとショッキング・ピンクのマラボ―をすんなりと伸びた
"ベイビイ"の首にかけ、ちゅうう、と頬にキスした。
「うたって?」
「うた……?」
「"VYNL"のね、ゲームなの」

「Sing for us, darling!」
幾つもの声がフロアから、ラウンジから上がる。

「へえ……?」
元々がパーティ好きの、テレ知らず。にこにこおっと、それこそ一気にミラーボールが50個降って
きたようなにっこりの大盤振舞い。
「オ―ライ」
そしてヴィーダのダイヤモンドの光る耳元に唇を寄せ。
ヴィーダが、ぱあ、と笑みに崩れる。そしてサンジの耳元にもなにやら囁き返していた。
スタッフを手招きで呼び寄せながら。

パーティの始まり。
What a swell party と後々まで語り継がれるバカ騒ぎ。
語り草はいつだって突然にやってくるもの。


スタン!とまたすかさず落とされたライトに、期待をこめた細波のようなざわめきが起こる。
ゆっくりとしたテンポ、ピアノの生音だけで奏でられたイントロに高まった気配が拡がっていく。
次いでフルヴォルームで溢れるメインコーラスのメロディに、中にいるほぼ全員が立ち上がり。

ライティングが戻った時に。

ダンスフロアの中央に、世にも絢爛豪華なバックダンサーを従えた特別にルックスの良いオトコが。
にぃ、と唇に笑みを湛え。ミリオンダラー・ロックスターのごとく、君臨していたのであった。にやりと笑うと。
ふぅ、と細く煙を吐き出しタバコを指の間から、さらりと伸びた手が捧げ持つアシュトレイに落とし。
ふわりと微笑み。まるで語りかけるように音に乗せる、あまくかすれるヴェルヴェッド・ゴールドマイン。

きみがここにいることが 信じられないよ
眼をそらすことなんて できやしない

1フレーズが、あまくあまく音に乗り、やがて柔らかに響いて消えていき
まだ漂う余韻の甘さを引っくり返すようにバックダンサーが好き好きに美しいフォームで
腕を差し上げ全部と同じタイミングで

ぱああん、とホーンセクションを引き連れフルヴォルームで音楽が戻ってくる。

You feel like heaven to touch
I wanna hold you so much……

触れずにはいられない愛しいきみ
ねえ、一晩中でも抱きしめていたい いいだろ?
だってさ、ぼくは

フルのコーラスがメインの歌声に加わる。絶妙のタイミング。

I LOVE YOU BABY
And if it's quite all right
I need you baby to warm a lonely night
I love you baby
Trust in me when I say……

ベイビイあいしてるよ、ベイビイ きみにだけ
だってさ、ぼくは
きみの瞳に恋しているんだから


喚声が引き起こされる。


ほかのヒトと比べることなんてできやしない
きみをみかけるだけで なぜだか気弱になるんだよ?
ぼくから 言葉がぜんぶ なくなってしまうんだ
きみが そこにいるだけで
きみの瞳を みつけるだけで

ねえ ベイビイ
もしきみが ぼくと同じ風に思ってくれているのなら
きみの気持ちも ホンモノなんだって
ベイビイ、 ぼくにわからせて

だって ぼくは
きみに きみの瞳に恋してる


止まることを知らずにラウンジから二階からフロアから
湧き起こる喚声に "VYNYL"が揺れ始める。
手首の銀が光を反射し、からかうような笑みが微かに口端に浮かび
ちらりとヴィーダに視線を投げ、アイコンタクト。


だって、ベイビイしってる?
寝付けないような肌寂しい夜も もう心配ないよ
だってぼくは
きみをあいしてる
ベイビー、きみもだろ?
ねえ、ベイビー そうだろう?


OH  PREEETTY  BABY


フロントマンとバックコーラス、フレーズにあわせその全員の高く掲げられた
腕が 指先が
眼差しが一点だけを指し
壮絶なタイミングで

スパアアン!!

と。

ピンスポットが落ちてきた――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――………………ゾロに。

ざああ!とまるで神に従う信徒の如く数え切れないほどの瞳と。
嬌声と。喚声と。嘆声と。
一斉に湧き起こる。一点だけを目指しマックス・ヴォリューム。
DJならば至福のエクスタシー。だけど残念この男はソウじゃない。

ガン!と固まる Freeze Please Dynamite My Prettiest Star
イロオトコのカオのまま。ロックスターは面目カタナシ。

「ヤラレタ!」

それが胸中の声だったに違いない。

悦んだ全員がヴラァーヴォ!のコール。
そしてすべての唇が間奏のコーラスを乗せる


Tada tada tada tatata tadatada Daaa


大音声のコーラスを煽る人一倍うれしそうなソレは
偽ポップスター、
レイディ・スターダストを引き連れた金星の王子サマ
思わずゾロも笑い顔になり、笑みを含んだまま、対の視線がぴたりと合う。
そのまま、絡まり離れることなく
一層に湧き上がる音 
熱を孕み撓んでいく空気と
跳ね上がる鼓動の音さえ聞こえると思う。


