4.
今日繰り返してきた中で、多分一番上出来な言葉の届いた先に上げた目線の突き当りには二つの姿があった。
二人ともが同じようなそれでいてどこかが微妙に違う僅かにおどろいたような表情を浮かべていた。
不意に思い出すのは、JJからのレクチャーの一つ。「店の閉まる直前に来るバカ二人がいる。」
どんな連中?と聞いた自分に、すぐにわかるさと店主は言っただけですぐ次の引継ぎ項目へ移っていっていた。
けれど、もう少し早く来いといつも言ってるんだがな、と笑いながら「そいつら」の大抵のオーダーを教えてくれた。
自分の好みからいえば、「ナイトキャップ」と呼ぶには少し強すぎるそれら。
「まだ、開けてるんだ?」
す、とヒト辺りの良い笑みが片方の表情を和らげていく。
「ええ、」
あぁ、時間過ぎてたんだ、とサンジはイマサラながらに気付き窓の外に広がりかけている明るさに少し目をやった。
そして促すようにカウンターを手で示し。ほらな?と笑みを浮かべた男は傍らに立っている姿に言っていた。
言われてもう片方が、おどろいた、とでも言いた気な眼差しをちらりと投げかけてくるのに返す。
「"どうぞ"、」
自分でも不慣れな発音だと思ったなら、言われた方も同じような感想を持ったのか僅かに目元に笑みを
浮かべていた。
「助かった、あんたが店開けてくれてなかったらあの地獄の釜出しコーヒー飲まされるところだ」
ひゃー、と大げさに言いながらとさり、と大猫の身ごなしでスツールに賑やかな方が座り。
あの店、まだ潰れてないんですか、とサンジも思わず問い返していた。まだ自分がこの店に預けられていたころ、
確かここから2ブロック先に開いたバールはその頃から不味くて有名だったことを思い出したので。兄など、当直の
前にわざわざ寄って、目を覚ましていなかったか?と。
「そ!!ラファイエット通りの奇跡と言われてンなー」
「"バリスタがグラマー"って奇跡を存続させてたのはオマエじゃなかったか」
しれ、ともう片方が言い。アレはビジンだった、と屈託無い笑い声が受け止めていた。
笑みをかるく乗せたままでサンジはこれが「あの連中」だなと確信する。そしてオーダーを受ける前に何やら
賑やかに話声が起こるのを背中越しに感じながら「ナイトキャップ」を二つショットグラスにつくり。それをつ、と
二人の前に置いた。
「どうぞ、」
ウン、こんどは普通に言えたな、とサンジは内心満足する。
「へ?」
灰色眼の方が素直に驚きを浮かべ。
「―――フン?」
ミドリ眼の方はちらりと眼差しをサンジに向けて跳ね上げた。
「JJから聞いてる。あンたがコーザで、あんたが、――――ゾロ、だろ?」
どうだ、当たってるだろう?とサンジがわらう。そして、ヨロシク、と付け足していた。
「―――ありゃ」
頷いていたコーザがわらった。そして、
「ただの小奇麗なにーちゃんかと思ったら」
上手じゃねェの、とグラスを3分の1カラにして続けていた。
「確かに美味い、」
たん、と空のグラスがカウンターにあたって澄んだ音が小さく上った。
「これでいつJJが引退しようとおれたちも安泰だな?」
この場にいるニンゲン全員に話すような口調にサンジが口端を僅かに引き上げ。
コーザが盛大に頷いていた。偶には救われるってのも悪くないねェ、とそんなことを言いながら。
そして、ふ、と。眼差しが自分に向けられていることに気付き、なんでしょう?とカオに出す。本業は俳優なのだから
表情で語る事など当たり前に出来て当然、サンジはそう思っているらしい。
「あのさ、あンた」
「ハイ?」
話しかけられ、舞台向きの良い声じゃねぇのなどと暢気に思っていた。
「―――名前は?」
「あ。悪い、サンジっていう。以後お見知りおきを」
「サンジ、」
「ハイ?」
あ、2杯目かな、とカウンターの後ろを振り向きかけ。
「アシュトレイにタバコが置きっ放しだけど。吸っていいぜ?」
つい、と指で指し示される。
「あ、オーケイ?」
にこにこ、と勝手に口角が上がる。
「あァ、どうぞ。ついでにおれも吸う」
オイルライターのフタの開いた音がした、と思ったら。放物線を描いて、スターリングシルバーが手の中に
落ちてきた。エンジン・タン、刻み込まれた細い縦の線。
「あーあ、悪癖、」
からかうようなコーザのセリフを受け、に、と「ゾロ」が目をあわせたままでわらった。
「アリガトウ、借りる」
火を点け、同じように投げて返し。アシュトレイをカウンターに置いた。
「どうせ、もう閉店だしな」
けれどサンジがその一本を吸い終える頃にはそれぞれに、美味かった、ゴチソウサマ、とコトバに乗せながら
目に付く二人連れは扉を抜けて行き。それを見送りながらひら、と手を振った。
今度こそ閉店だな、とカウンターから滑り出て適度に広い店内を最後に一瞥し鍵を手の中で跳ね上げさせたとき、
眼についたのは。
「―――忘れてるし、」
く、と笑いが喉奥から零れる。カウンターに置かれたままの銀のジッポ―をとんとん、と指先で弾き。
しばらく思案顔をしていたがそのまま掌に乗せる。
「預かっておいてやるか」
にっこりと、笑みを浮かべていたことに本人は自覚がないらしかった。
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