Step7-3:
「賑やかな方が良いでしょう、ダーリン?とっておきのダイニングバーにお連れするわ」
さらりとサンジの肩に手を預けると、黒のビスチェ、白のシルクシフォンに黒いヴィクトリアン
レースを被せた長いスカートをあわせたヴィーダがブロンズに彩られた唇をその両頬に落とす。

「フフ。上出来。みんなにもちゃんとドレスアップさせたんだから」
きらきらと光を返すような眼を少し細めて笑ったナミは。臙脂色のシルクシフォンのノースリーブ
ドレスに、レインボーカラーのフリンジが剥き出しの膝まで伸びるベルトをヒップボーンに引掛ける
ように1結びさせていた。適度に日焼けした肌がなんってセクシーなんだと賛辞を浴びながら、
とうぜんでしょ、とまた笑った。

「行こうぜー、」と飛び上がらんばかりにしているのはどうやら船長らしい。
なんつう格好してやがるかね、とサンジは片方の眉を跳ね上げた。ブラックジーンズに、黒のコットン
シャツ、ターコイズがアクセントになったベルトに、赤の1つボタンジャケットおまけにカーフレザー。
足元は赤と黒のコンビのレザースニーカ。額に落ちかかる前髪も、どことなくワイルド風にみえない
こともない。「兄貴に似てねえ?」といつのまにか自分の隣に立っていたゾロに言えば。押し殺した
笑い声が返事となった。

ダイニングバーへとぶらぶら、メインストリートをどうしようもなく人目を集めながら急ぐ風も無く歩いて
いく間に、「おう、サンジおまえのいいたいことはわかるぜ、」そう言ってくるのはウソップだった。その
眼は自分たちの少し前を歩くロクデナシとショウネンジゴロモドキの後姿にあてられる。しかしながら
当人も、すっかりヴィーダに遊ばれていたらしい。モスグリーンのジャケット、淡いパープルのロング
スリーブニットとその上からライトグレーのノースリーブTシャツ、ムラに色落ちしたイエローのコットン
パンツ、といった具合。

ヴィーダとナミの間には、ブラウン地に水色のストライプジャケット、真っ白のリネンシャツとネイビーの
ハーフパンツにベージュの帽子、といった船医が両方から手を取られてうきうきと半分、地面から
文字通り足を浮かせており。時折振り向いては、にかっと盛大に歯をみせてわらっていた。

「ハハ。全員が、愉しそうでいいンじゃねえの?」
細く煙を夕方の空へ戻し。に、とサンジも唇端を吊り上げた。
「そうだな、それにきょうおまえの誕生日だもんナ!」
ああ、と答えると。また、にこりと前を向いたままでサンジがわらった。


「到着。"La MISSION"へようこそ」
ヴィーダが片腕を優雅に伸ばした。なぜか片腕に胸に抱き上げられた船医は緊張のあまり息を
していないようだったけれども。オーナー自らがお出迎えよ、と微笑みと一緒に付け加え。
その銀に光を乗せる爪が指すのは。

「ジーン、」
呼びかけられて、アーチ型の大きな窓の傍らに立っていた細い肩紐のスリップドレスの女が
ふわりと振り向いた。黒地に白でウィスタリアの花房がプリントされた長い裾が揺れる。
「ハイ、」
微笑んで、すう、と伸ばされた首筋。その首にかかるパールのロザリオを指ですくうようにして頬に
さらりと唇を落とすと、ロクデナシは何か耳もとでコトバを告げ。それを受けてジーンも、ひどくさっぱり
とした笑顔を作っていた。笑みを含んだままの眼差しが、サンジに向けられ、また笑みに崩れた。
ようこそ、と言いながら。近づき、ゾロの触れたのと反対の頬に唇を落とすと、はじめまして、と
サンジも笑みを浮かべていた。

