*16*

コロンビア時代の友人に久し振りに軽いサパーのために会い、中東とアジア情勢について情報を交換しあった。
ダニエルは政治家一家の三男に生まれており、父親はホワイトハウス内に頻繁に出入りするような人物だが、本人は金にもオンナにも、ついでにオトコにもルーズな銀行家だ。
パトリックがマフィアの跡取りだと解っても、『へえ!じゃあ親父の知り合いとかじゃね?』と笑って肩を叩いてにっこりと笑顔を浮かべたようなバカだ。
『オマエみたいなビジンがその気がないのは残念だよなぁ。ま、宗旨替えしたらいつでも呼んで?尻尾振ってきちゃうよ』
にかりと笑ったバカを張り倒したことは何度もあり、その都度『ひっどいなー?』とむくりと起き上がっては、唇を尖らせていた。
ただ、それは本心から脳みそが軽いバカなのではなく、実は虎視眈々と狙っているような油断のならない人間で。だからこそ、今でもパトリックの“友人”の一人たり得ていた。一度や二度、ヤツが洩らした情報で手入れを回避したこともあり。いまとなっては切っても切れない腐れ縁になりつつある。

『そういえばさ?この間、コロンビアのOB会に行ってきたよ』
サパーの後にバーで一杯引っ掛けている間に、目を細めてダニエルが言った。
『最近さー、漸く目覚めたオカマチャンがいるんだけどぉ』
『はァん?』
『や、そっちは昔っからお盛ん。じゃなくてね?作家。オモシロイというか、まあ、うん、“衝撃的”な内容の本を書き出したコなんだけどさぁ』
くう、とダニエルが笑った。
『オトモダチが、行方不明なんだってさ。もう一人の詩人のオトモダチが、あ、コイツもアレね?ちょっとオモシロイカンジの詩を書くコね?が、発狂しそうだって』
あのコたち、後輩なんだけどさ?ちょっとオモシロイ頭のコばっかりでさ?とダニエルが笑う。
『繊細なコばっかりなのに、自分の内側ばっか曝け出してるよーなコたちでさ。オマエの強さも半分もありゃね、って思ったんだよ』
『バカじゃねえの』
『誰が?オレが?』
『オマエだよ。連中のことなんか知るか』
ポエトリィ?ニュー・ウェイヴ?知ったこっちゃないね、とパトリックが肩を竦めれば、オマエならそう言うだろうね、とダニエルに返された。
『でもさー。たった数年しか違わないのに、オレらには理解できないアタマでモノを考えてるコたちだからさぁ……ああ、帰還兵とか、リクルート拒否とか、ヒッピイズムとかあの辺りに影響大なのよ?そんな彼らのお花チャンだったってコがね、いま行方不明で』
『はン』
『いやさ。オレとしては、どんなお花ちゃんだったか気になるわけじゃない』
ダニエルが、にかりと笑った。
『メキシコで撮られた写真、見せてもらったんだけどさー……お花チャン、ビッチなカンジですっげ可愛かったからさー』
無意識に年上のオトコに惹かれるタイプっぽかったってそいつら言ってたからさ。今でもフリーなら、オレでもいけるじゃん、とかって思って。そう続けたダニエルに、好きにすりゃいいじゃねえかよ、と切って返す。
『そ?じゃあ好きにしたいから、探してくれる?オレだとさ、ほら。探偵雇って探させるわけにもいかないからさぁ』
『そういうのは受け付けてない。面倒だろ?だいたい、いくつなんだ、ソレ?』
『うん?お花ちゃん?23。ぴっちぴちのビジン。2年も食らって全然無事なカワイコチャン』
どっかで聞いたハナシだな、とパトリックは片眉を跳ね上げる。
『だいたい23にもなって、周りが過保護すぎンだよ。ヒッピーのお花チャンなら、たくましくどっかでドラッグに浸ってフリーセックスでキャンプ場ででもサカってるだろ』
『あらヤダ。そうじゃないよう。彼らの作品がそういうのを生み出したってだけでさ、最初の小石だからきっとそこまで思い切れてないと思うよ?』
『じゃあ死んでるだろ。タチの悪いのに引っかかって』
肩を竦めたパトリックに、ううん、とダニエルが唸った。
『そゆの、どっかで拾ったってハナシ、オマエのとこのコたちの間でないかな?』
『オレの部下どもがどうファックで楽しんでるかなんてぇのは、興味範囲外だ』
『相変らず激しいの、オマエ?この間、なんてったっけ、ブロードウェーの女優さん、フったらしいじゃん』
ごそごそ、とポケットを探り出したダニエルに、タバコかと思ってパックを差し出した。
『あ、それも嬉しいけど……ちょっと待ってナ』
そう言ったダニエルの唇に、火の点いたタバコを押し込んでやる。
『ん。あんがと』
『ブロードウェーってあんなくだんねえ出し物だけだったか?』
『オマエはね、興味を失くすのが早すぎるの。全部が全部オマエの思うままに動いてるわけじゃないでしょーが……あ、あった。これこれ、このコ』

