*5*
ショーンの味付けでBBQの下準備をし、肉ばかりでなく、オイスターやクラブ、ロブスターまでクーラーボックスの中から出てきたのにヴァンが笑い、
『アリエナイ、あんたひとりでマジ、何焼く気だったんだ』
と眼を丸くしていた。
けれど、上等な食材でするBBQの味はまた格別だったし、久しぶりに賑やかにアルコールも交えながらテラスで夕食を取り、コドモの頃の色々な夏の話が幾つも紐解かれていた。なかには、ヴァンが何も覚えていないものや、顛末が自分の記憶と全く違うものもあったりし、そのたびに抗議したりわらったりと食卓はずっと賑わっていた。

まだBBQグリルで炭が静かに燃えている間も、ショーンの持参したウィスキーを静かに味わっていた父親が久しぶりのストロングリカーを楽しみ過ぎて少し覚束ない足取りで室内に戻り、ベッドルームに向かったのをヴァンが首を回してじっと見守り。あぁ、ダイジョウブだな、と小さく微笑んでからまた従兄に視線をあわせていた。
「とうさん、嬉しそうだった」
「オマエは?どうだった?」
ふわりと優しい眼差しが向けられるのに、ヴァンが僅かに首を傾けた。
「おれ?」
そして、ちらりともう片付けられているけれどもロブスターやオイスターの殻がヤマになっていたあたりを見遣った。
「シーフードすげえ好き」
向かい合って座っていたショーンの腕がすい、と伸ばされ。ヴァンの額をこつ、と小突いていく。
「素直じゃねぇの」

ショーンの声が笑みを潜ませていることに、またヴァンが少しだけ微笑み。そしてグラスの側に何枚も重ねられていたCDケースにそのまま視線を移していた。
さっき、大量のグローサリーを取りにクルマまで行ったときに、荷物と一緒に渡されていた非売品のサンプル。
から、と手の中のグラスから氷の溶けて縁にあたる音がした。
「これね、おれの持ってるのも混ざってる」
すいとその内の何枚かのケースをヴァンが指で滑らせた。
「へえ?」
くぅ、と笑みを浮かべるショーンにをまた見上げるようにし。
「うん、おれ、あんたの音、わかるよ」
そう言って、やわらかな笑みを浮かべていた。
「んん?って思ってショップで買うと、よくあんたの名前、クレジットにあった」
「ふぅん。偶然じゃねえの?」
明らかにからかうようなトーンに、く、とヴァンが眉を引き上げて見せていた。

「そー?……けど、バンド辞めちまったのな、ざーんねん、」
そう呟き。椅子の背もたれ代わりにあったクッションを抱え上げてテーブルに置き、顎を乗せていた。
その動作を終始、ショーンは優しい眼で見詰めていたのだけれども。だれだけ、ええっと、と。ヴァンは記憶を探るのに一生懸命だった。たまに、ビルボードのチャートに上ってくる名前を思い出そうと。
「うぅん、あのブルネットの、ヴォーカルしてたヒト。あんたの他はあのひとだけミュージックビジネスに残ってんの?」
ショーンが夏にやってきていた最後の何年か、バンガローで見た従兄のバンド仲間の顔を思い出しながら言えば。
「ランディは第一線だな。レイモンドは裏方で、ギルは金融業」
肩を竦めたショーンに、
「あ、そうだ。うん、ランディ」
ぱ、と記憶のアナが埋まり、ヴァンが嬉しそうに言った。
「で、パットはエンジニア」
すい、とCDから指を浮かせてショーンを指差す。
「だからパットっていうなってのにオマエは」
イキナリ、腕に強く引き寄せられて首を抱え込まれ。ひゃあ、とヴァンが笑う。
けれども意識の確かな割には身体に酔いが回っていたのか、そのままくたりと体重を預けきり、くすくすと上機嫌にヴァンが笑っていた。

「でも。パティは、すげぇいい音つくるよねえ」
どこかとろりとした口調で告げて、見上げるようにし。ふわふわと微笑んでいた。
「サンクス」
ぎゅう、と抱き締められて、またヴァンが幸福そうに笑みを深めていた。
「うん、すきだよ」
蕩けたままのような口調でそうヴァンが告げれば。
「アィ」
ふ、とその言い回しに懐かしさが込み上げてき、いま一緒に在るのが「ショーン」なのだ、とふと実感し。
「あ、すきなんだからなぁ……?」
柔らかなのに、どこか軽い返事に僅かに拗ねたように言い募っていた。そして、ぎゅ、と背中に腕を回すようにする。
「音だろ?解ってるって」
髪に、軽く唇で触れられ。
「おともー……」
まるで焦れたこどものような言い回しだった。なぜその扱いが不満なのか、自分でもヴァンには判別がつかなかったのだけれども。
「ハイハイ、ありがと、おちびさん」
さらさら、と髪を撫でられていく感触が酷く気分が良くて、ヴァンは短く息を吐き。けれど。
「ちびっていうな、」
不満気な一言を忘れてはいなかった。
「オマエが50になったとしても、オマエはオレのおちびさんだよ」
「ほんと?」
ぱち、と眼を瞬いてブルーアイズがショーンを見上げる。
「アタリマエだよ」
トン、と額にキスが落ちてくる。コドモのころに、よくしてもらっていたままの。
「うーん、」
ごろ、と猫が咽喉を鳴らすように喉奥で声がくぐもり、ぱ、と身体が離れていき。けれどすぐに真横に座りなおし、身体ごとショーンに寄りかかっていた。ぐ、と額を押し付けるようにしながら。

