Why was I born?
オメデトウノ気持――――――――?
アイツに、そんなもの。どう伝えりゃイイんだ………?
00:35 a.m. Watch-tower
暗がりに含みきれない声が漏れる。
背骨をつたいおりていくだけの手に
直にふれあわされる肌に
わずかな隙間を思いがけず長く滑りおちる汗の感触に
浅く息をすい、はく。
うすく眼をひらき、空にちかい場所からみる月は、
あれはもう夜半を過ぎた位置。
日付が変わっている。
いま、自分を満たし尽くすような相手のことだけでアタマは手一杯だというのに
無理矢理に余地をみつけてそれでも考えるのはこいつのこと。
たぶん、ぜったいに忘れている。そんな確信がある。
「……ロ、」
かすれてしまう声の合間にどうにか音にのせる。
言ってしまおう、と決めてしまったから。
自分にしてはずい分と気の抜けたわらい方だと思う。
その証拠に。耳朶を啄ばむようにされた。
引き離そうと髪に手をつっこんでも、指に力が入らない。
もう、言ってしまえ、と思う。
ゾロ、タンジョウビオメデトウ。
アタマの中で予行練習をした。
「ゾロ、」
続ける前に口接けられて、深くゆっくりと、魂が開かれていくような思いに捕らわれる。
腕をまわし、抱きしめる。最初は同じほどの力で、やがてきつく抱き締められる。
肺の奥までが空気を欲し。
細胞のひとつひとつまでもが満たされることだけを欲し。
言いそびれた、と朝になって気が付いた。
10:20 a.m. Deserted island
「うは。いーい島だな、ここ!」
眼が灼かれるほどの白砂を踏みしめたルフィがにぱりとナミを振り向く。
小一時間もあれば一周できてしまうほどの小島はぐるりと遠浅の海に囲まれていた。
「せっかくの誕生日だもの、ここで日が暮れたら豪華にパーティしましょうね」
「んじゃそれまで冒険にでも行って来るか!弁当ねえけどな!」
あんたが食べちゃったんじゃない、とはナミは言葉に出さなかった。
「果物がそこら中になってるわよ。変なモノ食べないでよね」
無駄としりつつ、それでも一言付け足す。
「ははだぁーいじょうぶだって!よしっ行くぞウソップ!」
「ぬぁ?!」
「いーじゃん、いこぉーぜえー」
「お、おれがいなけりゃあ心細いってんなら、まあ付き合ってやらんでも……」
ははははおまえなにいってんだ、と気の良い笑いと。ウソップのなにやら
講釈を述べる声が、鳥の鳴き声のする緑のなかへと紛れ込んで行く。
さわさわと。
やわらかな、砂を波があらっていく音。
「なあ、ナミ」
とん、とナミのカットソーの裾をチョッパーが引いた。
「きょう、ゾロの誕生日なんだろ?おれ、なんにも用意できなかったんだ」
心なしか、肩がおちている。
「気にしないの、チョッパー。潮流が遅くて予定通りに港に着けなかったんだもの。
そんなの、みんな一緒よ。だから私たち、一番のプレゼントあげてるじゃない」
「きょうのパーティ?」
丸い目が、日陰に準備されている食材やフォールディングテーブルといった物を見遣る。
ちがうわよ、とナミが微笑む。
「すきなように過ごせる時間をあげてるでしょう」
少し沖合いに揺れるメリーに、ちらりと目をやる。
「うん。……あ、でもサンジは?」
つらりと周りを見回し。いつも何かと賑やかな金髪がいないのをとらえる。
準備だ酒だデザートだと。一番騒いでいそうなのに、と。
「だから。好きなひとと、好きなように過ごす時間。これ、私たちにしてみればすごく
贅沢でしょ」
にっこりと、笑みを浮かべたナミはとてもキレイだとチョッパーは思う。
そして、うなずく。すごくいいプレゼントだね、と言って。
「ね、チョッパー。私たちは泳ぐ?」
「……およぐって??」
小さな体が引きかける。
「教えてあげるわよ」
波打ち際で、ナミが裸足で水滴を跳ね上げた。
ちかりと。飛沫がひかる。
8:00 a.m.―9:40 a.m. Lounge lizard
甲板に出てまずゾロの思ったことは、"良い天気だ"。
ちぎれたような雲が何片か浮かぶだけの快晴。そして例の如く一人で遅れてラウンジに
向かう。いつも通りの、遅い朝食になるはずだった。
ドアを開けたなら、まだ全員がテーブルについているのにゾロが瞬きを一回。二回、
そして、一大合唱に近いモノ。
オメデトウ、ゾロ!