「ああ、ヤツは。神をも畏れぬメンクイだったのよね」
それも方向性がはっきりしすぎてるわ、そしてサンジくんはナルシスト気味。とナミがその様子に
ちらりと愉快そうに笑みを刷き、ヴィーダも、くう、と弓眉を引き上げた。好い趣味ね、と。そして、
「残念。剣士サマ、私みたいなオンナは圏外みたいね」
に、とわらう。
「そんなことないぞ?」
突然に、斜め前からしっかりとした声が返され。
「あんたは、黄金と宝石で作ったオンナみたいに美人だ」
すげえ良い匂いするしな、と付けたしてキャプテンがにかりとわらった。
「おれ、すきだなそういうの」
「そう?」
「ああ!」
ショウネンの顔のまま、ひどく明るく笑い返した。

「……ナミ。このコも、相当だわ」
「いったでしょう。ウチのオトコ連中はサイアクだって」
「お、おれも?」
腕の中から不安気に上がる声にヴィーダがわらい、ナミも帽子を軽く手のひらで押さえるようにする。
「あら、トニー。あなたはスウィートダーリンだわ」と、ヴィーダ。
「あなたはウチの貴重な人材よ」とナミ。
「まあ、まともな漢はおれひとりか!」ウソップ。
「さ、いきましょうか」
すたりと歩き出すナミに、せめて突っ込んでくれよ!とウソップが両手を高らかに掲げていた。


黒く塗られた古い扉を開ければ。
壁一面には金の蔓草模様、深紅の絨毯と同じ色のソファ、黒のチェアが整然と並び、シノワな照明が
高い天井から落ち着いた明かりを灯し。早めの時間にしては程よく人が埋まり始めていた場が広が
った。その中の少し奥まった席へと案内される。目立ちすぎず、かといって隔絶されてもいない絶妙
な位置に。

次々と運ばれてくるエキゾティックな香辛料の効いた料理と何種類ものワインと。確かにヴィーダが
自慢するだけある出来栄えと品揃え。この場にいる全員の顔に「しあわせ」とか「満足」とかそういっ
たプラスのものが紛れも無く浮かんでいた。饒舌な人間が3人と、適度な毒を笑顔と一緒に混ぜる
人間が1人、突拍子もない聞き役が1人と実は聞き上手が1人、天然ぼけと突っ込み各1名づつ。
そんな取り合わせのテーブルが一瞬たりとも静かであるはずも無く、おまけに元来がお祭り好きと
きては言わずもがなの賑やかさ。けれどそんな適度な騒ぎはこの広い場所を埋めていく邪魔に
ならない喧騒にすんなり溶け込んでいき。やがてドルチェも運ばれ、途端に正直者がそわそわし
始める。

その様子をナミはとらえると、もういいわよ、と小さく言った。さ、プレゼントの時間よね、と。
船長は大真面目な顔で、流麗な文字で羊皮紙に描かれた「倉庫を荒らしません手形」「ツマミ食い
控えます手形」を2枚づつ手渡し。「すげえだろ!」と威張っていたが。有効期限は当日のみだ!とか
フザケタ事を追加しさっそく1殴りされてはいた。この手形はエデン在住の書家にあらかじめ書かせ
ていたという。どうやら洒落のわかる書家らしい。

「昨日と、いまと。なんでこのルフィがヒトの形キープしていられたと思う?じゃああん。これ、
"エデン・アブソリュ"っていうここ特産のサプリメントなんだけど。ルフィの食欲減退に効果ありだった
のよ!信じられる?!オンナノコにとっては美肌効果抜群なの。私のためにお料理に使ってね」
ナミが大量のサプリメントの入った透明なケースを差し出しにこりとする。