                                            *

「んん?どうした?」
「んー…パットだ、」
声が蕩け落ちそうになっているのに、どこか笑みを潜めている。
肩に腕を回され、そのまま軽く掌でリズムを取るようにされたのがひどくキモチ良く思えた。
さら、とショーンが髪に鼻先を埋めてくるのに、くすくすとヴァンがわらった。
「パーット、それ、癖?」
「…ん?あー……いや、どうなんだろうな?」
「ふぅん、」
「最近仕事ばっかりだったからなあ、」
「またノミネートされてたね、」
さらりと最近リリースされたCDタイトルの名前を挙げる。ミリオンヒットを記録したソレ。
「まぁな。アレでダメならオレも仕事干されるな」
「うれっこ、たいへんだねえ」
ほわりとしたままの口調で言えば、ふ、と気付いた風にショーンが身体を少し離していた。
「あ、不愉快だったか……?」
質問の意味がまっすぐに頭に入って来ず、ヴァンがぱち、とまた瞬きした。
「んん?」
従兄からの心遣い―\―オンナノコやコドモと同等の扱いは嫌だろう、というもの―\―の真意はまるっきり理解されていないヴァンの様子にふ、とショーンがわらう。
そこまでこの年下の従弟があまったれなのか、それとも自分に懐いているのか少し判別がつきかねていたけれども。それを悟らせることは無かった。

「パット、」
「んー?」
僅かにヴァンが首を傾けた。
「いやってなにが?」
ハ、と短くショーンが笑い。そして元通りにぐ、と引き寄せられて漸く満足気にヴァンがふにゃりとわらった。そのまま、ぎゅうぎゅうと力任せに抱き締められるのに、ひゃあ、と笑い。
「パーット、息できねぇって」
少しくぐもった声で訴えながら、あぁもしかしておれコドモ扱いされてんの?と思いあたったけれども。
「寝るならベッドに連れてってやろうか?」
「パティは世話焼き」
生意気な口調でつげていた。
「ショーンは…?」
「んん?」
「ショーンは、いっつも世話焼き?」
意味をとらえかねているようだったショーンに、問いかけ直す。
「なぁん?ガールフレンズのことか?」
「ウン」
こくん、と笑っている声に頷き返す。
「いんや」
「ふぅん、」
「放置しすぎて捨てられてばっかりかな」
「パット、それは酷いよ、放っておかれるのは辛いもん」
ふ、と記憶が揺らぎかけ、それを押しとめてヴァンが言葉を継いだ。
「そうだよなぁ」
髪にまた顔を埋めるようにされて、ヴァンが微笑めば。
「ごめんな、」
そう呟かれ。
「Na,」
答えながら、ヴァンもぐ、と従兄の首元に顔を埋めるようにした。
「オトナには事情がある、子供にもあるけどさ」
ふ、と息を吐くようにして、一層くたりと体重を預けながらそうぽそりと呟いていた。

 *

「でもそれをいい訳にして棚上げにしたらダメなんだよ」
「ふぅん?言い訳にならねぇの?」
ヴァンの声がひっそりと悪戯気を帯びていた。
「謝ることは謝らないとな」
「Apologies accepted(許してやろう)」
そうどこか威張った風に言ったヴァンの額にまたキスが落ちてき。ごめんな、と続けられたのに。
「……NOT!(なんてな!)」
と宣言すると、がぶりとショーンの首筋に噛み付いていた。

「イタタタタタタタタタ」
「うーそーつーきー」
「ギブギブギブ!」
降参だと告げてくるショーンに背中を勢いよく何度も叩かれながら、ヴァンが笑いを潜めて言い。ぐるる、と咽喉奥でわざと唸るようにすれば。
「ほんとゴメンって!」
素直にそう年長の従兄からそう言われ、ふにゃりと笑い。顎を緩めると僅かに、歯形の残った跡にぺろりと舌を添わせていた。

