42.
「あらやだ、あんたってば意外と分かりやすいオトコだったのね?」
待機中に署内でチームメンヴァが「寛ぐ」ためのスペースに、パウリーが淹れたコーヒーの香りにつられたのか、それともいつもこの時間に現れることにでもなっているのか、マグカップを片手にナミが、きゅっと唇を吊り上げて見せた。
淹れ立てのコーヒーにやたらと牛乳を足していたコーザと、その隣で「おいそりゃあんまりだ、ラテの域を既に超えてるじゃねェかよ」と呆れていたパウリーとが、ひょい、と揃ってゾロを見てきた。
その当人は、ビリヤード台に半分座りながら誰かの読み残していったペーパーバックをぱらぱらとさほど熱心さを見せずに捲っていたのだが。
「はン?」
簡潔な答えと。あまりよろしくない目つきを正面に立ったナミにあわせ。なにがだ、と訊いていた。
「あのね?私、ずっと疑問だったのよ。ただちょーっと顔が良くて身体が良いだけの大抵いっつも笑い顔は出し惜しみするわ、気が向かなきゃずーーーっと喋らないわ、やることは我侭だしする事っていえば突飛だし、しょっちゅう怪我はするし生命保険には入れないし、オレ様オトコだし、言葉足らずなくせに誑しなあんたが!!」
「……すげェ言われようだな、」
ぼそりとゾロが呟き、ナミの後方では「ひー!」と言わんばかりにパートナと同僚が打ち伏す勢いで声をころしてかつ大笑いだった。
「なァんでいっつも、世の女性から好かれるのか、ほんとに謎だったのよ」
まぁ、ほらカレンダーは外見だけだから納得だったんだけどね、と付け足し。
「うるせェな、パックで頭でも打ったのか?」
トン、とゾロが指でこめかみを軽く打つ。
「そんなことしないわよ、私は!ルフィはこの間直撃受けて額切ってたけどね、」
額にアイスホッケーのディスクの直撃を受けて切り傷だけとはたいした物であるが。
「メット無しで練習してたのか?ありえねえバカだな」
亡くなった同僚の弟ではあっても遠慮は無い。
パウリーが、そうぼそりと言い。
「否定しないわ、」
くるりと振り向き、ナミが頷いていた。
「それでね?」
とん、とまた身軽にビリヤード台に軽く腰掛け、隣にあっさりと並ぶとナミがにーっこりと笑みを刻んだ。
「あんた、カワイイとこあったのね、なんか納得だわ。意外だけど」
「話の意味がまったく理解できねェぞ、おまえ」
「骨とかオヤツもらってうっきうきしてる大型犬みたいだもの、あんた」
「……はン?」
ぶぶぶーっとナミの背後で、堪らずコーザが吹き出していた。
「良いことあった?」
ゾロが。ここで怯むような可愛らしい神経の持ち主であれば、外科医も溜飲を下げたかもしれないが。
「あァ?だったら何だっていうんだ」
堂々と認めている。
「そんなうっきうきしてる風なあんたってのもちょっと気味悪いけど、じゃあ幸せのおすそ分けしなさい」
はン?と翠眼が一瞬狭められる。
事実、さほど変化はないのだが、敏い観察眼の持ち主で、日々顔をつき合わせていることもあってナミにはお見通しだったのだ。それに、彼女もこの「チーム」を非常に好きであるのだし。
「いい?毎年恒例の、チャリティー・ボウル。今年はあんたたち、当直外なんだから全員出席するのよ!!」
突然、矛先が自分達に向けられ、休憩室にいた連中が全員ナミを見やった。
毎年12月に行われる『恒例行事』は半ば市の名物とも化してはいたが。出来れば避けて通りたい、というのがメンヴァの本音ではあったのだ。「ボール=舞踏会」的なイメージが先立ち、それだけで既に脳が拒絶反応を始める連中もいるほどで。市のお偉方連中も参列するとはいえ、実際はもうすこし砕けた場ではあったのだが、喜んで参加したい類のものではないことに変わりはないようだった。
「特にゾロ、あと……そこでゲラゲラわらってないの、あんたもよ、コーザ!」
びし、と指差されて、コーザの灰色眼がひょい、と丸くなる。
「そんな純真な顔したって騙されないわよ」
「はーい、」
おとなしく返事はしているが。
「カレンダのモデル全員、出てもらうんだから」
「「は?」」
声に前後に挟まれ、ナミはちっち、と指を振った。
「あら。気があって結構ね?さすがパートナだわ。1月から12月まで揃えなきゃ意味がないのよ」
「ナーミー?意味がわかりません」
茶色をしたホットミルク、にむしろ近いものを飲みながらコーザが訊いてき、ナミがにかりとした。
「オークションにかけるの、あんたたちを」
「―――――げ」
呻いたコーザの背中をパウリーが勢い良く叩いていた。
「まぁ気張れ」
「ンな人事みたいに」
「人事じゃねーの」
「う」
おまけに口笛を吹いて面白がるメンヴァまで居る始末。
「落札価格は全額、ファンドに寄付されるって仕組み。いまから合計金額が楽しみだわ」
「哀れ商品の運命は?」
どうなるんだよ、と。ナミに逆らう、などという徒労はハナからする気のないゾロが言う。
「なにもデートしろとは言わないわよ?ボールの間に2回オークション開くから。時間まで一緒におしゃべりするなりダンスするなりしてちょうだい」
用件を言い終わると、台を降り。さっさとナミはコーヒーメーカーの方へ歩いていく。
カップに注ぎいれながら、思い出したように、あ、と呟き。
「それに今年はね?会場が変わるの」
さらりと告げた場所は美術館のメインアトリウムであり。
ふ、と穏やかならぬ予感をゾロが覚え。
「市が今年はとっても“協力的”なの」
ナミの言葉に、ゾロは。天災を確信した。
そして東洋のことわざを思い出していた。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だったか?確か、と。
チャリティーボールまでは残すところあと2週間足らず。
その前に、一度あの虎どころか何か別なものに進化してるかもしれねェがとにかくアレに話。しねェとな、と。
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