ウソップからは細いシルバーフレーム、グリーンからイエローへと微妙なグラデーションをみせる
カラーレンズのサングラス。「一歩間違うとやべえけどな。おまえなら大丈夫だろ」と妙な自信つきで
渡され。
チョッパーからは、ずっと探していたオリエンタル・ハーブ。「すぐみつかったぞ、」と照れくさそうに。
「あ。ゾロは?」チョッパーの無邪気な声がし。唇端を引き上げたゾロは、「もう、やっちまった」とだけ
答えた。

「私たちからは、香水。うーん、あなたにならいらないかもだけど」ヴィーダが言い。
「そう?人生にはワインと薔薇が必要でしょう?」ふざけた風にジーンが返し。
にこにこと、美女二人は楽しそうに言いながら顔を見合わせている。
うれしいなありがとう、とサンジは蕩けそうな笑みを一緒にキレイに絹のリボンがかけられた小箱を
受け取り。"ラスティカ"っていうのよ、と二人が声を合わせるようにして言い、それを耳にしたゾロが
僅かに口端を引き上げ。ふ、と視線のあったジーンが共犯者めいた笑みをちらりと掠めさせた。

ありがとう、ともう一度サンジは繰り返した。

「じゃあ、いまからさっそくナイトライフといきますか!」
にかりとサンジがわらい。
「クラブなら、"VYNL"がお勧め」
ヴィーダが笑みで返す。
「そのまえに、"Vendredi"でもうちょっと飲まない?」
ジーンが追加し。
「クラブの前にもう少し飲むの賛成」
ナミがサンジに向かい、にっこりとわらいかけ。

「―――あ。ダーリン、あなた幾つだった?」
「ん?いくつだっけ?」
キャプテンがウソップに聞き。
「17だよ!自分の年くらい覚えてろ頼むから」
がくう、と脱力するのは同年齢の男。
「あら、困ったわね」くう、とヴィーダの眉根がわずかに寄せられる。
「あ、年齢制限」ナミも思い出したように、自分のアゴに手をあてた。
「ねえ、ダーリン?あなた、馬はすき?」ジーンが未成年様連に問い掛けた。

説明を聞くうちに3人の目が非常に煌めきだした。東の森の中に張られた1500人は入る野営
テントで、このシーズンだけ行われるサーカスのこと。馬とヒト、音楽と照明すべてが渾然一体と
なり40メートルほどの円形舞台で30頭近い馬とヒトが繰り広げる曲乗りやアクロバット。

「すげえ、」キャプテン、もうクラブどころの騒ぎじゃない。
いきたい、いきたいとチョッパーも興奮気味。
「ふうん、ケンタウロスみてえだな」つい、感心した風な声がゾロからも洩れる。
「ゾーロー、じゃあおまえもおれたちに付き合えって」
にこにこと船長に話しかけられた方も苦笑を浮かべる。
お、そりゃあいい、そうしろよ!とか、ほんとか!とか、残りの2人も笑顔満開。
サーカスが終わってからみんなと一緒になればいいだろ、と。

「ごめんなさいね、クラブにも連れて行ってあげたいけど18歳以下は入れないのよ」
ヴィーダが顔の前に軽くあわせるようにした両手の横からごめんね、ともう一度言った。
「美人に謝られるとどっきどきするなあ!」とルフィも盛大にご機嫌で。
「まあ保護者は必要だからな、おれがおまえらの面倒見てやるさ!」と人の良い笑顔はウソップ。
カワイイコにはご褒美、とヴィーダから熱烈にほっぺちゅうを受けて更にキャプテンは大笑いしていた。

「うし!んじゃあ見に行ってくる!すげえよな、馬と人だけなんだろ」
すたん、とソファから立ち上がり、片手づつに同行者を半ば抱えるようにして扉へ向かい一直線。
グラスを飲み干すゾロには構ってなどいなかったが。やがて扉のほうから盛大に呼ぶ声が届いて
きた。くすくすとテーブルのヴィーダがわらい。ナミが、しずかにしなさい!と一喝。

