Affettuoso

 ふわ、と周りが明るくなった気がして、トッドは酷く甘く重たい眠りから、ふわりと浮上していた。
 耳に馴染んだ声がして、あぁ、とトッドは一瞬だけ張り詰めた気をまた緩めていた。そして、すぐ側にある体温に、ほんの僅かだけ身体を寄せた。
 まだもう少しこの温かな身体に身体を添わせたままでいたかった―――――体温が酷く心地よかった。
 くしゃ、と髪が撫でられて、額にキスを落とされた。
 ん、とトッドはまたほんの僅か眠りを遠くに押しやらされて目を瞑った。けれど直ぐ後に――――――。
 ばしい、と小気味良いオトが響いて、ぱし、とトッドは目を見開いた。な?と見上げてみれば、くぅ、と目を細めた姉のカーラがベッドの側に立っていた。
 ごそごそ、とウォレンが身体を添わせて来た……えええっと?
 何かを言っているみたいだったけれど、生憎トッドには仔猫がふにふにと何かを言っているのと同じくらいにしか解らなかった。
 すう、とカーラの視線がトッドを捉え。
「トーッドォ?」
 カーラの、ちょっと?と言っているトーンに、ふにゃりとトッドはカオを笑みに崩した。
「ハイ、カーラ、オハヨウ」

 ふにゃふにゃと笑ってカーラをベッドの中から見上げれば、はぁ、とカーラが溜め息を吐いた。
「なぁに、この仔猫チャン?」
 くい、と顎でウォレンを示された。キスを強請っているかのように唇は半開きで、すよすよとどうやらまた眠りに戻ったみたいだった。
 なぁに、って言われても?とトッドは一瞬まだどこか柔らかに蕩けたままのアタマで考えてから、答えをカーラに提出した。
「拾い物?」
 こくん、と首を傾げてカーラを見遣ってから、すい、とまた視線をウォレンに落とした。
 ふい、と和らいだ感情が心の底から湧き起こって、トッドはふにゃりとまた笑顔になってから、視線をカーラに戻した。
「一緒に回るって」
 両腕を組んで問い質す姿勢でいたカーラが、ぱち、と長い睫を瞬いた。
「―――――ハイ?」
 ああ、そっか。カーラはまだ知らないんだっけ?と。真っ直ぐに真顔で見詰めてきたカーラに、うん、と頷く。
「ウォレン、一緒に回ってもいいって」
 は、と。カーラが息を吐いていた。
 ちょっとだけ、なんて言われるかドキドキする。確かウォレンは―――――あ、ハジメテのオトコだ、オレ。一緒に朝までいたのって。
 けれど、カーラはトッドの逡巡など気に留めることなく、
「あ、そ」
 と酷く簡潔に、事態を受け入れていた。
 は、と小さく笑ったようだったカーラが、声をほんの少しだけ落とした。
「それでアンタはいいの、ベイビィちゃん?」
 あ、しかも。アンドレア―――――白黒ワンピースのあの子以来、誰かと居るのは久しぶりかもしれない、朝にこうしてベッドの中で。
 トッドはそう思いながら、どこか目を和らげて訊いてきている姉を見上げた。
「ん?んー……なんか、うん。添う」
 上手く言えないけれど、変な中国の白黒の豆みたいな絵のような、あんなカンジがする―――――ウォレンといると、どこも尖がってないで一緒にいると真ん丸くなれる気がする。なぜかは知らないけど。
 言葉少なに言ったトッドの答えがおかしかったのか、くす、とカーラが肩から力を抜いて笑った。
「今度は本物?」
 すり、とウォレンがまだくっついている腕の辺りにカオを摺り寄せてきていた。その体温が温かなことに、トッドはふにゃりと笑う。
 カーラが、からかうような口調で言葉を継いだ。
「アンタたちから同じアマッタレのロクデナシ臭がするんだけど」
 ハ、と。小さくトッドが笑った。
 くう、と口端を引き上げて、ウォレンの柔らかな髪に鼻先を擦り付ける。ふにゃ、と心の内側がまた勝手に柔らかくなって、トッドはうっとりと目を瞑った。
「本物だといい」
 ぽつん、と告げた言葉に、言葉を継ぐ。
「まだ予感」

