rainbow






「お?なんだよチョッパー、早ぇな」

声が聞こえた。
低い所から高いところへと良く通る。
普通は逆じゃなかったか?そんなことを思った。

「ウン、オハヨウ。サンジ!」
負けずとハギレの良い声が返していた。

「サンジも早いんだなぁ!」
「まあな?いいか、早起きはビボーの秘訣ってな」
「ほええ……!」
「うら。ジョークじゃねぇかよ納得すンな」

くく、とゾロは見張り台で笑いを洩らした。
つい先刻まで、腕の中にいた、
勝手に脳が覚えこんでいた、
苦甘いケムリのフレーヴァを消し去り舌先をあわせていた、
相手からの軽口に。

情事の名残などいらない、
離れる前に唇を押しあて間近で蒼が僅かに揺らぐのを目にすれば、充分だ、と。
そんなことを、思った。


「それ?」
「あー、夜食。持って出たらつい酒呑んじまった、」
「なんだ、じゃあサンジも一緒にずっと起きてたのか?」
「あン?ちょっとは寝たさ」
「ふうん?」

医者らしいアドヴァイスを口にする前に、サンジがどうやら先手を打ったらしい。
「ほら、用事があるからおまえも早起きしたんじゃねぇの?」
「あ、うん」

「あと、虹が出てるんだぜ?早起きして得したな、おまえ」
サンジの声が届く。
先刻、自分も聞いた言葉。乗せられる声は違っているけれども。


サンジの眼差しの流れた先。
完璧に近い半円、色の束がソラを彩っていた。

「あっちの方でだけ、雨降ってたんだな?」
目を自分に戻し。
ふわりと微笑んでいた。

そして。

かぷり、と肩口。
歯をたてて、ちいさくわらっていた。
ゆっくりと、自分が腕を解く前に。
まだ、どこか甘さののこる気配の中で。


くう、と伸びをする。
腕を伸ばし。
立ち上がった。
下を見れば、もうサンジの姿はとうに無く。

まだ同じ場所にたっているだろうチョッパーのアタマに向かって声をかける。
「よぉ、オハヨウ」
「ねえ、すごい虹だね……!」
「あぁ、すげえな」
ああ、こいつは。まだほんの子供なんだな、ふとそんなことを思いつくほどに弾んだ声が返ってきた。

「うん、おはよう!上からみてたんだ?」
甲板に降りていく間も。まっすぐに見上げてくる様子に、知らずに苦笑が零れた。
「あぁ、肴にはならなかったけどな」
「朝まで飲むなんて厳禁だよ」
くる、とまっくろの眼が会わせられていた。
わらって頷いてみせ、すたりとヨコに立ってみた。


「ほんと、キレイだなぁ……!」
「あァ、だな」
「おれ、オーロラしかみたことなかったんだ。そういえば」
きれいだなぁ、とまた繰り返していた。空をみたままで。
あぁ、あの青いカーテンみたいなヤツか、とゾロが返すのにくるんと見上げてきた。
「あ、みたことあるの?ゾロ」
「前に一度な」

「キレイだけど、少し怖い気がいつもしたよ、おれ」
自分の感じたもののことを、胸の奥から確かめて容にしてでもいるようなひどく真摯な声がした。
「―――まぁ、確かに言われてみればな」
冴え渡る夜気に、刃物のような青白いヒカリの帯が揺れていたことを思い出した。

「でね?そのことを話したら、」
あ、ドクトリーヌにね、と付け足していた。
あれはあの世が少しだけ扉を開いてそこから死んだ人間がこちらをみつめているんだよ、そういう話があるね、と
言っていたのだと続けていた。
「珍しいな、あのばーさんがそんなこと言ったのか」
ゾロが少しだけ口許に笑みを掠めさせていた。
あの威勢の良いばーさんがそんな殊勝なことをね、と。

「雪国に閉ざされているとヒトはどんどん馬鹿なことを思いつくのさ、ってわらってたよ」
そうチョッパーが返し。
ちっさな姿が、あはは、と笑い声に揺れた。
「同じようなヒカリの屈折なのに、ずいぶん違って見えるんだね。ああ、ほんとにさ」

「なんだか、お祝いしてるみたいだねぇ」
ふふん、とチョッパーがまた続けた。
「なにを……?」
く、とゾロの眉根が寄った。
返されたコトバにきくりと小さな身体が動きを止めた。

あ、しまった――――――!!さっきサンジに言われてたのに、おれ!

滲み出してしまう優しさを隠したような声がアタマのなか、繰り返される。
「いいか?チョッパー。明日、あのバカどうせ驚きゃしねぇだろうが誕生日なんだ。悟らせるなよ」

どうしよう、どうしよう――――――

くう、とまた僅かにゾロの眉根が寄せられてしまったのを目に捕えて、心臓がばたばたと忙しなくなる。が、
その実相手はただ単に欠伸を噛み殺しているだけだったりしたのだけれど。

「ぞ、ぞぞぞぞ、ゾロ!」
「―――ア?」
イキナリの大声にぶっきらぼうな返答になる。
「あのさ、ち、ちが―――」
「ンん?」

「にににににに、にじっ。そう、にじッ!」



ぱたぱたぱたと走り去っていく後姿をみつめ。
やがてゾロの口許に穏かな笑みの影が広がっていった。

いちばん最初に、一緒に虹をみた相手とな!シアワセになれるって言い伝えがあるんだよっ。

それだけを突然言って、走っていった。


目の端。
もう、ヒカリを強めた陽射しに薄らぎ、輪郭を朧にしはじめた虹を捕える。

―――フゥン?たしかに。悪かねぇな、ソレ。


穏かに洩らされた静かな声は。
誰にも聞き取られる事はなかったけれども。

幸福の欠片は甲板にでも転げ落ちたかもしれない。
半円を描く弧から。ソラの輪っかから。



前日の、朝の話。










Very Merry Happy Birthday to You.,

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