「ほら。お呼びだぜ、」
「ああ。じゃあ、あとでな」
「そ、"VYNYL"で合流だ」
ゾロは立ち上がり。自然と、アタマに手を置き座ったままだった相手の顔を軽く上向かせると、額に
さらりと唇で触れ、何事もないように身体を離す。あまりに自然な一連の動きに、一瞬サンジまでが
瞬きした。ほろ酔い具合の所為か、なすがまま。そして、ゆっくりと笑みをつくる。
「おまえ、迷子になるなよ?」
僅かに眼を細めるようにして、からかうような声色。

「なれるかよ、こんな街割りのところで」
ゾロの手の離れる間際、指先がそのまま髪を撫でていき。
触れてくる指にまた声に出さずに笑い顔が浮かび、それはひどくシアワセそうな表情で。
「なに、別人格できあがってきたか?とうとう」
そんなことを言ってもちっとも皮肉には聞こえやしない、サンジ。
「言ってろ」
こん、と最後に後ろアタマを小突くようにしてからルフィたちが待っている扉の方へと向かっていく。

「あてられちゃーう。すっかりいい雰囲気じゃない」
小声で自分の耳元に言ってくるナミに、ヴィーダの笑みも深くなった。
「だって、そのためのお誕生日じゃない」
「それもそうよね、よし!」
かんぱいしましょう!とまたグラスが打ち合わされた。
「はーい、サンジくん!おめでとうー」
何度でも、あわせられるクリスタルの済んだ音。

主役の隣に座るジーンが、ふと耳もとで言葉に乗せた。
「ねえ、この島がなぜエデンっていわれるのか、あなた知っている?」
「いいえ、なぜ?」
「この島で、つかの間の夢をみるからだ、っていうひとも多いのだけど、」
ゆっくりと、瞬きをして紺色の瞳がその色味を増したようだった。
「"ほんとう"をみつけることが、偶に出来るからなの。時には、思い出してね?もし、あなたがそれを
みつけられたなら」
「少しは、近づいたんじゃないかな」
知らず、その額に自分の額で触れるようにしていた。
「そう、よかったわ。お誕生日、おめでとう。ダーリン」
「うん、」


わらいさざめく声に囲まれてすっかりリラックスしていたころ、やがて、ダーリン!と蕩けるように
あまい声が背後から。振り向いたサンジが盛大に笑みに崩れて椅子に座ったまま両腕をひろげる。
「ティティ、きょうもなんってかわいらしいんだろうキミは!」
明るいグリーンのふわふわした短いニットトップに脚線美を見せ付けるマイクロミニのイエローの
ホットパンツ、ピンクのマラボーを巻いたティティがぴょん、とその中に飛び込むようにし。
頬をくっつけるほどの距離でけらけらと二人して上機嫌にわらう。
「オトコノコの格好もすてきね?ダーリン」
「ひでえ。こっちの方がゼンゼン良いと思うけど?」
俗に言うエスキモーキス、とか言うやつ。額をくっつけて。
ナリだけは立派にオトコとオンナのはずが。なぜかネコがじゃれているようにしか見えない。
「あ。」
目の先、居並ぶ綺麗ドコロに。だれだれ?とサンジが盛大に星を瞳に散らし。

「みんなヴィーダや私のおともだちよ」
ナミがにこりと返す。
「せっかくの御誕生日パーティだもの、ナイトライフは賑やかにいきたいじゃない」
すばらしくお美しい、とふわふわの笑顔でサンジが言えば。
ナジャよ、フランソンって呼んでね、ディアナよハニ―、シモ―ンっていうの、ダーリンあなたとは始め
ましてねマルガレータよ、口々に言葉に乗せながら頬に代わる代わるキスを落とし。途端に急上昇
する美人の人口密度の高さにバースディボーイはご満悦。誰が元はオトコだろうがオリジナルの
オンナノコだろうが既にどうでも良くなってきていた。


「ねえ、次へ行きましょう!ダーリン」






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