ジャケットと鞄とノートを拾い上げたキングスレーが隣の居間に戻っていくのをちらりと見遣ってから。ヤセイに戻ったから靴は嫌いになった、とぶすっと言っていたルーシャンの頬に手を添えて視線を上げさせた。
「ルーシャン、仔猫チャン。何が気に入らないんだ?」
目元まで赤い様子に笑って、トン、と目尻に口付けを落とす。
「あんたがヘンなこと言ってからかうからだ、」
「例えば?」
心底困って戸惑っているルーシャンに首を傾げる。
「―――――――わすれたっ、」
そう言って顔をますます赤らめたルーシャンに笑って、トン、と唇に口付ける。
「バカだろ、オマエ」
さらり、と前髪を掻き上げてやって、少しばかり息を呑んだルーシャンの背中を押して歩くように促す。
「後は生地を選んじまうだけだからな、もう少し付き合え」
ぐ、と振り向いたルーシャンの頭に口付ける。
さあ行くぞ、と目で促したパトリックに、すい、とルーシャンが伸び上がり。する、と唇に唇を掠めさせていった。その猫のような静かなタッチに、ぱち、とパトリックが瞬き。じぃと見詰めてきているルーシャンに、くぅ、と破顔して、くしゃ、と金色の髪を撫でた。
「ルゥルゥ、」
こつん、と額を合わせる。
「オマエ、かわいいのナ?」
「なんだよ、ソレ。少しは驚けよ」
呟いたルーシャンの声が、拗ねているような甘えているようなトーンなのに、くくっと笑う。
「驚いているさ。いまここで押し倒して喰っちまおうか逡巡するくらいにはな」
「おれだってそれくらいおどろいたんだ、」
まだ拗ねたような口調で、する、と額に懐いてきたルーシャンの髪を撫で下ろす。
「ふン?いつもの直ぐに剥いじまえる服もいいけどな、たまにはゴージャスにさせてみたいダロ?」
ブルゥアイズを覗き込んで告げれば、じぃっと視線を合わされる。それから、ふい、と瞼が伏せられていった。
「惚れちまったってしらないぞ」
不敵な女王然とした声で言ったルーシャンに、くくっと笑った。
「惚れる要素が無ェだろうがよ。ほら、いくぞ、ルーシャン」
トン、と額にキスをしてやり、そのまま顔の赤いルーシャンを促して隣の部屋へと移る。

ソファでは、案の定ロイが既に紅茶の支度を整え終わっており。キングスレーがビスケットを紅茶に浸しながらロイと歓談していた。
「あんた以外を全部跪かせる、って野望に火をつけてくれてありがとう」
そうワザと小声で言っていたルーシャンに笑って、ソファに座らせる前に囁いた。
「手始めにはロイとキングスレーか?ヤメとけ、グルメと拘り派だ。難しいぞ」
すい、と視線を上げたロイが、カップを浅いテーブルに置いていくのに視線を遣りながら、キングスレーとはL字で隣り合わせになるように腰を下ろした。ルーシャンは隣に座らせておく。
紅茶を置いてナフキンで手を拭ったキングスレーが、す、とカタログを持ち上げていた。
「そちらの坊やは細いので、ウェストのラインが少し長いジャケットのほうがよろしいかと」
「折角のシルエットだからな、これを生かしてくれるならどうでも。キングスレー、オマエに任せる」
坊や、といわれて僅かに憮然としたルーシャンをちらりと目の端で見遣ってから、差し出された生地のカタログをぱらぱらと捲る。
「トータルで揃えてくれ」
「シャツとタイと靴とベルトですな。コートは如何いたしますかね」
「移動するなら車だからな」
「ではストールをご用意いたしましょう。選んでいただいた生地を見て、コートが必要でしたら考えることに致しましょう。それでは生地はどれに致しますかね?」
ぱらぱら、と捲っていたカタログの中から、パトリックは生地を一つ指差した。
「この色味がいいんだが、こっちのテクスチャのほうが好みだ」
すい、と指をずらせば、ああ、とキングスレーが頷いた。
「ではこちらの生地では如何でしょう?少しテクスチャは変わりますが」
色味は近いですからね、と告げたキングスレーが拾い出した甘いグレーの生地に触れて頷いた。
「それでいい。シャツは、あまり濃い色でないほうがな」
すい、とキングスレーが別のカタログを渡してきた。
「そちらの色と重ねて選びましたなら、間違いは少なくなりますよ」
すい、とそっぽを向いているルーシャンが大人しくしているのに薄く笑って、視線をカタログに戻した。ぱらぱら、と生地を捲って、ふい、と一枚で指を止めた。
「こういうのも似合いそうだな」
サーモンピンクの生地に薄いホワイトのストライプが入っているものを選べば、くう、とキングスレーが笑った。
「なかなかにモダンな組み合わせですな。よろしいでしょ、それでお作りいたします。ラペルなどは選ばれますか」
「いや、任せた。タイは赤がいい、こういう光沢のある生地の」
「解りました。仮縫いが出来上がりましたら何点かお持ちいたしましょう。ストールと靴も合わせて。シャツのボタンは如何なさいますか」
「シンプルでいい」
「承りました。コートはその生地でしたら、必要ないでしょう。お車で移動するとのことですし、ストール一つで寒さは凌げるかと思います。天気予報ではまだ冷え込みは然程酷くないと言っておりますし。そうですね…3日後に仮縫いをお持ちいたしましょう」
さらさら、と生地の番号をノートに書いていったキングスレーが、にっこりと笑った。
「その頃にはご機嫌が直っているとよろしいのですが」
ちら、とルーシャンを見たのに、パトリックが笑った。
「どうかな。意地っ張りだからナ」
すい、と視線を合わせてきたルーシャンに、くい、とモノクルを押し上げながらキングスレーが片眉を跳ね上げた。
「なにかリクエストでもございますか?」
ふる、と首を横に振ったルーシャンに、では3日後にお伺いします、と斜めに頭をキングスレーが下げた。
「どうもありがとう」
ぽそ、と呟いたルーシャンに、キングスレーが僅かに目を細めて笑った。
「お得意様のご要望ですからな。お似合いになるものをきっちり仕立てて参りますので、ご心配なく」
どこか苦笑しているような顔で始終居たロイに、パトリックが顎をしゃくった。
「ロイ、玄関まで送っていけ」
「イエス、ボス。ミスタ・キングスレー、お鞄をお持ちしましょ」
ぴくん、と僅かにルーシャンの肩が跳ねたのに、パトリックだけが気づいて薄く笑い。ソファから立ち上がったキングスレーを見送るために立ち上がった。
「よろしく頼む、キングスレー」
「お任せくださいませ。ではよい一日を」

