*4*

叔父が事故を起し、両脚を切断せねばらならなくなったことは、当時ショーンの両親が眉を顰めて話していたので知っていた。その後に、叔母が介護を含めた生活に耐え切れなくなって失踪し、離婚に至ったことも。
溌剌としていた頃に比べて叔父の顔はすこし面やつれしていたけれども、なにかを吹っ切ったような笑顔がそこにあって、ショーンはにっこりと笑った。
「正直、まだこちらに住んでいらっしゃるとは思ってなかったんですけど」
突然、連絡もなしに訪れたことを詫びる代わりに言えば、叔父は僅かに笑みを苦笑に崩し。
「この場所が好きだからね、」
とだけ言った。
ヴァンは、そんな自分の父親を、少しばかり痛そうな顔で見遣り、けれどすぐに顔を戻していた。ショーンはそれに気付かないフリをして、ちらりと背後の湖に視線を遣った。
「ここの景色は忘れられません」

「パット、その包みなに、」
そうヴァンが言ったのに、ヴァンが先にヴァンガローにもどっている間に取ってきていた包みを差し出した。
「お土産」
「苦労性!」
ひゃあ、とコドモのようにあどけなく笑って、ヴァンが腕を伸ばした。
「チョウダイ?」
「もちろん」
開けていいよ、と笑顔を向ければ、ヴァンが勢いよく包装紙を破り取っていた。むしろ剥いているに近い。
そして中から出てきた真空パックに入ったスモークハムを見て、ぱ、と顔を輝かせた。
「あ、酒の肴ー」
酷く嬉しそうなヴァンに、叔父がゴミを拾うように告げる。
くくっとショーンは昔から変わっていない遣り取りに笑って、コツン、とヴァンの頭を小突いた。
「未成年が何言ってンだか」
「あんただってバンガロー、ビールだらけだった、ウォッカも」
そう言って返したヴァンに、おや、と叔父が片眉を撥ね上げた。
「家の外で飲んだらいかんぞ、」
へ?とヴァンが叔父を振り返った。
「いまさらだって」
そう言って、にかりと笑う。

「パトリック、」
叔父の視線が向けられたのに、はい、なんでしょう?と笑顔を向ける。
「いつでもコレを湖に放り込みなさい。許可しよう」
ハイスクールの高学年辺りに差し掛かった頃のショーンの仕出かした“イケナイコト”は総てヴァンにバレているのは解っていたけれども、に、と笑った叔父に、にっこりとショーンも笑顔を浮かべて頷いた。
「覚えておきますよ。それより、実はイイモノを車に積んできたんです」
ぱちん、とウィンクを叔父に飛ばす。
「後でコドモは抜きで飲みましょう」
「ヘイ!」
そうヴァンが抗議の声を上げながら、とさんとショーンの背中にぶつかってきた。
その人懐っこさに変わりがないことに、亜麻色の長く伸び気味の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜる。
「おや、オトナは横暴なものだよ、ヴァン」
そう言った叔父と、甘えたような目線で見上げてくる従弟に、立場的にも年齢的にも挟まれたショーンは。いぃい、と父親に向かって鼻を寄せたヴァンの顔を覗きこんで、くう、と笑みを浮かべて告げた。
「一緒に飲むなら一口だけ飲ませてやる」
途端に、ふにゃ、とゴキゲンな猫のように笑ったヴァンが、目をきらりとさせながら言った。
「いいよ?グラスから一口づつな?」

すりすり、と頭を腹に摺り寄せたコの顔をさらに覗きこんで、ショーンが笑った。
「あ、その代わり。オマエ、ベッド半分貸せ?」
きょとん、とヴァンが目を見開いた。
「ん?いいけど…狭ェよ?」
シングルしか無いけど、そう言い足したヴァンに、ショーンは肩を竦めた。
「大した問題はないだろ?」
「うん、でもさ」
す、とヴァンが酷く真面目な顔を作った。
「でもあんた、寝相が悪かった気がする」