ひょい、と差し出された写真を引き受けて――――パトリックは黙って片眉を跳ね上げた。
テーブルの上に肘を預けて、半開きの唇に立てた人差し指を押し当てて、薄っすらと笑っている柔らかな髪のオトコ。口元には、アメリカン・セックス・シンボルと同じ様な黒子があり。見詰めてきている目線は、媚びているのか誘っているのか……はン、とパトリックは笑った。
『じゃじゃ馬通り越した暴れ猫ナ』
『ん?ええ?そうなの、って知り合い……?』
ぱち、と瞬いたダニエルに、まさか、と笑顔を向けた。
『どうやってそんなご大層なお花ちゃんとオレが知り合うんだよ?』
『それも確かにそう。けど昔からオマエは予想外だからさ』
白黒の写真を指先でピンと弾いた。
『コレがオレの道に踏み込まない限り、オレには縁が無ぇよ、ダニエル』
よく片思い中のオトコから写真なんぞ分捕ってきたナ、とパトリックが笑えば、ダニエルがくくっと笑みを零して頷いた。
『必死なんだよ。たとえこのコが新聞社なんかにカタギの仕事を持っちゃったとしても』
『けど無断欠勤なんだろ?』
『行方不明ってことは、そういうことなんだろうね。何に巻き込まれれば、いきなり消えて消息を絶てちゃうかな、って考えたときに思い当たったのがオマエなんだけど』
にっこりと笑ったダニエルに、肩を竦めた。
『そりゃオマエがオレみたいなのとつるんでるバカだからだ』
『うーん、オレ、オマエに一目惚れしてからずーっとだからねえ。確かに思い至り易いっちゃあ易いけどさ』
『オレのトコに来たンなら、とっくの昔に払い下げられて店に入れられてるサ』
部下のトコ?と首を傾げたダニエルに、パトリックは頷く。
『粗相して巻き込まれたンなら、1ヶ月もすりゃ完済できるだろ』
『1ヶ月かぁ……ああ、あのコ、こんなカオしてオトコ知らないヴァージンだってのに。そんな目に合わされたら、……下手したら一生使い物にならねェんじゃねえの?一ヶ月だよ?』
『店主がお優しいといいな』
『あ、そんな人事みたいに!でも具体的で嫌すぎんぞ、パトリック』
カオをしかめたダニエルに、さら、とコースターの裏に電話番号を書き下ろした。
『ん?なにこれ?』
『新しくオープンした店だ。オマエが好きそうなのばっかり集めてある』
『……マジで?』
ぱあ、とカオを綻ばせたダニエルに、Adamsと書き足す。
『アダムス?』
『その名前で予約しろ。1回は奢ってやる』
『なに?なにアダムス?』
『そうだな……Joan、とでも?』
『Joan Adams?なんか……聞き覚えのある名前だね?』
きゅ、と眉根を寄せたダニエルに肩を竦めた。
『知らねぇよ。どこにでもある名前だろ』
『ま、いいけど。……で、ソノコたち、手付かず?』
なつっこい笑顔で笑ったダニエルに、にかりと笑みを返しながら立ち上がった。
『早く行けば調教前のを出してやれるぜ』
『あ、じゃあ直ぐ行く。ハジメテのコで楽しみたいんだよね』
す、とコースターを引き寄せたダニエルの分の支払いもビルの上に乗せて、パトリックは笑った。
『店の売り物だからな。相応の覚悟があるから楽しめるだろ。楽しめなかったら店主に報告して取り替えて貰え』
『気に入ったら払い下げてもイイのか、パトリック?』
『お家で飼えるンなら、好きにしろ。値段は店主に相談すればいい』
まるで犬か猫のコだね、オマエにとっては?そう笑ったダニエルに、にやりとパトリックは笑みを返した。
『犬猫のほうがまだ扱い易いぜ。じゃあな、ダニエル』

