51.
「なぁ、」
「ん?」
トン、とサンジが肩を突付いてきたのにゾロが視線を巡らせれば、にっと口端を引き上げて『スマイリー・ポイント』の位置を指で示しながらサンジが眼をまっすぐにあわせてくる。
その表情はけれど、キラキラと蒼がひどく悪戯めいて光を溶け込ませており、またゾロが僅かに眼を細めた。
けれどサンジはそんな些細なゾロの不機嫌など意にも介さずに、くい、と自分の頬を指先で引き上げてみせる。
「わらえ、っての」
「できねえよ」
「へーイ、そういうことまだ言うかおまえは」
くいくい、と更に指先でまた笑みのかたちに頬を引き上げる。
昨日鏡の前で練習しただろ、と呆れた、と溜め息をついてみせながら、今度は首を左右に振ってみせる。
「こら。練習なんざおれはしてねえぞ」
「あのなあ、リラーックスしろってば」
「できねえよ」
いぃ、とハナに皺でも寄せかねない勢いのゾロの返事に、やれやれ、とサンジが片手をひらりと空に泳がせれば。
「サンジくん困らせてるんじゃないわよ、アンタ」
ぽかり、とナミが伸び上がるようにしてゾロの後ろ頭を通り過ぎ様一叩きしていた。
「ってぇな、」
「アタリマエじゃない、じゃなきゃ叩いた甲斐無いわよ」
フン、と顎を上向けるのに、サンジがふわりと笑い。ナミさん、と頬に軽く口付ける。
チャリティー・ボウルの会場は、程よい喧騒と煌きに居心地良く包まれており。正面の一段高くなったステージ付近にはおそらくメインゲストがいるのだろう、その一角だけが奇妙に浮き立つように華やかだった。
「あなたたち、なんでこんな彫刻の影にいるの?ドクタやメイヤーが探してたわよ、サンジくん」
てっきり物陰でゾロが襲ったかと思って心配しちゃったじゃない、と笑い飛ばしているナミに、ゾロが「おまえな……」と嘆息していた。
「前科ものが何を言っても無駄よ、ゾロ」
「マジ!ナミさん!」
とサンジが、ひゃあ、と笑い。
「そうよー?このバカ男、あっさり誘いにのっちゃって下手したら消防車の屋根の上でもファックしかねないバカだったんだから!」
「うわお」
けらけらと盛り上がる二人に向かい、ゾロが真剣に声を低めれば、やっと笑みでいっぱいになった二対の目が向けられていた。
美術館のメインアトリウムは、ローマ時代の彫像が回廊をずらりと並び、その中央が大理石張りのフロアになっていて、そこではライブでストリングスが耳に心地良い旋律を奏でている。件の二人は、そのメインフロアを回廊を囲む一角にいたのだったが。
「で?半マジなジョウダンはさておき。なにしてたの?」
「あぁ、ゾロがね、あんまりおっかねぇ顔してるからちょっと個人講義を」
にこ、とサンジが模範的に微笑み、ナミがあら、という顔を作っていた。
「この男にそんな笑顔を?あら。むりむり」
けらけらとナミが笑い飛ばし、すい、と視線をゾロにまたあわせていた。
「とはいっても、ね?一応おまえ”出品“されるンだからちゃんとしろ、ちゃんと」
後半は、ゾロに向けての台詞だった。くっく、と喉奥でそれでも笑い、サンジは機嫌が良い。
「……あー―――」
む、とした表情になるのはゾロだった。
「アキラメロ、」
トン、と同じく「商品」扱いのパートナがゾロの反対の肩を小突いていた。下のフロアから3人を見つけ出したのだろう。
パートナの隣にビビの姿が見えない、ということはビビはおそらくメインゲストのところだろうとゾロが見当をつけていた。
「どうせならもういっそ、楽しむしかねェよ」
「おー、さすがラテンの血は言うことが違う」
サンジが笑い。
「まぁーなー?人生は楽しむべし」
くしゃ、とコーザが目元でわらう。
「………まぁな、」
渋々ゾロも同意し。
ナミがにーっこり、とサンジに語りかけていた。
「サンジくんも飛び入りでオークション、出る?」
へ?!とサンジが真っ青な眼を見開いたものだから、ナミがくすくすとシャンパンの入ったフルートグラスを揺らしてまた笑っていた。
「ウソよ!そんなことしたら、私、ドクタに睨まれちゃう」
きゅ、と片腕にサンジの腕を抱きこむようにし、ナミがきらりと琥珀色の眼を煌かせ、「商品」たちに向き直ると言い切った。
「はい、あと5分で入札が始まるんだから、さっさとメインフロアまで行く!」
へいへい、と抵抗をとうに諦めていた74分署の「名物コンビ」は大人しくフロアへと降りていっていた。どうやら噂によれば、オークションの目玉商品ではあるらしい。
その後姿をちらりと見遣ってからサンジがナミをエスコートしてフロアへと降りながらそのゴールドのピアスの煌く耳元に唇を寄せていた。
「ナミさん?」
「なぁに?」
「おれ、入札しないヨ?」
「フフ。ビビも、ダンナ様には8ドル50セント以上は出さないんですって」
「さっすが!」
「一応ね、入札金額の上限は5千ドルくらいに切ってあるのよ、あんまり高騰しても洒落にならないでしょ?」
そして、ステージに上がらされたゾロとそのパートナと、そのほかの10名は。確かに爆発的な売れ行きを記録した、と言われるカレンダーのモデルたちらしく、一同に揃えてしまえば圧巻であり。
チャリティーボウルのゲストたちからの拍手や仲間内からの口笛やちょっとした野次といったものに迎えられていた。
「ヘイ、ベイビイ」
と満面のご機嫌な笑みでサンジの肩をくいーっと抱いてきた外科医がげらげらと笑って「まるっきりローマの奴隷売買だか剣闘士の顔見世だな、ありゃ」と笑うのもまあ納得できてしまう光景ではあった。
その隣では、ブラックタイも板に着き過ぎているカンもある市長が、ふむ、とステージを一瞥し軽く顎を押さえてみせ。
「例えばあの連中が剣闘士なら、おまえはさしずめ興行主か?シャンクス」
しれ、とそういうことを言って抜かしていた。
「ハ!ゾロを一匹買い上げてライオンにでも呉れてやるってか、チクショウおれをローマ人にしやがれ」
ああチクショウ、と嘯く外科医は本気だかジョウダンだか判別し辛いことこの上なく、サンジが、はあ、と溜息をついていた。
「もしかしたら、って仮定で訊くけどさ?」
サンジが隣を見遣り。
「なんだー?ベイビイ」
あ、シャンパンが飲みたいならコレに言いつけナ、と。ビビと何か話している幼馴染を顎で示し。
きら、と外科医の碧がサンジに戻される途端に笑みに柔らかになる。
「落札する気、とか……?」
「あのクソ生意気な剣闘士か?アッタリマエだろうが!」
会話の切れ端を耳にしたビビが、剣闘士?と首を僅かに傾けていたが、すぐにマイク越しにナミの声が「チャリティ・オークション」の開始を軽やかなストリングスのBGMと共に告げていた。
そして、ロロノア・ゾロの落札価格は5000ドル飛んで1セントであり。
そのパートナーの落札価格は4999ドル99セントであったのだ。
もちろん、落札者はERの神と畏れられる外科医と。誰あろう、「プライヴェートで遊びに来た」市長であったことは、驚くに価しないかもしれない。
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