14.
「―――ア?あぁ、迎えに行った」
「うわあ、おまえがか……ッ」
思わず、といった風にコーザの両手がテーブルの表面から飛び上がった。
「金饒大酒楼までディムサム(点心)食いに行った」
さらり、とエリザベス・ストリートにあるレストランの名前が挙がる。確かにあそこのは美味しいよな、とパートナも特に
異存はなかったが。
「で、リャオが奥から顔出してきたから、」
ここまで聴けば、相方はまた小さく笑った。
リャオ、とは。何年か前の放火でオフィスを吹っ飛ばされずに焼かれただけで済んでいた『顔役』で。年若い『命の恩人』に厚い友情を感じているらしい老人だ。
「怪しい茶をまた飲みに寄ったわけだな?」
にぃ、とコーザがわらった。老人お気に入りの、阿片窟の名残めいた細長い茶楼を思い出したらしい。
「あぁ、相変わらず中身は謎だぜ」
ひら、とゾロが右手を軽く揺らがせた。
そして、でもまぁ、サンジも面白そうにしてたかな、と。口には出さずに思い返していた。薄い陶磁器のなかに、淡い色をした花がゆらりと浮かび上がったときに見せた笑みもあわせて勝手に脳内に流れ込んではきたけれども、不思議とそれを追い払う気にはならなかったようだ。
「で?」
にー、とパートナーの唇が引き伸ばされた。これは、相当おもしろがっているらしい。あるいは毒を食らわば皿まで、と意を決したのかもしれない。はたまた件の、手負いのサーベルタイガーが毛を全部逆立てるような『ケータリングの礼』の顛末を聞かずに殴り倒されるのは業腹であるのか、もしくは、どうせ巻き添えを食って殴られるのなら面白がっておこう、とでもいったところか。
「なにが」
「それから?」
にぃ、とまた犬の子だか猫の子だか判別し難い笑みがコーザに浮かんだ。
そんなパートナーの心中を知ってか知らずか、肩を軽く竦めてみせ、ゾロがいたって単純にコトバを綴っていた。
「そのあとは、ゆっくり外にいられる場所がいいって言うから。セントラルパークじゃおもしろくねぇしな」
ふん?とパートナがデミタスカップを右手で持ち上げていた。
「だから、クロイスターまで連れて行って、あとは店の時間までいた」
「うわはあ!」
大げさな反応にゾロが片眉を引き上げて見せ。器用に眼差しだけで「何だよ?」と返していた。
クロイスター、とはそれはマンハッタンの北端、フォート・トライオン・パークに位置する中世美術と建築を主体にしたMETの別館のことであり。”ゆっくり外にいる”のには完璧な場所だろう。
とはいえこの当人にしてみれば、中庭の回廊と12世紀のチャペルを抜けたところにあるウェストテラスからのハドソン川の眺めが個人的に気に入っているだけのことなのではある。
「もちろん、帰りは送っていってやったンだよな?」
「マンハッタンの天辺からどうやってダウンタウンまで一人で帰す」
「―――うわは、」
「いいデートじゃない!」
突然、柔らかな声が追加され。
翠の視線が向けられた先には、手を打ち合わせ満面の笑みを惜しげもなく乗せたビビがいた。
この連中が話していたのは日当たりの良いキッチンに面したダイニングだった。メディカル・リーブから復帰して始めての非番の午後でもあり、過保護なサンジの異母兄からはおそらく呪詛されることになるゾロは、コーザに誘われるままに部屋に寄っていたのだ。
相方の、ミッドタウンの広場を臨むアパートメントの居心地はビビが暮らすようになってから格段に上昇したことは
ゾロの目にも明らかで。声の主は陽の差し込むリビングのソファから顔を上げ、ダイニングテーブルにいた婚約者と
その親友を見詰め実に楽しそうに微笑んでいる。
育ちが良すぎる所為で、社会常識とこのイタリア娘との間には乖離がある、と敢えて異を唱えずにゾロがにこりと
微笑みを返した。
「んー、クロイスターってとこがお前だよなぁ、」
指先をゾロのハナサキにつきつけて揺らしてみせるのはコーザしかおらず。
「意外性のオトコですかい、アンタさんは。あーあーあ」
「現代美術は眠くなる。うるせェ」
口元まで持ち上げたデミタスカップのなかに声をゾロは落とし。きらきらと妙にきらめきを増した視線を感じ、一応は
ビビにちらりと笑みを再度浮かべて見せ、釘をさしておくことにしたようだ。
「デートじゃないけどな?」
その笑みをじい、とカンの鋭いパートナーはしばし見詰め、はあああ、と吐息をついてみせた。
「ゾーロー。おれら74分署の連中は。ぜぇってえええ手負いのシベリアトラに噛み殺されちまうヨ?てめぇひとりの
所為で!!」
あーもーいやだねえ、どうしてくれンだよおらこのロクデナシが、連帯責任なんてここはアーミーじゃねェんだぞ、と
流れるように悪態が続く。
で、よ?とパートナーがわざと眉根を寄せ。トントン、とジブンの額を指先で叩いてみせた。
ちなみに、足は何だったわけ、と。恐る恐る口に出している。大方の応えは予想しているのか、唇の端が密かにつり
上がっているのを見逃すゾロでもなかったが、そこは無視しているようだ。
「―――トライアンフ」
「ジーザス!!」
コーザが両手を天井へと半ば引き上げ。
ねえ?とビビの素直に柔らかな声が追い討ちをかけてきた。
「ゾロ?それのどこか“デートじゃない”のか、私にはわからないわ」
「はン?デートなのか??」
翠目はまっすぐに灰色にあわせられる。
「ゾロ……無自覚も大概にナ、」
ゆっくりとコーザが首を左右に振り。はあああ、とまた溜め息を長く吐いて見せた。
「だから手負いのサーベルタイガーがおれらを襲うって言ってンじゃねぇかよ」
「ふぅん、」
ゾロが視線を天井へと僅かに流し。
モンダイねぇだろ、と奇妙に自信たっぷりに告げるのに、きゅ、と灰色が細められた。
「手ェ出してねえし」
「―――ゾロ、」
「はン?」
「ERに、おれたちが足を踏み入れたならそれがジンセイ最後の日だぜ」
あぁ、おれの遺言はドクタ・ベックマンに聴いてもらおう、そう冗談とも本気ともつかない声で呟いた親友にゾロは
バカじゃねえのかと楽しそうに笑って見せた。
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