20.
「良い式だったよなぁ」
アルコールのせいで、どこかふにゃりとした風情でサンジがわらった。
「―――だな、」
答える方も、オリーブを小皿から摘み上げてどこかのんびりと口元に運んでいた。
「ビビちゃんはキレイだったし、ナミさんもカワイかったし、」
式ではメイド・オブ・オーナーをしていたナミも、新郎の「同僚」であるしなにより「新婦」の気のおけない友人だった。
「あぁ、黙ってりゃな」
2人とも、とゾロが声に出さずに付け足し、に、と口端を吊り上げたがサンジは見逃していた。



アフターパーティでも、ともかく他のゲストや参列者の視線は新婦サイドと新郎サイドの間を行きつ戻りつ、大層忙しかった。新婦サイドの参列者は人数こそさほどでもなかった、上品な老人と若干名の男女、―――が、その若干名が派手だった。画廊に勤めている花嫁なのだから顔の知れているアーティストがいるのも納得だが。
やはりというか、当然というべきか、サンジとその異母兄と市長が、かなり悪目立ちしていた。そして、新郎サイドも中々に見応えがあったことは当然か。なにしろ「バカ共」の他にも、実はセント・ホプキンスにファンを多数もつ連中では、あったのだ。

「おまえは今日はオニーサンと帰りなさい、つか帰ろうね」
そう過保護な異母兄は言い張っていたが、アフターパーティで好みのゲストを見つけるとさっさとオトウト込みで引き上げようとし、「コラコラ、」と市長が後ろから声を掛けていた。
「おれの大事な秘書に何をする」
とはいえ、もちろん冗談なのだが。秘書など連れてこの男も個人的な集まりには出ない。
「はン?秘書ぉ?」
そう言うと、むー、と顔を顰めてみせ。
「おまえのお手つきか。じゃ、止めとくか」
あっさりと幼馴染み以外には届かない声量で毒を混ぜ込んで言うと、ビジンの頬へ軽いキスをし、もうカノジョへの興味は薄れていたようだ。そして、次の犠牲者はゾロだった。ラフにフォーマルを着る、などという二律背反を平然と仕出かしていた「ベストマン」はほぼ巻き添えのような形で手負いのトラのキバにかかっていた。
新郎はもうとっくにカラカイの対象にさんざんされ尽くした後だったのだ。とはいえ、新郎が件のトラ様以外の他の連中からもからかい倒されるのは、「本日」の宿命というものだろう。また主役を中心にした華やいだ一角が一層賑わい、サンジがその様子を眺めて傍らのナミに向かって苦笑していた。
「いつも、”ああ”なの?」
「―――大抵は」
「あらら。愛されちゃってるわねえ、サンジくん」
「あれで結構仲良いンじゃないかと思うね」
「そうね、”神様”と”ガーディアン”共だしねえ、」
そう笑って言い切ったナミは、見詰めてきたサンジの無言の問いかけに笑みだけで返していた。

『オニーサンと帰るぞ』と言い張っていた外科医は、アフター・アフター・パーティが終わる頃には全くの素面に見えて実はかなり上機嫌であり。「はン?」と車中で気付き。『サンジもビジンもいねェのにナンデおまえがいンだよっ』と。リムジンのシートで幼馴染みを蹴り上げた事は後日談だ。
そして、アフター・アフター・パーティの場から、すぃ、とウィンクをサンジに一つ寄越すと「カーワイイ弟分」に「トモダチ」が出来るのを阻む気のない市長が「おっかないの」を上手に連れ出した事も。



アフター・アフター・パーティは結局はサンジのアルバイト先でやっていたけれども、今日ばかりはただの『お客』になっていた。「今日はアンタはお客さん」と、バーメイドのカーラが頑として首を縦に振らなかったのだ。
初めて見る顔も見知った顔も混ざり、ひどく賑やかであったし、ビビの親代わりの老人ともナミともすっかり打ち解けてサンジは機嫌よくしていた。
外科医の『大事』とは知らされていなかったゾロの同じチームの連中からはサンジはあたまをぐしゃぐしゃにされても特に文句を言わなかったが、もれなく全員、それを見逃す筈もない外科医本人からにーっこりと身も凍る端麗な笑み付きで『てめぇら、おれの大事に何さらす』と宣言され。ざあ、と酔いが一気に覚めたりなどもしていた。横を通り過ぎざま、カーラだけが顔色の変わった連中を見遣り豪快にわらっていた。

その大騒ぎも、主役が盛大に見送られる頃には終わりかけ。
「ハラ減った、」そう漏らされたゾロの一言で、サンジはいま「ここ」にいる。ハウストン・ストリートの北側の、元倉庫。そして軽くハラの足しになる夜食と簡単なサイドディッシュをテーブルに並べると、適当なアルコールと今日の出来事をサカナにサンジはグラスを傾け。
そういえばフォーマルでもタイなどしていなかったゾロが、シャツの襟元を寛げナンダか満足気に簡単な食事をとる様を眺めていた。

「ご馳走サン」
「おー、良く食ったねぇ、おまえ」
「労働したからな」
「何だョ、新郎の介添えしただけだろうが」
に、とサンジがグラスの中身を飲み干してわらう。
「信じられるか?あのバカ、入場の前に声が震えてやがった」
ゾロの翠眼が面白そうに細められ、サンジが眉を引き上げた。
「うーわ、純情なとこあるじゃねえの……!」
「あのバカの緊張がこっちにまで伝染って疲れた」
「命知らず共が何を言う」
「二度と式はしなくていい、って言ってやがったぜ」

する気もないくせにな、と2人して笑い。
また何時の間にかとうに真夜中など過ぎており、結局自宅へ戻るのも面倒になったサンジはこの家のソファで眠ることになった。
ブランケットに収まったサンジが、クッションの下に隠してるモンないのかと笑い。バァカ、どこのガキだよとゾロが笑い返してからリヴィング代わりの部屋の明かりを消し、奥にあるベッドに向かって歩いていき。ひら、と一度だけ振られた手の動きは、夜目に慣れずともサンジは目にすることができた。
そして目を閉じる前に、終始幸福な気分でいた一日を思い返そうとしたが、すぐに眠気に追いつかれていた。






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