おまえはいま、オノレになにができるのだろう、と思っておったな?
おもってねぇよ、失せろ物の怪
物の怪ではないと申すに
あぁ?どうでもいいんだよ、ンなこたァ。そんなことよりさっさと失せろ、おれはいそがしい

わしは森の主ぞ、おまえの内が読める
あー、そうかい、勝手に読んどけ。そんなのは「おれ」じゃねぇ
まこと傲慢な男よの
は、言っとけよ。
おや、
ンだよ
その、青いものはなんだ、
はぁ?勝手にヒトの中覗いてンじゃねえぞ、怪かし
ちがうと申すに

それから、なにかを話していた。



落下した、と思って。
ぴく、と眼が覚めた。足先が、ごく僅か揺らいだ。
「―――夢かよ、」

カナカナカナカナ、と。頭の上、ずっと遠くで声からは大きさの判別もつかない鳥が鳴いている。
―――カナカナカナカナ。
木漏れ日が男の足元をちらちらと照らし。座りこんで眠ったらしい背には固い木の幹と、足下には親指ほどしか
丈がない草。
ぐ、と腕を伸ばしてから反らせ。
ゆっくりと眼を開ける。

カナカナカナカナカナ。

「……まだ眼が覚めてねェのか」

誕生日オトコがそう呟いた。
ちょこり、と。
「ほこほこ」した灰白のモノが目の前に座していた。
幹にもたれて座ったままの目線の高さに、ちょうど獣のものより二回りほど大きな青い目がある。

「獣か、」
ぐぅ、と喉奥で不機嫌そうにゾロの声がくぐもり。
「失せろ、皮剥いで船に連れてくぞ」
くぅ、と。灰白をした生き物が首を傾げたように見えた―――なにしろ毛皮の厚みのなかに首が埋もれており判別が
つき難い。ヒトを見たことがなのか、この獣は何ら怯えた様子も逃げる様子もみせずに、ただちょこりと座していた。

誕生日オトコも気にすることも無く(そもそも相手は獣なのだ)、立ち上がり歩き出してはみた。
獣はほとほとと後をついて来る。振り向かずともなんとも気の抜けた足音が聞こえてくるので見ずともわかる。
そして、ゾロは溜息をついた。

己が女コドモや小動物に好かれるタチであるなどとは夢想だにしない。
『生きているうちは、』との言葉をいまここに居合わせない料理人ならば喜んで付け足したことだろう。
唇に挟んだタバコを、すいすいと上向けながら。

ならば、この獣は。怪しの類であるのだ。

「―――何用だ」
憮然とした低い声が剣士から洩れた。木漏れ日がちらちらとその足下に小奇麗な模様を描いている。
獣の眼を見据える。見事なまでの蒼。夏空とも湖水とも海ともつかない色味。
獣が、口を開いた。聞こえたのは―――

「まあ、気にするな」

その返事自体が既にヒトをくっている。
サンジ言うところの「流離いのゴースト・ハンター」――そんなモノには一度もなった覚えはねェと剣士はいつも息の下で
呟くのだが―――は、堪らず苛立ちを隠さずに問いを繰り返した。何の用件だ、と。
「うむ、」
獣が剣士を見上げた。
「実はの―――」

カナカナカナカナ、とまた長閑とした鳥の声が届いた。


「で、物の怪。てめェの尾がどうしたって、」
うんざり、と剣士が獣の後ろに回った。
「物の怪ではないと申すに。お主も覚えの悪い男よの」
「尾ごとたたっ斬るぞ、てめぇ」
ひょい、と獣が尾を持ち上げるようにした。根元近くに何かが刺さっているので抜いてくれ、用は至って単純であった。
「物の怪仲間に抜いてもらえよ、それしきのモノ」
面倒くさそうな声で応えるのは剣士だった。
「そうもいかん」
「―――ア?」

すい、と誕生日オトコが目を細めた。
「ナンダヨ、怪かし。オマエなんの悪さしやがった」
僅かにその声が低くなる。尾の深くに埋まっていたのは矢尻であり、ご丁寧に「呪」らしきものが掘り込まれているのを
目にし、呆れた風に獣を見下ろす。
「町の娘にの」
「ちょっかい出したか?拉致もねェじじいだな、年甲斐も無い」
主とは言え年寄りではない、となにやら文句をいい始めた相手を手の一振りで黙らせる。
「ほら、黙っとけ、斬ってやるから」

き、と空気がその手元で鳴り。
瞬きの内には、ちかりと鈍く光った矢尻は空へと遠く飛ばされていた。ばさばさと鳥が枝から飛び立つ音がする。
ひょい、と獣が後ろ足で蹴立て地を少しばかり跳ね上がり。
とさりと降り立った時には人型を取っていた。

「あぁ、助かった。アリガトウな」
どこかで聞いた口調である。おまけに―――
「おい、」
剣士の声が地を這った。
ちかちかと木漏れ日が黄色の頭の上に光を勝手気侭に落とし、きらきらと眼を射るほどに陽を跳ね返す。
「てめぇ、それは何の真似だ」
「―――あーと、おれの力が戻ったからナ?オマエの”見たい姿”におれは映っているだけの話だ。気にすンな、
オマエバカなんだから」

「紛らわしい、戻れ」
言い捨て。そのままずかずかと森の奥へとゾロは歩みを進め。
おやん?とその後姿を見送った『主』は、すぐにその後をすたすたと長い歩幅で追い始めた。
「恩返ししてやろうと思ったのに」
「いらねェよ、そもそも物の怪に関わると碌なことがねェ」
「だからおれは違うって」
「いいや。充分物の怪だ、」
「これでおれが娘を誑かせるのが分かったろう?相手の見たいままに映るんだし」
「おまえな、そのツラは止めろ、紛らわしい」

「ふむ、オマエが混同するとは思えんが?」
「アタリマエだろうが。ただな、目に付く、止しとけ」
「うむ、合い判った」
お主は恩人であるしの、と主が言い。

「――――それも止しとけ」
「あら」
首を傾けたのは航海士であった。

「みえたぞ、」
とん、と元の灰白の獣の形で主が首を傾け。
「あぁ、ここへ来る直前に見た顔だからな」
げんなり、とゾロが応えた。
「碌な恩返しじゃねぇな、その様子だと」
「そのようなことは無いぞ。良いものを進ぜよう。ついて参れ」
主が少しばかり胸を反らせた。
「あばよ」
すたすたと右へ歩き出す剣士に主が声をかける。
「おぬし、船に乗っておろう!皆に役立つぞ」
ぴたり、とゾロの足が止まった。


「で、水か」
ゾロが主に案内されてたどり着いた先は、懇々と湧き出る泉があった。
「左様。この水を汲んでいくがよかろう。半年の間は枯れることが無い」
「効力がまた中途半端だな、」
「それくらいの方がわしの有り難味がわかろうもの」
「うざってぇぞ」
「この桶に汲んで持っていくが良かろう」

「あー…、」
「なんじゃ」
剣士が、僅かに獣を見下ろし、言った。
「おまえが持っていけよ、船の位置もわかるだろう?おれの中を覗いたんなら」
「―――うむ?」




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