All The Young Dudes
思った、唐突に。
思考より先に、絵が。イキナリ拡がった。―――ヤバイな、と理性の欠片が呟いた。
幻覚だ、酸素が足りなくなってきたンじゃねェか、コレ。
二酸化炭素、だ。吸いすぎちまったか。首をどうにか巡らせる、それだけでも絶望的なほどの労力だ。
それでも、拡がっちまったモノはしょうがねェ、草原――――だった、
遠く拡がる、まさにおれが見たままのソレ。どこで、って。アイツの部屋だ、壁に貼り付けてあった写真。
まっさおと、まみどりのバカみてェな潔すぎるコントラスト。
さあ、と風の渡る音、自分の周りの草が揺れた。
晴れ渡るソラの下、草原に座り。上を向いている、流れる風の先。一面のミドリ。
ハハ、タバコ喫いてェ、
そんなことを思った。
ヒトってのは、どうしようもねェ。いま、この瞬間に思うことはソレかよ、おい。
酸素不足の脳の作ったイメージ。
―――クソ。
無理矢理アタマを振ろうとした。
アホかおれは。
ここに、アイツはいないじゃねェか―――
ここは、
遠くで轟音がした。なにかが崩れ落ちる。また崩落したんだろう、壁か天井か、廊下か。
軋み始める。
ピイィーーーー。
煩い。
鳴り止むはずのない音がし始める。
タンクの酸素がゼロを切ったと。喧しくおれに言ってきても。どうしようもねェだろうがよ。
薄闇、曇りかける視界の隅、灰白をした煙がのろのろと蟠り始めるのが見えた。
思った、アイツが泣かないといいと。
すぐ、目ェ赤くなりやがるから―――あの、キレイな蒼。アホのくせにな……
背中ですがる壁が振動した。
ふ、と自分の側で何もかもが静まり返る。ブザーの音が止んだんだ、ということは。
酸素の残量がゼロになった、ってことだ、―――クソ。
ニューイヤーパレード、打ちあがる花火の音に似た空気の震えが近づく。
泣かないで欲しい、と願った。心の底から。ぐらり、と意識が揺れ。
歯を食い縛る、おれは――――
1.
ぴぴぴぴぴぴぴ、と電子音が眠りに入り込んでくるのを知覚した、が。それより先に、ごつ、と。
軽く握られた拳が額に落ちてきたのだと知る。からり、と酷く陽気な声と同時に。
「ゾォロ!起きろ。ったく、オマエよくこんな硬ってェベッドで熟睡できるな」
ぐ、とその悪名高い仮眠室のベッドの中でゾロが身体を長く伸ばした。
「―――るせ。深く眠ってこその仮眠だ」
ハ!と「パートナー」が笑い始めた。
「どこか破綻してるぞ、その減らず口」
コーザがにやりとする。
FDNY(ニューヨーク市消防局)Engine CO. 74の仮眠室の常と変わらない風景に他の仲間も口角を引き上げた。
「めずらしいな、1件もサイレン無しか」
毛布を跳ね上げるようにしてゾロが起き上がった。
身体の下でベッドが軋むような音を立て、ゾロが僅かに眉を潜める。
「そ!!どうしちゃったンだろうね、一足も二足も早いクリスマスギフトか、はたまたサンクスギビングのおすそ分けかー?」
コーザがするりと仮眠室のドアを抜けながら振り向いた。
「ま、誰かサンからのご褒美ってことにしておこうぜ」
昨夜は、ヴィレッジで放火が原因で古いアパートメントが半焼した。ふ、と思い出した。救護班が搬送していったイヌを抱えて倒れていた老人。重症ではあったがまだ生きていた。
思考に引き摺られかけたとき、ドアの隙間から見慣れた髪色がまた覗いたのをゾロは捉え目を戻した。
「なぁ、どうせだ。寄っていくか?」
声をかけられる。
「あぁ。ナイトキャップがいるよな」
「オーケイ」
答えてから、僅かにゾロが首を傾けるのを控え室へと歩きかけていたコーザが見咎めた。
「なンだよ?」
「―――や、」
昔馴染みの店主の顔をゾロは思い出していた。何日か前、しばらく休暇でキイ・ウェストだかマイアミだかに出かけると言っていなかったか?と。このエリアのニンゲンの多くが顔なじみの、古いパブの店主のジミイの言っていた台詞を繰り返せば。
「それがな?良いアルバイトを見つけた、って言ってたぜ」
追加情報が齎された。
「―――フン、」
「カワイイお嬢さんじゃないことをおれは願うよ」
「ア?なんで」
「まぁた!この間のバー・メイドみたいにオマエに速攻攫われたらおれがすげぇ!つまらねえでしょうが」
ケラケラ、と、コーザがドアに凭れかかって笑う。完全に、仮眠室のドア横に居座ることにしたらしい。
「なに言ってやがる、挙式秒読み野郎が」
「世紀の一大ロマンス」とやらの成就間近じゃねェのかよ、とゾロが付け足せば。
「ハハ!ひがむなひがむな。オマエもそのうち年貢の収め時ってヤツが来るさ。おら、はやく行こうぜ」
するり、と今度こそ姿が見えなくなる。
ゾロもTシャツを首から抜き、着替えながら廊下へと向かった。
「けどさ?バイトだったらもう店閉めちゃってるかもな?」
「あぁ、ジミイもそこまでアルバイトにはさせないだろ」
「フン、じゃ店じまいしてたらウチで飲んでくか?」
「ジョウダン。大人しくコーヒーでも飲んで帰るさ」
「うはー、あそこのバールのエスプレッソは許せェ味だぞ?」
コーザがママ・ミーア、とでも言う風に両手を天井に向けてかざし、ゾロが声に出さずにわらった。
「拘るネェ、イタリアン」
「オマエは拘りがなさすぎだぜ、アイリッシュ」
笑い声が夜明け前の廊下に響いていく。
腕時計は、午前5時まであと僅かな時間を残すだけになっていた。
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