There will be never another you.









3:00pm Upper deck
海風が甲板の端から端まで抜けていく。
「おれァいそがしいんだ!」
と腕の中で暴れていた"コック"も既に諦めたのか大人しく自分の方へ
背中をあずけて煙を細く空へと昇らせ。



「いろよ。―――いらねえから」
「なぁ、おまえ、こんなンでいいのかヨ?」
「ああ。」
あっさりと。自分の肩の後ろからいきなり届いてきた声に、自分が息をつめたことが
伝わらなければ良いとサンジは願う。が、空気を介して流れる密かにわらったような
気配に、それがはかない望みであったことを知る。






2:30 pm The lounge full of sweets
最終的に、デザートは4種類出来上がった。
船長対策の量だけは大量にある焼き菓子は最初から数には入れていないらしい。
「上等、」
に、とサンジの口元が引き上げられる。
島へ最後にもっていくだけになったそれに満足気。



だから、気紛れを起こした。



甲板で、相変わらず「空酔い」しそうなほどの蒼穹を水平になって見上げている
であろうヤツに、差し入れをしてやろうかと。ドライアプリコットを上質な極甘口の
白ワインで戻したものは、いまはタルトに姿を変えてはいても。テーブルの上には
多少あまったそれと、白ワインが鎮座し。



ちょっと空酔いにでもつきあってやるかと。
甘口の酒など到底受け付けない「誕生日男」用にはホワイトリカーを満たしたグラスに
そのアプリコットを落とし、甲板へと出た。






2:20 pm Upper deck
10年近く前にも自分は、草に体が半ば埋まるようになりながらも、丘の天辺に
横になって同じようにソラをみていた。そうしていると体が浮き上がるように感じ
天にむかって落ちていく、平衡感覚のおかしくなる瞬間が「ソラヨイ」なのだと。
その「遊び」をはじめて教えてくれた幼友達と、よくそうしていた。



他にもいろいろと思い出せそうなものではあるけれども。
なぜか、思い出すのは音のないその情景だった。風が吹きぬけ、何か話していた。
わらった顔。気丈な目もと。



ソラヨイの思考はふらふらとあてどない。
思い出しても不思議と、この「連中」と会うまでの自分の「オモイデ」とかいうモノには
音が無い。情景と、そのときの印象は強く残っているのだけれども。



それが。



走る足音。物騒な破裂音。
わらい声や、波を切る船首のたてる音。
いまでは、そういった音が必ずといっていいほど情景と対になって浮かぶ。
聞き慣れた、長い歩調の足音であるとか。
生意気そうな―――






「よ、誕生日男。差し入れだ」






この、声であるとか。







2:30 pm Upper deck
「"世紀のデザート"とかいうご大層なモンは仕上がったのか?」
ここに出てきたということは、目処でもついたのだろうとゾロは思い。
「ん?まあな、いま冷ましてンだよ」
あとで食って驚けおまえの味覚じゃついてけねえだろうがな、などと機嫌よく
言いながら。つい、とまだ水平になったままの顔の真上に銀のトレイを差し出す。



円い影を顔に落としたまま、なんだと問い掛けるのに、差し入れっつったろ、と。
素っ気無い口調と、上出来な笑みが返された。



「ちょっとばかりスイキョウにつきあってやろうかと思ってさ」



すたりと。半身を起こしたその横に落ち着き場所を決める。
その間にも伸びてきた手は適度な重さのあるタンブラーを取り上げ。
透明ななかに沈むアプリコットに微かにゾロは笑みを刻む。無色の液体には色の
アクセントをつけないと気が済まないらしいのは、一流のなせる業か?と。
「あ。先に飲むなよ礼儀知らずが」
慌てた風もなくワイングラスを取り上げ、サンジがもう一度わらった。





海風が抜けていった。




ほら、と。言うが早いが自分たちの手元からグラス同士の軽くあわせられる音。
「いちおう、おまえ誕生日男だからさ」
そう言ってくしゃりと逆光が眩しいような振りをして顔をしかめ、つい浮かんで
しまう笑みをサンジは誤魔化してみた。



いつも何かと居場所の定まらない「こいつ」が隣にいるのは、これも一種の
年に一度の恩恵なのだろうかと、そんなことを。光の膜を一枚被せたように
陽に溶け込む果実と、黄金色に透けるワインを視界に入れながらゾロは
考えていた。半分ほど中身の残っていた瓶はとうに空になり。グラスの底に
その色を僅かに残していた。