きく、と軽く身体が引かれるのに、ヴァンが視線を跳ね上げた。
そんな従弟の様子を、意味を推し量るように静かに、けれど気付かせないようにじっとショーンが見詰めた。
「あ、怒った?」
「怒りはしないけどな、オマエ。加減を覚えろ」
「んん、オンナノコと違うから加減わかんねえもん」
そう平然と言い返したヴァンの鼻を軽く摘み、きゅ、とショーンが眼を細めていた。
「それに、」
手が離されて。
言い募り、腕を伸ばし。そろり、とショーンの目元をヴァンの火照った指先が辿っていく。
「パット、眼がわらってねぇし。怒ってんじゃないの?」
どこか心配そうな声が、さっきまでの生意気さと正反対にあった。
相手から嫌われる、という可能性をまったく思いつかない程度には、両親からだけでなくおそらく周囲からも甘やかされて育っていた素地が見え隠れする。この従弟がコドモのころにそうやって接していたのは、かくいうショーンも同じであったけれども。

こつ、と額をあわせ。ショーンが少し声を低めて尋ねた。
「オマエ、いっつも誰にでもこうなのか?」
「うん……?」
ふ、とブルゥアイズが上向き。
「わかんないよ」
ふにゃ、と微笑むとする、と額を押し当て返していた。
軽く、指先で頬を押さえられ。
「あんまりそういうことは気軽に仕掛けるな。誤解されるぞ」
心配している、と分かる言葉に。誤解……?と首を傾げれば。ぐ、ときつく抱き締められ。腕のなかに抱きこまれたまま、ヴァンが言った。
「久しぶりに会えて、うれしかったんだ、ショーン、」

                                       *

抱き締められる腕の強さに、ふ、と一瞬眼を閉じる。この腕を、ずっと自分はほしかったのかな、と。
「漸くきちんとオレの名前を呼んだな?」
からかってくるようなショーンに、それでも。
「いくらでも呼ぶのに。ショーン、」
そう、とろ、と甘えた声で告げていた。

目元をくしゃりと崩して笑みを作るショーンを間近で見詰めていれば。
「そろそろ寝ようか、」
言葉が届いたのと同時に、す、と視界が高くなる。
「ありゃ、」
くく、とまるでコアラのコドモが運ばれるような様子だろう、と想像がつき、ヴァンが笑う間にも。カンの良い従兄はベッドルームを探り当てると、そのままとさりとベッドにヴァンを降ろしていた。
「わ、」
ヴァンが驚く間にも、何年も前と同じように靴をひょい、と脱がされ。

「ショー…」
「ヨッパライはもう寝なさい」
優しい声が降りてくるのに、ヴァンが視線を上向けた。
そのときに、くら、と視界が一回反転し。ありゃ?とヴァンが瞬いた。実は相当酔っ払ってた?と。
けれど、すぐにそれはブランケットの間に身体を横たえられたからだとわかり、一瞬閉じていた眼をあける。
すかさずブランケットの下から腕を伸ばし。いままさに立ち上がろうとしていたショーンの首にしっかりと掛けた。そして、ぐ、と引き寄せる。

「なに?」
「ショーン、」
「うん?」
「いっしょにねろ」
明らかな命令形。それが酷く甘い声音で齎される。
「ハイハイ」
笑い混じりの声に満足気にヴァンが頷き。
とすん、とわざと体重を落とすように被さられても、「ショーン、」と一層嬉しそうな声で呼びかけていた。
する、とそのまま横に体を滑らせ、落ち着いたショーンは静かに片腕でヴァンの髪を撫でるようにしていた。
ふ、と半ば眠りに落ちかかってはいても、ヴァンは隣の体温に自然と体を寄せて額を押し当てるようにし。
「ついでに子守唄でも?」
そう問いかけられても、眠気に半ば以上蕩けた声で、
「……いらない、ショー…んも寝れば?」
く、と腕を軽く握るようにして言っていた。

「はいはい、おやすみヴァン」
頬に軽くキスを落とされ、それを感じ取って酷く嬉しそうにヴァンが眼を瞑ったまま微笑んだ。
「それ、もっとしろ、」
ぐ、とショーンの肩にいっそう額を押し当て言い募る。
「オマエね」
苦笑気味の声になど一切構わず、
「ショーン、プリーズ」
甘えた声が言い募ってくる。
「このままで寝てやる」
髪に唇を押し当てて、半ば嫌がらせのつもりで言ったはずであるのに、そんなことに一切頓着しない従弟は。
ぎゅ、と腕まで相手に回して、す、と眠りに落ちていっていた。おやすみ、と辛うじて唇は呟いていたけれども。
オヤスミ、ヴァン、と返された声は、もう届かなかった。




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