                                        *

ヴァンのヒトコトに、叔父が懸命に笑いを堪えようとしているのが見える。
思い返しても、実際にショーンの部屋に潜り込んでは一緒に眠りたがったのはヴァンのほうで。そしてコドモ特有の芸術的な寝相を披露していたのもヴァンだった。
なかなか寝付けずに、ばたんばたんとショーンのベッドの上で跳ね回った挙句、ショーンに抑え込みをかけられて漸く眠ったと思えば、ごろごろごろごろとあっちへ向きを変え、こっちへ向きを変え、を夜通し繰り返していたのだ。
お陰で寝不足だったショーンが、明け方冷え込む空気に漸く大人しくなったチビを抱えて眠っていれば、毎朝毎朝、ヴァンはショーンにのたまってくれていたのだ。
『パット、ねぞーわるいねえ』
そう、酷く感嘆した口調で。
オーマイ、とショーンは当時を思い出して、小さくクビを振りながら溜め息を吐いた。砂糖菓子のように甘い満面の笑顔を浮かべていた従弟は、きっといまその事実を伝えても信じようとはしないだろう。
事実を知っている叔父が、笑いを堪えて小刻みに震えている姿を見遣ってから、ショーンはくぅっと口端を引き上げた。
「ああ、ガールフレンドと間違えて抱き込んで寝ちまったらゴメンな?」
嘯いたショーンに、ぶは、と叔父が噴出した。そのまま、大声でげらげらと一頻り笑う。
それから、涙の滲んだままの顔で、ぱちん、とショーンに向かってウィンクを飛ばし。
「こっちで寝るか?」
そう誘いかけた。わざと真顔を作って、ショーンも返す。
「あ、それもいいですね。でも寝る前に髭は剃ってくださいよ?」
そして、こくん、と首を僅かに傾けて言葉を続ける。
「万が一寝起きにキスしたときに、ショックは少ないほうがいいですから」
くっくと笑う叔父が、ぼそ、と言葉を継いだ。
「だったらヴァンの方がまだマシか」

叔父の言葉に、すい、とショーンは視線をまだくっ付いたまま体重を寄せてきていたヴァンに落とし、その滑らかな頬を撫で下ろした。
そして、ヒトコトぼそりと呟く。
「つるつるチャン」
にぃ、と笑ったショーンの頬には、前日からの徹夜作業に加え、ほぼ半日車を走らせっぱなしだったこともあって、無精ひげがツンツンと不ぞろいに生えていた。
ふん、とヴァンが鼻を鳴らした。そして、拳でショーンの頬をぐりぐりとしながら、どこか拗ねた風に呟く。
「そのテは最近モテナイ」
そして髭の硬さに、いててて、と呟いたヴァンの頭をぐいっと遠のけながら、すい、と視線をまた叔父に戻した。

「ああでもアナタタチが居てくださってよかった」
時計をちらりと見て、苦笑を浮かべる。
「でなければ、車で一晩寝るところでした」
ふ、と叔父が微笑みを浮かべた。
「明日からは、良ければバンガローも用意するよ。もちろん、ウチにずっといてくれても構わない、まぁ…ヴァンが大人しくしていればな」
ええ?とヴァンがまた抗議の声を上げる。ショーンも、にかりと笑みを浮かべる。
「ヴァンに寝相にもよりますね」
そして、ヴァンにも視線を落とす。
「ああ、ガールフレンドがいるなら、もちろん遠慮するけど?」
にぃ、と笑ったショーンに、ヴァンが言って返した。
「寝袋もあるから、あんたそれで床で寝る?」
いぃいいい、と歯を剥いたヴァンに、ショーンがけろっと笑いを返す。
「それだったらおじさんと寝るよ」
「父さんは、夜中に五回トイレに行くよ」
そう、ぶす、と告げたヴァンに、おいおい、と叔父が抗議の声を上げる。
「あ、でもじじい同士その方が気楽?」
きゅ、と小悪魔のように口端を引き上げて笑ったヴァンに、ふい、とショーンが小さく笑った。職業柄、役に立つことも多い不眠症の症状を抱えていたことを、不意に思い出したからだ。
「オレは多分起きてるんで。それでもいいですよ」
さらりと笑って叔父に言えば。
「あ。拗ねた。いいよ、一緒に寝よ」
そうヴァンがほんのすこし慌てたように言って、きゅう、とショーンを抱き締めなおした。
「ごめん、寝相のこと気にしてた?」

ショーンは、ふにゃ、と笑ったコドモの頬を指でうりうりと突付いてから、ぐ、と親指で路上に駐車してきたままだった車の方向を指した。
「実は、一人キャンプも覚悟してたんで食材を買い込んで来てもいるんですよ」
そして、ふわりと微笑んで言い足す。
「滞在費の変わりになりますかね」
「BBQする?!」
下から覗き込むように見上げてくるヴァンを見下ろし、にかりと笑みを返す。
「夕方はこっちももう涼しそうだし、それもいいね」
「ウン!」

