新連載・口上
冬すぺ夏スペ発生の連中で。ゾロはマフィアの元殺し屋(24−5歳)恋人在り、でしたが、美大生のサンジ(18歳)が恋を
しまして俗に言う略奪愛を仕出かし。現在NYCで静かに潜伏生活中。
Bel Canto
Day One: Starting point, Manhattan, New York
独立記念日も終わって、街中は何処となくヴァケイション前の雰囲気が強くなった。
7月4日は、花火が夜中上がっていた。外に見にはいかずに、アパートメントの屋上に上がってしばらく眺めていた。
ちょうど、ミッドタウンの高層ビルの上に拡がっていく火花が見えて。
夏になるんだなあ、と。そんなことをぼんやりと思った。
シャンパンで乾杯して。
でも、ホリディに、ってことじゃないと思う。
日曜日以外に1週間で良い日があるなら、おれは、毎日がそれだし。
フルートグラスを透かして散った花火ごとシャンパンを飲み干して。とても好きな相手を抱きしめた。
馬鹿げた大騒ぎも、パーティも無しの。
ほんとうに静かで幸福な一日。そんなものの締めくくりにただ、たまたま7月4日で夜空に花火が上がっていただけのこと。
腕に抱きしめられて、嬉しくて吐息が零れていった。
キスを受けとめて、その物柔らかな動作に鼓動が競りあがった。
どうしようもなく好きで、言葉が追いつかない。
だから、言葉足らずになって。
偶に、困らせちまうんだよね―――?さっきみたいに。
出かけてくる、と言われて。
行きたい、と言えば。
「今日はダメだ。また今度な」と。
苦笑を浮かべて、それでも優しい口調で返されて。
だめなんだ、と抗議。
「お土産買って帰るから」
そう言い足されて。
そんなことよりじゃあハヤク帰ってきてくれればいいから、と言うつもりが。やっぱり置いていかれるのは少し面白くなくて。
する、と頬を撫でてくる掌の温度にも半分意識を持っていかれていたし。
「イラナイ、いい」
そうっとキスをされた後に言って。
見送った。
少し開けてあった窓辺から、足元に擦り寄って来た「エリィ」を抱き上げる。
「だって、きょう良い天気だよな……?」
ふわふわと毛足が長く伸びてき始めた猫のカオに額を押し当てて。
「陽射しが明るいと、色が透けて見えて好きなのになぁ」
サングラス越しでも、あの翠が少しは覗けてウレシイのに。
ざらついた舌で頬を舐められて猫を抱きなおした。
「エリィ、昼寝するから付き合え」
どうせもう夕方くらいまで戻ってこないんだろうし。
帰ってきたら謝ろう、そんなことをカウチに埋もれて考えて。
だけど、ほんとうに。
お土産、なんてイラナイんだ。もう一度、あの扉を開けてくれればそれで充分すぎる、ってことは、―――判ってるから。
「ゾォロ、待ってるから」
エリィが喉を鳴らしている音がすぐ近くで聞こえる。
知らない間に、また抱きしめていたみたいだ。
目をやれば、金色の中に翠が浮いたみたいな目が半分閉じかけてそれでもおれを見上げていて。
「眠い……?」
また、とてもゆっくりと瞬きされた。
喉を擽りながら話し掛けて。
「じゃあ、寝ながら待ってようか」
肩に、とすん、と頭を預けられて。長い毛足を撫でながら目を閉じた。北の森の中で丁度良いくらいには、まだなっていないね。
だけど。
命の伝わってくる温度がとても気持ち良い。
帰ってきたら、すぐに抱きしめたいな、と。そんなことを思ってた。
「寝てばっかりじゃ、おれまで猫になるよ」
独り言。
陽だまりのなかにいても、でも。
あの手が無いと、もうぜんぜん完璧じゃない、ほど遠い。
7月の空は、少し白っぽく見える。
高層ビルの間から覗くソコは、ホーム・カウンティでも確か同じ色をしていたように思える。
匂いが多少違うのは、やはり土地が違うからだろう。
近づいてくる気配に、意識を戻す。
「ミスタ・ウェルキンス、どうぞ。ご用意が整いました」
「ああ、ありがとう」
車のディーラーショップのソファから立ち上がる。
「ヴァンキッシュも良い車ですが、ご旅行ですか?」
担当であるレイモンドという男が語りかけてくる。
中年、少し運動不足気味。けれど実直な性格のようだ。
世間話をにこにこと交わす姿は、多分、良い顧客を得たからだけではないのだろう。
新しい黒のレンジローヴァ・ディスカヴァリに案内され。キィが渡される。
アンロックしてドアを開けば、高級SUVの名にふさわしい内装。
革のシートに、ウッドのインテリア。
オプションでミニ・フリッジも付けてもらった。
「ご家族で旅行とは、いいですなあ」
レイモンドが笑って、書類一式をバッグに入れて渡してくれた。
「コドモを連れて西まで、運転していこうかと思いましてね」
笑って車に乗り込み、ドアを閉めれば。セールスマンは静かに笑った。
ウィンドウは開けられたまま。
「お子さん、おいくつで?」
「ああ、そろそろ1歳になるかな」
「チャイルド・シートもすぐにご用意できますが」
「気に入ってるモノがある。ありがとう」
「そうですか。またご入用になりましたら」
「ああ、レイモンド。またそのうちにな」
シートベルトを嵌めて、エンジンをかける。
ゆっくりとショップ前のロータリィを滑らせれば、若いメカニックスや同年くらいのセールスの人間たちが、自然に目線を
向けてくるのが解った。
"金融業で一山当てて引退したシカゴ大学の元助教授"はどうやら、噂の的だったらしい。
口座の引き落としが、ローンではなく一括だったのが、不思議だったのだろう。
新車は、新しく敷いた革特有の匂いに満ちていた。
自分はきらいではないが、匂いがつくのが少し気になる。
コドモの"エリィ"が嫌うかもしれない。
サンジは、どうだろう…?
こればかりは、使っていって匂いを薄めさせるしかない。
駐車場に留めた時に、脱臭剤を入れておこう。
快適にブロードウェイで車を走らせながら思い出す。
珍しく"連れて行け"とサンジが強請っていたこと。
もう暫くしたら出ずっぱりだぞ?と言い掛け、それを口にするのは止めた。
車屋の連中に、"ビジンのオクサン"を見せるわけにもいかないしな。
年下の"ビジン"であるサンジ。
"教え子をコマして大学を首になった"なんて噂が立ったら、笑っていいのか呆れていいのか、判断に困るだろ?
next
|