53.
どこか奇妙な具合にオフの日を過ごした。恋人の『実家』で、恋人の異母兄とその幼馴染との4人で時間をかけて遅めの朝食を取り。
生まれたばかりのサンジを家族以外で一番最初に見たのは自分なんだ、と「市長」がにっこりとし。
『あれほど新生児が奇妙なものだとは知らなかった』
と言い足して眉を片方引き上げていた。
『はぁん?すげえカワイかったじゃねェかよ、おまえ何言ってンの』
すかさず外科医が反論していたけれども、当のサンジ本人はもうすっかり慣れてでもいるのか、ゾロに眼をあわせてき、手振りで『気にするなって』とひらひらと片手を揺らして饒舌に伝えてきていた。
『新生児なんてどれも同じくらいブッ細工』
オレンジジュースを片手に本人が言い切れば。大層な勢いで二人から否定されていた。ぐしゃぐしゃと外科医が異母弟の頭を髪を乱すように撫で、サンジがジュースが零れるとか何とか盛大に文句を言い始めていた。
けれどもゾロももうその程度のことには慣れたもので、そんなアリサマを横目に非常に上出来に美味いコーヒーを飲んでいれば、市長がすいと投げた視線とカップ越しにぶつかり。
『賑やかな朝食だナ、』
そう言って市長が目元で笑っていた。
ああ、なるほどな、とゾロが思い当たった。
サンジがごくごく自然にヒトからの好意をさらりと受け取れるのは、まるほどこいつらに囲まれて育ったのならむしろ当然なのか、と。まっすぐに、素直で悪意が無い。気は強いけれども。
まあそんなことを思ってたんだ、と署内の休憩場所にでんと設置されたコーヒーテーブルに片肘をついてゾロが言った。ところで『実家』にステイした感想は?と親友から話を向けられたから、あっさりとゾロも『感想』を話したのだけれども。
「ありゃ、それノロケかよ?」
そうパートナーがからかうようにわらっても、ひょいとゾロは肩を竦めて見せただけだったが、長年のダチでもあるコーザはマグカップの内側に辛うじて隠された、笑みらしきラインを見逃すはずも無かった。
「―――ノロケだな、決まり」
「さぁな?」
熱いのとローストの濃いことだけが取り得のようなコーヒーを半ばまで飲み干し、カップをテーブルに置く頃にはゾロの口許はいつものラインを取り戻してはたけれども、今度は目元がわらっていた。
「―――あーんなァ、ゾロ」
はぁ、とコーザが大げさに溜息をついてみせた。
「おれよりにやけた面曝してるって自覚あンのか、オマエ?」
マサカ、という顔をゾロが作り両手を軽く引き上げていた。ハハ、と遅めのランチを取っていたチームメンヴァも会話の断片にわらって、NBAのスコアの話題に移っていっていた。
「あら、楽しそうじゃない?」
「よぉ、ナミ!」
休憩室のドアから私服に着替えたナミが覗き、メンヴァから声をかけられていた。そしてそのまま、2人のいるテーブルのコーナーに向かってやってくる。
「お、今日のシフトはもう終わり?」
「そ、いまからアンタのハニィとデートするの」
に、とナミがわらう。
「おー、マジ?あいしてるって伝えてナ?」
にか、とコーザも笑みを返す。
やってランナイ、とナミがまたひらひらと掌をわらいながら上向け、それから2人に改めて視線を戻していた。
「あのね、ドネーションが過去最高額だったの、功労者のお2人にはぜひ一言お礼いっておかないとね?」
とん、とん、と頬にキスが落ちてくるのを受け止めゾロは「今度奢れ」と一言返していた。
「あら、問題ないわよ、そういうあんたの珍しい顔も見れたし」
「はン?」
「だろ、ナミもそう思うよな?こーれが天下のにやけ面」
ぴし、とコーザがゾロを指差せば。
「そうねえ、アンタも負けちゃいそうネ?」
くく、とナミが咽喉で笑うようにしていた。
「あ、ひで」
「でもアンタは自覚あるだけマシよねえ」
ほらみろ、となぜか威張った風にコーザがゾロを見遣り。その顔に向かって何か手近なものでもぶつけてみるか、とゾロがコーヒーテーブルに視線を向けたそのとき。
署内に火災を知らせるベルの音が響き渡り、一瞬で空気が入れ替わった。
ほんの二分後にはもう誰ひとり休憩室には居ず、灰皿にはタバコが押し付けられ。
テーブルに置かれたままのカップからはまだ湯気が静かに立ち上っていた。
ただ一人残ったナミが窓辺に走り寄れば、サイレンを鳴らしながら走り出す車輌が見え。じっとその連なり走り抜けていく姿を眼で追っていた。
気をつけてね、と。
アタリマエのように願いながら。
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