ぐ、と本人の眉が寄せられ。あろうことか一言。
「なんだ?おまえら」
ひくりとナミの眉が痙攣する。無理に笑い顔を作ろうとするからぴくりとまた口角が上がる。
「……あんたの、」
呟くような声。
「おまえのたんじょうびだ!よかったなっ!!」
ルフィの得意そうな声。
一瞬、"あ。"というカオになる。ちらりとゾロの目線が天井に向かい。
つられて全員の眼もそれを追う。
「あー、ああ。そうか、おう」
―――忘れてやがった。
船長を除くクルー全員の感想だった。
きょうの朝食のメニューは、いつもよりほんの少し手が込んでいた。
「あそこまであっさり忘れ去られてると今更パーティなんてやってあげる気も失せちゃうわよね」
ナミが吐息をつく。間もなく着くはずの島でのピクニックバスケットを詰める手伝いをしながら。
「でもさァ、ナミさん。ヤツが誕生日楽しみに待ってる方がこえェよ?」
「うん、まあね」
よしこれで完成、とサンジが最後にナミ用のカトル・カールをバスケットの一番うえにのせ、
満足げに微笑む。
「サンジくんは、一緒に降りないの?」
美味しそう、とナミもバスケットを覗き込んで、笑みを浮かべる。
「ナミさんとご一緒したいのは山々!なんだけど。今夜の準備もまだあるし。後から合流
しますから」
寂しくても待っててくださいね、おれの気持ちはいつだってあなたと一緒、とかいくらでも
出てくる台詞は適当に聞き流し。そうよね、うん。じゃあ、あとでねと言うが早いがドアから
顔を覗かせウソップを呼びつける。
「上陸するからバスケット持ってちょうだい!」
開いたドアからルフィの笑い声や何かを止めようとするチョッパーの声が届き、それにあわせる
ようにウソップが顔を出す。
「よう、やっと上陸か?」
「そ、荷物はもう積めた?」
「おう、そりゃあこの造形の天才にかかればな!なぁ、はやくいこうぜ、ルフィのヤツ泳ぐって
言ってきかねえんだ。チョッパーがいま綱つけてるけどよ」
「そう。ゾロは?」
「まだ船にいるってさ」
「あ、そ」
「いってらっしゃい」
サンジが笑顔で送り出す。
10:00 a.m. Upper deck
いっちまったねェ、とサンジが煙と一緒に言葉を流す。小船の進行方向に。
聞いているのかいないのか、船を海面に下ろすのを手伝っていたゾロが、ぱんぱん、と両手を
軽く払う。そして、なんとはなしに少し離れてそのまま手すりにもたれ、二人ともウソップ一人が
オールを漕いでいる有り様の小船の進んでいくのを、みるともなしに見ていた。ルフィがすぐ下に
見える珊瑚礁に喚声をあげるのが耳に微かに届いてきて、それもやがて遠くなった。
「良い天気だ、」
突然、サンジにでたらめな返事が返ってきた。
僅かに、双眸を細めるようにし遠くに散る波浪をみているだけの横顔を、サンジはただ、みつめる。
秋らしい陽射しだな、とその声が続けるのを聞いていた。春島の辺りだって言うんだろこれでも。
うん、と返事をした。
それから
そうだな、と続け。
肩に手を掛け、自分に向き合わせる。そして、
あのさあ、とサンジは言葉を継いだ。
ルフィが海賊王になったら、
ヤツの生まれた日は海賊共の祝日になるだろう
ナミさんが総ての海をその手に収めれば、
ナミさんの誕生日は航海士の祝祭日だ
おれがオールブルーをみつければ、おれの誕生日には
世界中の料理人共がシャンパンを空ける
チョッパーが世界をみて最高の船医になれば、
ヤツの生まれた日をヒトは祝うだろうし
ウソップがユメを叶えれば、ヤツの誕生日は世のガキの祭日だ
おまけにてめえが。
大剣豪にでもなれたら。きょうは刀バカの祝祭になるんだぜ、ゾロ
オメデトウ。
「アリガトウ」
ぼそりとつぶやいたのは照れ隠しか、いつもの軽口と思ってでもいるのか
判別しかねる。
けれど、かまわずにサンジは続けた。
それで。
おれたちはすきなように、いきて。
泣いて。
わらって。
走って
まあいつか、ブッコケテ死んじまうんだろう、
ヒトだからよ。
でもさ、おれたちの誰もいなくなったとしても。
話すら忘れられるようになっても、
ガキ共を喜ばせるだけのオトギ話のネタになっちまったとしても。
おれたちのうまれた日はさ、
祝祭日になって残ってる、
なんてな。
ちょっといいだろ。
例えここが暗がりであってもきっと光がさすほどの穏やかな笑み。
それがただひとりをみつめる。
その栄えある一日だ。
オメデトウ、"欠番"は許さねえからな?
「サンジ、」
呼ばれた。
返事をする。もう一度、呼ばれた。
「―――ンだよ、」
ごち、と乱暴に額に額をぶつけてくるサンジのかおを受け止め。
額を押し合わせたまま、ゾロの手がサンジのうしろ頭を固定する。
「―――アリガトウな。」
「ああ。きょう、晴れでよかったな」
さわりと。
潮風にあおられ金糸がゾロの頬に触れる。
「気持だ。いくらでも、受け取れ」
あまく掠れる声、サンジの唇から。
明るい空。
抜ける風。
澄んだ海。
Two things I know how to do
One is to dream
Two is loving you
----Antonio Carlos Jobim "Dreamer"---
オメデトウ。
Continue to the second story,
"There will be never another you."
second
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