21.
エスプレッソを飲み干し、テーブルを立ったゾロをサンジが目だけで追った。
「仕事?」
出かけるならおれも一緒に出る、とサンジが言えば。
ゾロがまっすぐに見下ろしてき、はん?とサンジが僅かに首を傾けた。
「―――なぁ、」
「うん?なんだよ」
「その前に寄りたいところがあるんだ。どうせなら付き合ってくれるか?」
静かな声にサンジがカップの縁から眼差しを上げた。
何時の間にか、窓の外には今日は天気が良いのだろうと思わせる光の筋が雲の間から覗いている。

「良いぜ、どこだ?」
サンジが煙草を灰皿に押し付けた。
「バイク。大丈夫か」
声が階下のガレージから響いてくる。
素っ気無い作りの階段をサンジも声の方へと下りていき、投げ出されたヘルメットを受け取った。
「ハ?朝メシでも食いに行くンだ?」
「―――ブルックリン」
ゾロはそう短く答え。
「なぁ、ガレージのドア開けてくれると助かる」
とだけ言っただけだった。
「オーケイ」
サンジも手馴れた風にドアを引き上げるボタンを押し、先に通りに出て待つ。
多少飲み過ぎたアタマと身体に、空気が凍みるねェとどこかのんびりと思い、特徴あるエンジン音を聴く。オールド・トライアンフは冬間近い早朝から、上キゲンらしい。

「ブルックリンの何処まで行くって?」
「ハカマイリ」
「へ?」
「途中で花屋に寄る」
ほら、と乗るように促され。雲の切れ間から陽射しが差し始めるのとほとんど同時に、ダウンタンを飛び出していた。



冬の早朝、鉄製のゲートを抜けた先に広がる中規模の共同墓地の芝草は枯れた色をしていた。
が、そのなかで1区画だけ、遠目からでも華やいだ一角がある。
ふ、とゾロが小さく笑みを乗せていた。ああいうところは生前とちっとも変わらねぇのな、と。いつもプラスのエネルギィだけをばら捲いていた男。
そして、かさりとセロファンの鳴る音にゾロが意識を傍らに引き戻していた。
大振りな花束が揺れる、サンジが片腕に大事そうに持っていた。

開店直後の花屋からサンジがその花束を受け取り。
まだ寒いからニーサンたちこれを持ってお行きよ、と気のよい店主から紙コップに注がれた熱いコーヒーを2つ、貰っていた。受け取った笑顔に、自然と自分の眼が惹かれて行っていた。
そのカップにサンジが口を着けている。
多くを尋ねてこない様が「良い」と思いながら、サンジからゾロは目を戻す。広がる情景へと。
「墓参り」に来ようと思いついたのは自分だけではなかったようだ。
目指す一角に、2つの姿が並んでいる。
近づいていくにつれ、最初からそれが誰であるのか確信していた姿がハッキリしてくる。声をかけるより先に、姿の一つが自分達に向かって腕を振り回す様子に、小さく笑みを乗せた。


「よう、ルフィ」
「おうー!おはよう」
にか、と満面の笑みを向けられる。
「どこのギャング・スタだよ、おまえ」
ごつ、と。少年のファーのトリミングをした赤のパーカ、それのフードを引き下ろし気ままに跳ねる黒髪を押し込んだニットキャップ越しに額を小突く。
わは!と小突かれてルフィが笑った。
「これ、兄キのだって!」
「―――へぇ?」
「ウン」
笑みを乗せたままでルフィが花に埋もれた墓碑を見詰める。

「先客がたくさんあったみたいね」
ルフィの横に立っていたナミも、おはよう、と軽く2人に向かって手を揺らすと。珍しく、小さく揺れるような笑みを見せた。
仕事仲間―――署でオペレータをこなすナミは、自分たちの「仲間」の恋人だった女だ。
手向けられた花のなかに、ビビがブーケにしていたものと同じ花を見つける。パートナとその花嫁も、昨夜の騒ぎの後にこの場所へ立ち寄っていたらしい。
エース、自分達よりほんの少しばかり年長だった男は。
『中にいる人間の方がオレたちよりもっと苦しいンだョ、』と。
いつものように笑って火の中に飛び込んでいき―――戻ってはこなかった。

「先越されちゃったわ、」
ナミがゾロの眼差しの先、ビビの残していった花束を捕らえ今度はにぃ、と笑ってみせた。
「変なの、アタシたちの方がダンゼン熱愛中だったのに」
「だよなあ!」
亡くなった兄の恋人の言葉に、ルフィが盛大に頷いていた。
そしてゾロの傍らに立っていたサンジに目をあわせ。
「あ!」と指差す。
サンジも、いきなりまっくろ目が自分にキラキラとあわせられ僅かに首を傾けかける。

「おはよう、ありがと来てくれて」
朝はやいのに、とナミも、サンジに微笑みながら続けていたが。
「"サンジ"だ……っ!」
ナミの声に被さるようにいきなりルフィが叫んでいた。この少年は、昨日の式でもパーティでも見かけなかったよな、とサンジが記憶を確かめる間もなく。
「ハン?」
ゾロが振り向いていた。
「知り合いか?」
「いや―――?」
サンジも軽く眉を寄せている。お互い、「職業(本職)」をあまり念頭にはおいていないらしい。
「この間の舞台、クラスの連中と観に行ったんだ!おれが途中で寝なかったのって初めてだ」
にこお、と笑みでいっぱいの顔で言うのに、あら、ガールフレンドって言いなさいよ、と横でナミがからかう。
「あぁ、そっか!ありがとう」
サンジも微笑むと、ゾロを見遣り。最近、おれ本業忘れかけてるよ、ヤバイ、と笑った。
そして花束をゾロに持たせる。
「ホラ、」

受け取り、墓前に手向ける。「―――よう、エース」と小さく言葉に乗せながら。
「おまえのなかま?」
そうサンジが声をかけてき。
「あぁ、すげえいい男だった」
「そうね、あンたたちなんかとは比べ物にならないわよ」
ナミが答えたゾロのアタマと、ルフィのアタマを軽く握った拳ですかさずノックしていっていた。
「おれもホッケーならもうイイ線いったぞー」
兄キに負けてねえと思うなあ、とルフィがちっとも応えずに笑う。
「そうね、昨日も合宿で来られないくらいだものね」
「おれだってビビの嫁入りみたかったさー」
わざと意地悪く唇を引き上げたナミに向かい、ぶうぶううとルフィは盛大に抗議していた。

「むちゃくちゃキレイだったんだろ?」
そう言ってサンジを見上げてき。
「あぁ、天使みたいだったな」
にこ、とサンジが微笑む。
「あ、それを言うならさ?」
ルフィがにか、としながら違う違うとでも言う風に大げさに両手を振ってみせる。
「"マリア(聖母)"だろ、マリア。ダブルでキレイだったんだろうなぁー」
キレイだったんだろうなあ、とまだ悔しがっている。

「ナミさん、」
す、とサンジがナミの方へ僅かに顔を寄せる。
「このガキ、ひょっとしなくても面食い?」
「ばればれよね」
ナミも、に、とわらっていた。
「おれは"ビジン"が好きなだけだぞ」
ぱ、とルフィが2人に顔を向ける。
「ナミも"サンジ"もビジンだ!」

はァ?!とサンジが笑い。
あーあ、ハジマッタ、とナミがまた少年の額を小突いていた。そしてイキナリ、ゾロの腕が少年の背後から伸ばされ。
「おら、ルフィ、ちゃんと兄キに挨拶しろ」
フードごと首根っこを捕まえるといとも簡単に"ビジン"たちから引き剥がしていた。




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