*45*

柔らかく唇を啄ばめば、とろりと甘い舌先を潜り込ませてくる。優しく貫いた内側を擦り上げれば、甘えた仕草で腕を添わせて吐息も身体も震わせている。濡れて甘い声は柔らかにウタを歌い、細いままの身体は色づいて何度も震えた。
身体が少し離れれば、それが不満だ、と眉根を寄せて甘ったれた声を漏らし、腕を伸ばして脚を絡めて身体を引き戻していたルーシャン。
寂しがりやで快楽に従順な仔猫は、当初の生意気で高慢なプライドのカケラも見せることなく、パトリックの腕の中で熱く蕩けきっていた。
抱きながら、パトリックは思った――――――この姿が、本来のルーシャンなのだろう、と。
制限のない愛情をたっぷりと受け取り、意地を張ることも許さずにいればどこまでも甘えた仔猫のようなルーシャン。
注げば注ぐほど甘く柔らかに身も心も蕩けさせて――――――。
こんなに“可愛らしいコ”だとは、最初に連れ込んだ時には思ってもいなかった。
こんなにも、なにもかもパトリックが望むままに受け入れ、パトリックを望み、全てを曝け出して預けてくるようなコだとは思ってもいなかった。
“ビート・ジェネレーション”の連中の寵愛の的だった高嶺のお花チャン、けれど今のルーシャンはただの“仔猫チャン”で。あの連中が接した態度は凡そ見当違いだけれども、ルーシャンは間違いなく“愛され”、“構われ”、“可愛がられる”べき存在だ。
いまのルーシャンを“大切”にしない存在など、きっとどこにもいないだろう。それほどまでにルーシャンは“愛らしい”。
セックスというよりは甘い交歓、その身をパトリックに“喰われて”眠ったままのルーシャンの、しっとりと手に馴染む頬に指裏を滑らせた。
蹂躙者であり、略奪者であり、傲岸不遜な捕食者であるパトリックの胸元に、顔を押し付けるようにして眠っているルーシャンを見詰める。
安心しきって全身全霊を他でもないこのコに預けられているのは、不思議な気がした。甘やかしはしたし、過分に構いもした、けれどもそれはルーシャンが最初に手放すことを要求されたモノに比べれば、とても埋め合わせられるものではないだろうに、と。
パトリックはサディスティックであり、往々にしてルーシャンに対して牙を剥いた。
ルーシャンがそもそもマゾヒスティックであれば、早い段階でパトリックの手の中に堕ちてきっていただろう、だけれどもルーシャンは……。

くす、と小さく苦笑を漏らして、パトリックはルーシャンの額から金色の髪を梳いて退かした。
「あァんなに抵抗したのになぁ、オマエ?」
こんなにも和らいだ表情で眠りやがって、と呟いて、そうっと額に口付けを落とす。
ふわ、と口許を綻ばせたルーシャンの甘えた表情が、なぜだか“嬉しい”。甘やかして可愛がれば、素直に甘えてくるルーシャンのことが酷く好ましかった。
柔らかな表情で見詰めてくるルーシャンの顔を覗き込み、そうっとコドモのような口付けを落とすことが楽しかった、ふわりとルーシャンがカオを綻ばせるから。
駆け引きも、算段もない、ただルーシャンが与えられる感情に甘いレスポンスを返してくるのが楽しかった。いままでそんな風にパトリックの“好意”を受け止めたニンゲンはいなかったから。
だからこそ、もうこれ以上は手元には置けないと自覚する。
戯れで引き込んだルーシャンがこんなにカワイイヒトだとは思っていなかった、けれどもそうであることをパトリックは知ったから。

パトリックは自分が何者であるかを忘れたことなど一度もない。
物心が着いた頃からファミリィの一員で。マフィアを辞めようと思ったこともなければ、マフィア以外の何者にもなれないと知っている。一度闘犬として戦い、血を貪ることを学んだ犬がどう教育しても闘犬の性を拭い去れないように、自分は死ぬまでマフィアなのだと解っている。マフィアであるが故に避けられない“責任”を負う義務があることも、それからどうあっても逃れきれないことも。
パトリックはただの町のチンピラではない、今やホワイトハウスや各国の軍事政権、ゲリラ、犯罪組織にも繋がりのある一大ファミリィの“ボス”だ。
そうでなかったものを自ら望んで自らの手でそこまで押し上げた、相当の犠牲を払って。
だから安穏とした将来など見ることもない夢だと知っている。相当上手く立ち回らない限り、一寸先に待っているのは血まみれの死だと覚悟している。
ファミリィとは血の契りで以って繋がりを強固にするシステムだけれども、上に立つものである限り、いつだって下克上を狙われるものだ。
いまは羽振りがいいだけに、集るハエも多ければ下から腐って蛆が涌くこともある――――――これから先、更に資産を得て力を付けていけば国家にも狙われるだろう。
大統領でさえ、安穏とはできない。ましてや自分は“犯罪組織”のトップであるのだから、誰かに“保護”されることなどアリエナイ。
たった一つの取り引きの失敗で、警察に捕まることだっていくらでも有り得る。いままで自分の運が良く、用意周到であったお陰で一度も収監されることなく来ているが、そのラックがいつまでも続く保証などない。
大きくなりすぎたものはいつかは崩れて粉々になる、それがパトリックが生きている間に起こらない保証もない。何が引き金になるかも解らない。
“今”は“良い”けれども――――――法を犯すモノである限り、暴力が第一に力となる世界に身を置いている限り、“明日”の保証などどこにもない。