す、と頭を下げてからロイに伴われてキングスレーが部屋を辞していき。パトリックはまだソファに座ったままだったルーシャンに視線を戻した。
どこか困った風に、けれど真っ直ぐに見上げてきたルーシャンに、パトリックは笑った。
「どうした、ルーシャン?」
なにかを言いかけ、けれど結局は音にしなかったルーシャンの側まで戻る。
「んー?」
顔を覗き込みながら促せば、するりと手を伸ばしてきたルーシャンが、きゅ、と首に縋ってきたのに笑って、その背中に腕を伸ばして抱きしめた。
「甘えん坊だな、ルゥルゥ?」
「野望があるからね」
甘い声でそうルーシャンが返してきたのに、くくっと笑った。
「キングスレーとロイは跪きそうか?」
「ロイは無理だと思う」
そういたってマジメな顔をして返してきたルーシャンに笑って、ぎゅう、と両腕でルーシャンを抱きしめた。
「大声で笑い飛ばされると思うぜ。キングスレーもあれはあれで強かなタヌキだからナ」
「ちがうよ、」
ルーシャンが告げてくる。
「おれがオンナなら速攻でオトスけどさ……ロイはあんたしか眼中にないからね」
そう言って、に、と笑ったルーシャンに、ハハ、とパトリックが笑った。
「生憎オマエは男で、だからキングスレーは落ちないだろうよ。だが、そういう危険なゲームをオレの気に入りの連中にしでかされると困る」
する、と耳元に唇を押し当てる。
「遠ざけるには少しばかり惜しいのでナ」
ひく、と跳ねたルーシャンが、少しばかり真面目な、寂しそうな目で見詰めてきたのに笑う。
「どうした、仔猫チャン?」
ルーシャンが、どこか寂しさを湛えたままの目で小さく笑って首を横に振り、
「なんでもないよ」
と告げてきたのに小さく微笑みを返して、トン、と唇に口付けた。
「なにしょげてンだよ、ルーシャン?チョコレートケーキでも食うか?」
小さな声で、「いらない、ありがとう」そう返してきたルーシャンの背中をぽんぽん、と撫でてから少しばかり顔を浮かした。
「ほんと寂しがりやだなあ、オマエ。それでいままでどうやって生きてたんだ?」
んん?と顔を覗き込みながら、笑ってゆっくりとルーシャンを両腕に抱き上げた。
「―――――――いま、と。先のことしか考えてないから、わからないよ。忘れた」
そう小さな声が言ってきたのに頷いて、そのまま歩きだす。
「まあいい。しばらく向こうでオレに抱っこされとけ。文句は無ェな?」

ベッドルームの扉を片手で開けて、抱き上げたままのルーシャンがふにゃ、と笑ったのに視線を戻す。
「わかってるつもりだったけど……あんた、残酷だね」
「酷いだの、残酷だの、鬼だの、鬼畜だの、ヒトデナシだの、ロクデナシだの、よぉっく言われるぜ」
きゅ、と身体を添わせて抱きついてきたルーシャンの耳元に口付けて、パトリックが笑った。
「で、仔猫チャン。ベッドとソファ、どっちがいい?」
ウン、と柔らかで寂しそうな声で告げてきたのに、パトリックが問う。
「“剥いて”くれるんならベッドがいい」
そう返してきたのに、くくっと笑った。
「どうした、仔猫チャン。積極的だナ?」
そのまま細い身体を、トン、ベッドに下ろしてにかりと笑った。
「エンリョはしないぜ?」
「うん…、あんたの……なんだろう、淫売?そんなものにでもなろうかな、ってね」
ぽつ、と返してきたルーシャンが、すい、と見上げてきた。
「むりかな……?」
合わさったブルゥに、パトリックは薄く笑って、さらりとルーシャンの頬を掌で包んだ。
「ばぁか。どうせならカワイコチャンになれよ。そっちのが似合うんだから」





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