I LOVE YOU BABY
And if it's quite all right…

ねえベイビー、 ぼくにきみを愛させて
生まれてきて ホントに良かったって思うんだ
だって きょう
ぼくはきみに出会えたんだ
ねえ ベイビー
ぼくに きみを愛させて

ベイビー ぼくに きみを愛させて
ぼくを愛してる?ベイビー
ねえ ベイビー ほんとうに?
きみも ぼくを 
愛してる?


マイクをフロアに投げ出して、まだまだコーラスの続く中
勝手に割れる人波をくぐって王子サマがやってくる
自信に溢れかえった極上の笑顔

蕩けそうな

Sweet li'l nineteen 


Oh pretty baby
now that I found you, stay
And let me love you baby
Let me love you……

外されない視線の先には諦めカオの満更でもない「ベイビー。」

「祝え!」

ピュア・ゴールド
ゴージャスな笑顔
マラボーを投げかけ相手の首ごと引き寄せ顔を抱きこみ頬に手を沿え
生涯何番目かの極上のキス。
とろけそうな熱 あまい舌
腕、痛いほどの力
止まない歌声の中で
ふわふわと羽根が頬を撫でて散る。

アイのチカラ、コイのマホウ
運命のイタズラ、悪魔のタクラミ
紳士のタシナミ? 
なんだっていい、 
出逢えた幸運。それだけ

バカ騒ぎで祝おう。


I love you baby
Oh yes it's quite all right
I need you baby
Trust in me when I say
Oh pretty baby……


すっぽりと腕に収まり盛大にわらう。
「ゾォロ、スゲエすき。」
「この酔っ払いが。」
抱きしめる。


「お戻りはあちらから」
離れたフロアのヴィーダが歌うように言葉に乗せてくる。盛大なウィンクと一緒に。
ジーンはドレスの裾を揺らし、ひどくうれしそうにわらっていた。
「じょうでき、」と唇だけで形作りひらひらと手を振る。
まっすぐに指差すのは扉への階段。セブン・ステップス。
そのさきに、なにが見える?


ぺたりと肩に頤を乗せたまま、小声でまだサンジは聞こえてくるフレーズを追いかけて
上機嫌に喉奥で笑いを噛み殺していた。
柔らかな振動が伝わる。体温と一緒に。
想いが溢れた。

「誕生日、おめでとう」
ふ、と笑い声が収まった。
「うん、」
く、と背中にすんなりした腕が回された
縋るようにそのまま肩に。
「なんか。すげえ、おもしろかったな」
かすかに節をつけるようなゾロの声。すこしだけ上気した、滑らかな頬に唇で触れる。
「……うん」
「さすが、てめえの生まれてきた日だけある。参った」
ひゃは、と小さくサンジがわらう。
あぁったりまえだ、と言って。身体を預けてくる。

そのまま、半分抱き上げるようにしても文句は返ってこなかった。
運ばれるのにどうやら異存はないらしい。これが横抱きだったら大騒ぎだったろうけれど。
「オヤスミ、愛しのレイディズ!」
肩越しにひらひらと手を振りにっこり。泣く子も黙るご機嫌な笑顔。
"レイディズ"も投げキスとウィンクで返す。

「素敵な夜を!ダーリン」
コーラスワークと一緒に送ったときにはもうひどく人目に立つ二人組はいなくなっており。
階段を上りながらなんとまあ!っていうくらいシアワセそうにわらっていたとは後になって聞く話。
ふわふわと真っ白な羽根が階段に落ちていたとか、いなかったとか。
ヴォリュームを限界まで高める音と一緒に、日付がかちりと変わった。
楽園での休日は、残すところあと4日。







元海賊狩りには絶世の美女の恋人がいる
いや、それは同名異人なのだ
そいつはトンデモナイ美貌の姉弟を手に入れたらしい
実はその恋人、男装の麗人説
いやいや地獄のようにキレイなオトコだった説
3月には、エデンに天使が現れるらしい
噂などと当人の耳に入らない方がよい物ばかりであることだけは、変わらず。
そして両名は知らない間に揃ってドラァグ界の殿堂入りを果たしてしまった。
曰く「理想のダーリンズ」、だそうである。




そして。
ご一同様が永久名誉島民の栄誉を受けたことは、言うまでもなし。
氏名変更は、まあ、そのうちに。





We Love You Baby.
Happy Birthday, Darling.
Completed March 27, 2002






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