車に乗る前に、ホテルのロビーから電話をかけて“ジョーン・アダムス”がかけてきたら優遇しろ、請求書はこっちに回しておけ、と命令を男娼を束ねるピーターソンに出しておいた。
写真の中で誘惑的に笑っていた“ルーシャン・カー”、酔っ払いが呟いていた“アンジェ”の前の名前、“ジョーン・ヴォルマー”に纏わる名前を意識的に挙げていた自分の行動に、ふン、と鼻を鳴らす。
片思いしていたオンナが漸く離婚に踏み出したところで死なれたら、そりゃあ凹みもするか。そう笑って、妻を射殺した夫とヤツに片思い中の“友人”にそれでも“溺愛されている”仔猫の変わり果てた姿を思い浮かべる。
ロイに調べさせた事項が、ダニエルが酒の肴代わりに言って寄越した事項とマッチして、ルーシャン・カーというニンゲンを予想しないところで理解してしまった。
“ビート・ジェネレーション”、全てを曝け出して内なる裸の自分を見詰める“世代”、その“核”に携わる作家としても詩人としても大して作品は残せなかったノー・ネームの猫は、それでも今でも連中の大切な何かなのだろう。
「そんな大切なモノなら、箱にでもしまっておけばいいものを」
あの仔猫が箱に大人しく入っているわけもないが。
キラキラと、まるで人目を集めずにはいられないような、小振りでもトリプルグレードのダイヤモンドみたいな“ルーシャン”。その輝きが最も眩かっただろう頃に写されただろう、まだあどけなさの残る仔猫の写真を思い出して、パトリックは薄く笑った。

「傷が出来上がるか、それともそれも覆い隠しちまうか――――――見ものだな」
ドクタ・アンソニーはどう思ったんだか、と。チビで有能でビビリだが底のほうでは物怖じしない医者を思って、車の窓の外を流れる街灯に煌く夜景を見遣りながらパトリックは呟いた。
「大事にされることしかしらない“花”を乱暴に扱いすぎだ、と言われるか――――――凶暴な野良猫には相応な扱いだと納得するか……するわきゃねえか、あのお人好しドクタが」
パトリックがファミリーを継ぐ前から知り合いの、心優しいまっすぐなドクタがロイをじとっと睨み上げている姿を想像して、パトリックは喉奥で笑った。
「しょーがねえな。ニコールに言われたとおりに甘やかしてやるか」
本来の状態なら相当“魅力的”らしい仔猫が、萎れたまま自殺するのも面白くないしな、と呟いて、おい、と声を少し大きく発して運転手の意識を引く。
「イエス、ボス?」
「ドナテッロのジェラート屋に寄れ」
「…ボスがお召し上がりになるんですか?」
「オレが食ったらなにか問題でも?」
「いえ。すみません」
恐縮した運転手が押し黙ったことにパトリックは軽く息を吐いて。飄々と自分より年下のクセに“仔猫チャンの餌付け作戦開始ですかぁ?”とにやにやと笑いながら言ってくるだろうロイの反応を思い浮かべて、パトリックは窓の外を見遣った。
仔猫が自分に懐くかどうか―――――どうでもいいハズなのに。泣いて悔しそうに睨みつけてきているカオしか知らないのも癪だしな、と思う自分が存在していることに、小さく鼻を鳴らした。
「ま、なるようにしかならねぇけどな」




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