ぱあ、と屈託ない笑顔を浮かべて、ぎゅう、と強くヴァンがショーンに抱きつき。それからするりと離れて、さっさとテラスの階段を駆け下りていくのを見詰めて。それからショーンとの遣り取りをどこか眩しそうに見詰めていた叔父に、視線を戻した。
柔らかな眼差しと視線が合い、ぽん、とショーンの肩を大きな叔父の掌が叩く。
「来てくれてありがとう」
先ほどまでの酷く明るい声ではなく、どこか和らいだトーンに、ショーンは僅かに目を細める。苦笑するような叔父の声が、静かに言った。
「あのこが笑うのは久しぶりだ、」
オトナだけになったのを期に、ショーンはもう一度軽く頭を下げた。
「こちらこそ長い間ご無沙汰していました」
ふ、と叔父との視線が合わさる。

「この辺りのニュースのことは聞いているかい?」
その静かなトーンに、ショーンはヴァンが何かしらの事件に巻き込まれたことを知る。けれど、小さく首を振りながら、イエ、と答える。
「馬鹿みたいにずっと仕事をしてきたんで、大きなニュース以外は」
「そうか、あの子は少し羽目を外し過ぎていてね―――わたしの所為でもあるんだが、」
そう苦笑しながら続けた叔父に、話を促すためにポケットに入れておいた煙草を差し出す。
ありがとう、そう苦笑しながら受け取り、火を点け。すう、と煙を吸い込んでから、叔父がまた口を開いた。
「もう二ヶ月近く前になるか、親しい友人をあの子はバカな計画に巻き込んで……その子は亡くなってしまった」
ゆっくりと煙を吐き終えて、ふう、とヒトツ息を吐いた。
「結果は、事故死扱いだが……あの子は自分が殺したと思い込んでいる」
すい、とショーンはいなくなったヴァンの方向を目で追うように視線を投げる。
「そうですか、そんなことが最近…」
「むしろ、責任は私にこそあるんだよ、―――−アレのことを省みる余裕など無くしていたから」

ヴァンが歩いていった方向を同じように見遣った叔父に、ショーンは視線を戻す。
すこし遠のいた場所から、パーーーーット!!!とヴァンの声が響いてくる。
「おせええええよ、なにこの荷物!あんたクマとBBQする気だったんかよーーーーー!!!」
酷く朗らかで楽しそうなその声に、目を細めて叔父が笑った。
「ほんとうに、随分と久しぶりだ」
叔父の様子に、ショーンは柔らかな微笑みを口端に刻んだ。
「オレがきたことがひとつの区切りとなれば、それ以上に嬉しいことはないです」
そうして、すい、と歩き出しながら、ヴァンの向かった方向に向かって声を張り上げた。
「ヘイ、その熊の名前はヴァーニーか?」
ショーンのその返事を聞いて、くう、と笑って振り返ったショーンに向かって、叔父がぱちんとウィンクを飛ばした。
「くまに、帰り際にまた大泣きされるかもしれんな?」

毎年訪れた夏の最後の日、声を枯らして、
『な、んで置いてくの?ショォオン……!』
そう、泣きじゃくっていた従弟の姿をショーンは思い出す。ついていこうともがいては、当時はまだ一緒に居た母親に押さえ込まれていた小さなコドモの姿を。
ぼろぼろと涙を盛大に零して泣きじゃくっていたヴァンの泣き顔を思い出し、くう、とショーンは笑った。
「泣き顔もまだ可愛いでしょうから」
ショォオンー…、と泣き縋るコドモを置いていく度に、心のどこかが捩れるように痛んだことも思い出して、肩を竦め。それから、ぱちん、と叔父にウィンクを飛ばし、ゆっくりと階段を下りていく。
まだすこし遠いところで、歌うように、パーーーティーーー、パァットー、と呼び続けているヴァンに向かって歩いていく。
「炭を用意しておくよ」
そう言った叔父に、ひらりと手を振って返し。早くカギ開けてくれってばー、と甘えるように訴えてくるヴァンに向かって大声で言った。
「オマエの気が早いんだよ、ヴァーニー!直ぐ行くからもうちょっと大人しく待ってろ!!」




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