だから―――――――もう手放すしかないのだ。
ルーシャンが、腕の中で眠るこのコが、“大切”だから。
泣いているカオもイイけれども――――――やっぱり、ふんわりと笑ったカオのほうがイイのがアタリマエで。
自分は欠落した人間だ、(なぜならマトモな神経ではマフィアなどやっていられない)だから、“フツウの愛情”というモノが良くわからないし、その素質が自分の中にきちんとあるとは思えないけれども。このコの未来が泥に塗れ、薬に浸けられ、陵辱され、傷つけられた挙句に殺されることになるのは嫌だった――――――パトリックというマフィアのボスの“お気に入り”というだけで。
一番“怖い”のは身内の“裏切り”だ。
ルーシャンの“価値”を知ったモノがルーシャンを“餌”や“獲物”にすることなど、到底許せないだろう、と自分の心情を知っている。
“巻き込みたくない”けれどもそう成らざるを得ない“現実”から、パトリックは目を逸らさない――――――だから、手放す。
ほんっとにお気に入りなんですねえ、と苦笑したロイに『うるせぇよ』としか言えなかった自分が、少しだけおかしかった。
愛人ならば、もっと強かで計算深いオンナを選んでいた。――――――危機には自分の才能で乗り越えて、やり過ごし、いざとなれば自分の判断でパトリックから逃げ出せるような、いつでも知略と策略を練っているような相手を。
伴侶ならば、愛さなくても構わないオンナを間違いなく選んでいただろう。―――――――巻き込んで死なれても構わないような見栄えのいい相手を。
ルーシャンは、そのどちらでもない。それをロイも解っていて、敢えて“お気に入り”と表現したのだろう―――――実際に、その通りで。それ以外の呼び方は見当もつかない。

1ヶ月の返済期間。
それが終わった頃には、ルーシャンは自分に唾を吐きたいくらいのキモチでここを出て行くものだと思っていた。漸くパトリックの手中から抜け出せたことに、ハレルヤ、と大声で叫びながら、これからの人生を歩んでいくものだと。
けれども、ルーシャンの甘い透明なブルゥアイズの中にある感情は、別のことを告げてきていて。
ゴメンナ、と身勝手を謝る気はさらさら無いし、謝れるものでもないと解っている。
恨んでくれてまったくもって構わないし、むしろ呪っていたって不思議ではないと思う―――――人生の無駄だから、毎日パトリックを呪って生きてほしいとは思わないけれども。ルーシャンには“笑って生きて”欲しいから。
抱きしめたままのんびりと昼間で過ごし、軽いランチを一緒に食べたら、届いたスーツで着飾らせて、お気に入りのレストランに連れて行ってやろう。
そして最後のディナーを食ったら、最後にもう一度甘やかして、抱きしめて――――――そしたら、もうルーシャンが生きていくべき世界に“還して”やろうと思う。血と金と薬と暴力に縛られていない、幸せな“明日”が望んで努力すれば与えられる“日常”が待っている“世界”に。

柔らかな朝日が差し込む部屋で。最早見慣れた“客室”のベッドに横たわるルーシャンの目元に口付けた。ふわ、と表情が和らぐのを見詰めていることに、飽きることなどないと思う。
金色の細かな睫が縁取る目のラインや、ほってりと柔らかな唇のライン。しっかりとした顎のラインを目で辿り、指で触れ、口付けることは、いままでパトリックが口にしたどんな菓子よりも甘い。
その甘さが嫌にならないことに、パトリックは降参する。このコが自分の生命線に成り得てしまうことを。
ふ、と甘い息を零したルーシャンに小さく笑って、さらさら、と前髪を指先で梳く。
その馴染んだ手触りを自分が一生忘れないだろう、と不意に思ってしまって、パトリックは知らず苦笑を漏らした。自分がそんなセンチメンタルなニンゲンだとは思っていなかったし、そんな風にルーシャンが自分を捕らえていた等と気づいていなかったから。
「You amaze me, kitty cat」
なんてコなんだろうな、仔猫チャン、オマエは。そう呟いて、薄っすらと開いたままの唇にそうっと唇で触れた。
いくら抱いても抱き飽きない、けれどもただ側にあるだけでも気分がイイ――――――そうルーシャンのことを自分が思っていると知ったら、このコはいったいどんなカオをするだろうか?

