54.
「ねえ、サンジくん」
コースターの上に静かに置かれた「こども用ホットワイン」をちらりと見遣って小さく笑いながらナミが言った。
「ホリディは、あなたどうするの?」
「んー?」
一息に飲み干そうとする「お子様」の額をぱちりと指で弾き、ヤケドするぞバカ、と警告してから、特上の笑みを浮かべた。
「JJが帰ってくるまで勝手に休めないよ」
カウンターの内側、キャッシャー脇の柱にカフェオレ色の肌をしたビジンと額をくっつけあって笑うこのパブのオーナの写真を見る。
「早くJJ帰らせないと、サンジくん後取りにされちゃうわよ?」
ハ、とサンジが笑った。そして視線をナミから、送られてきた写真に投げた。
そう?心配しなくても跡取りできそうなんだけど、と。
「それに、」
「うん?」
「舞台の稽古がそろそろ始まるから、開店すぐには来れそうもないし」
だからホリディって言ってもね、と続ければ、空のグラスを丁度下げにきたカーラがウィンクした。
「心配いらないわ、ハニィ」
そう言って、カウンター越しに腕を伸ばしてサンジの首を捕まえると引き寄せ、頬に盛大なキスマークを残していった。姪っこを手伝いに来させるから、と。
「あ、かわいい?」
にこ、とサンジが微笑み。
「アタシに似て素晴らしくネ!」
そうカーラが答えれば、悲鳴なのか歓声なのか、あるいはその混ざり合ったものがテーブル席の方から湧き上がり、ルフィが大笑いをしでかした。
「なぁ、ナミーさっきの話だけどさ!」
ホットワインを飲み終えたルフィの両頬にはくっきりとカーラのキスマークがついていたのはご愛嬌だろう。
「ここは非常カイダンなんだぞ、だから開いてないといけねぇんだ」
そう言ってルフィが、同意を求めるようにサンジを見上げた。
「ハン?」
これはカウンターの内側にいたサンジで。
「アニキが言ってた。イブだろうが、クリスマスだろうが」
ナミがルフィの頭を小突いた。
「バカね、それを言うならヒナン場所、よ」
「あ、そうだったか?」
子犬めいた目をルフィがくるりと回していた。
「シェルター、って言ったヤツもいるけどな」
サンジの言葉に、またくぅっと笑みを深め、うん、とルフィが頷いていた。
「休みならおまえたちも来れば良いのに」
すっかり、複数形にされていることに、ン?とサンジが一瞬眉を引き上げたけれども、すぐにそれはどこか柔らかな微笑に溶け込んでいったものだから、ルフィが思わず次の言葉を出しそびれ、ナミはまたこつ、と「おちびさん」の額を指で押しやっていた。
「コロラドでスキーとスノボとスキー。行かねえ?」
ざ、っと手でバンクを跳ね上がる軌跡を言いながらルフィが描いてみせる。
「コロラド?」
「そう、この子のお父様が住んでらっしゃるの」
ナミが会話を一旦引き取り。
「引きこもりオヤジ」
うん、とルフィが笑った。
「え、と。何をしているヒト?」
サンジの問いかけにルフィがキィボードを叩く資草をしてみせ、ディ・トレーダー、と言った。
「そいつはまた……」
あまり結びつかない、長男は消防士で次男はホッケープレイヤー志望で父親はトレーダー。
「うん、見事にバラバラ、お母様を尊敬するわ、私」
ナミがサンジの表情を読み取り微笑んだ。お会いしたいくらいよ、と。
「無理だよオレだってずっと会ってねぇもん」
にこ、とルフィが大きな笑みを刻んでいた。寮にいるから親父にもホリディくらししか会わないし、と。
そしてくる、と向き直り。
「カーラー、サンジに休みやってくれよー」
そう訴えれば、カウンターの反対の端に立っていたカーラがひら、と手を振ってみせた。
「ハニィの休み?バッカね、キディ。どうせこもるなら別のトコがいいわよ」
「―――カーラ!!」
サンジが一瞬で赤くなり。
ルフィはきょとんとし、ナミは親指を立てていた。
他のゲストたちはそれぞれの話題に夢中で。そして。
「おい、」
すぅ、と良く通る声がざわめきの面を滑って届く。
「なに困らせてんだよ、ヒトの許可なく」
そうわざと真っ直ぐなトーンで告げると、ヘィ、と頬へキスを寄越してくるカーラにゾロが眉を引き上げていた。
「あ、今日あなたシフト早いんだったわね」
す、とナミがゾロの背後をスツールに座ったまま見遣るようにする。
「ヤツならまっすぐご帰宅」
よ、ルフィ、とゾロが頭を片手に捕まえてぐしゃぐしゃにブルネットを掻き混ぜながら挨拶していた。
「よーう、ゾロー。今年は滑らねぇの?」
「しねぇよ」
「ええええええー、いこーーーぜーーー」
「行かねぇって」
「去年は行ったじゃねーかよー」
「去年といまじゃ違うんだよ」
「えええええ」
肘で小突きあうようにしながら二人の間で話しが進んでいくのを見てサンジが笑い。けれど、さらりと告げられた一言に思わずグラスを取り落としかけていた。
「ホリディは全部サンジにやっちまったんだから」
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