「気分がいい」
「そっか、」
寄り掛かるようにしたまま、サンジが言った。
「よかった」
ぽつりと続ける。
腕を伸ばしほんの一瞬だけ頭ごと抱きこみ耳元の黄金に唇でふれた。



「すきなようにしてろよ。もうすこししたら島いこうぜ、最後の仕上げしたらな」
そして腕を甲板につき立ち上がりかけたところに、いきなり腕を下に引かれ平衡を
崩しかけ、肩越しに抱き込まれるようにされていた。
「―――てめっ、」



「出来上がってるんだろ、」
「あ?」
「だから。もう仕上がっているんだろう?」
背や肩。触れている箇所からさえ声が伝わる。
笑い出したいのか、呆れた方がいいものか、自分のなかで感情が入り乱れ
「だから、ナンだよ、」
それでもサンジの言葉は平気な振りをして流れ出る。



「それをくれよ」
「―――は、なに、」
自分の腕を抑えるように回された腕に力が込められたのを感じ取った。
「それまでの時間。おれにくれ。ここにいろよ」



―――向き合ってなくて助かった。
心音ばかりになってしまったアタマでかろうじて思う。
なに、らしくもないこと言いだすんだこいつは。



「うわ。おまえ、―――雨ふるぞ」
「降るかよ」
呆れたような、笑いを含んだような声がした。耳元で。






「ほかは、なにもいらねえから」







4:00 pm
「やっぱ、あてにならねえなァ!」
サンジはうれしそうな声を上げる。
晴れ渡った蒼穹はそのままに、降りかかるものがある。
ほら、と。そう言って。
片方の腕を天上へと高く伸ばす。



霧雨が空から降りてくる。やわらかな、春の雨のような。
細やかな目にみえないほどの粒が降りかかる。
祝福のように。



自分たちを、まるで包みこむように
たおやかな、いまだけ与えられている、空からの腕。
さきのわからない自分たちに与えられた
祝いのような。







たとえ一瞬のことであったとしても。







「あ。」
との声に。ゾロは目線を向ける。
「虹だ、」と。



しばらくの間、きっと、とんでもなく素っ気無いカオをしたまま二人して、その海に
かかる弧を眺めていた。目の端に映りこむ、口元のフィルターの長さが、ちょうど
半分近くに短くなるまで。やがて霧雨に煙ったそれを海面へは落とさずに慣れた
手つきで手近なダストビンへと投げ。そして空気が鳴るかと思うほどの素早さで
いきなりサンジが振り向いた。



「ほら、はやく舟出せよ、あの下くぐっていこうぜ」
早くしねえと消えちまうだろ、と。
思いつきが嬉しくて仕方ないとでもいうように満開の笑みで言ってくる。



「オーヴァー・ザ・レインボウ、と洒落こもうぜ、な?」
「アホだろ、おまえ」
少しばかり乱暴にゾロの手が金糸を梳き乱し。
「んー、こんな羽目に陥るくらいだもんナ」
その手を、常のようには振り払いもせずに。ただ。
霧粒を載せたままの金の睫に縁取られた双眸を、機嫌よく細める。
はあ、まいった。とでも言う口調。



「ほら!もうどうせだ、ついでだついでいっそのこと!」
そうして。
照れ隠しのやけっぱち。ぐいぐいとゾロの空いた手のほうを雑に引っ張る。
船横の方へ。く、とその手が引き止められ。
「――ん?」
サンジが目をあわせた。



「その前に、」
消えちまう前に、と穏やかな声が続ける。
そのままかるく手を引かれて、「誕生日男」をサンジは真近でみつめる。
その男が。虹でもみながらな、と言う。
「キスしとこうぜ、どうせついでだ」
コトバを紡いだゾロ本人が既にわらいかけており。
わらいあったままで唇をかさねてみた。





やわらかな、雨のなか。

たおやかな、天上からの祝福のなかで。











 Olha, que chuva boa, prazenteria
 Que vem molhar minha roseira
 Chuva boa, criaderia
 Que molha a terra, que enche o rio
 Que limpa o ceu, que traz o azul
           ---"Chovendo na Roseira" Antonio Carlos Jobim---
















シアワセ?

continue to the third story,
"Here, there and everywhere"


Third
back to the first
back