 ふにゃ、と。とにかく柔らかなトーンしか自分の口から出ないことに、くすくすとトッドが笑った。
「あ、そ」
 そう簡潔に、またカーラが受け入れてくれて、うん、とトッドが頷いた。
「今日のフェスは平気?」
 からかうようにまた告げてくるのに、トッドはウォレンに落としていた視線を上げた。
「んー?」
「ベイビィちゃん、顔が甘いわよ?」
 くう、とカーラが片眉を撥ね上げたのに、あちゃ、とトッドが笑った。いつでも慧眼な姉は、今もトッドの“状態”を知らされずともご存知らしい。
 くた、とベッドに身体を預けなおしながら、トッドが言った。
「座って歌う」
「椅子?」
 カーラが、あっきれた、とでも言いたそうな口調で言ってくるのに、くすんとトッドが笑う。
「んん、フロア」
 す、とカーラが首を傾げた。
「もし、ウォレンがいたら」
「フロアに?」
「そう。したら、近いじゃん」
 ふにゃ、と。また蕩けた笑顔になったトッドを、姉はオーマイ、とでも言いたそうに視線を天上に投げかけながら、ぐしゃぐしゃとトッドの髪を掻き混ぜた。
「なぁ、カーラァ」
 なんだよぉ、とトッドが呻くように笑えば、直ぐ近くで、すう、とウォレンの双眸が開いていった。
「トォ…、」
 ぼうっと開いたままの双眸に、トッドがふにゃりとまた笑う。身体をくっ付けたまま、うううう、とウォレンが身体を伸ばしていき。その甘い声と共に、猫を連想した。
 くい、と首を僅かに起したウォレンが、あむ、とトッドの首筋を甘く噛み。それからまたふてりとリネンに身体を戻していた。すう、と重たそうだった瞼が閉じられていき、どこか甘い息が零れていた。
 それを見ていて、なんだか自分が幸せな気分でいることに気付いて、トッドはくすくすと小さく笑った。
 ふぅ、とカーラが溜め息を零していた。
「……ランチの前に移動を開始するんだからね。それまでには起きてゴハン食べて出てきなさい」
 トン、と柔らかく頬にカーラからの口付けが落ちてきた。
「酷い声よ」
 ほえ?ひどい声?と瞬いたトッドに、くすくすと仕方なさそうにカーラが笑って。長いプラチナに近いブロンドの髪が揺れながら遠のいていく。
「カーラ?」
「アンタたち、二人とも、よ?」
 ぱたり、とドアが静かに閉じられ、うぁあ、とトッドがリネンに沈みながら笑った。
 全部バレッバレだ、と。どこか面映く思いながら。

 すぅすぅ、とまた柔らかな寝息を立てているウォレンに視線を向けた。目を閉じていると、ウォレンが酷く目鼻立ちの調った、かわいいとさえ言えるような顔立ちをしていることに気付く。
 どこかいつも色っぽく見えるのはマリリンのせいか、と勝手に口許の黒子に名前をつけて、トッドが小さく笑った。
 あと、アレ。きらっきらの猫みたいな目。勝気で、チャーミング、悪戯っ気満々で、潤んで蕩けるととてもオイシソウなブルゥアイズ。
 見てるだけでも飽きないね、とトッドは笑って、さらりとウォレンの髪を撫で上げた。
「ゥオレ、起きろ」
 あ、ほんとだ。声ひでぇや、と。くすくすとトッドが笑う。
「――――――――んぅー…」
 喉から出ている声に、ぴん、とトッドの中で何かが跳ね上がった。
「ウォレ、起きろって」
 そう小さく言いながら、首を擡げ。曝されっぱなしの首元に唇を近づける。
「ゥオーレン、朝だって」
 きゅう、と眉根を寄せたウォレンの首元でぱかりと口を開き。かぷん、と齧り付いた。
「――――っ、ん」
 きくん、と身体を跳ねさせたウォレンの感度のよさに、トッドはまたくすくすと笑った。手を引き上げて、するりとウォレンの裸のままの胸元に手を滑らせた。
「ウォレン、美味そう」
 くすくすと笑ったまま、がじがじと首元を齧る。
 ぽやん、とヘヴンリィブルゥアイズが覗き。
「―――ぅ…んあ、」
 は、と熱い息を零したのに、ふにゃりとトッドが笑う。そして、てろりと首筋を舐め上げながら、ウォレンの寝起きに元気になっている中心部に手を滑らせていった。




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