ゆら、と蕩けたブルゥアイズが瞼の間から覗いたことに、くうっと笑った。
「まだ寝てろよ、仔猫チャン」
ふわりと和らいだ表情を返されて、さらりと瞼の上を指裏で触れた。
とろん、とルーシャンがまた瞼を閉じていき。する、と、胸元に顔が押し付けられた。剥き出しの胸に手指がさらに押し付けられて、仔猫がニーディングをするように、きゅ、と手指が握り締められた。
とん、と金色のアタマに口付けを落とす。
こういう風に甘えられると、なぜだかキスをしたくなる。柔らかく唇を押し当てるだけでいい、触れ合った体温が甘い感情を内側に溶け込ませて、口付けることでまたルーシャンに還元されていくような気がするから。
すう、と吐息を零したルーシャンのリズムに合わせて目を瞑り、眠りのカケラをもう一度捕まえようかと考える。
今日は一日ルーシャンに構っていられるよう、時間を空けたのだから。
けれども。
客室の居間に続くドアがそうっと開けられた音に気づいて、パトリックは苦笑を零した。続いて、ためらいがちに、コン、とドアがノックされたことに、仕方がない、と諦めて視線をドアに向けた。
「ロイ、入ってこい」
「失礼します」

音も立てずにドアを開けたロイが、一瞬息を呑んでいた。
眠りから引き戻されたルーシャンが、嫌がるように胸元に額を摺り寄せてきて。縋るように指先をカールさせたことに笑って金色の頭を撫で下ろし。ロイに目線で報告を促した。
「アルヴィーゼ御大が入院なさいました」
ルーシャンが聞いていても差し支えない、とロイが判断したのだろう、静かに告げてきた内容に、パトリックは片眉を跳ね上げた。
「病状は?」
「愛人宅で心臓発作を起こして担ぎ込まれたそうです」
ICUに放り込まれてます、と続けたロイに、ハ、とパトリックが薄く笑った。
「保ちそうか?」
「十中八九、保たないでしょう」
まだ極秘の情報で、公には知らされていません。そう告げたロイに、頷いた。
「担ぎ込まれたのなら、ハイエナどもが知るのもそう先のことじゃねェな」
腕の中のルーシャンが、“ハイエナ”の一匹であったことを少し可笑しく思いながら、パトリックが小さく目を細めた。
「どこから回ってきた?」
「ジリアーニの屋敷に潜らせていたメイドからの情報です」
ああ、とパトリックが笑った。
「グレッチェン、だっけか?」
「マダム・フィリシアに気に入られて、首尾よく潜り込みました。グレッチェンによると、アルヴィーゼ様が愛人宅で倒れられたことに、マダムは相当ご立腹のようです」
マダムの気性からすれば相当怒り心頭なのでしょうね、と薄く笑ったロイに、パトリックはくくっと笑った。
「アントニオはどうしている?」
「“婿殿”ですか?もちろん病院に詰められているそうです」
「ああ、じゃあ相当ヤベェな」
ハイ、とロイが頷いた。
「まあでも遺言書でどんでん返しが無い限り、代替わりは問題なくいくだろ」
あそこは強固だからナ、と告げたパトリックに、ロイが薄く笑った。
「アントニオ様で決まりですか」
「他にイタリアの連中を纏められる人間はいないだろ。オレもアントニオで構わない、アレはでしゃばらないからナ」
まだ年若いジリアーニ家の“婿”の顔を思い出して言えば、ロイが小さく笑った。
「ボスとさほど年齢は変わらないですけどねえ?」
ボスほどの器がないのがあちらさんにとっては残念ですかね、と言ったロイに、くくっとパトリックが喉奥で獰猛に笑った。
「同じ時代に似たような“覇者”はいらねェよ。無益な戦争にあけくれて、下手すりゃ共倒れだ」
に、と笑って頷いたロイに、顎をしゃくって部屋を出て行くように促す。
「死んだら葬式には出る。カードが届くだろうから、一応喪服の支度しとけ」
「イエス、ボス」
「ああ、それと。勘違いしないバカが出ないように、手出し無用の命令は徹底させろよ?あっちで万が一ドンパチ始まっても、こっちは被害が出ない限り、もしくはアントニオから要請が来ない限りは静観するからな」
「イエス、ボス」
「それと。御大にはそこそこ世話になったから、昼ぐらいには病院に顔を出す。しかたねぇからナ―――――花の用意はしておけ。どうせフィリシアにグダグダ愚痴言われるだろうから、アレの分も何か適当に包んでおけ」

