24.
朝早く、アパートメントの空調の効いたドアから外気へのなかへと足を踏み出す。
ドア外、歩道で。セントラルパークへ散歩に行ったらしい下のフロアに住む作家が笑顔で挨拶を寄越すのにサンジも軽く手を振り、作家の足元でジャックラッセルテリアがサンジに向かい、短い尾を立ててくるりと2回転してみせた。
「急に寒くなってきたね」
吐く息が白い。
「ええ、もう12月ですよ、信じられないけど」
あの結婚式から10日近く過ぎていた。
千切れるほどに尾を振る犬の頭を何度か撫でると、サンジがまた歩き出し、そのまま、自分の育った「家」へと何ブロックかセントラルパークへ向かっていた。
結婚式の後、すぐにハネムーンにでも出掛けるのかと思っていたなら式の二日後には夜中にいつものように2人組みで現れたから、サンジが驚けば。
『長期休暇はクリスマスの後に取るんだ』と、そんなことを言って「新婚サン」はわらっていた。

すぐに目的の場所まで着き、サンジはドアマンに笑いかける。
「ひさしぶり、」
言われて、濃紺のコートを着込んでいた背の高い男が驚いた顔を作り、「お元気そうで…!」と微笑んだ。
「―――アニ、いる?」
「ええ。こちらに戻られればいいのに」
回答もそこそこに言い足される。
「―――うわ、いいよ。もうオトナだよ?おれ!」
異母兄の「イエ」のドアマンも自分をまだ子供扱いする一人だな、と再認識する。留学を機に一人暮らしを始めるようになってはみても。

一応、ロビーからベルを押してみた。12階には1室しか無い。けれども、無応答だった。
だからそのままロビーを進み、エレベータに乗り込みながら目的階のボタンを押す。そして鉄の箱が上がっていく中、壁にサンジは寄りかかるようにし。「マナー」として、イキナリドア開けるのもなぁ、と考えていた。来客がいないとも限らない。むしろ、『明日は休みだョ。』そう言っていた異母兄が一人でいるとは考えるのも難しい。
だが、とサンジが考え直していた。
そういった「マナー」だの「常識」だのを通常無視しまくるのが異母兄であるわけだし、まぁいいか、と。

「おはよう、寝てるのー?」
合鍵を使い、エントランスホールで声を掛ける。
昨夜、やはり開店前に一瞬立ち寄ってカーラやオトウトを一頻り「構って」(本人はアイサツ、と言っていた)サンジの頭にキスを一つ落とし込み去る前に。
『あした、行きたいんだけど』
そうサンジが言えば。
『オマエになら叩き起こされても殺さないヨ』
いつでもおいで、休みだしな。とミドリがきらりと光っていたことをサンジが思い出し。エントランスホールを見回してみる。
少なくとも、ここには女性用のファーコートはナイ。パンプスも。
「きたよー、」
そう言いながら、リビングへと続くドアを開ければ、恐ろしく室内は整然としている、相変わらず。両親がいたころからのメイドも通って来てくれているとはいえ、あの無茶苦茶な性格から部屋も破綻しているのだろうと思われがちな『王様』の家は実際は生活感がいっそ、抜け落ちている。

「おーはーよーう、」
もう一度呼びかければ。
あぁ、こっちだ、と声がする。
「またソトか、」
薄らと笑みを乗せると、サンジも声のほうへと進んでいった。リビングの奥、窓から続くルーフガーデンにあるコンサバトリーまで。自分も好きだった場所。
両親と住んでいた「いえ」はこの部屋より2階上で。けれども2人が亡くなってから、ちょうど売りに出ていたルーフガーデン付きのこの部屋に移り住んだ。
いまおもえば、とサンジが12月にしては珍しく晴れた青空を見遣る。
両親の残した家に「ちっさいの」を置いておくのがイヤだったに違いない、と過保護な異母兄を思う。
「よくここで、キャンプごっこしたよね、おはよう」
温室のテーブルに肘を着いて本を眺めていた異母兄にサンジが言う。
「よ、オハヨ。飲むだろ?」
眼差しを上げ、外科医が淹れたてのコーヒーを差し出していた。ガラス越しに差し込む薄い陽射しが暖かい。長椅子に身体を落ち着け、サンジもカップを受け取りながらにこりとしていた。
「おまえもこっちに住めばいいんだ、」
また、似たようなことを言われる。何冊か積み上げていた上に、読みかけの本を置いてシャンクスが言っていた。
「えぇ?おれもう―――」
「"21より上だよ?"って?知ってら」
オトウトの口真似をし、ひら、と片手を揺らしていた。起きて直ぐにシャワーでも浴びたのか、まだ僅かに水気を含んだような赤が目許まで流れ。眼差しが真っ直ぐにサンジに会わせられる。

「―――で?」
「うん……?」
サンジのハナサキに長い指が何度か揺らめいた。
「オニイサンは恋の相談なんか絶対ェ!乗ってやらねェからな」
「は?!」
「ありゃ。ハズレたか?」
おまえのその顔なら絶対そうだと思ったンだけどね?と。外科医が眉を引き上げて見せていた。
「―――えぇと、」
サンジが蒼を伏せたり上げたりするさまを面白そうにじぃっと見詰めている。このあたりは蝶々を前にした猫なりと大差なくも見える。
「ほら、あまり困らせるモノじゃないよ、カワイそうに」
イキナリ背後から加わった声にサンジが長椅子から飛び上がりかける。誰もいないと思い込んでいたらしい。
「―――わ……??」
振り向いたサンジの視線の先にいたのは。誰あろう異母兄の幼馴染みであり。オハヨウ、と笑みを乗せていた。片手には、何故か卵を持っており、よく観ればギャルソンのように黒エプロンをばし、とまたもや何故か着こなしている。が、明らかに恐ろしく贅沢なスーツの上着はどこかに脱いでいる気楽さも纏いつつ。
「スクランブルエッグがいいかな?それともサニーサイドアップ?」
にーこり、とサンジに向かい「市長」が続け。
「驚くなよ、バカが朝メシ作りに来てるだけだ」
サンジはスクランブルエッグ、覚えろてめぇ大概何年メシ作ってンだよ、と続ける異母兄も無茶苦茶な言い振りである。
確かに、何度も朝食を作ってもらったことはあるけれどもそれにしても、以前にもまして多忙を極めている筈の男の気紛れは図り難い、とサンジが僅かに首を傾げ。
表情に出ていたのだろう、キッチンの方へと戻り際、一言「幼馴染み」が言ってのけていた。「まぁ、趣味だな」と。

「で?」
きら、とまたミドリがあわせられ。
「え?」
今度は、すい、と腕がサンジに向かい伸ばされ、何度か額を突付かれた。
「何か、話したそうな顔してるよ、おまえ」





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