頷いたロイが部屋を出て行き、パトリックはルーシャンの頭の上に肘を立てて突いて、そこに頬を預けて深い溜息を吐いた。
できることならばディナーまでの時間、ルーシャンを甘やかしていたかったけれども――――――イタリア人の連中が騒ぎ出すかもしれない今、そうも言っていられなかった。
溜息を吐いたルーシャンが、目を開けて見上げてきたのに気づいて、小さく苦笑してルーシャンの前髪を指先で梳いた。
「仔猫チャン。オマエを甘やかして一日を過ごすわけにはいかなくなっちまったようだ」
さら、と梳いていく手指がキモチイイのか、僅かに表情をルーシャンが和らげていたけれども。急にしょんぼりとした風に肩を落としたルーシャンの額に口付けた。
「ジジィの寝顔見てるよりゃ、オマエのカワイイ顔みてる方がン万倍もイイんだけどナ。ビジネスだからしょーがねぇ」
耳をぺったりとしてでもいるようなルーシャンの頬まで手を滑らせて、そこからさらりと項までを撫で上げた。
「だいじょうぶだよ」
「そうだな。大丈夫だ、オマエは」
こつ、と額を押し合わせて、に、と笑いかける。
「けどま、何があろうとディナーまでにはオマエのとこに戻るさ」
ふ、と視線を合わせてきたルーシャンに、目元を和らげてみせる。
「オマエの服、仕上がってくンの、今日だろ」
「そう?」
興味なさそうに首を傾げたルーシャンの髪をくしゃくしゃと乱して、ああ、と頷く。
「オレのカワイコチャンがオレ好みに着飾るんだぜ?」
「そうなんだ、しらなかった」

そう言ってふにゃりと笑ったルーシャンが明らかに意気消沈していることに、パトリックは笑う。
「ルゥルゥ、カワイコチャン。そんなに可愛くて、オマエ、どうすンだよ」
てろ、と唇を舌で舐め上げて、さらりとルーシャンの髪を撫でた。
そうっと唇が押し当て返されたことにますます笑みを深めて、パトリックがそうっとルーシャンの唇を啄ばんだ。
「オマエは甘くてカワイイな、ルーシャン」
微笑んで、こつ、と額を押し合わせる。
「そんなこと言われたことない」
じっと見上げてくるブルゥアイズに、きゅ、と目を細める。
「じゃあ知っとけ。オマエは甘くて可愛くてイイモンだって」
さら、と頬を指裏で撫で下ろして、ちゅ、とまた甘く啄ばむ。
「オレの保証付きだ」
「払い下げるみたいなこと言う」
目元を寂しげに和らげたルーシャンに、パトリックが喉奥で笑った。
「なんで払い下げるんだよ、バァカ」
すう、とルーシャンがまた目を合わせてきた。そして静かな口調で、
「じゃあ、あんたが誰かに売払ってくれたらいいのに」
そうますますしょげた声で言っていたのに、コツン、とまた額を合わせる。
「アマッタレ」
「おれ、見る目ないからさ」
ふわ、と笑って、ルーシャンを抱きしめたまま、ころりと位置を入れ替える。そして、ルーシャンの体重を身体の上に乗せて抱き寄せて、ぎゅう、と腕に力を込めた。
「養えよ、威張ってないで」
ふにゃ、と笑おうとし、けれども潤んだ目で見下ろしてくるルーシャンのアタマをぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。
「仔猫チャン。一緒にバスにいくか?」
甘やかしてやろうか、と笑って告げれば、こくん、とルーシャンが小さく頷き。きゅ、と抱きついてきた細い身体が、急激に離し難くなる。
「あんたが足りなくなりそうだ、」
寂しそうな声がぽつんと呟き。なんだよ、ひでえよ、と涙声で続けたのに、パトリックは小さく笑って、トン、と甘く唇を啄ばんで告げた。
「じゃあ、夜に会うまで足りるようにしてやろう、仔猫チャン」
身体を起こしながら、ルーシャンの背中をするりと撫で下ろした。
「なまえ、呼んでくれよ」
甘く小さな声が強請るのに、パトリックがふんわりと笑った。
「ルーシャン、カワイコチャン、オレの仔猫チャン。かわいい声で鳴けよ?」




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